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見知らぬメイド
雨季が過ぎ、少しずつ日差しが厳しくなっていく時期になった。
お屋敷の中は常に適温に保たれている為そこまでの変化は感じられないけど、ほんの数分窓を開けただけで部屋の温度が上がるくらいには外は暑い。
庭の植物たちは一定時間ごとに水が撒かれるから気持ちよさそうで、変わらず明るい声が聞こえてきてた。
楽しそうで、こっちまで笑顔になる。
そんなある日、いつものように朝食を持ってきてくれたオルウェンさんはどうしてか見知らぬ女の子を伴っていて、挨拶も忘れて戸惑う僕ににこやかに説明してくれた。
「奥様、この子はリーネと申します。私の娘の子供⋯つまり私の孫なのですが、本日から奥様の身の回りのお世話はこの子がさせていただきます」
「え⋯」
「突然の事で驚かせてしまい申し訳ございません。本来、私が担っていた仕事は体調を見てゆっくりと進めていたのですが、そろそろ本格的に復帰をするべきだと思いこの子を呼びました。奥様のお世話は、私が信用出来る者でないと任せられませんので」
お世話なんて、今まで僕はする側だったし本当なら必要ないのに⋯これまでだって僕は、ただオルウェンさんの厚意に甘えてただけだ。それなのにそんな風に考えてくれてたなんて⋯⋯でも、リーネさんはどうなんだろう。
もしかして無理やり連れて来られたなんて⋯さすがにないよね?
「さぁリーネ、奥様にご挨拶しなさい」
「はい」
説明されてもなお困惑したままでいたら、オルウェンさんに促されて一歩前に出たリーネさんが僕へと頭を下げてきた。
「初めまして、奥様。リーネと申します。まだ不慣れな事も多く、奥様の目に余る部分もあるかとは思いますが、誠心誠意お仕えさせて頂きますのでよろしくお願いいたします」
「あ、いえ、そんな⋯⋯こ、こちらこそお願いします」
「メイドとしては及第点ですが、素直で優しい働き者なので、きっと奥様のお役に立てると思いますよ」
そう言ってオルウェンさんはリーネさんに朝食の支度をするよう指示をし、自分は手を出さずに傍らで見守る。
僕の胃の許容範囲内で用意された朝ご飯があっという間にテーブルにセットされ、リーネさんが腰を折って一歩下がった。
うぅ⋯こんなに丁寧だと逆にリーネさんに申し訳なくなる。
ソファに腰を下ろし、カトラリーを手にした僕がチラリとリーネさんを見ると、気付いてにこっと笑ってくれた。何とも可愛らしい笑顔に、女の子に慣れていない僕はドキッとしてしまう。
「あ、ありがとうございます⋯」
オルウェンさんがいる事には慣れたけど、初対面の人とはいつだって緊張する。
いつも食べてるはずの朝食なのに、今日はあんまり味がしなかった。
本当、情けないな。
リーネさんは僕の一つ上で、十二の時からメイド見習いとして別の貴族のお屋敷で働いてたんだって。本人的にはまだまだらしいけど、所作を見てるかぎり、当たり前だけど僕なんかよりも全然出来てる。
だって、翌日の朝から僕が起きた頃に訪れて、用意された服に僕が着替えている間にベッドを整えてくれて、さらにはいつも適当にしている髪を綺麗にしてくれた。気付けば朝食が準備されてて、あまりの手際の良さに驚いたくらいだ。
「でもね、やっぱり申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ」
朝食後、庭へと下りた僕は、水を浴びてキラキラしている友人たちへとそう零した。
『どうしてだい?』
「僕は姉様が戻ってくるまでの繋ぎとしてここにいるのに、オルウェンさんもリーネさんも僕を〝奥様〟として扱ってくれてる。今僕がして貰えてる事って、本当は姉様の特権なのに⋯」
『姉上が戻って来ない以上は、アルシエが奥方だから間違っていないんじゃないか?』
「⋯⋯違うよ。結婚式は挙げたけど、僕は誓婚証にはサインしてない」
この国で夫婦(夫)になる時に一番重要なのは、その証である誓婚証にお互いのサインがあるかどうかだ。結婚式の際に記入するのが通例だけど、僕はサインをするふりをしただけ。
伴侶として僕の名を残したくない、というのが公爵様の望みだったから。
「誰にも言うなって言われたから黙ってるけど、オルウェンさんもリーネさんも優しいから、騙してるみたいで心苦しい」
『アルシエは悪くないよ』
『そうよ。アルシエはただ、旦那様のお願いを聞いただけなんだから』
『あまり自分を責めないように』
「⋯⋯うん、ありがとう」
優しい言葉に胸が暖かくなる。
だけど最近思うんだ。僕がここにいる意味って、本当にあるのかなって。
だって公爵様はこの国の筆頭貴族で王族とも懇意にしてる。公爵様が一言告げれば、姉様はよそへ嫁げないし公爵様も面倒な思いをしなくて済む。
⋯それに気付けないほど、公爵様は必死だったのかもしれないけど。
「姉様が戻ってきてさえくれれば、公爵様もみんなも、幸せになれるのにな」
誰もを惹き付けてやまない姉様。僕には意地悪でも、他の人にとっては清らかで美しく、守ってあげたくなる存在。
どれだけ綺麗な人にもなびかないと言われていた公爵様でさえ、一目見ただけで言葉も交わしていない姉様をあんなに深く想ってるんだから。
メイドさんたちも、早く姉様に会いたいだろうし。
ハッピーエンドに自分が入る隙がないのは悲しいけど、みんなが笑顔になれるならそれでもいい。
何たってこの物語の主役は、公爵様と姉様なんだから。
お屋敷の中は常に適温に保たれている為そこまでの変化は感じられないけど、ほんの数分窓を開けただけで部屋の温度が上がるくらいには外は暑い。
庭の植物たちは一定時間ごとに水が撒かれるから気持ちよさそうで、変わらず明るい声が聞こえてきてた。
楽しそうで、こっちまで笑顔になる。
そんなある日、いつものように朝食を持ってきてくれたオルウェンさんはどうしてか見知らぬ女の子を伴っていて、挨拶も忘れて戸惑う僕ににこやかに説明してくれた。
「奥様、この子はリーネと申します。私の娘の子供⋯つまり私の孫なのですが、本日から奥様の身の回りのお世話はこの子がさせていただきます」
「え⋯」
「突然の事で驚かせてしまい申し訳ございません。本来、私が担っていた仕事は体調を見てゆっくりと進めていたのですが、そろそろ本格的に復帰をするべきだと思いこの子を呼びました。奥様のお世話は、私が信用出来る者でないと任せられませんので」
お世話なんて、今まで僕はする側だったし本当なら必要ないのに⋯これまでだって僕は、ただオルウェンさんの厚意に甘えてただけだ。それなのにそんな風に考えてくれてたなんて⋯⋯でも、リーネさんはどうなんだろう。
もしかして無理やり連れて来られたなんて⋯さすがにないよね?
「さぁリーネ、奥様にご挨拶しなさい」
「はい」
説明されてもなお困惑したままでいたら、オルウェンさんに促されて一歩前に出たリーネさんが僕へと頭を下げてきた。
「初めまして、奥様。リーネと申します。まだ不慣れな事も多く、奥様の目に余る部分もあるかとは思いますが、誠心誠意お仕えさせて頂きますのでよろしくお願いいたします」
「あ、いえ、そんな⋯⋯こ、こちらこそお願いします」
「メイドとしては及第点ですが、素直で優しい働き者なので、きっと奥様のお役に立てると思いますよ」
そう言ってオルウェンさんはリーネさんに朝食の支度をするよう指示をし、自分は手を出さずに傍らで見守る。
僕の胃の許容範囲内で用意された朝ご飯があっという間にテーブルにセットされ、リーネさんが腰を折って一歩下がった。
うぅ⋯こんなに丁寧だと逆にリーネさんに申し訳なくなる。
ソファに腰を下ろし、カトラリーを手にした僕がチラリとリーネさんを見ると、気付いてにこっと笑ってくれた。何とも可愛らしい笑顔に、女の子に慣れていない僕はドキッとしてしまう。
「あ、ありがとうございます⋯」
オルウェンさんがいる事には慣れたけど、初対面の人とはいつだって緊張する。
いつも食べてるはずの朝食なのに、今日はあんまり味がしなかった。
本当、情けないな。
リーネさんは僕の一つ上で、十二の時からメイド見習いとして別の貴族のお屋敷で働いてたんだって。本人的にはまだまだらしいけど、所作を見てるかぎり、当たり前だけど僕なんかよりも全然出来てる。
だって、翌日の朝から僕が起きた頃に訪れて、用意された服に僕が着替えている間にベッドを整えてくれて、さらにはいつも適当にしている髪を綺麗にしてくれた。気付けば朝食が準備されてて、あまりの手際の良さに驚いたくらいだ。
「でもね、やっぱり申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ」
朝食後、庭へと下りた僕は、水を浴びてキラキラしている友人たちへとそう零した。
『どうしてだい?』
「僕は姉様が戻ってくるまでの繋ぎとしてここにいるのに、オルウェンさんもリーネさんも僕を〝奥様〟として扱ってくれてる。今僕がして貰えてる事って、本当は姉様の特権なのに⋯」
『姉上が戻って来ない以上は、アルシエが奥方だから間違っていないんじゃないか?』
「⋯⋯違うよ。結婚式は挙げたけど、僕は誓婚証にはサインしてない」
この国で夫婦(夫)になる時に一番重要なのは、その証である誓婚証にお互いのサインがあるかどうかだ。結婚式の際に記入するのが通例だけど、僕はサインをするふりをしただけ。
伴侶として僕の名を残したくない、というのが公爵様の望みだったから。
「誰にも言うなって言われたから黙ってるけど、オルウェンさんもリーネさんも優しいから、騙してるみたいで心苦しい」
『アルシエは悪くないよ』
『そうよ。アルシエはただ、旦那様のお願いを聞いただけなんだから』
『あまり自分を責めないように』
「⋯⋯うん、ありがとう」
優しい言葉に胸が暖かくなる。
だけど最近思うんだ。僕がここにいる意味って、本当にあるのかなって。
だって公爵様はこの国の筆頭貴族で王族とも懇意にしてる。公爵様が一言告げれば、姉様はよそへ嫁げないし公爵様も面倒な思いをしなくて済む。
⋯それに気付けないほど、公爵様は必死だったのかもしれないけど。
「姉様が戻ってきてさえくれれば、公爵様もみんなも、幸せになれるのにな」
誰もを惹き付けてやまない姉様。僕には意地悪でも、他の人にとっては清らかで美しく、守ってあげたくなる存在。
どれだけ綺麗な人にもなびかないと言われていた公爵様でさえ、一目見ただけで言葉も交わしていない姉様をあんなに深く想ってるんだから。
メイドさんたちも、早く姉様に会いたいだろうし。
ハッピーエンドに自分が入る隙がないのは悲しいけど、みんなが笑顔になれるならそれでもいい。
何たってこの物語の主役は、公爵様と姉様なんだから。
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