身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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おじいさんの木

 僕は今、目の前の光景に非常に困惑してる。
 日課の散歩をしに庭へと来た僕は今日は先にガゼボに行こうと足を運んだんだけど、一歩踏み入れたところで思わず固まってしまった。
 どうしてか中のベンチで、公爵様が横になって眠っていたから。
 一瞬固まってしまったものの、これは見なかったふりをして花たちの方へ行くべきか、でも一人みたいだから何かあった時せめて盾になれるようにここにいた方がいいのか、どうしようかとそわそわしてたら不意に公爵様がくしゃみをした。
 暖かいとはいえここは日陰で風通しもいい。また体調を崩したら大変だとダッシュで部屋へと戻った僕は、ソファの肘掛けに置かれていたブランケットを引っ掴んで再び戻ると、起こさないように公爵様へと被せた。
 初めて公爵様の寝顔を見たけど、あまりにも整ってるから彫刻みたいだ。
 でもすぐに視線を逸らし、ガゼボの外に出た僕はすぐ気付けるよう少しだけ離れた場所にある木の下に座り幹を撫でる。

「こんにちは。アルシエと言います」
『おや、こんにちは。元気かい?』
「はい。あなたも元気ですか?」
『元気だよ。まだまだ若いもんには負けん』
「それは良かったです」

 言葉とか話し方がおじいちゃんみたいだし大きくて立派な木だから、もしかしたら樹齢何百年とかかもしれないって思ったけど、この様子だともっと長生きしそうで良かった。
 僕にとって、植物は姿形が違うだけで人と変わらない。
 話せるし、感情も分かるし、触れれば心做しか温もりを感じる事が出来る。だから花瓶に活けられてる花を見るのは苦手だし、雑草でさえ力任せに引き抜かれてるところは見たくない。木も、根元が残されてるとショックだし。
 特に仲良くなった花が目の前で折られた時なんて、涙が出るくらい悲しくなる。

『お前さんの魔力は不思議だね』
「え?」
『だからこそ、我々と言葉を交わせるのかもしれないが』

 魔力が不思議はどう受け止めればいいのか分からないけど、木の言う通りこの魔力のおかげで動植物と話せてるなら、悪い事ばかりじゃなかったって嬉しくなる。
 父様も姉様の気味の悪い能力だと嫌悪感を露わにして、父様に話してるところを見られたら怒鳴りつけられてたから⋯能力と数値は比例しないとはいえ、判明してすぐはずいぶんと落ち込んだし。
 ふと視界の端で何かが動いた気がしてガゼボに視線を移したら、ちょうど公爵様が起き上がったところで僕も急いで立ち上がる。
 公爵様は自分にかけられていたブランケットを見て眉を顰めてたけど、僕に気付くと怪訝そうな顔に変わって腰を上げ、ガゼボから出て近付いてきた。

「⋯これはお前が?」
「あ⋯えっと⋯⋯はい⋯。公爵様がお風邪を召されたらって⋯」
「そんなにやワじゃない」
「⋯⋯すみません⋯」

 それもそうだ。僕なんかより鍛えてる公爵様が簡単に体調を崩す訳ない。
 前は忙しさからくる疲労と姉様が見つからない心労が重なっただけで⋯余計なお世話だったかも。
 俯いて何も言えなくなった僕の耳に溜め息が聞こえ、ブランケットが差し出される。

「⋯気遣いには感謝している」
「⋯⋯お優しいお言葉、ありがとうございます」

 もしかして気にしてくれたのかと思い驚きつつも受け取り頭を下げたら、公爵様の手が視界に入りおもむろに頬へと触れてきた。
 思わず肩が跳ねたけど、公爵様は構わず僕の顔を上げさせ親指で目の下を撫でる。
 事態が飲み込めなくて固まる僕をじっと見たあと手は離れたものの、僕は混乱と戸惑いで公爵様から目が離せない。

「まだ細いが⋯まぁマシにはなったか」
「⋯え?」
「少し前までは、骨に皮がついているようなものだったからな」

 公爵様の言う通り、オルウェンさんのおかげで身嗜みも整ったし、三食食べられてるおかげで肉付きも良くなった。最近はリーネさんが髪型とかの細々した事までしてくれるから、最初に比べたら外見だけは立派な貴族令息らしくなってる。
 ただやっぱり、僕に宝石のついた髪飾りを使うのはもったいないと思うんだ。
 公爵様はまだ何か言いたげだったけど、ふっと視線を逸らすとそのまま踵を返してお屋敷の方へと歩いて行った。

「⋯⋯⋯⋯」

 何だろう。何か、不思議と今の公爵様からは嫌悪感とか苛立ちは感じなかった。
 僕の希望が入ってるからかもしれないけど、少しだけ雰囲気が柔らかかった⋯気がする。

『アルシエ』

 公爵様が立ち去った方を見ていたら不意に呼ばれ、振り向くとおじいさんの木に茂ってる葉っぱが風で揺れてた。

『旦那様はあまりご自分を省みる事がないから、お前さんが支えてやるといい』
「⋯⋯でも、僕は⋯」
『アルシエなら出来るよ』

 現状、公爵様にマイナスな感情しか持たれていない僕にそんな大それた事が出来るはずがない。それなのにおじいさんの木は穏やかな声でそう言うと、一枚の葉っぱが付いた細い枝を一本落としてきた。
 慌てて受け止めたけど、意味が分からなくて首を傾げたらクスリと笑われる。

『お守りだ。アルシエのこれからが、幸せと笑顔で溢れるよう祈ってるよ』
「⋯⋯⋯⋯」
 
 どうして動物も植物も、こんなに僕に優しくしてくれるんだろう。
 貴族に生まれたくせに魔力なんてほとんどない、誰の役にも立たない能力しか持っていない僕の幸せまで祈ってくれるなんて⋯しかもついさっき初めての会話をしたばかりなのに。
 僕は枝をぎゅっと握り込み腕を伸ばすと、広い幹へと回し頬を押し当てた。
 僕だって、みんなが枯れてしまわないように祈ってるよ。
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