身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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兄と妹

 その日の夕方、リーネさんが持って来てくれた本を読み終わり閉じたタイミングで扉がノックされ、神妙な面持ちのリーネさがさんが入ってきた。
 いつもは柔らかく微笑んでるのに今日はずいぶんと暗い表情が多いなって思ってたら、少し躊躇ったあと僕の傍まできて言いにくそうに口を開く。

「奥様、大変申し上げにくいのですが⋯⋯」
「? どうしたんですか?」
「その⋯旦那様のご友人の妹君様が、奥様にお会いしたいとおっしゃられていて⋯」
「え?」

 ど、どうしてご友人の妹さんが僕に?
 困惑する僕と同じ気持ちなのか、リーネさんは苦笑すると僕の手を包むように両手で握り首を傾げる。

「奥様は公爵家夫人ですので、もちろんお断りする事も可能です。私は奥様にお伺いに来ただけですから」
「⋯⋯」

 本当はお断りしたい。
 自分が他の貴族からどう思われてるか分かってるから出来れば会いたくはないんだけど⋯⋯そんな事をしたら周りに話が広がって、下手をしたら公爵家の評判が落ちてしまうかもしれない。どんな事情があれ世間的には僕はここに嫁いできたんだから、不安に思っててもお受けしないと。
 代わりだとしても、呼ばれて挨拶も出来ない公爵夫人なんて外聞が悪過ぎる。
 僕は息を吐いて腰を上げると、心配そうなリーネさんに頷いた。

「分かりました、お会いします」
「⋯本当に宜しいのですか?」
「はい。せっかくお呼ばれしたので、ご挨拶くらいはしないと」

 オルウェンさんから何をどう聞いているのかは知らないけど、リーネさんはオルウェンさん同様すごく僕を気にかけてくれる。
 しかも執事長としても仕事をしていたオルウェンさんと違い、メインが僕のお世話だから色んな事で助けてくれてた。今だって確認してくれたのは、僕が人との接触を避けてるからだと思う。
 ミアの足跡で少しだけ汚れてしまった服はもう着替えてたから軽く身嗜みを整えるだけにして、部屋を出てリーネさんを先頭に妹さんが待っている場所へ向かう。
 案内を終えたリーネさんは同席を許されていないから立ち去ってしまい、そうしてテラスに足を踏み入れた僕だけど、妹さんは僕と目が合った瞬間、その綺麗な顔を思い切り顰めた。

「これがセレーナ様の弟なの? ちっとも似てないじゃない」
「聞いていた通り、魔力を全然感じないな」
「天使のようにお美しいセレーナ様と血を分けているからって期待したのに、ガッカリにもほどがあるわ。その服で、かろうじて見れてるだけね」

 挨拶をする間もなく刺々しい言葉を放たれ僕は呆然としてしまう。
 姉様に似ていないとは良く言われるけど、ここまでハッキリと感情を露わにされたのは初めてだ。他の人は大抵一緒にいる人とヒソヒソしてるから。
 切り出すタイミングが分からなくなり、僕はもう一人の背の高い男の人へと視線を向けた。
 恐らくこの方が公爵様のご友人なんだろう。優しげな顔はしてるけど、僕を観察するように見てて居心地が悪い。

「面白いな。この世界に、赤ん坊以下の魔力の持ち主がいるとは」
「ねぇ、お兄様。やっぱりルディウス様をお止めするべきだったんじゃない?」
「止めて聞くと思うか?」
「思わないけど⋯⋯でもこんな⋯魔力も魅力もない人と結婚なんて、ルディウス様がお可哀想よ」

 妹さんの言葉に胸にズキリと痛みが走る。
 でもその通りだから黙っていれば、妹さんは僕をきっと睨んでツカツカと近付いてきた。腕が掴まれ、勢いよく上げられる。

「⋯っ⋯」
「まさかとは思うけど、勘違いしてないわよね? ご自分ががセレーナ様に代われるなんて⋯思ってないわよね?」
「お、思ってません⋯」
「そう。ちゃんと分は弁えてるみたいで安心したわ」

 誰も付け入る隙がないほど公爵様にとっての唯一が姉様なのは分かってる。例えなにかがあって間違えたとしても、僕が選ばれる事はない。
 僕の答えに満足気に笑った妹さんはそれでも僕の手を離す事はなくて、チラリと掴んでいるところを見ると意地の悪い笑みに変わった。
 ぐっと力が強くなり痛みで顔が歪む。

「あなた、伯爵家では使用人も同然だったそうね。雑務は何でもこなしてたとか。それならぜひ、お茶を淹れていただきたいわ」
「⋯⋯⋯」
「ね、お兄様」
「そうだな。お手並み拝見といこうか」

 いくら伯爵家でいろいろしていたとしても、僕にお茶を淹れられるほどの技量はない。だってしてた事はベッドメイクや掃除、洗濯だったから。
 誰かの口に入れる物なんて、盗み食いするからと触る事すら許されなかったのに。
 腕を引かれ茶器の乗ったワゴンへと押しやられる。やっと手を離してくれたけど、じんじんと痛みが残って力が入らない。
 でも言われた通りにしないと、二人は満足してくれないみたいだ。

「⋯⋯⋯」

 とはいえお茶の淹れ方なんて分からない。確か、オルウェンさんやリーネさんはポットに茶葉を入れたあと、お湯を注いで少し時間を置いてたはず。
 頭の中で必死に手順を思い出しながらどうにかこうにか淹れてはみたけど⋯香りからして全然違う。これはあきらかに失敗だ。

「あら、出来た? さっそくいただくわね」
「ぁ⋯」

 自分でも分かるくらいひどいものを運べるはずもなく、愕然としてたら妹さんが自らカップを持ち上げ口を付けた。
 一口飲んで、怒りに満ちた表情で僕を見下ろす。

「⋯何これ。ふざけてるの?」
「い、いえ⋯そんな事は⋯」
「侯爵令嬢である私にこんなものを飲ませるなんて、いい度胸ね」

 ふざけたつもりなんて一度もない。
 でも、人様に出せる代物でない事も分かってるからどうすればいいか分からなくて、僕は妹さんがカップを持ち上げたのを見て覚悟を決めるしかなかった。
 頭の上でカップが傾き、茶色い液体が降り注ぐ。
 でも、どうしてか濡れる感触も熱さも感じなかった。

「何をしている」

 低い声と共に目の前を紅茶が滑り落ちる。
 これ⋯⋯いつかの雨の日に、公爵様を包んでた膜と同じだ。
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