身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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変化(ルディウス視点)

 穿ったものの考え方を改めたおかげか、見えていなかった部分が少しずつ見えてくるようになった。
 まず初めに気付いた事は、は植物の前ではよく笑うという事。
 庭の散歩の許可をして以降、ほぼ毎日のように庭へ下りているという彼は、飽きもせず花壇の花たちや木々と会話をしているそうだ。何も知らない使用人たちには見られないようにしているみたいだが、一部の者たちからはあんなに庭へ出て何をしているのかと不思議に思われているらしい⋯というのはオルウェン談だが。
 そんなオルウェンも、孫であるリーネも何も言わないから余計に感じるのだろう。
 私がその光景を意識して見るようになってひと月、最近ではその姿が当たり前に思えてきていた。
 庭は屋敷に囲われるように造られており、執務室からも眺める事が出来る。
 だからこそ彼がいると分かるのだが、騒ぐでもなく駆け回るでもなく、ただ花壇の前に座り込みそれなりの時間を過ごす。そのあとは別の場所へ行くか部屋へと戻るかだが、行動範囲はほとんど変わらない。
 庭にいる彼は、驚くほどに年相応だ。

 彼がしょっちゅう足を運ぶ為どんなものかとガゼボに行った日はうっかり寝落ちてしまったが、目覚めた私は初めて植物と会話をしている声を聞いた。
 私と話す時とは違う、穏やかで柔らかな声。
 身体にかけられていたブランケットと相俟ってひどく暖かみを感じたものだ。
 初対面から悪印象どころか憎まれても仕方がないのに、なぜあんなにも私や周りを気遣えるのか不思議でならない。

「長年虐げられていたせいで、それが当たり前だと思うようになってしまったのかもしれませんね」

 その疑問を解消しようとオルウェンへと話したら、少し考えたあとそう答えられた。眉を顰めると、淹れたばかりの紅茶を目の前に置き息を吐く。
 オルウェンは、アルシエがマルグリア家でどのような扱いを受けていたかを内密に調べており、そこで得た情報は逐一私に報告されていた。まぁ予想通りではあったが、使用人以下の生活で良く生きていたものだ。

「奥様は、伯爵家ではさんざん役立ずの出来損ないだと言われてきたそうです。ですから自己肯定感が低く、何を言われても当然だと思われているのではないでしょうか」
「⋯⋯⋯」
「マルグリア家は代々魔力値の高い者が生まれておりますし、アルシエ様は本来なら跡継ぎとして育てられるはずでしたから。特に今代は、非常に優秀なお姉様もいらっしゃるので、より肩身が狭かったのではと⋯」

 この世界は命あるもの大なり小なり魔力を持つ。動物や植物はもちろん、生まれたばかりの赤子さえ。
 しかも何かしらの属性は付与されるものなのだが、アルシエは極わずかな魔力しかない上にその能力は〝動植物と会話が出来る事のみ〟。私が知る限り、そのような能力を持つ者はいなかった。
 恐らくは、それが周りからの印象を悪くしているのだろう。

「ですから旦那様のお言葉も、奥様は仕方ないと受け取られているのですよ」
「⋯⋯思ったんだが」
「何でございましょう」
「セレーナが戻ってきてここを出る事になったら、アルシエは伯爵家へ戻るのか?」

 それだけ虐げられて、果たして戻りたいと思えるのか? 仮に戻るとして、伯爵が敷居を股がせるのかさえ疑問だが。
 そう言えば、オルウェンは眉尻を下げ緩く首を振った。

「アルシエ様は、ここを出られたら辺境の農村地へと送られるそうです。残酷ですよね⋯あの方は生き方さえ自由に選ばせて頂けないのですから」

 伯爵家に囚われ、縁を繋げておく為だけに意味のない結婚式を挙げ、何も望まず、セレーナが戻ってくるまでただこの屋敷にいる。
 楽と言えば聞こえはいいが、オルウェンの言う通り自由はない。

「私が旦那様ほどの高位貴族なら、すぐにでも養子にしてやりたい事を思う存分させて差し上げるのですがね」

 それは私への嫌味だろうか。
 わざとらしく肩を竦めるオルウェンに苦笑し、紅茶を飲み干した私は庭の方へと視線を向けて頬杖をついた。
 彼が今日も庭へ訪れている事は先ほど見かけたから知っている。
 セレーナの為に花を植え替えようとした事もあったが、あれだけ楽しそうにされると手を出すのも憚られて結局出来ずじまいだ。
 ⋯まぁ庭師が丹精込めて整えているし、あのままでも綺麗ではあるからいいだろう。



 セレーナが姿を消してから半年が経とうとしていた。
 一度も家に帰らず消息は不明のまま。当主も夫人もひどく心配しているが、私自身は以前ほど焦る事はなく意外にも落ち着いていた。
 その理由は、アルシエと会話をするようになったからかもしれない。
 と言っても二言三言だが、アルシエの柔らかな声を聞くと不思議と穏やかな気持ちになる。最初はあんなにも煩わしいと思っていたのにな。
 ⋯改めて考えるまでもなく、アルシエには本当にひどい事を言った。
 相変わらず庭にも足を運んでいるし、オルウェンやリーネが聞いても望みは何もないと答えるそうだ。

「オルウェン」
「はい」
「アルシエは、甘い物は好きだろうか」

 公爵家から出ているセレーナの資金はここ数ヶ月使われておらず、アルシエは以前に仕立てた服を着回して過ごしているらしい。それが身代わりとしては正しいのかもしれないが、私の胸中は複雑だった。
 いや、私の発言のせいだというのは重々承知してはいるのだが。
 溜め込むのは良くないし、使わなければ街の経済も回らない。アルシエが何も欲しがらないからと聞いてみたのだが、オルウェンは目を見瞠ったあとたっぷりと皺を寄せて微笑み頷いた。

「奥様にはティータイムの際、お茶菓子をご用意しておりますが、特にクリームが使われている焼き菓子がお好きなようですよ」
「そうか。ならばいくつか見繕っておいてくれ」
「かしこまりました」

 私は茶菓子を食べないからピンともこないが、いつも出しているならオルウェンやリーネに任せれば大丈夫だろう。
 少しだけ胸のつっかえが取れた気がして仕事を再開しようとしたのだが、書類を手にする前にオルウェンが「旦那様」と声をかけてきた。

「せっかくですし、奥様とお茶をなさってはいかがですか?」
「⋯⋯は?」

 私が、アルシエと?
 アルシエには今だに怯えられているのだから、気まずいだけだと思うのだがな。
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