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芽生えゆく感情(ルディウス視点)
謙虚というよりは遠慮がちで、何も知らないからこそ無垢で純粋な心。
素直でひたむき、自分よりも他者を思い遣る優しい性格は植物にも向けられ、本当の意味で分け隔てがない。アルシエにとっては、会話が出来るものは何であっても人と変わらないんだろう。
アルシエと関わるようになり彼を目にする機会も増えた。そうすると不思議とその人となりも深く知れるもので、アルシエがいかに自我を出す事を諦め流れに身を任せて生きているかが分かった。
オルウェンの言う通り、何をしても意味がないと、己の運命を受け入れている。
そんなアルシエを守ってやりたいと思い始めたのはいつからだろうか。
花たちに向ける笑顔を私にも向けて欲しい、好きな物を食べた時の嬉しそうな顔をもっと見たい。
色んな場所に連れて行って、楽しいと思える事をたくさん経験させてやりたい。
セレーナに抱いたものとは違う、私には不釣り合いとも言える感情は今までに感じた事のないもので、私自身でさえ戸惑っていた。
確かにセレーナを愛している。だが、今私の頭に浮かぶのはアルシエの事ばかりだ。
「どうしたら、アルシエに許して貰えると思う?」
我が国の城にある鍛錬場にて団員たちと稽古をしたのち、汗を拭きながら副団長であるダリスに問い掛けたら、彼は剣の様子を確認しながら苦笑した。
初対面で、望まない結婚式を強いられたアルシエにずいぶんとひどい事を言った。それ以降も傷付ける言葉をたくさんぶつけた。
そんな私が彼の心を望むのは烏滸がましいかもしれないが、せめてもう少し気を許してくれればと願わずにはいられない。
「とりあえずは、信頼回復に務めるしかないのではないでしょうか」
「マイナススタートだが、プラスに転じる事はあるのか?」
「団長は厳しいですが、本質は誠実で真っ直ぐなお方です。最初こそ失敗してしまったかもしれませんが、それは挽回すれば良いのですよ」
挽回すると言っても、何をどうすればいいのか分からない。
まさか私が、たった一人にここまで手をこまねく日が来るとはな。
空を切る音がしダリスを見るとちょうど剣を鞘へと収めたところで、彼は不思議そうな顔を私へと向けた。
「ところで⋯これまでのお話ですと、アルシエ様はセレーナ様が戻られるまでの代理夫人でしたよね。もしセレーナ様が戻られたら、団長は予定通りご結婚されるのですか?」
確かに少し前まではそのつもりだった。
だからこそセレーナを捜していたし、アルシエとも必要以上に近付く事はせず遠巻きに見ていただけだが⋯。
「正直、どうなるのかは分からない。ただ、屋敷からアルシエがいなくなる事だけは考えたくないんだ」
「ですが、セレーナ様が戻られたら出て行かれるのですよね?」
「⋯⋯いざとなれば、私の仕事を手伝うという名目で⋯」
「職権乱用もいいところです」
痛いところを突いてくるダリスを睨み、腕を組んで考える。
誰に何と言われようと、屋敷内や庭にアルシエの姿が見えなくなるのは嫌だ。彼の存在はもう、リトルハイム家の一部になっている。
出て行くつもりなら、使えるものを使うしかない。
「もう充分、答えは出ている気がしますけどね」
「⋯⋯⋯」
ダリスの呆れた声に、どう返したらいいか分からず黙り込む。
私の中で、すでにアルシエの存在がセレーナを超えている事は自分でも分かっていた。これを答えと取っていいのなら、そういう事なんだろう。
アルシエの為にも、そろそろ真剣に先の事を考えるべきなのかもしれない。
セレーナが戻って来る可能性は、もうないのかもしれないしな。
陛下から賜った仕事を終え、屋敷へと戻ると何故か使用人たちが落ち着かない様子でエントランスに集まっていた。
「どうした?」
「だ、旦那様⋯」
「あの、奥様のお父様がいらしてまして⋯」
「マルグリア伯爵が?」
なぜ突然、何の報せもなくここへ?
婚姻関係を結んだとはいえ、ここは筆頭貴族であるリトルハイム公爵家だ。事前連絡もなく来訪するとは不敬だろう。
訝しむ私にメイドは困惑しきりで応接室の方を示し、頭を下げる。
「奥様とオルウェン様がご対応してくださっておりますが⋯些か言葉も乱暴で⋯」
「分かった、私が行ってくる」
「はい」
アルシエが伯爵家で粗暴な扱いを受けていた事は認知している。何の目的かは分からないが、アルシエにとって父親が来るというのは決していい事ではないはずだ。
応接室まで来るとリーネが狼狽えていて、私に気付くなり礼の姿勢を取る。
それを横目に扉を開けば、伯爵の怒鳴り声が響き渡った。
「何度言えば分かるんだ! お前はただワシの言う事を聞いていればいいと言っているだろう!」
「ですが⋯公爵様とのお約束が⋯」
「口答えをするな!!」
「どうか落ち着いてくださいませ」
空気が震えるほどの大きな怒声にアルシエが肩を震わせ黙り込む。こうして言葉も意思も押さえ込んで、アルシエの自由や自尊心を奪ったのか。
オルウェンが宥めるも伯爵は止まらず、出来損ないと言われたアルシエが唇を噛む姿を見た私は怒りを感じながらも、務めて冷静に「マルグリア伯爵」と声をかけた。途端に大人しくなり、愛想を浮かべる伯爵には呆れるしか出来ない。
「これはこれは⋯お久し振りでございます、公爵様」
「私の屋敷で何を騒いでいる」
「いえね、息子に朗報を持って来たのですがなかなか首を縦に振らず⋯」
「朗報?」
生家でさんざん虐げ、失踪した姉が戻ってくるまでの代わりとして私に嫁がせた上、戻ってきた際には辺境の農地へと送ろうとしている父親が、息子の為に良い報せを持ってくる? 到底信じられないな。
眉を顰める私に伯爵は手揉みをしながらヘラヘラと話し出す。
「ええ。公爵様は、レズノール伯爵をご存知ですか?」
「当たり前だろう」
私はこの国に在する全ての貴族を纏める立場にいる。もちろん末端まで知っているのだが、何を言っているんだ?
「とある貴族の方が、アルシエと伯爵との縁談を結んでくださったのです。支度金が必要ない上に結納金も弾んでくださるそうで⋯アルシエもようやく役に立つ日が来ました」
「⋯⋯⋯」
この男、本当にその意味が分かっているのか?
レズノールは確かに爵位のわりに大金持ちだが、御歳七十の高齢者だ。おまけに男女問わずの好色家としても有名で、その性的嗜好は相手をいたぶる事だというのに。
そんな変態じじいにアルシエを嫁がせるなど、正気の沙汰ではない。
「お約束は必ずや果たしますので、アルシエはすぐにでも連れ帰りたいのですが⋯」
「断る」
「な、なぜ⋯!?」
「アルシエを腐った貴族の玩具にはさせない。お引き取り願おうか」
これ以上アルシエを傷付ける行為は許さない。
例えセレーナとの結婚が破談となったとしても、アルシエだけは私が守る。
素直でひたむき、自分よりも他者を思い遣る優しい性格は植物にも向けられ、本当の意味で分け隔てがない。アルシエにとっては、会話が出来るものは何であっても人と変わらないんだろう。
アルシエと関わるようになり彼を目にする機会も増えた。そうすると不思議とその人となりも深く知れるもので、アルシエがいかに自我を出す事を諦め流れに身を任せて生きているかが分かった。
オルウェンの言う通り、何をしても意味がないと、己の運命を受け入れている。
そんなアルシエを守ってやりたいと思い始めたのはいつからだろうか。
花たちに向ける笑顔を私にも向けて欲しい、好きな物を食べた時の嬉しそうな顔をもっと見たい。
色んな場所に連れて行って、楽しいと思える事をたくさん経験させてやりたい。
セレーナに抱いたものとは違う、私には不釣り合いとも言える感情は今までに感じた事のないもので、私自身でさえ戸惑っていた。
確かにセレーナを愛している。だが、今私の頭に浮かぶのはアルシエの事ばかりだ。
「どうしたら、アルシエに許して貰えると思う?」
我が国の城にある鍛錬場にて団員たちと稽古をしたのち、汗を拭きながら副団長であるダリスに問い掛けたら、彼は剣の様子を確認しながら苦笑した。
初対面で、望まない結婚式を強いられたアルシエにずいぶんとひどい事を言った。それ以降も傷付ける言葉をたくさんぶつけた。
そんな私が彼の心を望むのは烏滸がましいかもしれないが、せめてもう少し気を許してくれればと願わずにはいられない。
「とりあえずは、信頼回復に務めるしかないのではないでしょうか」
「マイナススタートだが、プラスに転じる事はあるのか?」
「団長は厳しいですが、本質は誠実で真っ直ぐなお方です。最初こそ失敗してしまったかもしれませんが、それは挽回すれば良いのですよ」
挽回すると言っても、何をどうすればいいのか分からない。
まさか私が、たった一人にここまで手をこまねく日が来るとはな。
空を切る音がしダリスを見るとちょうど剣を鞘へと収めたところで、彼は不思議そうな顔を私へと向けた。
「ところで⋯これまでのお話ですと、アルシエ様はセレーナ様が戻られるまでの代理夫人でしたよね。もしセレーナ様が戻られたら、団長は予定通りご結婚されるのですか?」
確かに少し前まではそのつもりだった。
だからこそセレーナを捜していたし、アルシエとも必要以上に近付く事はせず遠巻きに見ていただけだが⋯。
「正直、どうなるのかは分からない。ただ、屋敷からアルシエがいなくなる事だけは考えたくないんだ」
「ですが、セレーナ様が戻られたら出て行かれるのですよね?」
「⋯⋯いざとなれば、私の仕事を手伝うという名目で⋯」
「職権乱用もいいところです」
痛いところを突いてくるダリスを睨み、腕を組んで考える。
誰に何と言われようと、屋敷内や庭にアルシエの姿が見えなくなるのは嫌だ。彼の存在はもう、リトルハイム家の一部になっている。
出て行くつもりなら、使えるものを使うしかない。
「もう充分、答えは出ている気がしますけどね」
「⋯⋯⋯」
ダリスの呆れた声に、どう返したらいいか分からず黙り込む。
私の中で、すでにアルシエの存在がセレーナを超えている事は自分でも分かっていた。これを答えと取っていいのなら、そういう事なんだろう。
アルシエの為にも、そろそろ真剣に先の事を考えるべきなのかもしれない。
セレーナが戻って来る可能性は、もうないのかもしれないしな。
陛下から賜った仕事を終え、屋敷へと戻ると何故か使用人たちが落ち着かない様子でエントランスに集まっていた。
「どうした?」
「だ、旦那様⋯」
「あの、奥様のお父様がいらしてまして⋯」
「マルグリア伯爵が?」
なぜ突然、何の報せもなくここへ?
婚姻関係を結んだとはいえ、ここは筆頭貴族であるリトルハイム公爵家だ。事前連絡もなく来訪するとは不敬だろう。
訝しむ私にメイドは困惑しきりで応接室の方を示し、頭を下げる。
「奥様とオルウェン様がご対応してくださっておりますが⋯些か言葉も乱暴で⋯」
「分かった、私が行ってくる」
「はい」
アルシエが伯爵家で粗暴な扱いを受けていた事は認知している。何の目的かは分からないが、アルシエにとって父親が来るというのは決していい事ではないはずだ。
応接室まで来るとリーネが狼狽えていて、私に気付くなり礼の姿勢を取る。
それを横目に扉を開けば、伯爵の怒鳴り声が響き渡った。
「何度言えば分かるんだ! お前はただワシの言う事を聞いていればいいと言っているだろう!」
「ですが⋯公爵様とのお約束が⋯」
「口答えをするな!!」
「どうか落ち着いてくださいませ」
空気が震えるほどの大きな怒声にアルシエが肩を震わせ黙り込む。こうして言葉も意思も押さえ込んで、アルシエの自由や自尊心を奪ったのか。
オルウェンが宥めるも伯爵は止まらず、出来損ないと言われたアルシエが唇を噛む姿を見た私は怒りを感じながらも、務めて冷静に「マルグリア伯爵」と声をかけた。途端に大人しくなり、愛想を浮かべる伯爵には呆れるしか出来ない。
「これはこれは⋯お久し振りでございます、公爵様」
「私の屋敷で何を騒いでいる」
「いえね、息子に朗報を持って来たのですがなかなか首を縦に振らず⋯」
「朗報?」
生家でさんざん虐げ、失踪した姉が戻ってくるまでの代わりとして私に嫁がせた上、戻ってきた際には辺境の農地へと送ろうとしている父親が、息子の為に良い報せを持ってくる? 到底信じられないな。
眉を顰める私に伯爵は手揉みをしながらヘラヘラと話し出す。
「ええ。公爵様は、レズノール伯爵をご存知ですか?」
「当たり前だろう」
私はこの国に在する全ての貴族を纏める立場にいる。もちろん末端まで知っているのだが、何を言っているんだ?
「とある貴族の方が、アルシエと伯爵との縁談を結んでくださったのです。支度金が必要ない上に結納金も弾んでくださるそうで⋯アルシエもようやく役に立つ日が来ました」
「⋯⋯⋯」
この男、本当にその意味が分かっているのか?
レズノールは確かに爵位のわりに大金持ちだが、御歳七十の高齢者だ。おまけに男女問わずの好色家としても有名で、その性的嗜好は相手をいたぶる事だというのに。
そんな変態じじいにアルシエを嫁がせるなど、正気の沙汰ではない。
「お約束は必ずや果たしますので、アルシエはすぐにでも連れ帰りたいのですが⋯」
「断る」
「な、なぜ⋯!?」
「アルシエを腐った貴族の玩具にはさせない。お引き取り願おうか」
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※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。