身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

文字の大きさ
24 / 133

芽生えゆく感情(ルディウス視点)

 謙虚というよりは遠慮がちで、何も知らないからこそ無垢で純粋な心。
 素直でひたむき、自分よりも他者を思い遣る優しい性格は植物にも向けられ、本当の意味で分け隔てがない。アルシエにとっては、会話が出来るものは何であっても人と変わらないんだろう。
 アルシエと関わるようになり彼を目にする機会も増えた。そうすると不思議とその人となりも深く知れるもので、アルシエがいかに自我を出す事を諦め流れに身を任せて生きているかが分かった。
 オルウェンの言う通り、何をしても意味がないと、己の運命を受け入れている。
 そんなアルシエを守ってやりたいと思い始めたのはいつからだろうか。
 花たちに向ける笑顔を私にも向けて欲しい、好きな物を食べた時の嬉しそうな顔をもっと見たい。
 色んな場所に連れて行って、楽しいと思える事をたくさん経験させてやりたい。
 セレーナに抱いたものとは違う、私には不釣り合いとも言える感情は今までに感じた事のないもので、私自身でさえ戸惑っていた。
 確かにセレーナを愛している。だが、今私の頭に浮かぶのはアルシエの事ばかりだ。

「どうしたら、アルシエに許して貰えると思う?」

 我が国の城にある鍛錬場にて団員たちと稽古をしたのち、汗を拭きながら副団長であるダリスに問い掛けたら、彼は剣の様子を確認しながら苦笑した。
 初対面で、望まない結婚式を強いられたアルシエにずいぶんとひどい事を言った。それ以降も傷付ける言葉をたくさんぶつけた。
 そんな私が彼の心を望むのは烏滸がましいかもしれないが、せめてもう少し気を許してくれればと願わずにはいられない。

「とりあえずは、信頼回復に務めるしかないのではないでしょうか」
「マイナススタートだが、プラスに転じる事はあるのか?」
「団長は厳しいですが、本質は誠実で真っ直ぐなお方です。最初こそ失敗してしまったかもしれませんが、それは挽回すれば良いのですよ」

 挽回すると言っても、何をどうすればいいのか分からない。
 まさか私が、たった一人にここまで手をこまねく日が来るとはな。
 空を切る音がしダリスを見るとちょうど剣を鞘へと収めたところで、彼は不思議そうな顔を私へと向けた。

「ところで⋯これまでのお話ですと、アルシエ様はセレーナ様が戻られるまでの代理夫人でしたよね。もしセレーナ様が戻られたら、団長は予定通りご結婚されるのですか?」

 確かに少し前まではそのつもりだった。
 だからこそセレーナを捜していたし、アルシエとも必要以上に近付く事はせず遠巻きに見ていただけだが⋯。

「正直、どうなるのかは分からない。ただ、屋敷からアルシエがいなくなる事だけは考えたくないんだ」
「ですが、セレーナ様が戻られたら出て行かれるのですよね?」
「⋯⋯いざとなれば、私の仕事を手伝うという名目で⋯」
「職権乱用もいいところです」

 痛いところを突いてくるダリスを睨み、腕を組んで考える。
 誰に何と言われようと、屋敷内や庭にアルシエの姿が見えなくなるのは嫌だ。彼の存在はもう、リトルハイム家の一部になっている。
 出て行くつもりなら、使えるものを使うしかない。

「もう充分、答えは出ている気がしますけどね」
「⋯⋯⋯」

 ダリスの呆れた声に、どう返したらいいか分からず黙り込む。
 私の中で、すでにアルシエの存在がセレーナを超えている事は自分でも分かっていた。これを答えと取っていいのなら、なんだろう。
 アルシエの為にも、そろそろ真剣に先の事を考えるべきなのかもしれない。
 セレーナが戻って来る可能性は、もうないのかもしれないしな。



 陛下から賜った仕事を終え、屋敷へと戻ると何故か使用人たちが落ち着かない様子でエントランスに集まっていた。

「どうした?」
「だ、旦那様⋯」
「あの、奥様のお父様がいらしてまして⋯」
「マルグリア伯爵が?」

 なぜ突然、何の報せもなくここへ?
 婚姻関係を結んだとはいえ、ここは筆頭貴族であるリトルハイム公爵家だ。事前連絡もなく来訪するとは不敬だろう。
 訝しむ私にメイドは困惑しきりで応接室の方を示し、頭を下げる。

「奥様とオルウェン様がご対応してくださっておりますが⋯些か言葉も乱暴で⋯」
「分かった、私が行ってくる」
「はい」

 アルシエが伯爵家で粗暴な扱いを受けていた事は認知している。何の目的かは分からないが、アルシエにとって父親が来るというのは決していい事ではないはずだ。
 応接室まで来るとリーネが狼狽えていて、私に気付くなり礼の姿勢を取る。
 それを横目に扉を開けば、伯爵の怒鳴り声が響き渡った。

「何度言えば分かるんだ! お前はただワシの言う事を聞いていればいいと言っているだろう!」
「ですが⋯公爵様とのお約束が⋯」
「口答えをするな!!」
「どうか落ち着いてくださいませ」

 空気が震えるほどの大きな怒声にアルシエが肩を震わせ黙り込む。こうして言葉も意思も押さえ込んで、アルシエの自由や自尊心を奪ったのか。
 オルウェンが宥めるも伯爵は止まらず、出来損ないと言われたアルシエが唇を噛む姿を見た私は怒りを感じながらも、務めて冷静に「マルグリア伯爵」と声をかけた。途端に大人しくなり、愛想を浮かべる伯爵には呆れるしか出来ない。

「これはこれは⋯お久し振りでございます、公爵様」
「私の屋敷で何を騒いでいる」
「いえね、息子に朗報を持って来たのですがなかなか首を縦に振らず⋯」
「朗報?」

 生家でさんざん虐げ、失踪した姉が戻ってくるまでの代わりとして私に嫁がせた上、戻ってきた際には辺境の農地へと送ろうとしている父親が、息子の為に良い報せを持ってくる? 到底信じられないな。
 眉を顰める私に伯爵は手揉みをしながらヘラヘラと話し出す。

「ええ。公爵様は、レズノール伯爵をご存知ですか?」
「当たり前だろう」

 私はこの国に在する全ての貴族を纏める立場にいる。もちろん末端まで知っているのだが、何を言っているんだ?

「とある貴族の方が、アルシエと伯爵との縁談を結んでくださったのです。支度金が必要ない上に結納金も弾んでくださるそうで⋯アルシエもようやく役に立つ日が来ました」
「⋯⋯⋯」

 この男、本当にその意味が分かっているのか?
 レズノールは確かに爵位のわりに大金持ちだが、御歳七十の高齢者だ。おまけに男女問わずの好色家としても有名で、その性的嗜好は相手をいたぶる事だというのに。
 そんな変態じじいにアルシエを嫁がせるなど、正気の沙汰ではない。

「お約束は必ずや果たしますので、アルシエはすぐにでも連れ帰りたいのですが⋯」
「断る」
「な、なぜ⋯!?」
「アルシエを腐った貴族の玩具にはさせない。お引き取り願おうか」

 これ以上アルシエを傷付ける行為は許さない。
 例えセレーナとの結婚が破談となったとしても、アルシエだけは私が守る。
感想 86

あなたにおすすめの小説

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

何もしない悪役令息になってみた

ゆい
BL
アダマス王国を舞台に繰り広げられるBLゲーム【宝石の交響曲《シンフォニー》】 家名に宝石の名前が入っている攻略対象5人と、男爵令息のヒロイン?であるルテウスが剣と魔法で、幾多の障害と困難を乗り越えて、学園卒業までに攻略対象とハッピーエンドを目指すゲーム。 悪役令息として、前世の記憶を取り戻した僕リアムは何もしないことを選択した。 主人公が成長するにつれて、一人称が『僕』から『私』に変わっていきます。 またしても突発的な思いつきによる投稿です。 楽しくお読みいただけたら嬉しいです。 誤字脱字等で文章を突然改稿するかもです。誤字脱字のご報告をいただけるとありがたいです。 2025.7.31 本編完結しました。 2025.8.2 番外編完結しました。 2025.8.4 加筆修正しました。 2025.11.7 番外編追加しました。 2025.11.12 番外編追加分完結しました。 第13回BL大賞で奨励賞を賜りました。お読みくださった方、投票してくださった方、本当に、本当にありがとうございます。 2026.1.11 ムーンライトノベル様に投稿しました。細かい箇所は改稿しているので、アルファポリスとは多少内容が変わっています。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。