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歩み寄る
翌日、さっそくリーネさんに仕事がないか聞いてみたんだけど、驚いた彼女に即答でダメだと言われてしまった。そんな勢い良く拒否しないでも⋯。
それでもどんな事でもいいからと食い下がってたらどうして仕事がしたいのかを聞かれ、昨夜の事を話したら何だか悲しい目で見られた。
「奥様、旦那様は返して欲しいなんて思っておりませんよ。旦那様もおっしゃっていたではないですか。したいようにすると」
「でも、金貨百枚ですよ? 何もしないでいるなんて⋯」
「リトルハイム公爵家にとっては、金貨百枚など銅貨百枚と変わりませんから」
「さ、さすがにそれは⋯」
銅貨なんて子供のお小遣いにも渡されるものなのに。
でもリーネさんは、僕がどれだけ言っても仕事をくれるつもりはないみたいで、この話は終わりとばかりに朝食の用意を始めた。
「もうすぐ準備が出来ますからね」
「⋯⋯リーネさん」
「はい」
「どうして公爵様は、僕に優しくしてくれるんでしょう」
ご友人がいたあのテラスで、僕なんかに頭を下げた公爵様。あの日からずっと公爵様は優しくて、僕にお土産をくれたり花畑へ連れて行ったりしてくれた。
だけどその理由がどうしても分からないからリーネさんに問い掛けたら、僕の手を引いてソファに座らせたあと床に膝をついて握り込んだ。
「奥様が大切だからですよ」
「⋯? 公爵様が大切に思っているのは姉様ですよ?」
「人の心は接する人によって変わります。今旦那様のお傍には、セレーナ様ではなく奥様がいらっしゃいますから、旦那様の気持ちが変わっても不思議ではありません」
「でも、僕は公爵様には嫌われているはずですから⋯」
「今の旦那様を見て、まだ嫌われてると感じますか?」
「⋯⋯⋯」
正直に言えば、マイナスがゼロくらいにはなれたかなとは思ってる。
前みたいに剣呑な空気はないし、僕に話しかける声も口調も触れる手も優しい。あんな風に触れてくれる人は今までいなかったから。
でも気持ちが変わるって本当にあるの?
公爵様はあんなに姉様を愛してらっしゃるのに。
「奥様と言葉を交わすようになって、旦那様は変わりつつあります。本来の旦那様は、使用人にも分け隔てなく接してくださるお優しい方だと祖父から聞きしました。私にもよくお声をかけてくださいます。近頃は、奥様の事を聞かれますよ」
「僕の事?」
「はい。不便はしていないか、退屈はしていないか、体調は大丈夫かと、奥様を気遣うお言葉ばかりです」
僕には必要な物があればって言ってくれたりはしてたけど、リーネさんにまでそんな風に聞いてたなんて知らなかった。
驚いてポカンとする僕にリーネさんはクスリと笑う。
「私は旦那様が奥様にどのような事をおっしゃったのかは分かりませんし、もしかしたら奥様は旦那様と仲良くされたくないかもしれません。ですが私は、叶うならお二人が笑い合ってる姿が見たいと思っております」
「⋯⋯⋯」
八歳以降、僕が誰かに笑いかける事はなくなった。
誰も返してくれないし、父様には虫唾が走ると言われたから、人に対して笑顔を見せる事が怖くなったんだ。
動物や植物には素直になれるけど、誰かを前にすると反射的に俯いてしまう。
「旦那様のお気持ちは旦那様にしか分かりませんが、奥様へ歩み寄ろうとされているのは確かですよ」
「歩み寄る⋯」
「私としては、出来れば奥様にもそうしていただけたらと思っております」
庭の花たちもそんな事を言っていた。同じ事をお屋敷で働いているリーネさんが言うなら⋯⋯信じてみるって選択をするのもありなのかも。
行動するのは不安だし怖いけど、自分が変われるキッカケになるなら⋯きっと辺境でも、誰かと向き合えるようになるかもしれないから。
僕は顔を上げて紅水晶の花を見ると、大きく息を吸って頷いた。
「分かりました。僕も⋯頑張ります」
「ありがとうございます。ですが無理だけはなさらないでくださいね。奥様のお気持ちが最優先ですよ」
「はい」
嬉しそうなリーネさんに僕も嬉しくなる。
歩み寄るってどうしたらいいか分からないけど、まずは公爵様のお顔をちゃんと見れるように頑張ろう。
それから一週間が経って、僕と公爵様は少しずつ会話が増えていった。
図書室から戻る時間と公爵様がお仕事から帰宅する時間が被ってる事があったりもして、お出迎えをするのもちょっとは慣れた。
でもなかなかぎこちなさは抜けなくて、公爵様が話してくれないと静かになっちゃうのはのはどうにかしたい。
「アルシエ、いい物を持ってきた」
「? いい物、ですか?」
そんなある日、早めに帰宅した公爵様は外套も着たまま図書室まで来ると、目を瞬く僕にそう言ってきた。戸惑いつつ立ち上がり、差し出された袋を両手で受け取ると開けるよう促される。
触った感じは何か容器のようだけど、不思議に思いながら開いた僕は中を見て目を見瞠った。
「⋯これって⋯蕾、ですか?」
「ああ。慣れていない者でも育てやすい花だそうだ。魔力を込めればおよそ二十日ほどで花弁が開くと聞いたから、庭師にでも頼むといい」
袋の中には小さな植木鉢に植えられた小さな木が入っていて、いくつか伸びた枝の先には緑葉と蕾がついている。
「今、アルシエ専用の花壇を作っているところだ。この鉢が窮屈だと言うなら、そこへ植え替えてやるといい」
「⋯僕専用の⋯花壇⋯?」
「アルシエは植物が好きだろう? それなら自分で育ててみるのもいいんじゃないかと思ってな。それに、話してみたくないか?」
「え?」
「自分が育てた花たちと」
自分が花を育てるという事も、育てた花たちと話をするという事も、今まで一度も考えた事なかったから面食らってしまった。
僕が好きだからという理由だけでなく、そんな事まで考えてくれるなんて。
話したいか話したくないかって聞かれたらもちろん。
「話したい⋯です⋯」
「なら、頑張って育てないとな」
「はい。公爵様、ありがとうございます」
公爵様の手が僕の頭に触れ軽く撫でる。
嬉しい、本当に嬉しい。
僕は植木鉢の入った袋を胸元へ寄せると、潰さないようそっと抱き締めた。
さっそく明日、庭師のおじさんにお願いしてみよう。
それでもどんな事でもいいからと食い下がってたらどうして仕事がしたいのかを聞かれ、昨夜の事を話したら何だか悲しい目で見られた。
「奥様、旦那様は返して欲しいなんて思っておりませんよ。旦那様もおっしゃっていたではないですか。したいようにすると」
「でも、金貨百枚ですよ? 何もしないでいるなんて⋯」
「リトルハイム公爵家にとっては、金貨百枚など銅貨百枚と変わりませんから」
「さ、さすがにそれは⋯」
銅貨なんて子供のお小遣いにも渡されるものなのに。
でもリーネさんは、僕がどれだけ言っても仕事をくれるつもりはないみたいで、この話は終わりとばかりに朝食の用意を始めた。
「もうすぐ準備が出来ますからね」
「⋯⋯リーネさん」
「はい」
「どうして公爵様は、僕に優しくしてくれるんでしょう」
ご友人がいたあのテラスで、僕なんかに頭を下げた公爵様。あの日からずっと公爵様は優しくて、僕にお土産をくれたり花畑へ連れて行ったりしてくれた。
だけどその理由がどうしても分からないからリーネさんに問い掛けたら、僕の手を引いてソファに座らせたあと床に膝をついて握り込んだ。
「奥様が大切だからですよ」
「⋯? 公爵様が大切に思っているのは姉様ですよ?」
「人の心は接する人によって変わります。今旦那様のお傍には、セレーナ様ではなく奥様がいらっしゃいますから、旦那様の気持ちが変わっても不思議ではありません」
「でも、僕は公爵様には嫌われているはずですから⋯」
「今の旦那様を見て、まだ嫌われてると感じますか?」
「⋯⋯⋯」
正直に言えば、マイナスがゼロくらいにはなれたかなとは思ってる。
前みたいに剣呑な空気はないし、僕に話しかける声も口調も触れる手も優しい。あんな風に触れてくれる人は今までいなかったから。
でも気持ちが変わるって本当にあるの?
公爵様はあんなに姉様を愛してらっしゃるのに。
「奥様と言葉を交わすようになって、旦那様は変わりつつあります。本来の旦那様は、使用人にも分け隔てなく接してくださるお優しい方だと祖父から聞きしました。私にもよくお声をかけてくださいます。近頃は、奥様の事を聞かれますよ」
「僕の事?」
「はい。不便はしていないか、退屈はしていないか、体調は大丈夫かと、奥様を気遣うお言葉ばかりです」
僕には必要な物があればって言ってくれたりはしてたけど、リーネさんにまでそんな風に聞いてたなんて知らなかった。
驚いてポカンとする僕にリーネさんはクスリと笑う。
「私は旦那様が奥様にどのような事をおっしゃったのかは分かりませんし、もしかしたら奥様は旦那様と仲良くされたくないかもしれません。ですが私は、叶うならお二人が笑い合ってる姿が見たいと思っております」
「⋯⋯⋯」
八歳以降、僕が誰かに笑いかける事はなくなった。
誰も返してくれないし、父様には虫唾が走ると言われたから、人に対して笑顔を見せる事が怖くなったんだ。
動物や植物には素直になれるけど、誰かを前にすると反射的に俯いてしまう。
「旦那様のお気持ちは旦那様にしか分かりませんが、奥様へ歩み寄ろうとされているのは確かですよ」
「歩み寄る⋯」
「私としては、出来れば奥様にもそうしていただけたらと思っております」
庭の花たちもそんな事を言っていた。同じ事をお屋敷で働いているリーネさんが言うなら⋯⋯信じてみるって選択をするのもありなのかも。
行動するのは不安だし怖いけど、自分が変われるキッカケになるなら⋯きっと辺境でも、誰かと向き合えるようになるかもしれないから。
僕は顔を上げて紅水晶の花を見ると、大きく息を吸って頷いた。
「分かりました。僕も⋯頑張ります」
「ありがとうございます。ですが無理だけはなさらないでくださいね。奥様のお気持ちが最優先ですよ」
「はい」
嬉しそうなリーネさんに僕も嬉しくなる。
歩み寄るってどうしたらいいか分からないけど、まずは公爵様のお顔をちゃんと見れるように頑張ろう。
それから一週間が経って、僕と公爵様は少しずつ会話が増えていった。
図書室から戻る時間と公爵様がお仕事から帰宅する時間が被ってる事があったりもして、お出迎えをするのもちょっとは慣れた。
でもなかなかぎこちなさは抜けなくて、公爵様が話してくれないと静かになっちゃうのはのはどうにかしたい。
「アルシエ、いい物を持ってきた」
「? いい物、ですか?」
そんなある日、早めに帰宅した公爵様は外套も着たまま図書室まで来ると、目を瞬く僕にそう言ってきた。戸惑いつつ立ち上がり、差し出された袋を両手で受け取ると開けるよう促される。
触った感じは何か容器のようだけど、不思議に思いながら開いた僕は中を見て目を見瞠った。
「⋯これって⋯蕾、ですか?」
「ああ。慣れていない者でも育てやすい花だそうだ。魔力を込めればおよそ二十日ほどで花弁が開くと聞いたから、庭師にでも頼むといい」
袋の中には小さな植木鉢に植えられた小さな木が入っていて、いくつか伸びた枝の先には緑葉と蕾がついている。
「今、アルシエ専用の花壇を作っているところだ。この鉢が窮屈だと言うなら、そこへ植え替えてやるといい」
「⋯僕専用の⋯花壇⋯?」
「アルシエは植物が好きだろう? それなら自分で育ててみるのもいいんじゃないかと思ってな。それに、話してみたくないか?」
「え?」
「自分が育てた花たちと」
自分が花を育てるという事も、育てた花たちと話をするという事も、今まで一度も考えた事なかったから面食らってしまった。
僕が好きだからという理由だけでなく、そんな事まで考えてくれるなんて。
話したいか話したくないかって聞かれたらもちろん。
「話したい⋯です⋯」
「なら、頑張って育てないとな」
「はい。公爵様、ありがとうございます」
公爵様の手が僕の頭に触れ軽く撫でる。
嬉しい、本当に嬉しい。
僕は植木鉢の入った袋を胸元へ寄せると、潰さないようそっと抱き締めた。
さっそく明日、庭師のおじさんにお願いしてみよう。
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三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。