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雷鳴とぬくもり
この国では数年に一度、土砂降りの雨に見舞われる日がある。それは三日三晩続き、ひどい時には雷も伴うんだけど⋯僕はその雷が苦手だった。
苦手というより嫌いかもしれない。
五年前にも一度経験してて、その時に初めて雷というものを知り、眩しいばかりの光と地響きのような大きな音が見事にトラウマになった僕は、その時と同じく激しく降り出した雨に不安を抱いてた。
雷はいつ鳴り出すか分からない。
伯爵家にいた時は薄くて汚れたシーツを頭から被って必死で耐えてたけど、いくら公爵家の布団が厚めでも音や響きは変わらないだろうからどうしても怖くて。
でも今回もそうして雷が過ぎるのを待つしかない。
こんな事で、誰かに頼る訳にはいかないから。
時間が経つにつれ雨足は強くなり、雲も厚みを増して空がさらに暗くなってきた。
気を紛らわそうと図書室にいた僕だけど全然集中出来なくて、取り出した本は結局開く事もなかった。
こんな日は水やりどころか外に出る事さえ不可能だから、公爵様も朝からお家の仕事をするべく執務室にこもってる。オルウェンさんが休憩もしてくれないって嘆いててちょっと気の毒だった。
公爵様、働き者だもんね。書類整理くらいなら僕も出来そうだけど、さすがに公爵家の内情には触れないし。
椅子から立ち上がった僕は元の場所に本を戻し、少し悩んでから図書室をあとにする。
ここにいてもたぶん本を読む気にはなれないから、部屋で宝物を眺めている方が気持ちも落ち着くと思ったんだ。
それに、時間的にリーネさんがお茶を持ってくるだろうし。
今日のお茶菓子は何かなーなんて、無理やり違う事に意識をもっていく。
もうすぐエントランスに差し掛かろうとした時、仕事をしているはずの公爵様が角から現れた。僕が向かってくる事に気付くと声をかけてくれる。
「アルシエ、ちょうど良かった」
「?」
「渡したい物があって、図書室に向かうところだったんだ」
「渡したい物?」
何だろうと首を傾げたら、公爵様は小脇に抱えていた物を持つと広げて見せたあと背中側から肩に掛けてくれた。それはクリーム色の大判のショールで、ウール素材で出来てるから肌寒くなるこれからにはちょうど良さそう。
でも、どうしてこれを僕に?
「今年は早めに寒冷期が来ると占い師たちが言っていたから、少しでも寒いと感じた時に使えるよう頼んでおいたんだ」
「わざわざ⋯僕の為に⋯?」
「体調を崩して辛そうにするアルシエは見たくないからな」
今のところここに来てから具合を悪くしたり寝込んだりした事はないけど、公爵様は心配して用意してくれたんだ。
優しい気遣いに胸が暖かくなるのを感じてショールに触れた僕は、その手触りを確かめながら公爵様へと頭を下げた。
「ありがとうございます」
これまで貰った物は棚に置いてたけど、これは大切にしつつたくさん使おう。
ずり落ちたりしないようしっかりと前を合わせて握った僕はそろそろ部屋に戻る事を公爵様に伝えるべく顔を上げようとしたんだけど、突然の光とそのすぐあとに建物が揺れるほどの轟音が響いたせいで何も言えなくなった。
「⋯⋯!!」
「⋯雷か⋯」
公爵様は平然としてるけど、僕は驚きと恐怖で身が竦み固まってしまった。足が震えて立っているのもやっとな僕に、公爵様が不思議そうに声をかける。
「どうした?」
「⋯⋯ぼ、僕⋯⋯雷、が⋯苦手で⋯ひっ」
再び窓の外が光って雷が鳴る。僕は恐怖から耳を押さえてしゃがみ込んだ。
こんな事したって意味がないのは分かってるけど、ほんの僅かでも音を防ぎたくて痛くなるくらい手の平を押し当ててたら、不意に暖かい何かに包まれて一瞬の耳鳴りのあと何も聞こえなくなった。
今の今まで激しく脈打ってた鼓動も、自分の呼吸音さえも。
驚いて顔を上げたら膝をついた公爵様がいて、耳を塞いでいた僕の手を引いて立ち上がらせるといつもの優しい笑顔を浮かべる。
瞬間また空が光って思わず目を瞑ったけど、あんなに大きかった音は耳に入ってこなかった。
(⋯もしかして⋯公爵様の魔法⋯?)
誰がどんな魔法をどれだけ使えるのかは知らないけど、この国でも随一と言われる魔力の持ち主である公爵様なら、音が聞こえない魔法を使えても不思議じゃない。
でもいくら音がしなくても光れば反射的に竦んでしまうもので、ぎゅっと目を閉じたまま公爵様の手を握り返したらまた引かれて、今度は全身が温もりに包まれた。
ふわりと香った匂いはスパイシーで、でも優しさを感じる不思議な香り。
目を開けたら視界いっぱいに黒が広がって、それが公爵様の服だと気付くまで時間はかからなかった。
僕、公爵様に抱き締められてる⋯?
雷の音も聞こえなくて、稲光も見えない。僕にとっての怖いものがなくなった。
「⋯⋯⋯」
後頭部が大きな手に包まれるように撫でられ、視線を上げれば見下ろしてる公爵様と目が合い口がパクパクと動いた。でも聞こえないから分からなくて首を傾げたら、微笑んで緩く首を振り僕の頬へと指先で触れる。
たったそれだけなのに安心して、身体から力が抜けて僕は公爵様へと寄りかかった。
不思議。頭の中、公爵様でいっぱいになってる。
でも嫌じゃないのは、頭を撫で続けてくれる公爵様の手が暖かいからかもしれない。
幸いな事に夜には雷も去り強い雨が降るだけになったんだけど、鳴っている間、公爵様はずっと音を塞いで傍にいてくれた。
また雷が鳴る日が来たら、こうして魔法をかけて一緒にいてくれるんだって。
前までの僕なら公爵様の手を煩わせる訳にはいかないって断ってただろうけど、今日は初めて、そう出来たらいいのになって思った。
僕が雷を怖がり過ぎなだけかもしれないけど。
苦手というより嫌いかもしれない。
五年前にも一度経験してて、その時に初めて雷というものを知り、眩しいばかりの光と地響きのような大きな音が見事にトラウマになった僕は、その時と同じく激しく降り出した雨に不安を抱いてた。
雷はいつ鳴り出すか分からない。
伯爵家にいた時は薄くて汚れたシーツを頭から被って必死で耐えてたけど、いくら公爵家の布団が厚めでも音や響きは変わらないだろうからどうしても怖くて。
でも今回もそうして雷が過ぎるのを待つしかない。
こんな事で、誰かに頼る訳にはいかないから。
時間が経つにつれ雨足は強くなり、雲も厚みを増して空がさらに暗くなってきた。
気を紛らわそうと図書室にいた僕だけど全然集中出来なくて、取り出した本は結局開く事もなかった。
こんな日は水やりどころか外に出る事さえ不可能だから、公爵様も朝からお家の仕事をするべく執務室にこもってる。オルウェンさんが休憩もしてくれないって嘆いててちょっと気の毒だった。
公爵様、働き者だもんね。書類整理くらいなら僕も出来そうだけど、さすがに公爵家の内情には触れないし。
椅子から立ち上がった僕は元の場所に本を戻し、少し悩んでから図書室をあとにする。
ここにいてもたぶん本を読む気にはなれないから、部屋で宝物を眺めている方が気持ちも落ち着くと思ったんだ。
それに、時間的にリーネさんがお茶を持ってくるだろうし。
今日のお茶菓子は何かなーなんて、無理やり違う事に意識をもっていく。
もうすぐエントランスに差し掛かろうとした時、仕事をしているはずの公爵様が角から現れた。僕が向かってくる事に気付くと声をかけてくれる。
「アルシエ、ちょうど良かった」
「?」
「渡したい物があって、図書室に向かうところだったんだ」
「渡したい物?」
何だろうと首を傾げたら、公爵様は小脇に抱えていた物を持つと広げて見せたあと背中側から肩に掛けてくれた。それはクリーム色の大判のショールで、ウール素材で出来てるから肌寒くなるこれからにはちょうど良さそう。
でも、どうしてこれを僕に?
「今年は早めに寒冷期が来ると占い師たちが言っていたから、少しでも寒いと感じた時に使えるよう頼んでおいたんだ」
「わざわざ⋯僕の為に⋯?」
「体調を崩して辛そうにするアルシエは見たくないからな」
今のところここに来てから具合を悪くしたり寝込んだりした事はないけど、公爵様は心配して用意してくれたんだ。
優しい気遣いに胸が暖かくなるのを感じてショールに触れた僕は、その手触りを確かめながら公爵様へと頭を下げた。
「ありがとうございます」
これまで貰った物は棚に置いてたけど、これは大切にしつつたくさん使おう。
ずり落ちたりしないようしっかりと前を合わせて握った僕はそろそろ部屋に戻る事を公爵様に伝えるべく顔を上げようとしたんだけど、突然の光とそのすぐあとに建物が揺れるほどの轟音が響いたせいで何も言えなくなった。
「⋯⋯!!」
「⋯雷か⋯」
公爵様は平然としてるけど、僕は驚きと恐怖で身が竦み固まってしまった。足が震えて立っているのもやっとな僕に、公爵様が不思議そうに声をかける。
「どうした?」
「⋯⋯ぼ、僕⋯⋯雷、が⋯苦手で⋯ひっ」
再び窓の外が光って雷が鳴る。僕は恐怖から耳を押さえてしゃがみ込んだ。
こんな事したって意味がないのは分かってるけど、ほんの僅かでも音を防ぎたくて痛くなるくらい手の平を押し当ててたら、不意に暖かい何かに包まれて一瞬の耳鳴りのあと何も聞こえなくなった。
今の今まで激しく脈打ってた鼓動も、自分の呼吸音さえも。
驚いて顔を上げたら膝をついた公爵様がいて、耳を塞いでいた僕の手を引いて立ち上がらせるといつもの優しい笑顔を浮かべる。
瞬間また空が光って思わず目を瞑ったけど、あんなに大きかった音は耳に入ってこなかった。
(⋯もしかして⋯公爵様の魔法⋯?)
誰がどんな魔法をどれだけ使えるのかは知らないけど、この国でも随一と言われる魔力の持ち主である公爵様なら、音が聞こえない魔法を使えても不思議じゃない。
でもいくら音がしなくても光れば反射的に竦んでしまうもので、ぎゅっと目を閉じたまま公爵様の手を握り返したらまた引かれて、今度は全身が温もりに包まれた。
ふわりと香った匂いはスパイシーで、でも優しさを感じる不思議な香り。
目を開けたら視界いっぱいに黒が広がって、それが公爵様の服だと気付くまで時間はかからなかった。
僕、公爵様に抱き締められてる⋯?
雷の音も聞こえなくて、稲光も見えない。僕にとっての怖いものがなくなった。
「⋯⋯⋯」
後頭部が大きな手に包まれるように撫でられ、視線を上げれば見下ろしてる公爵様と目が合い口がパクパクと動いた。でも聞こえないから分からなくて首を傾げたら、微笑んで緩く首を振り僕の頬へと指先で触れる。
たったそれだけなのに安心して、身体から力が抜けて僕は公爵様へと寄りかかった。
不思議。頭の中、公爵様でいっぱいになってる。
でも嫌じゃないのは、頭を撫で続けてくれる公爵様の手が暖かいからかもしれない。
幸いな事に夜には雷も去り強い雨が降るだけになったんだけど、鳴っている間、公爵様はずっと音を塞いで傍にいてくれた。
また雷が鳴る日が来たら、こうして魔法をかけて一緒にいてくれるんだって。
前までの僕なら公爵様の手を煩わせる訳にはいかないって断ってただろうけど、今日は初めて、そう出来たらいいのになって思った。
僕が雷を怖がり過ぎなだけかもしれないけど。
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