身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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初めての気持ち

 ほんの数時間しか経っていないのに、姉様はすっかり使用人と仲良くなってた。
 テラスでお喋りしながら優雅にお茶をする姿は公爵夫人そのもので、庭に出ていた僕はそれを見て何をするでもなく部屋へと戻る。
 みんな楽しそうで、僕といる時とは全然違う。みんながみんな姉様と話したがってた。

「奥様、私とお茶をしませんか?」

 窓の外を眺めながら花たちの声を聞いてたら、いつの間に部屋にいたのかリーネさんがそう声をかけてきた。
 その優しさに泣きそうになりながらも頷くと、ケーキといい香りのする紅茶がテーブルにセットされる。

「こちらは、旦那様が団員の方からオススメだと教えていただいたケーキなんですよ」
「公爵様が⋯」
「はい。最近の旦那様は奥様の事ばかりで、みんなどうしてご本人にお聞きしないんだろうって首を傾げてます」

 きっとリーネさんなりの気遣いなんだろうけど、そう言って貰えるだけで嬉しい。
 ソファに座り、ソーサーごとカップを持ち上げ紅茶に口を付ける。
 でもきっと公爵様は、姉様が戻って来た事を知ったらすぐにでも結婚したがるはず。僕は、荷物を纏めておいた方がいいのかもしれない。
 大切な物だけでも持って、いつでもここを出て行けるように。


 お城でのお仕事だったからなかなか帰宅出来なかった公爵様は、夕方、珍しく慌てた様子で帰ってきて、姉様に気付くと信じられないとばかりに近付いた。

「セレーナ嬢、今までどこに⋯」
「申し訳ございません、公爵様。私、公爵様のお噂を耳にしてしまい怖くなってつい逃げ出してしまったのです。本来ならすぐに謝罪に出向くべきだったのですがどうしても足が竦んでしまって⋯でもアルが、弟が私の代わりを務めていると聞いて急いで戻ってきたのです。このように時間が経って何を今さらと思われるかもしれませんが、どうかアルを解放してあげてください。私が公爵様に嫁ぎます」

 綺麗な顔を悲しげに伏せて言い募る姉様は誰が見ても庇護欲をそそり、どんな事情があれど許したくなる儚さを持ってる。現に公爵様も憐れむような表情で苦笑すると、緩く首を振って姉様の肩へと触れた。
 それを見た瞬間心がザワつき僕は視線を逸らす。

「そうだったのか。私も噂の事は知っていたが、所詮噂だと放置したのが良くなかったな。怖がらせてしまいすまなかった。アルシエの事も⋯きちんと考えるから安心してくれ」
「いいえ⋯私が自分の目で確かめれば良かったのです⋯」
「過ぎた事だ。とはいえ、長く家にも帰らず疲れただろう。部屋を用意させるから、ゆっくり休むといい」
「お心遣い、感謝いたします」

 向かい合うだけで絵になる二人。
 みんながうっとりした様子で二人を見ていて、端にいる僕はまるで陽の射さない影にいるみたいだ。
 姉様と話す公爵様を見たくなくて俯いてたら、足音が近付いてきて頭上から柔らかい声が降ってきた。

「ただいま、アルシエ」
「⋯ぁ⋯お、おかえり⋯なさい⋯」

 てっきり部屋の用意が出来るまで姉様と話すと思ってたから、いつもみたいに僕に声をかけてくれた事に驚いて間抜けな返事になってしまった。でも公爵様は気にした様子もなく僕の頭に手を乗せると、今度は申し訳なさそうな顔をする。

「すまない、急いでいたから土産を置いてきてしまった」
「あ、いえ⋯⋯そんなにいつも買っていただかなくても⋯」
「アルシエの好きそうな物を見つけるとついな。明日持って帰ってくる」
「⋯ありがとうございます」

 ついって言うくらい、公爵様の頭の中に僕がいるって事なのかな。嬉しいけど、今は複雑な気持ちだ。 
 でも明日の約束が出来て、明日もまだいていいんだって事にはホッとする。

「アルシエ、今日は花壇に行ったか?」
「え? い、いいえ⋯今日はちょっと⋯」
「マーディンが姿が見えなくて寂しいと言っていた。少し顔を見せに行かないか?」

 マーディンさんとはすっかり仲良くなれて、今では花壇の前で話したり花たちの言葉を教えてあげたりしてた。マーディンさんも植物が大好きだから、会話が出来る事を羨んでも気味悪がったりはしなくてむしろ興味津々だった事が嬉しい。
 毎日のように会ってるから、心配かけてしまったのかも。
 頷くと公爵様は僕の背中を軽く押して先を促す。
 あれ、もしかして一緒に行くのかな。

「あの、公爵様」

 お屋敷を通って庭の方へと向かおうとした時、まだその場にいた姉様が遠慮がちに呼び止めた。
 振り向いた公爵様に近付き、控えめに微笑む。

「よろしければ、私もご一緒しても?」
「いや、マーディンはあまり庭に人を入れたくないタイプでな。申し訳ないが、セレーナ嬢は遠慮してくれ」
「あ、そ、そうなのですね⋯分かりました」

 そうキッパリと言った公爵様は姉様が歯噛みした事には気付かず、僕の肩に手を置き再び歩き出した。
 公爵様が、姉様じゃなく僕を優先した。それには僕も、他の人たちも驚いてて少しザワついてるのに、公爵様は分かっているのかいないのか僕と並んで庭へと出る。
 びっくりはしたけど⋯⋯嬉しい。

「あの⋯良かったんですか⋯?」
「何がだ?」
「その⋯⋯姉様と⋯お話されなくても⋯」

 あれほど恋焦がれていたのにあんなにあっさりと⋯公爵様なら、姉様からマイナスに見られるような事はしないと思ってたのに。
 公爵様は数回瞬きしたあといつもみたいに笑うと、僕の頭を少し乱暴に撫でてきた。

「セレーナとは明日でも話せる。だが今は、アルシエの友人を安心させてやらないとな」

 手が引かれ、マーディンさんが住む離れの家の方まで足を進める公爵様の背中を見て、僕は今までに感じた事のない気持ちが膨らんでいくのが分かった。

(どうしてかな⋯⋯姉様と、結婚して欲しくない⋯)

 僕だけに触れて、僕だけに笑って欲しい。
 お腹の底から出てくるドロドロとした感覚が初めてな僕は、それが独占欲というものだとは気付けなかった。
 このまま、僕と公爵様だけでいられたらいいのに。
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