身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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冷たい視線

 ふと目が覚めた時、僕は窓の外を見て慌てて起き上がった。
 すっかり日は昇っていて、今が何時かは分からないもののいつも起きてる時間は確実に過ぎてる。
 ベッドから降りて浴室に行ってみたけど、僕が昨日脱いだ服はそのまま置かれてた。
 つまりリーネさんは、朝も来てないって事だ。

「もしかして⋯本当に具合を悪くしてる⋯?」

 だとしたらお見舞いに行かないと。
 確か本館の隣に使用人用の別館があって、一部屋に二人で生活してるんだっけ。でも部屋がどこかは知らないから誰かに聞いてみないといけない。
 僕は久し振りに自分で身支度を整え、ベッドメイクも済ませてから部屋を出ると別館がある方へと向かった。途中で誰かに会ったら、リーネさんの事聞いてみよう。
 お屋敷は迷子になりそうなくらい広いけど、目印は覚えてるから大丈夫。
 えっと、この絵画があるって事はこっちが外に繋がる廊下だから⋯。

「まぁ、リーネは若いのに物知りなのね」

 真っ直ぐか右かで悩んでいたら少し離れたところから姉様の声が聞こえてきた。テラスにいるんだろうけど、それよりも姉様が口にした名前にあれ? ってなる。
 今確かに、〝リーネ〟って呼んだよね。
 寝込んでるとかじゃないんだって思いながら声のする方へ近付いて行くと、テラスに置かれた椅子に腰掛けた姉様の周りを数人のメイドさんたちが囲って楽しく話してた。その中にリーネさんの姿を見付けてほっとする。
 良かった、元気そう。
 でも姉様がいるから声はかけられなくて、チラチラ見てたら軽く背中を押され前へと出てしまった。振り向くと一人のメイドさんがいて、僕を見下ろして鼻で笑う。

「盗み見なんて、さすが育ちが違いますね」
「あ⋯そ、そんなつもりじゃ⋯」
「あら、アルじゃない。どうしたの?」

 盗み見るつもりはなかったけど、確かにコソコソしてたからそう思われても仕方ないのかも。言い訳も出来なくて俯く僕に今度はテラスから声がかけられ、姉様がクスクス笑いながら首を傾げた。
 チラリとリーネさんを見ると微笑んでて、ホッと肩から強張りが解ける。

「そんなところで何を⋯やだ、アル。髪が乱れてるわよ。何だがお洋服も変だし⋯誰も支度をしてくれなかったの?」
「こ、これは⋯」
「ああ、そういえばアルのメイドはリーネだったわね。ごめんなさいね、朝から私が連れて来てしまったの」
「そ、そうだったのですか⋯」

 いくら僕のお世話をしてるからって、未来の公爵夫人に誘われたらリーネさんも断れないよね。それなら朝来なかったのも納得出来る。
 あれ、でも昨日の夜は⋯?

「ありがとうリーネ、楽しかったわ。そろそろアルのところに戻って」
「いいえ。私の仕事は、このお屋敷でセレーナ様が快適にお過ごし出来るよう尽力する事です。〝お客様〟に割く時間はございません」
「ぇ⋯」
「ダメよ、リーネ。そんな事を言ったらアルが可哀想だわ」
「私の知るところではありませんから」
「もう、この子ったら」

 姉様とリーネさんの会話が進んでいくけど、僕は信じられない気持ちでいっぱいだった。いつも優しかったリーネさんが、いつだって僕の味方でいてくれたリーネさんが⋯僕を〝お客様〟だって。

『私がお傍を願う奥様は、アルシエ様しかおりませんよ』

 少し前そんな風に言ってくれたのに⋯どうして?
 マーディンさんもリーネさんも急に人が変わったようになって⋯一体みんなに何が起こってるの?

「おや、みなさん。何をしているのです?」

 また人が増え、声でオルウェンさんだと分かった僕はホッとして見上げる。
 だけど返ってきたのは見た事がないほど冷たい目で、身体の芯から冷えていくような感覚に喉がきゅってなった。
 オルウェンさんまで昨日までと違う。もしかして、ここは夢の中? それとも、知らないうちに似たような世界に飛ばされた?
 そんなおとぎ話みたいな事あるはずないのに、そうであって欲しいと願うくらい今の状況はおかしい。

「オルウェンさん⋯」
「お部屋にお戻りいただけますか、
「⋯⋯!」

 初めて会った時からずっと〝奥様〟だったのに、何の感情もこもっていない声で名前を呼ばれた。オルウェンさんはもう、僕をだと思ってないんだ。
 よろけるように一歩下がり他の人へと視線を向けたけど、みんな無表情で僕を見ててまるで早く消えろって言ってるみたい。
 ゆっくりと後ろ向きに進んで、みんなとの距離を少しずつ空けていく。その途中でふと姉様と目が合い、綺麗な顔が不釣り合いなほど意地悪な笑みに変わった瞬間、僕は弾かれたように踵を返して走り出した。
 僕がいなくなった途端また賑やかに話し始め、みんなが笑い声を上がる。
 それを背中に聞きながら、僕はひたすら走って部屋まで向かった。
 もう誰を信じたらいいのか分からない。オルウェンさんも、リーネさんも、マーディンさんも、もう僕と話してくれない、笑ってくれない。
 目尻に浮かんだ涙を手で拭い、部屋に入って閉めた扉に寄り掛かり上がった息を整える。でも次から次へと涙が溢れて嗚咽が混じり、上手く呼吸が出来ない。

『アル?』

 そのまま座り込み、しゃくり上げる僕の耳に聞き知った声が聞こえてきた。
 見ると窓辺にミアがいて、尻尾を揺らしながら僕の方へと近付いてくる。

『どうしたの? 何でそんなに泣いてるの?』
「⋯ミア⋯」
『うん?』
「ミアは⋯⋯僕が好き⋯?」

 みんながみんな僕を嫌うなら、誰にも必要とされないなら、僕がこの世界にいる意味なんてない。
 だから縋るようにミアへと問い掛けたんだけど、ミアは一瞬だけ足を止めたあと、短く鳴いて僕の足へと擦り寄ってきた。

『大好きだよ、アル』
「⋯⋯っ⋯」

 迷いなく返ってきた言葉に僕は顔を歪ませ、ミアを抱き締めると声を押し殺して泣く。ミアがいてくれて良かった。
 でももし公爵様にまであんな目で見られたら、僕はきっと耐えられない。
 その時はここを出て、誰もいない場所に行こう。森とかありかもしれないな。
 そのあとどうするかは⋯その時考えればいいんだ。
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