身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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穏やかな日

 次の日の朝、リーネさんが部屋へと来て笑顔で挨拶をしてくれる事にホッとしつつ、身嗜みを整えて貰った僕はどうしてか部屋から連れ出され食堂に案内された。
 そこにはすでに公爵様がいて、僕を見つけるなり微笑んで斜め向かいの席を示す。
 初めて訪れた食堂には長いテーブルと七脚の椅子があって、壁にはおしゃれな絵画が数枚飾られてた。伯爵家にも食堂はあったけど、金ピカな物が多かった気がする。
 僕は戸惑いながらもオルウェンさんが引いてくれた椅子に座ったものの、いつもはこの時間は部屋で食べてたからどうにも落ち着かない。
 あれ、そういえば姉様がいないけど⋯姉様も僕みたいに部屋で食べてるのかな。

「どうした?」
「あ、えっと⋯姉様は⋯」
「セレーナなら伯爵家に帰った」
「かえっ⋯た⋯?」
「ああ。昨日のうちに話をして、それならと帰って行ったよ」

 話をして帰った? あの姉様が?
 あんなに僕に公爵様と離婚するように言ってたのに、素直に帰ったの?
 信じられなくて呆けてたら、公爵様の手が頬に触れて優しく撫でられた。

「どのみち、ずっとここにはいられないんだ。私にはもう、アルシエがいるからな」
「⋯⋯⋯」
「それともう一つ。これからは一緒に食事をしないか? 私の仕事の都合上無理な日もあるだろうが、可能な限りこうして顔を合わせて食べたい」
「は、はい。もちろんです」
「良かった。それじゃあさっそく食事にしようか。運んでくれ」

 一緒に食べたいなんて言われて嫌な人はいないと思う。それに、オルウェンさんやリーネさんが傍にいてくれたとしても、あの部屋では食べてたのは僕一人だったから、公爵様とこうして同じ料理が食べられるのは嬉しい。
 姉様が帰った事は気になるけど、今は公爵様との食事を楽しもう。
 このあとは庭に行って久し振りにみんなと話すつもりだし。花壇のお世話もサボっちゃったから、あの子たちに謝らないとだ。


 荒れていると思った花壇は雑草も生えてなくて、水やりも出来ていなかったのにみんな少しずつ成長してた。魔力が貰えてたらまた違ったけど、それもなかったはずって首を傾げてたらマーディンさんが現れて、申し訳なさそうに目を伏せる。

「奥様⋯このたびは大変失礼な事を申しまして⋯⋯何とお詫びすれば⋯」
「あ、いえ⋯公爵様にお聞きしました。誰の本心でもないって。⋯もしかして、花壇を整えてくださいましたか?」
「はい⋯ワシにはこれくらいしか出来ず⋯」
「ありがとうございます。枯れてたらどうしようって心配だったから⋯マーディンさんのおかげでみんな元気ですよ」

 魔力も貰えてないって思ったけど、きっともう注入してくれてるんだろうな。
 この時間にこれだけ元気なら、もしかしたら昨日暗い中いじってくれたのかもしれないし⋯マーディンさんには感謝だ。
 沈み切ったマーディンさんを見たくなくて、少しでも明るい話に変えようととそう言えば、マーディンさんは涙ぐみ僕へと頭を下げた。
 僕がそれにギョッとしたのは言うまでもない。

「寛大なお言葉ありがとうございます⋯」
「ま、マーディンさん、なんで⋯あ、頭を上げてください⋯っ」
「奥様」
「は、はい」
「ワシは奥様と土をいじる時間が一番幸せです。奥様を傷付けてしまった事は許されませんが、もしよろしければ、この年寄りとまた庭いじりをしてくださいますか?」

 許されないも何も僕は怒ってないし、操られてただけで誰も悪くないのにみんなに頭を下げられてわたわたする僕に、マーディンさんは真剣な顔でそう問い掛けてきた。
 よければも何も、むしろそれは僕がお願いする事なのに。
 僕はマーディンさんの手を両手で包むように握り頷いた。

「もちろんです。まだまだ知りたい事もあるので、たくさん教えてくださいね」

 僕の花壇は、魔力注入を抜きにしてもマーディンさんがいないときっとちゃんと育たない。マーディンさんが隣で教えてくれるから、ああして成長してくれてるんだから。
 それに僕だって、マーディンさんと泥んこになるの好きだしね。



「今日は何をして過ごしたんだ?」

 その日の夜、仕事から帰ってきた公爵様と夕食を食べ、部屋でのんびりしていたら公爵様が来て二人でお喋りする事になった。
 ソファに並んで座ったところでそう聞かれ、僕は何から話そうかと考える。
 とりあえずマーディンさんの事を話したら褒めるみたいに頭を撫でられ、肩が抱き寄せられ僕の頭に公爵様がおでこを軽く当ててきた。

「アルシエはマーディンと仲がいいな。妬けるよ」
「やけ⋯?」
「嫉妬⋯ヤキモチだ。まぁ、マーディンにとって君は孫みたいなものだろうが⋯⋯君が一番親しいのは、私だけにしてくれ」
「は、はい」

 鼻が触れそうなくらい近くでそんな事を言われると、ドキドキの方が勝って何を言えばいいか分からなくなる。顔、絶対また赤くなってるだろうし。
 それにしても、公爵もヤキモチ妬くんだ。新しい発見。

「アルシエ、抱き締めてもいいかな」
「え? あ、えっと⋯⋯はい、ど、どうぞ⋯」

 昨日は聞かなかったのにと思いつつ頷いたら、公爵様の腕が背中に回され優しく抱き締められる。
 公爵様、騎士様だけあって身体が大きいから、抱き締められてるっていうより包まれてる感覚の方が大きいかもしれない。でも安心する事には変わりないから、僕は身体の力を抜いて公爵様に寄り掛かる。
 ⋯⋯僕も手、回した方がいいのかな。
 膝に置いていた手をちょっと浮かせて何度か握ったり開いたりしたあと、ゆっくりと上げて公爵様の背中へと伸ばそうとしたんだけどやっぱり出来なくて、僕は誤魔化すように服の裾を摘んだ。
 あの時は自分から飛び込めたのに。
 そんな僕の行動に公爵様は気付いてたみたいで、クスリと笑われてしまう。
 僕だけ落ち着きがないみたいで恥ずかしい。

「焦らなくていい。時間はいくらでもあるからな」
「⋯はい」

 僕より十以上も年上の公爵様はきっとこういうお付き合いには慣れてるし、僕の知らない事もたくさん知ってるはずなのに、何の経験もない僕に合わせてくれるんだ。
 でも自分でも思うけど、公爵様に応えられるようになるまでまだまだかかりそうなんだけど⋯いいのかな。そう思って見上げたら公爵様は優しい顔で微笑んでて、聞いた訳じゃないのにいいよって言ってくれてるみたいだった。
 うん、頑張ろう。せめてちゃんと、抱き返せるくらいにはなりたいもんね。
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