身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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星に願いを

 それからも殿下がお話を振ってくださるおかげでなんとか会話も出来て、時間が経つにつれそれなりに打ち解けられた頃、地平線の向こうに夕日が落ち始めた為そろそろ帰ろうという事になった。
 来た時と同じようにルディウス様の腕に手を添えて廊下を歩き、パーティが開けそうなほど広いエントランスホールまで来た時、不意に明るい声とヒールの音が響いた。

「ルディウス!」

 振り向くより早く、僕が添えているルディウス様の腕とは反対の腕に誰かが抱き着き、金色の髪がふわりと揺れた。
 そこには可愛らしい顔立ちの綺麗なドレスを纏った女の子がいて、仄かに頬を染めてルディウス様を見上げてる。
 ルディウス様を呼び捨てに出来るのは王族のみ。
 だからおそらくこの方は、クロード王太子殿下の妹君である王女殿下だろうな。

「アンジェラ王女殿下。ご機嫌はいかがですか」
「最悪だわ。もう、来ていたなら教えてよ。私もルディウスと話したかった」
「申し訳ございません。本日は王太子殿下のご用命により登城いたしましたので」
「お兄様、どうして事前に教えてくださらなかったの?」
「お前がいると、したい話が出来ないからだ」

 ご挨拶をするべきなんだろうけど賑やかな三人に口を挟む事さえ恐れ多く、僕は唇を引き結んで機会を伺う。
 それにしても、王女様がルディウス様の腕に抱き着いてるの何だかモヤモヤする⋯僕が離れた方がいいのかな。

「お兄様は難しいお話しかされないから」
「アンジェラはもう少し、講師の話を真面目に聞こうか」
「お勉強は苦手なの」
「相変わらずですね。⋯王女殿下、ご紹介いたします。こちらは私の妻であるアルシエでございます」
「⋯っ、あ、アルシエ・ヴァン・リトルハイムと申します⋯!」
「妻⋯」

 ルディウス様の腕から手を離し、殿下の時と同様礼を取ったけど、王女様はそれに言葉を返すでもなく一言零して僕を見る。
 まるで値踏みをするような視線にたじろいでたら、殿下が呆れたように溜め息をついた。

「アンジェラ、ルディウスから手を離しなさい」
「え、どうして?」
「ルディウスはお前の夫じゃないんだ。アルシエが不安になるだろう?」
「不安? どんと構えていればいいじゃない。〝奥様〟なんだから」

 強調した言い方に含みを感じて俯いた僕の肩をルディウス様が抱き寄せてくれる。でも反対の腕には王女様がいらっしゃって、じっと僕を見ているから顔は上げられない。

「自分の立場を考えるんだ」
「⋯⋯はぁい」

 さっきまで穏やかだった殿下の声が低くなり、ピリッとした空気が走る。
 それに気圧されたように王女様は手を離し、僕を見たあとふんっとそっぽを向いて殿下の隣に並んだ。
 ちゃんとお話も出来ないうちに嫌われてしまった⋯。

「すまないな、アルシエ。アンジェラはルディウスを兄のように慕っていて、こうして久し振りに会うと甘えたくなるんだ」
「そ、そうなのですね⋯」
「他意はないから、安心してくれ」
「⋯はい」

 殿下はとてもお優しいけど、王女様は反対に怖い顔で僕を見てる。
 ほ、本当にお兄さんとしてなのかな。何となく違う気持ちもあるような気がするけど。

「では、王太子殿下並びに王女殿下、私と妻は御前を失礼させていただきます」
「ああ。何か分かったら遣いを送るよ」
「お心遣い、感謝いたします」
「⋯堅苦し過ぎないか、ルディウス」
「それは当然では?」
「私はもっとフランクでいい。子供の頃は一緒に野山を駆け回り泥だらけになったじゃないか」

 そんなに前から仲がいいんだ。ルディウス様への信頼が深いのも頷ける。
 縮こまってる僕をよそに、苦笑する殿下に肩を竦めたルディウス様は、僕の腰を抱き寄せ密着するとおでこへと口付けてきた。
 で、殿下の前なのに⋯っ。

「子供の頃とは違いますから。とにかく、私は帰って妻を愛でたいので帰ります」
「分かった分かった。またな、ルディウス」
「ごきげんよう」
「ぁ⋯し、失礼いたします⋯!」

 一礼して踵を返すルディウス様に連れて行かれそうになり、慌てて僕も頭を下げたけど最後はお顔を見る事が出来なかった。
 今度からはちゃんとご挨拶出来るように、オルウェンさんから作法を習わなきゃ。
 いくら気さくな方だとしても、自分の立場は弁えないと。


 お屋敷に戻り、ルディウス様と夕食を共にしたあと、僕はルディウス様に誘われてお屋敷の屋根裏部屋に来ていた。天井の一部がガラス張りになって窓と繋がっていて、今は夜空が良く見え
 ルディウス様いわく、この時期は星が綺麗に見えるそうで、運が良ければ流れ星も見られるかもしれないって。魔力を込めて願えば叶うらしいけど⋯僕には無理だから残念。

「私が代わりに願おうか。何がいい?」
「え? で、でも、ルディウス様のお願いは⋯」
「私はアルシエがいてくれればそれでいいからな。君の幸せが私の幸せであり、君の喜びが私の喜びだ」

 ルディウス様は本当に優しいな。
 こんな風にいつも嬉しい事を言ってくれるから、この感覚を知らなかった僕でも大切にして貰えてるんだって思える。
 僕はルディウス様を見上げると、そっと腕に触れて微笑んだ。

「僕は、ルディウス様が怪我なく健康に過ごせますようにってお願いしたいです」
「それは私が気を付ければいいだけだな。他にはないのか?」
「⋯みんなが笑顔でいられますように、でしょうか」
「他には?」
「えっと⋯世界が平和でありますように⋯とか」
「⋯君は、人の事ばかりだな」

 そうは言うけど、僕はもうこれ以上ないほどの幸せを貰ってる。伯爵家にいた頃とは比べものにならないくらいの大きな大きな幸せ。
 もっとなんて、バチが当たっちゃうよ。
 ⋯⋯でも、本当に一つだけ願ってもいいなら。

「⋯でしたら、ルディウス様のお傍にずっといられますようにって⋯お願いしてもいいですか?」

 このまま僕が大人になっても、年をとっても、ずっと一緒にいられたら嬉しい。
 贅沢だったかなって思いながらも問い掛ければ、ルディウス様は仕方ないなって笑ったあとそっと顔を近付けてきた。

「それは願わずとも叶う。私も、ずっとアルシエの傍にいたいからな」

 低い声でそう優しく囁いた唇が僕の唇に重なる。
 同じ気持ちなのが凄く嬉しい。
 目を閉じて口付けを受け入れた僕は、心の中でみんなの願いが叶うよう祈った。意味はないかもしれないけど、ほんの少しでも力になれたらいいなって。
 口付けを交わす僕たちの頭上を流れ星が過ぎたのは、花たちだけしか知らない。
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