身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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可愛い奥さん(ルディウス視点)

 アルシエを愛するようになり、彼が少しずつ心を開いて私にも笑顔を見せてくれるようになった今日この頃、私はとても悩んでいた。
 アルシエと真の夫婦になり半年。私たちは今だに寝室を別にしている。
 それ自体は問題はないし文句もないのだが、扉一枚を隔てただけの隣室で愛しい妻が眠っている状況は私にとっては拷問とも言えた。身体を重ねる事だけが全てではないが⋯私はもっとアルシエに触れたいと思っている。
 だがそれには些か問題があった。主に私自身の。



 感情を表に出すようになったアルシエは笑顔も増え、また、ほんの少しだが甘える様子を見せてくれるようにもなった。

「ルディウス様」

 庭の見えるテラスでお茶でもしていたのか、リーネを連れたアルシエが私を見つけて駆け寄ってきた。目の前まで来ると足を止め、少しもじもじしたあと遠慮がちに抱き着いてくる。
 その時に見える表情が何とも幸せそうで、その愛らしさに私の心はいつも葛藤していた。とにかくアルシエが可愛くて仕方がない。
 こうしてアルシエから来てくれる事は嬉しいのだが、いかんせんアルシエは純真無垢を絵に書いたような子だ。私の邪な考えなど一欠片だって気付かないだろうし、本人もそういった気持ちを持つ事はない。
 そもそもアルシエが〝夫婦の営み〟というものをどこまで知っているのかも定かではないのだが⋯おそらく、性的な知識は皆無に等しいだろう。
 それを教えていいのかどうかも、今の私には判断がつかない。

「今日はお城に行く日ですよね。お仕事、頑張ってください」
「ああ、ありがとう。夕食までには帰るから」
「はい。お待ちしてます」

 肉付きのよくなった頬を挟み、小さな唇へと口付ける。これさえも、ただ触れ合わせるだけだ。
 私はアルシエの頭を撫でてから離れ、軽く手を振り踵を返す。
 自慢ではないが、これまで数多のご令嬢から声をかけられてきた。だが当時の私はそういった事に興味はなく、それこそ、あれほど熱烈に一目惚れしたセレーナにさえ本気ではなかったようだ。
 アルシエの存在がなければ、こんな気持ちなど知る由もなかっただろう。
 だからこそ、アルシエにはもっと男として意識して貰いたいんだが。



「それをそのまま、アルシエに言えばいいんじゃないか?」

 マルグリア伯爵家について話があるとクロード王太子殿下に呼ばれ城へと訪れた私は、目敏く気付いた殿下によって悩みを吐露する羽目になった。
 それに対する殿下の答えはあまりにも単純で、私は立場も忘れて睨み付ける。

「言えると思いますか? アルシエは純粋で真っ白で、汚れを知らないんですよ?」
「だがルディウス、いずれは世継ぎ問題も浮上してくるだろう? それはどうするつもりだ?」
「それは追々でいいんです」
「早くしないとあっという間に三十を超えるよ。何と言っても、お前とアルシエでは十一も年の差があるんだからね」

 リトルハイムは代々その息子が継いできた世襲制の家門だ。世継ぎが必要である事は私自身理解はしている。
 だが、その事は今はどうでもいい。
 子供は愛し合ったからこそ生み出される存在だからな。

「分かってます。ただ触れたいとは思っても、私はアルシエが成人するまでは一線を超えるつもりはありません」
「アルシエは今十七だったな。ならばあと一年もないのか」

 この国では満十八歳を迎えると成人となり様々な制限が解除される。男子なら職に就けるし、婚約者がいれば結婚もするだろう。魔法を正しく使うなら、保護者の許可なく興行も可能だ。
 アルシエは八歳から伯爵家に囚われていた為世俗には疎いが。
 殿下のおっしゃる通り一年もないが、アルシエがそれらを知り私に応えられるようになるまでは更に一、二年は時間を要するだろう。

「男としていろいろ大変だろうけど、まぁ頑張れ」
「⋯はい」

 殿下に言われずとも、この件は私たち夫婦がどうにかする問題だ。そもそも殿下が聞いてこられたから話しただけだしな。
 息を吐いた私に肩を竦めた殿下は、真剣な表情に代わり足を組んだ。

「では本題に戻るが、先日付けでマルグリア家は降爵となり、爵位は男爵となった。財産と領地は半分没収、王家との繋がりもほとんどなくなるだろう」
「私としては取り潰しを望んでいたのですが」
「それまでの功績が大きいからな。さすがにあれだけの魔力持ちを放任は出来ない。ちなみにセレーナ嬢はすでに除籍され、マルグリアからも勘当されているよ」

 禁術を使い、公爵家の者たちを操ったのだ、それは当然の結果だろう。まぁどんな人生が残っていようと、もうあの塔から出る事は叶わないのだが。
 殿下は肘掛に肘をつき、人差し指でこめかみを押しながら溜め息を零す。

「この件では大臣たちと相当揉めてね⋯本当に疲れた。歴史を重んじる事も大切だけど、起こした事の重大さくらい分かって欲しいよ」
「ご心労をお掛けしてしまい、申し訳ございません」
「いや、ルディウスは何も悪くない。ただ癒しがあればと、最近特に思うよ」
「フローラ王女殿下にお願いすれば良いのでは? ご婚約者様なのですし」

 殿下には七歳年下の、今年十五になるご婚約者様がいらっしゃる。隣国の第一王女で、明朗快活を絵に書いたような方だ。
 私も護衛として何度かお会いした事はあるが、騎士にも気さくに声をかけて下さるお優しい方で終始場の雰囲気が明るかった事を覚えている。

「彼女は元気な子だから、癒されるタイプではないかな」
「でも元気にはなりますよね」
「ルディウスは分かってないな」

 疲れている時に明るい子が傍にいれば、それだけで気分も上がると思っているのは私だけだろうか。
 何をおっしゃりたいのか分からず眉を顰めていたら、殿下は呆れたように首を振り、人差し指を左右に振ったあと私へと指してきた。

「いいか、ルディウス。癒されるタイプというのは、アルシエのような穏やかでほんわかとした子の事を言うんだよ」
「アルシエには確かに癒されますが、妻ですので」
「ルディウスはケチだ」
「至って普通の感覚だと思いますが?」

 いくら敬愛する殿下といえど、アルシエを慰み者のように扱う事は許せない。それに、愛する妻に癒して貰えるのは夫である私だけだ。
 少しも譲る気はないと目で言えば、殿下はクスリと笑って頬杖をついた。

「早く口付け以上の事が出来るといいね」
「⋯⋯⋯」

 ご自分だってフローラ王女殿下とは口付けさえもしていないくせにという言葉は飲み込み、私は小さく頷いた。
 ゆっくりでいいんだ。アルシエのペースでいい。
 今はまだ、アルシエがしたい事を好きなだけさせてやりたいと思っているから。
 諸々はそのあと、一緒に考えればいいんだ。
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