身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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夜の船上(ルディウス視点)

 例え船だとしても、私とアルシエの寝室は別にしていた。
 この船には信頼の置ける者しか乗せていない為危険はないだろうし、部屋は隣り合わせているから何かあればすぐに対応出来る。念の為、危険を感知出来る結界は張ってあるから何も問題はないだろう。
 この船旅はアルシエに言った通り新婚旅行ではあるが、十八になるアルシエへのプレゼントを選ぶ旅でもあった。自国にもいい物はたくさんあるものの、やはり成人を記念するなら本人が望む物を贈りたい。
 そう思うのは、夫として当たり前だろう。
 とはいえ、アルシエは今だに欲しい物一つ口にしてはくれないのだが。

(興味は持っても、欲しいかと聞けば迷う素振りもなくあっさりと首を振る。本当の意味で物欲がないんだろうな)

 イルカの時も、アルシエが話したいと一言願えば風属性を持つ者に頼んだが⋯まぁ概ね私の予想通りではあった。
 ただ⋯⋯イルカを可愛いと言って微笑むアルシエは殊更に可愛くて、あの口付けで留まれた自分を褒めてやりたいくらいだ。イルカへの嫉妬もあって多少の〝オイタ〟はしてしまったが。
 アルシエは、言動の全てが愛らし過ぎる。

「⋯⋯ん?」

 今頃アルシエは隣の部屋で眠りについているだろう、そう思っていたら、不意に結界を何かが通った感覚が走り私は身体を起こした。だがほとんど魔力を感じない為、恐らくアルシエが部屋を出たのだろう。
 すでに月は頂点を越えている。こんな時間に一体どうしたのか。
 ベッドから降り、外套を手に部屋から出て辺りを見回せばちょうどアルシエが階段を降りる姿が見えた。あとを追い、甲板まで出たアルシエに声をかけようとしたものの溜め息をつく様子に思わず足を止める。

「波の音って、一人で聞くと寂しいなぁ⋯」

 昼間あれほど楽しそうにしていただけに、ぽつりと零した言葉と俯く姿に切なくなる。
 本当なら、夫婦である私たちの寝室は同じなはずだからな。自分勝手な理由とはいえ、アルシエには寂しい思いをさせているのだろう。

「真っ暗だ⋯⋯そういえば、海の中って怪物とかいるのかな」

 一応船上に明かりは灯してあるのだが心許なく、アルシエ手摺りまで行くとあろう事か下を覗き込んだ。
 アルシエは小柄故に体重も軽く、少しでも足が浮けば落ちてしまうかもしれない。
 それを想像し、背筋に寒気の走った私は慌てて駆け寄りアルシエの身体を抱き寄せる。

「⋯!」
「こら」
「ルディウス、様⋯?」
「こんな暗い中で身を乗り出すと危ないだろ」
「あ⋯⋯ご、ごめんなさい⋯」
「怒ってる訳じゃない」

 息を吐き、落ち込むアルシエの頭を撫で外套を肩にかけてやると、躊躇いながらも襟元を掴んで前を合わせ鼻先を埋める。
 その姿が小動物のようで愛らしく、私の口元は自然と緩んだ。
 頬に触れればすぐに擦り寄ってくるのも堪らない。

「眠れないのか?」
「あ⋯⋯えっと⋯⋯はい⋯」
「なら、アルシエが眠れるまで話でもしようか」

 どこか気まずそうに頷くアルシエを不思議に思いつつ、手を引いて移動しようとしたら逆に引っ張られ何度も首が振られる。
 それが何を意味するのか、すぐに分かった私は苦笑を漏らした。
 本当にこの子は⋯甘える事が下手過ぎる。

「ルディウス様はどうぞ寝てくださ⋯⋯」
「一つ決めた事があるんだが」
「え?」
「アルシエが遠慮をするなら、私も遠慮はしない」

 昼間は私が言い募ったからこそ答えてくれたが、それではあまり意味がない事はよく分かった。アルシエは、多少どころかわりと強引にいかないと一生このままだ。
 ポカンとするアルシエを連れて今度こそ移動した私は、アルシエが船酔いした時の為にと新しく設置した簡易小部屋のソファに腰を下ろし膝へと座らせた。戸惑う頬に口付ければ、途端に申し訳なさそうな顔に変わる。

「そんな顔をするな。私がアルシエを一人にしたくないだけだ」
「⋯どうしてルディウス様は、そんなに優しいんですか?」
「優しさではなく〝当たり前〟だ。愛しいからこそ、何かしてやりたいと思うんだよ」
「僕もルディウス様が大好きですけど⋯何も出来ない⋯」

 まだそんな事を気にしていたとは⋯出来なければ父親から暴言を吐かれていたのだから仕方がないとは言えるが、そろそろ私には何も考えず寄りかかってくれてもいいとは思うのだが。

「見返りなど求めていない。私は、アルシエが笑顔でいられるならそれでいいと思っているからな」
「ルディウス様がいるから、僕は毎日幸せです」
「それは良かった」
「⋯⋯ルディウス様はないんですか?」
「ん?」
「僕にして欲しい事⋯」

 正直に言えば、アルシエに求める事はたくさんある。だがまだ早いし、今それを求めたところで自分を抑えられるかは分からない。
 ただ、もう少しだけでも先に進みたい気持ちももちろんあった。
 私を見上げて首を傾げるアルシエは無垢そのもので、邪な事を考える自分がひどく汚れて見える。いや、しかし私たちは国王に認められた夫婦であるし、に関しては未成年どうこうは関係ないはず⋯。
 悩む私の頬にアルシエがそっと手を触れさせ、柔らかく微笑んできた。

「僕に出来る事なら何でもいいですよ」

 そんな可愛らしい顔で、そんな悪魔の囁きのような事を言われて私の理性がグラりと傾いた。どうにか寸前で崩壊しそうになるのを抑えたが、アルシエは純粋故に自分の発言が私にどう影響するかは分からないんだろうな。
 何でもいいなど、今の私には一番言ってはいけない事なのに。
 私はアルシエの頬を両手で挟み、右の親指で柔らかな唇をそっとなぞった。

「ルディウス様?」

 最初こそ特筆するところなどない地味で平凡な顔だと思っていたが、身なりが整うにつれアルシエは愛らしさを増していった。
 パーティの為に着飾った日など、誰にも見せたくないと思ったほどだ。

「?」

 目を瞬くアルシエへと顔を寄せ、いつものように唇を触れ合わせる。数回啄んだあと、息を吸う為に開かれた隙間から舌を差し込めば細い肩がビクリと上がった。

「⋯っ、ん⋯ぅ⋯」

 奥へと逃げる舌を掬い裏側を舌先で擦るとアルシエの手が強く服を掴んできた。だが押し返される事もなく、アルシエの口内を存分に味わった私は最後に小さな舌を吸って離す。
 息も絶え絶えなアルシエは湯気が出そうなほど真っ赤になっていて、私が見ている事に気付くと慌てたように私の肩に顔を押し付け隠した。

「嫌だったか?」
「⋯⋯⋯い⋯ぃや、じゃ⋯ない、です⋯」
「そうか」

 ゆるゆると首を振りつつちゃんと言葉でも言ってくれるアルシエにホッとする。
 さすがにこれ以上はしないが、こうして少しずつでも触れられる部分が増えていくといいんだが⋯この様子じゃ、やはりなかなかに難しそうだ。



 その後、腕の中で眠ったアルシエを起こすのは可哀想だと、私はあどけない寝顔をたっぷりと眺めながら小部屋で一晩を過ごした。
 アルシエにとって、こうして眠れるほど私の傍が安心出来る場所になっているなら嬉しいが、信用され過ぎるのもそれはそれで考えものだな。
 もちろん、アルシエの嫌がる事をするつもりはないが。
 だがいざそうなった時、果たしてアルシエは、私にどこまで許してくれるんだろうか。
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