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一匹の猫(ルディウス視点)
人の顔色を伺い、言葉を飲み込んでいたアルシエの願いを叶えてやりたくて出した答えがまさかこんな事になるなど、いったい誰が予想出来ただろうか。
オルウェンからアルシエがいなくなったと聞かされた時、私は人生で初めて〝頭が真っ白になる〟というものを経験した。
あまりの衝撃に本当に何も考えられなくなり、身体から力が抜けるんだ。
報告を受けすぐに帰宅した私に地に頭をつけたリーネが声を震わせながら何度も謝るが、街へ出る事への許可を出したのは私で彼女だけが悪いのではない。
リーネはただアルシエに応えただけだ。
聞けば、アルシエが夢中になって見ていたドールハウスを購入出来ないかと交渉していたそうで、少し時間がかかったのもアルシエを喜ばせたいが為だった。
常にアルシエを第一に考え、それ故に泣きじゃくる彼女を誰が責められるのか。
「旦那様、リーネを休ませてもよろしいでしょうか」
「ああ。⋯落ち着いたら、また話を聞かせてくれ」
「ありがとうございます。さぁ、リーネ」
「⋯っ⋯も、しわけ⋯ありませ⋯っ⋯旦那、様⋯」
「⋯今は休め」
何度顔を上げろと言ってもリーネは土下座のまま動かず、見兼ねたオルウェンにより肩を支えられエントランスから別館へと歩いて行った。
私はその場にいる使用人に部屋に戻る事を告げ、足早に廊下を歩く。
アルシエの部屋の前を通りがかった時、私は少しだけ迷って扉をノックした。当然返事はなく中に人の気配はない。
分かっていたのに、ひどく胸が痛んで寄りかかるように扉に額を押し当てた。
魔力の少ないアルシエは、それを辿って居場所を捜す事も出来ない。かと言ってアルシエの顔を知っているのは公爵家の者と王家の方々のみで、どうしたって今は手詰まりだった。
アルシエが自らの足でいなくなるなど有り得ない為、恐らく誰かに連れ去られたと考えるのが妥当だろう。⋯だが、何の為に?
「リトルハイムを敵に回す者など、この国にいるはずはないんだがな」
この家門にどれだけの影響力と抑止力があるかは当主である私が一番分かっている。
私の妻だと知って手を出す者はまずいないだろう。
だが、誰であれ私からアルシエを奪うつもりなら許さない。例え諸外国の王だろうと、死にたくなるほどの後悔をさせてやる。
「⋯殿下にも少しお力を貸していただくか」
むやみやたらに方々を捜すよりも、諜報部隊を持つ殿下の助力を得た方が情報は入ってくるかもしれない。
そう考えた私は顔を上げ、扉に指先で触れてから再びエントランスに向かった。
きっとすぐに見つけてみせる。
アルシエのいる場所は、私の隣だけなのだから。
殿下に話をすると一も二もなく頷き、その日の夜から数人の諜報員をアルシエの捜索へと向かわせてくださった。まずは国外に連れ去られていないかを調べるらしい。
幸いにも、怪しい人影を見た者はおらず、またそういった船も港からは出ていないと聞き胸を撫で下ろした。次の日には私も騎士団へ事情を話し、軍部会議や執務仕事など私でなければ対応出来ない事柄以外ではダリスに任せ捜索に加わった。
だが、ほんの少しの情報さえ入ってこない。
あの日アルシエは何があって本屋の前を離れたんだ?
「ニャー」
「ん?」
せめてアルシエの痕跡を感じたくてアルシエ専用の花壇を眺めていたら、鳴き声と共に足に何かが擦り寄り私は視線を下げた。
そこには一匹の白い猫がおり、私の周りを鳴きながら歩いている。
首輪が着いているから飼い猫のようだが、どこから入ってきたんだ?
「今はお前に構ってやれないぞ」
「ンナァ~」
「⋯生憎だが、私にはお前の言葉は分からない。アルシエなら⋯」
そう言いかけてハッとする。
アルシエの魔法は動植物と話せる事。もしこの猫がアルシエと話していたとしたら、当たり前のようにここにいる事も納得出来る。
私は片膝をつき、猫へと問い掛けた。
「お前はアルシエの友人か?」
「ニャ」
「そうか。だが、アルシエは今留守にしている。出直すんだな」
「ニャー」
「何だ?」
言葉は分からないものの、この猫はアルシエに会いに来たのだろうと察して今は帰そうとしたが、猫は私の服の袖に噛み付くと引っ張ってきた。
何がしたいのか分からず訝しんだが、腕を引くという行動を考え察する。
「⋯⋯もしかして⋯お前、アルシエがどこにいるか知っているのか?」
「ニャァ⋯」
「微妙な反応だな。まぁいい、アルシエに関して何か分かるなら案内しろ」
「ニャ!」
ほんの僅かでも手がかりになるなら何でもいい。
袖から離れた猫は私が立ち上がったのを見ると門の方へと走り出し、ある程度行ったところで私を振り向いた。
まるで人間のような動作に不思議な気持ちになる。
そうして連れてこられた場所は、本屋横を抜けた先にある裏路地だった。
「⋯⋯⋯」
辺りを見回したが特に怪しいものはない。
なぜここにと猫を見ると、何やら座り込み地面を爪で引っ掻いていた。
「? そこに何が⋯」
近付き膝をついて見れば何か布切れのような物が落ちていた。触れると一瞬電気が走ったが、構わず拾えば端の方に紋様の一部が描かれている事に気付く。
半分も見えないが、いくつもの円が重なったようなこの形はどこかで見たような⋯。
「ニャー」
思い出そうと考えていれば猫が声を上げ、私の手へと頭を擦り寄せてきた。
その姿がどこかアルシエと重なり、表情を緩めて小さな頭を撫でる。
「これが何かは分からないが、アルシエを見つける手がかりになればいいな」
「ニャウ」
「アルシエが帰ってきたらまた遊びに来るといい」
いつからアルシエと懇意にしているのかは知らないが、アルシエにとっては動物も植物も変わらず友人であり心安らげる存在なのは間違いない。
私は猫から視線を外し、手の中の布切れを見下ろしてぐっと握り込んだ。
(待っていろ、アルシエ。どんな手を使ってでも必ず見つけ出すから)
まずは殿下に報告だと立ち上がり、私は街の転移装置に向かって歩き出した。
⋯ああそうだ、見つけた暁には、攫った者を焼き尽くす許可もいただかなくてはな。
オルウェンからアルシエがいなくなったと聞かされた時、私は人生で初めて〝頭が真っ白になる〟というものを経験した。
あまりの衝撃に本当に何も考えられなくなり、身体から力が抜けるんだ。
報告を受けすぐに帰宅した私に地に頭をつけたリーネが声を震わせながら何度も謝るが、街へ出る事への許可を出したのは私で彼女だけが悪いのではない。
リーネはただアルシエに応えただけだ。
聞けば、アルシエが夢中になって見ていたドールハウスを購入出来ないかと交渉していたそうで、少し時間がかかったのもアルシエを喜ばせたいが為だった。
常にアルシエを第一に考え、それ故に泣きじゃくる彼女を誰が責められるのか。
「旦那様、リーネを休ませてもよろしいでしょうか」
「ああ。⋯落ち着いたら、また話を聞かせてくれ」
「ありがとうございます。さぁ、リーネ」
「⋯っ⋯も、しわけ⋯ありませ⋯っ⋯旦那、様⋯」
「⋯今は休め」
何度顔を上げろと言ってもリーネは土下座のまま動かず、見兼ねたオルウェンにより肩を支えられエントランスから別館へと歩いて行った。
私はその場にいる使用人に部屋に戻る事を告げ、足早に廊下を歩く。
アルシエの部屋の前を通りがかった時、私は少しだけ迷って扉をノックした。当然返事はなく中に人の気配はない。
分かっていたのに、ひどく胸が痛んで寄りかかるように扉に額を押し当てた。
魔力の少ないアルシエは、それを辿って居場所を捜す事も出来ない。かと言ってアルシエの顔を知っているのは公爵家の者と王家の方々のみで、どうしたって今は手詰まりだった。
アルシエが自らの足でいなくなるなど有り得ない為、恐らく誰かに連れ去られたと考えるのが妥当だろう。⋯だが、何の為に?
「リトルハイムを敵に回す者など、この国にいるはずはないんだがな」
この家門にどれだけの影響力と抑止力があるかは当主である私が一番分かっている。
私の妻だと知って手を出す者はまずいないだろう。
だが、誰であれ私からアルシエを奪うつもりなら許さない。例え諸外国の王だろうと、死にたくなるほどの後悔をさせてやる。
「⋯殿下にも少しお力を貸していただくか」
むやみやたらに方々を捜すよりも、諜報部隊を持つ殿下の助力を得た方が情報は入ってくるかもしれない。
そう考えた私は顔を上げ、扉に指先で触れてから再びエントランスに向かった。
きっとすぐに見つけてみせる。
アルシエのいる場所は、私の隣だけなのだから。
殿下に話をすると一も二もなく頷き、その日の夜から数人の諜報員をアルシエの捜索へと向かわせてくださった。まずは国外に連れ去られていないかを調べるらしい。
幸いにも、怪しい人影を見た者はおらず、またそういった船も港からは出ていないと聞き胸を撫で下ろした。次の日には私も騎士団へ事情を話し、軍部会議や執務仕事など私でなければ対応出来ない事柄以外ではダリスに任せ捜索に加わった。
だが、ほんの少しの情報さえ入ってこない。
あの日アルシエは何があって本屋の前を離れたんだ?
「ニャー」
「ん?」
せめてアルシエの痕跡を感じたくてアルシエ専用の花壇を眺めていたら、鳴き声と共に足に何かが擦り寄り私は視線を下げた。
そこには一匹の白い猫がおり、私の周りを鳴きながら歩いている。
首輪が着いているから飼い猫のようだが、どこから入ってきたんだ?
「今はお前に構ってやれないぞ」
「ンナァ~」
「⋯生憎だが、私にはお前の言葉は分からない。アルシエなら⋯」
そう言いかけてハッとする。
アルシエの魔法は動植物と話せる事。もしこの猫がアルシエと話していたとしたら、当たり前のようにここにいる事も納得出来る。
私は片膝をつき、猫へと問い掛けた。
「お前はアルシエの友人か?」
「ニャ」
「そうか。だが、アルシエは今留守にしている。出直すんだな」
「ニャー」
「何だ?」
言葉は分からないものの、この猫はアルシエに会いに来たのだろうと察して今は帰そうとしたが、猫は私の服の袖に噛み付くと引っ張ってきた。
何がしたいのか分からず訝しんだが、腕を引くという行動を考え察する。
「⋯⋯もしかして⋯お前、アルシエがどこにいるか知っているのか?」
「ニャァ⋯」
「微妙な反応だな。まぁいい、アルシエに関して何か分かるなら案内しろ」
「ニャ!」
ほんの僅かでも手がかりになるなら何でもいい。
袖から離れた猫は私が立ち上がったのを見ると門の方へと走り出し、ある程度行ったところで私を振り向いた。
まるで人間のような動作に不思議な気持ちになる。
そうして連れてこられた場所は、本屋横を抜けた先にある裏路地だった。
「⋯⋯⋯」
辺りを見回したが特に怪しいものはない。
なぜここにと猫を見ると、何やら座り込み地面を爪で引っ掻いていた。
「? そこに何が⋯」
近付き膝をついて見れば何か布切れのような物が落ちていた。触れると一瞬電気が走ったが、構わず拾えば端の方に紋様の一部が描かれている事に気付く。
半分も見えないが、いくつもの円が重なったようなこの形はどこかで見たような⋯。
「ニャー」
思い出そうと考えていれば猫が声を上げ、私の手へと頭を擦り寄せてきた。
その姿がどこかアルシエと重なり、表情を緩めて小さな頭を撫でる。
「これが何かは分からないが、アルシエを見つける手がかりになればいいな」
「ニャウ」
「アルシエが帰ってきたらまた遊びに来るといい」
いつからアルシエと懇意にしているのかは知らないが、アルシエにとっては動物も植物も変わらず友人であり心安らげる存在なのは間違いない。
私は猫から視線を外し、手の中の布切れを見下ろしてぐっと握り込んだ。
(待っていろ、アルシエ。どんな手を使ってでも必ず見つけ出すから)
まずは殿下に報告だと立ち上がり、私は街の転移装置に向かって歩き出した。
⋯ああそうだ、見つけた暁には、攫った者を焼き尽くす許可もいただかなくてはな。
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※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。