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知らない場所、知らない人
ザーッと言うノイズのような音と、自分がユラユラと揺れてる感じがして僕はゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした視界にまず入ってきたのは石の壁だけど、薄暗くてこれが夢か現実か分からない。
でも少しずつ身体の感覚が戻ってきて、着ている物が肌に張り付いている事に気付いた僕は慌てて起き上がった。その振動で水が跳ねて服にかかったけど、すでに全身びしょ濡れだから変わらない⋯って、どうして僕は水に浸かってるの?
暗がりに目が慣れて周りが見えてきても状況さえ掴めなくて、濡れた前髪を上げて立ち上がろうとしたら遠くから足音が聞こえ、光もない場所から明かりを手にした誰かが現れた。
白いピンクの縁取りがされた⋯法衣って言うのかな。本で見た神官さんとかが着ているような服を身に着けた男の人がいて、僕と目が合うなり笑みを浮かべて近付いてきた。
今知ったけど、僕、ガラスで出来た大きなお皿みたいなものの中心にいたんだ。しかも後ろには滝が流れてて、浅いけどうつ伏せになったら溺れるくらいの水が貯まってる。循環、してるのかな。
その縁まで来て床に膝をついた男の人は、まるで祈るように手を組んで僕を見上げた。
「お目覚めになりましたか、我が君。私はメイナードと申します」
「⋯⋯⋯」
「戸惑われておりますね。ですがご安心ください、ここに貴方様の敵はおりませんから。⋯万が一そのような者がいても、私が排除いたします」
ここがどこなのか、この人が誰なのかも分からないからただただ怖くて、僕は何も言えずに固まる事しか出来ない。
でも男の人―メイナードさんはそれを気にする様子もなく、手に下げていた布を広げると僕へと差し出し頭を下げた。
「ご説明はのちほど。まずはお召しかえを致しましょう」
「⋯⋯こ、こは⋯どこ、ですか⋯」
ようやく出た声は震えていたけど、どもりながらも聞けばメイナードさんは立ち上がり僕がいる水の中へと入ってきた。
「こちらは、我らが聖フェルスティア教団の本部にある〝聖浄の間〟です。我が君には現世での〝穢れ〟を落としていただくべく、こちらにお連れいたしました。さぁ、これ以上冷えてしまう前に、お部屋へと参りましょう」
「⋯⋯や⋯っ」
何を言ってるのか少しも理解出来ないまま布で包まれ抱き上げられた。瞬間ゾワリと嫌な感覚が肌を走り降りようとするも、震える身体ではメイナードさんの力に敵うはずもなくぐっと押さえられる。
「危ないので暴れないでください」
口調は柔らかいのに、有無を言わせない圧を感じて僕は息を飲んだ。
ルディウス様以外の人にこんな事されたくないのに、混乱と恐怖で満足に抵抗も出来ない。水に濡れた寒さとは違う鳥肌がずっと立ってる。
メイナードさんは階段を四階分上がり、静かな廊下を歩いて一番奥の扉の前に立つと、僕を抱いたまま鍵を開け中へと入った。公爵家の客間よりは控えめだけど、置かれた家具はおよそ平民が買えるような物じゃない。
ようやく下ろされて、クローゼットを開けたメイナードさんがタオルと一緒に僕へと服を渡してくる。
「どうぞ」
「⋯⋯ありがとう⋯ございます⋯」
濡れたままなのは嫌だし、お礼を言って受け取り衝立の向こうへと入る。
メイナードさんの姿が見えなくなって途端に視界が滲んだ。でも泣いたらどうなるか分からないから手で拭い、濡れた服を脱いで身体をタオルで拭き着替える。
渡された服は光沢があって手触りが良くてサラッとしてるけど、薄いし上も下も妙にヒラヒラしてて落ち着かない。服っていうより、布を纏ってるみたい。
「⋯⋯!」
このままここに立っていたらどうなるんだろう、そう思いながらブレスレットがついている方の手首を撫でた僕は、何も触れない事に気付いて慌てて両手を見た。王家からいただいたブレスレットも、ルディウス様と夫婦の証である指輪もない。
頭が真っ白になって床を探したけどあるはずもなくて、僕は衝立から出るとメイナードさんに縋り付いた。
「あ、あの⋯っ、僕のブレスレットと指輪、知りませんか?」
「ああ。それらは穢れの一部なので外させていただきました」
「何で⋯⋯か、返してください⋯!」
「あのような物は、我が君には似合いませんよ」
「だ、大事なものなんです⋯っ、お願い⋯⋯せめて、指輪だけでも⋯」
ルディウス様がくれた、この世界に一つしかない大切なもの。
どうしてもそれだけは返して欲しくて懇願すれば、メイナードさんは少ししてゆっくりと首を傾げた。
「では、お約束いただけますか?」
「約束⋯?」
「ええ。どうか、我々を愛してください」
何を言われるのかと身構えたものの意味が分からなくて、僕は困惑してメイナードさんを見上げる。愛してって⋯知らない人なのに?
約束なんて安易にするものじゃないって知ってる。
でも、僕はどうしても指輪だけは譲れなかった。
「約束したら⋯返してくれるんですか⋯?」
「指輪だけは」
「⋯⋯分かりました、約束します」
「さすが我が君。賢明な判断です」
メイナードさんは満足気に笑うと、腰に着けている巾着から指輪を取り出して僕へと渡してくれた。急いで左手の薬指に嵌めたけど、もしかしてブレスレットもあそこに入ってたりするのかな。
ひとまず安堵して指輪を撫でていると、メイナードさんの手がまだ濡れている髪へと触れ、柔らかな風が吹いたと思ったら次の瞬間には髪が乾いてた。
風属性? 魔法ってこんな事も出来るんだ。
「やはり、貴方の瞳は美しい」
「え?」
「紅水晶を思わせるその瞳を持つ貴方を、私はずっと待っていました」
「⋯待ってた⋯?」
「ええ。いつか必ず我らの元へ舞い降りてくださると⋯⋯ようやく会えましたね、フェルスティア様」
そう言って右手を胸へと当て、頭を下げたメイナードさんから僕は一歩距離を取る。
この人は一体、誰に話しかけてるの?
フェルスティアって⋯誰の事?
でも少しずつ身体の感覚が戻ってきて、着ている物が肌に張り付いている事に気付いた僕は慌てて起き上がった。その振動で水が跳ねて服にかかったけど、すでに全身びしょ濡れだから変わらない⋯って、どうして僕は水に浸かってるの?
暗がりに目が慣れて周りが見えてきても状況さえ掴めなくて、濡れた前髪を上げて立ち上がろうとしたら遠くから足音が聞こえ、光もない場所から明かりを手にした誰かが現れた。
白いピンクの縁取りがされた⋯法衣って言うのかな。本で見た神官さんとかが着ているような服を身に着けた男の人がいて、僕と目が合うなり笑みを浮かべて近付いてきた。
今知ったけど、僕、ガラスで出来た大きなお皿みたいなものの中心にいたんだ。しかも後ろには滝が流れてて、浅いけどうつ伏せになったら溺れるくらいの水が貯まってる。循環、してるのかな。
その縁まで来て床に膝をついた男の人は、まるで祈るように手を組んで僕を見上げた。
「お目覚めになりましたか、我が君。私はメイナードと申します」
「⋯⋯⋯」
「戸惑われておりますね。ですがご安心ください、ここに貴方様の敵はおりませんから。⋯万が一そのような者がいても、私が排除いたします」
ここがどこなのか、この人が誰なのかも分からないからただただ怖くて、僕は何も言えずに固まる事しか出来ない。
でも男の人―メイナードさんはそれを気にする様子もなく、手に下げていた布を広げると僕へと差し出し頭を下げた。
「ご説明はのちほど。まずはお召しかえを致しましょう」
「⋯⋯こ、こは⋯どこ、ですか⋯」
ようやく出た声は震えていたけど、どもりながらも聞けばメイナードさんは立ち上がり僕がいる水の中へと入ってきた。
「こちらは、我らが聖フェルスティア教団の本部にある〝聖浄の間〟です。我が君には現世での〝穢れ〟を落としていただくべく、こちらにお連れいたしました。さぁ、これ以上冷えてしまう前に、お部屋へと参りましょう」
「⋯⋯や⋯っ」
何を言ってるのか少しも理解出来ないまま布で包まれ抱き上げられた。瞬間ゾワリと嫌な感覚が肌を走り降りようとするも、震える身体ではメイナードさんの力に敵うはずもなくぐっと押さえられる。
「危ないので暴れないでください」
口調は柔らかいのに、有無を言わせない圧を感じて僕は息を飲んだ。
ルディウス様以外の人にこんな事されたくないのに、混乱と恐怖で満足に抵抗も出来ない。水に濡れた寒さとは違う鳥肌がずっと立ってる。
メイナードさんは階段を四階分上がり、静かな廊下を歩いて一番奥の扉の前に立つと、僕を抱いたまま鍵を開け中へと入った。公爵家の客間よりは控えめだけど、置かれた家具はおよそ平民が買えるような物じゃない。
ようやく下ろされて、クローゼットを開けたメイナードさんがタオルと一緒に僕へと服を渡してくる。
「どうぞ」
「⋯⋯ありがとう⋯ございます⋯」
濡れたままなのは嫌だし、お礼を言って受け取り衝立の向こうへと入る。
メイナードさんの姿が見えなくなって途端に視界が滲んだ。でも泣いたらどうなるか分からないから手で拭い、濡れた服を脱いで身体をタオルで拭き着替える。
渡された服は光沢があって手触りが良くてサラッとしてるけど、薄いし上も下も妙にヒラヒラしてて落ち着かない。服っていうより、布を纏ってるみたい。
「⋯⋯!」
このままここに立っていたらどうなるんだろう、そう思いながらブレスレットがついている方の手首を撫でた僕は、何も触れない事に気付いて慌てて両手を見た。王家からいただいたブレスレットも、ルディウス様と夫婦の証である指輪もない。
頭が真っ白になって床を探したけどあるはずもなくて、僕は衝立から出るとメイナードさんに縋り付いた。
「あ、あの⋯っ、僕のブレスレットと指輪、知りませんか?」
「ああ。それらは穢れの一部なので外させていただきました」
「何で⋯⋯か、返してください⋯!」
「あのような物は、我が君には似合いませんよ」
「だ、大事なものなんです⋯っ、お願い⋯⋯せめて、指輪だけでも⋯」
ルディウス様がくれた、この世界に一つしかない大切なもの。
どうしてもそれだけは返して欲しくて懇願すれば、メイナードさんは少ししてゆっくりと首を傾げた。
「では、お約束いただけますか?」
「約束⋯?」
「ええ。どうか、我々を愛してください」
何を言われるのかと身構えたものの意味が分からなくて、僕は困惑してメイナードさんを見上げる。愛してって⋯知らない人なのに?
約束なんて安易にするものじゃないって知ってる。
でも、僕はどうしても指輪だけは譲れなかった。
「約束したら⋯返してくれるんですか⋯?」
「指輪だけは」
「⋯⋯分かりました、約束します」
「さすが我が君。賢明な判断です」
メイナードさんは満足気に笑うと、腰に着けている巾着から指輪を取り出して僕へと渡してくれた。急いで左手の薬指に嵌めたけど、もしかしてブレスレットもあそこに入ってたりするのかな。
ひとまず安堵して指輪を撫でていると、メイナードさんの手がまだ濡れている髪へと触れ、柔らかな風が吹いたと思ったら次の瞬間には髪が乾いてた。
風属性? 魔法ってこんな事も出来るんだ。
「やはり、貴方の瞳は美しい」
「え?」
「紅水晶を思わせるその瞳を持つ貴方を、私はずっと待っていました」
「⋯待ってた⋯?」
「ええ。いつか必ず我らの元へ舞い降りてくださると⋯⋯ようやく会えましたね、フェルスティア様」
そう言って右手を胸へと当て、頭を下げたメイナードさんから僕は一歩距離を取る。
この人は一体、誰に話しかけてるの?
フェルスティアって⋯誰の事?
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