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小さな命
食欲もないのに無理やり詰めたせいで少し気持ちが悪い。
だけどこうして廊下を歩いている今がいろいろ知れるチャンスだと、前を歩くメイナードさんについて行きながら僕は視線だけで周りを見る。
教団とか本部とか僕には分からないけど、高い塀に囲まれたこの建物はとにかく広くて、ところどころに絵画とか銅像とか女神様関連の物が飾られていた。隣には女神聖堂というものがあるそうで、定期的に信者の方が集まって女神様に祈りを捧げているらしい。
女神信仰なんて、初めて聞いた。
きっと今僕が着ている服も、女神様をイメージしたものなんだと思う。男だからこんなヒラヒラした服を着ても嬉しくはないんだけど⋯。
それにしても、逃げようとする気持ちが挫けそうなくらい抜け道がない。
例えこの建物から外に出られたとしても、あの塀からどうやって出るか⋯これだけ厳重なんだもん。きっと門は簡単には開かないだろうな。
振り出しだって息を吐いた時、ある扉の前でメイナードさんが足を止め僕へと振り向いた。
「この扉の向こうに本部の者たちがいます。貴方は私の隣で、微笑んで立っているだけで構いませんから」
それは僕にとっては普通に笑うより難しい。
返事なんて待たずに扉を開けたメイナードさんは、僕の背中に手を添えると軽く押して部屋の中へと入った。俯く視界の端に人がたくさんいるのが見え、いくつもの目が僕を見ているのを感じる。
中は広く、何かの資料なのかいくつもの本が収納された棚が並んでいるくらいで、本部の人たちがいなければガランとしてるんだろうなって思ったくらい何もない。
メイナードさんに促されるまま進んで中心に立ち、前へと向かされる。
チラリと視線を上げたら一番前の若いお兄さんと目が合って、驚いた顔をしたあとどうしてかほんのり赤くなった。
「半年ほど前に女神像が涙を流した件だが、やはり我々の予想通り教団にとってもっとも喜ばしい出来事があった。我々の悲願である女神降臨⋯まさにそれが叶ったのだ。何千年と祈りを捧げ、待ち望み、求め、ようやく女神様は我々に応えてくださった。見なさい、このお方の瞳を」
例え好意的な視線でも人から向けられるのは怖い。しかも人数が人数だし。
だからこそ俯いてたのに、メイナードさんの手が顎に触れて顔が上げられた。思った以上に人がいて固まる僕を全員が凝視し、それぞれに反応を示す。
興奮する人、うっとりする人、驚いた顔をする人。
でもみんながみんな好意的なのは、僕を女神様の生まれ変わりだと信じてるからなんだよね。⋯僕自身は今だに人違いだと思ってるのに。
「美しいと思わないか? この世でただお一人、フェルスティア様のみが許された色。この色を持つこの方こそ、女神フェルスティア様の生まれ変わりなのだ」
「⋯あの、一つよろしいでしょうか」
「許可しよう」
さっき僕と目が合ったお兄さんが手を挙げ、メイナードさんが頷く。
「フェルスティア様は動植物と対話をしていたと聞いておりますが、この方も出来るのですか?」
「そうだな、その証明も必要か⋯。持って来なさい」
ようやく顎から手が離れ慌てて視線を背けたんだけど、メイナードさんが誰かに合図を出してすぐ扉が開き、花が一輪植えられた鉢を男の人が運んできた。
僕の前まで来て、反対の手に花鋏を持っているのを見せる。
嫌な予感がして男の人を見上げたら、彼は花鋏を開き花の茎へと当てた。
『イヤ! やめて! やっと花が開いたの! 切らないで!』
「⋯⋯!」
ぐっと刃先が狭まり茎に傷が入る。
『痛い! イヤ! 殺さないで!』
「⋯っ、やめて⋯!」
悲痛な声にとてもじゃないけど耐えられなくて、僕は男の人から鉢を奪うと抱き込んでその場にしゃがむ。
どうしてこんなに残酷な事が出来るの?
この子だって、他の子だって僕たちと同じで生きてるのに。
「ごめんね⋯痛いよね⋯」
『ひどいわ⋯⋯このままだと枯れてしまう⋯』
「僕がお世話するから⋯死なないで⋯」
『昨日花が開いたばかりなの⋯』
「うん⋯凄く綺麗だね⋯」
魔法力を注がれれば、蕾から花開くのは普通に育てるよりも早い。とはいえ、花自身にとっては今か今かと待ち望む事で、僕たちが思うよりも大切な事なんだ。
もうこれ以上傷付けさせないって自分を盾にするように抱えてたら、肩を叩かれ立ち上がるように言われる。
「もうその花に手は出しませんから」
この子を取り上げられる事が怖くて首を振ったら、メイナードさんが優しい声でそう言って手を差し出してきた。
伺うように見てからその手を借りて立ち上がったけど、花だけは守りたくて抱きしめる腕に力を込めたところでさっきのお兄さんが声を上げる。
「素晴らしいです! 植物をも愛する慈しみの心⋯まさに女神フェルスティア様そのもの! 願い続けてきた甲斐がありましたね、総代!」
「ああ、我々の悲願がようやく叶ったのだ。これからは主君と共に、女神信教を盛り上げようではないか」
僕の魔法を、嫌な顔をせず受け入れてくれるのは嬉しい。でも、こんなやり方おかしいよ⋯間違ってる。
この人たちの言ってる事も行動も、僕には理解出来ない。
『優しい子、泣かないで』
「⋯⋯⋯」
ルディウス様の優しさがどんなに僕を深く思い遣ったものだったか、メイナードさんたちを見て改めて気付いた。
この人たちは、女神様以外はどうでもいいって思ってるんだ。
僕は腕の中の小さな花を見下ろし、手で涙を拭いて笑いかける。
せめてこの子だけでも、もう傷付かなくて済むように守ってあげなきゃ。
だけどこうして廊下を歩いている今がいろいろ知れるチャンスだと、前を歩くメイナードさんについて行きながら僕は視線だけで周りを見る。
教団とか本部とか僕には分からないけど、高い塀に囲まれたこの建物はとにかく広くて、ところどころに絵画とか銅像とか女神様関連の物が飾られていた。隣には女神聖堂というものがあるそうで、定期的に信者の方が集まって女神様に祈りを捧げているらしい。
女神信仰なんて、初めて聞いた。
きっと今僕が着ている服も、女神様をイメージしたものなんだと思う。男だからこんなヒラヒラした服を着ても嬉しくはないんだけど⋯。
それにしても、逃げようとする気持ちが挫けそうなくらい抜け道がない。
例えこの建物から外に出られたとしても、あの塀からどうやって出るか⋯これだけ厳重なんだもん。きっと門は簡単には開かないだろうな。
振り出しだって息を吐いた時、ある扉の前でメイナードさんが足を止め僕へと振り向いた。
「この扉の向こうに本部の者たちがいます。貴方は私の隣で、微笑んで立っているだけで構いませんから」
それは僕にとっては普通に笑うより難しい。
返事なんて待たずに扉を開けたメイナードさんは、僕の背中に手を添えると軽く押して部屋の中へと入った。俯く視界の端に人がたくさんいるのが見え、いくつもの目が僕を見ているのを感じる。
中は広く、何かの資料なのかいくつもの本が収納された棚が並んでいるくらいで、本部の人たちがいなければガランとしてるんだろうなって思ったくらい何もない。
メイナードさんに促されるまま進んで中心に立ち、前へと向かされる。
チラリと視線を上げたら一番前の若いお兄さんと目が合って、驚いた顔をしたあとどうしてかほんのり赤くなった。
「半年ほど前に女神像が涙を流した件だが、やはり我々の予想通り教団にとってもっとも喜ばしい出来事があった。我々の悲願である女神降臨⋯まさにそれが叶ったのだ。何千年と祈りを捧げ、待ち望み、求め、ようやく女神様は我々に応えてくださった。見なさい、このお方の瞳を」
例え好意的な視線でも人から向けられるのは怖い。しかも人数が人数だし。
だからこそ俯いてたのに、メイナードさんの手が顎に触れて顔が上げられた。思った以上に人がいて固まる僕を全員が凝視し、それぞれに反応を示す。
興奮する人、うっとりする人、驚いた顔をする人。
でもみんながみんな好意的なのは、僕を女神様の生まれ変わりだと信じてるからなんだよね。⋯僕自身は今だに人違いだと思ってるのに。
「美しいと思わないか? この世でただお一人、フェルスティア様のみが許された色。この色を持つこの方こそ、女神フェルスティア様の生まれ変わりなのだ」
「⋯あの、一つよろしいでしょうか」
「許可しよう」
さっき僕と目が合ったお兄さんが手を挙げ、メイナードさんが頷く。
「フェルスティア様は動植物と対話をしていたと聞いておりますが、この方も出来るのですか?」
「そうだな、その証明も必要か⋯。持って来なさい」
ようやく顎から手が離れ慌てて視線を背けたんだけど、メイナードさんが誰かに合図を出してすぐ扉が開き、花が一輪植えられた鉢を男の人が運んできた。
僕の前まで来て、反対の手に花鋏を持っているのを見せる。
嫌な予感がして男の人を見上げたら、彼は花鋏を開き花の茎へと当てた。
『イヤ! やめて! やっと花が開いたの! 切らないで!』
「⋯⋯!」
ぐっと刃先が狭まり茎に傷が入る。
『痛い! イヤ! 殺さないで!』
「⋯っ、やめて⋯!」
悲痛な声にとてもじゃないけど耐えられなくて、僕は男の人から鉢を奪うと抱き込んでその場にしゃがむ。
どうしてこんなに残酷な事が出来るの?
この子だって、他の子だって僕たちと同じで生きてるのに。
「ごめんね⋯痛いよね⋯」
『ひどいわ⋯⋯このままだと枯れてしまう⋯』
「僕がお世話するから⋯死なないで⋯」
『昨日花が開いたばかりなの⋯』
「うん⋯凄く綺麗だね⋯」
魔法力を注がれれば、蕾から花開くのは普通に育てるよりも早い。とはいえ、花自身にとっては今か今かと待ち望む事で、僕たちが思うよりも大切な事なんだ。
もうこれ以上傷付けさせないって自分を盾にするように抱えてたら、肩を叩かれ立ち上がるように言われる。
「もうその花に手は出しませんから」
この子を取り上げられる事が怖くて首を振ったら、メイナードさんが優しい声でそう言って手を差し出してきた。
伺うように見てからその手を借りて立ち上がったけど、花だけは守りたくて抱きしめる腕に力を込めたところでさっきのお兄さんが声を上げる。
「素晴らしいです! 植物をも愛する慈しみの心⋯まさに女神フェルスティア様そのもの! 願い続けてきた甲斐がありましたね、総代!」
「ああ、我々の悲願がようやく叶ったのだ。これからは主君と共に、女神信教を盛り上げようではないか」
僕の魔法を、嫌な顔をせず受け入れてくれるのは嬉しい。でも、こんなやり方おかしいよ⋯間違ってる。
この人たちの言ってる事も行動も、僕には理解出来ない。
『優しい子、泣かないで』
「⋯⋯⋯」
ルディウス様の優しさがどんなに僕を深く思い遣ったものだったか、メイナードさんたちを見て改めて気付いた。
この人たちは、女神様以外はどうでもいいって思ってるんだ。
僕は腕の中の小さな花を見下ろし、手で涙を拭いて笑いかける。
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