身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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あの子は大切な⋯(アンジェラ視点)

 アルシエがいなくなった。
 メイドたちのお喋りでそれを知った私は、はしたないとは思つつ足首が見えるほどスカートを持ち上げお兄様がいる執務室へと駆け込んだ。

「お兄様! アルシエがいなくなったってどういう事!?」

 扉を勢い良く開けると宰相であるスウェルが飛び上がるほど驚き、向かい合って彼と話してたお兄様が困ったように笑う。
 少しも動じないなんてさすがね、お兄様。

「アンジェラ。いつも言っているけど、扉は静かに開けようね」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ」
「まだスウェルと話があるから、少し待っていなさい」
「⋯はぁい」

 仕事の邪魔をするつもりはもちろんなくて、早く聞きたい気持ちを抑えてソファに腰を下ろす。
 それにしても何があったのかしら。
 あんなにルディウスと仲睦まじく過ごしているアルシエが自分から出て行くなんて有り得ない。例え喧嘩したりルディウスの何かに腹を立てたって、アルシエなら話をする方を選ぶはずだもの。
 だから絶対、アルシエの身に何かが起こったんだわ。
 メイドが淹れてくれた紅茶を飲みながら思い当たる限りで考えてたら、向かいのソファにお兄様が座り足を組んだ。
 いつの間にかスウェルはいなくなってる。

「それで、アンジェラは何が聞きたいんだい?」
「アルシエの事よ。いなくなったって、どうして?」
「どうしてと聞かれても、アルシエに何があったかはアルシエにしか分からないから私からは何とも言えないよ。ただ、あの子が自らの足でいなくなるとは思わないから、誘拐の線が濃いと思ってる」

 やっぱりお兄様も私と同じように考えてるのね。
 アルシエを知ってる者なら、普通はそう思うのが当然だもの。

「でもどうやってアルシエを攫ったの? セレーナの件もあって、公爵家は使用人を入れ替えて防犯意識を高めたんでしょ? しかもリーネには武道の心得があるって⋯」
「いや、攫われたのは屋敷ないじゃない。外だ」
「外?」

 あのルディウスが、アルシエが出かける事を許したって事? アルシエを、誰の目にも触れさせたくないくらい溺愛しているルディウスが?
 ポカンとする私の言いたい事が分かるのか、お兄様は苦笑し頷く。

「数日前、アルシエは専属メイドであるリーネと街の本屋へと出向いた。リーネは、本屋の窓辺に置かれたドールハウスにアルシエが夢中になっている事に気付き、本の受け取りと購入出来ないかの交渉の為一人で店内に入ったそうだ」
「それだけなら数分程度だし、思う存分見せてあげようと思ったのね」
「だと思う。加えてこの国の治安は悪くない。昼間の往来で人攫いなんて、目撃者多数で普通ならまず実行しようとも思わないからね。でも、およそ五分後にリーネが外へ出ると、すでにアルシエの姿はなかったそうだよ。道行く人に聞いたけど、みんな見てないって」
「⋯⋯どうして?」

 本屋が大通りより外れた場所にあるとはいえ、人の目はそれなりにある。それなのに誰も見ていないなんて⋯⋯まさか。

「認識阻害⋯?」
「恐らくね。残念ながらその魔法が使われた痕跡は辿れなかったけど、ルディウスが手がかりになりそうな物を見つけた」
「何?」
「奇妙な紋様の入った布切れだよ。今はファーレンに渡してる」

 ファーレンとは、この国で唯一複数属性を持つ魔法使いで、おじい様の代からこの城で宮廷魔法使いとして働いてくれている。
 確かにファーレンなら何かしらの糸口は見つけてくれるかもしれない。

「それなら、近いうちにでも分かりそうね」
「どれだけ小さくてもいいから、ルディウスの為にも新しい情報は欲しいよ」
「やっぱり参ってる?」
「かなり情緒不安定だったよ。アルシエに対する心配と不安、誘拐犯に対する怒り。犯人が分かったら、すぐにでも燃やしそうな雰囲気だった」
「そうよね。ルディウスにとってアルシエは〝全て〟だもの」

 あの堅物があんなに嫉妬深いなんて思わなかったし、奥さんにはあんな甘い顔をする人なのも知らなかった。朴念仁だったルディウスを変えたアルシエだからこそっていうのもあるかもしれないけど。
 あそこまで想い合えるのはちょっと羨ましい。

「それにしても、そろそろアルシエは無条件に幸せになってもいいと思うんだけどね」
「本当に。まるで試練みたいにひどい事ばかり降り掛かって⋯女神様は意地悪だわ」

 この世界を創造した女神フェルスティア様。古い文献にしか彼女の事は書かれていないけど、自分が創った世界の子どもがあんな目に遭ってて何とも思わないのかしら。
 ムッとしながらそう言えば、お兄様はどうしてか苦笑して「そうだね」と答える。

「アルシエはあんなにいい子なのに⋯⋯」
「うん」
「⋯ねぇお兄様。私、まだアルシエの誕生日をお祝い出来てないの」
「何か考えているのかい?」
「ええ。あの子はお花が大好きだから、アルシエ専用の温室を建てようかなって」
「どこに?」
「もちろん、公爵家に。お屋敷は塀で囲われてるから一部を取り払って土地を拡げて整地して、そこでルディウスとティータイムも過ごせるように。どう?」

 草花の声が聞こえるからっていうのもあるんだろうけど、アルシエはどのお花も大切にして出来る限り自分で育ててる。
 お城に来るたび、私の花にも会いに行って言葉を教えてくれるアルシエの優しさには救われてて⋯だからこそ、あの子が生まれた特別な日に特別な贈り物をしたかった。あの子の好きな物を敷き詰めて、笑顔でいられるようにって。
 これは恥ずかしいからお兄様には言わないけど、温室の話には賛成らしく微笑んで頷いてくれた。

「ルディウスの許可が必須だけど、いいんじゃないかな。きっと喜ぶよ」
「私もそう思う。だから、無事に帰ってきて欲しい。私もアルシエが大好きだもの⋯大切な友達だから」
「アンジェラは、どちらかと言えば弟のように思ってそうだけどね」
「ふふ、弟でもいいわね。そうしたら私、うんと可愛がるわ」

 素直で穏やかで優しいアルシエ。
 ルディウスには敵わないけれど、私は私なりにあの子が幸せでいられるように支えるつもり。それこそ姉のように。
 そうと決まれば、まずはルディウスへの交渉から始めないとね。
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