身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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歪な想い

 あの日、信者の人たちの前に出て以降、定期的だった礼拝は毎日開催され僕は朝から夕方までを祭壇で過ごすようになった。合間で軽食を差し入れてくれるけど手をつける気にはなれず、結局メイナードさんが食べてる。
 相変わらず動物や植物の言葉を教えてって言う人もいるし、最近は悩みまで相談されるようになってしまった。当たり障りなく返す事は出来ても、その人の悲しいとか辛い気持ちを解決出来る訳じゃないからその事だけは少し心苦しい。 
 どうしたらもっと上手に出来るんだろう。
 せめてもう少しだけでも、言葉を知っていれば違うのかな。



「⋯⋯⋯⋯」

 日が経つにつれ、僕はもう二度とここから出られないんじゃないかって思うようになってきてた。
 諦めたくないし諦めるつもりはないんだけど、何の成果も得られないまま過ぎて行く時間に心が疲れつつあって、すでにギリギリの状態になってる。
 この部屋は冷たくてあまりにも寂しい。
 あの花は最後まで頑張ってたけど、僕にあげられる魔法力がなかったせいで昨日には枯れ落ちてしまった。お屋敷の庭だったら、きっと元気になれたはずなのに。
 また一人になって、それでも踏ん張っていられるのは、大好きなルディウス様にもう一度会いたい気持ちがあるからだ。

「ルディウス様⋯」

 ここではどれだけ呼んでも答えてくれる声は聞こえない。
 じんわりと涙が浮かび、震える唇を噛んだら扉がノックされ鍵が開けられた。入って来たのはメイナードさんで、湯気の立つ料理が乗ったワゴンを押している。
 この部屋、メイナードさん以外は来ないからこの光景にも慣れてしまった。

「主君、夕飯をお持ちしました」
「⋯ありがとうございます⋯」
「今日こそきちんと食べてください」
「⋯⋯⋯」

 どれだけ温かくて美味しい料理でも、お屋敷で一人で食べていた時より味を感じなくて、軽食と同じでどうしても食事が進まなかった。作ってくれた人には申し訳なく思ってるけど⋯初日以降は半分も食べれていない。
 ベッドに座ったまま動かない僕の前にきたメイナードさんは、その場に膝をつくと唐突に僕の左手を掴んできた。

「!?」
「貴方は、ルディウス・ヴァン・リトルハイム公爵閣下の奥様だそうですね」
「! 知って⋯」

 僕がルディウス様の奥さんだって事を知ってるのは一部の人だけだし、教団の人たちには初めて会ったから当然知らないと思ってた。
 驚く僕の薬指に嵌められた指輪を撫で、メイナードさんは視線だけで見上げてくる。

「閣下は、自分に仇なす者は身内でさえも焼き殺す恐ろしい方だと聞いております。彼が歩いたあとは焼け野原になり死者の骨も残らないと⋯貴方も、ひどい目に遭っているのではないですか?」
「ルディウス様はひどい事なんてしません。凄く優しくて思い遣りに溢れる方です」
「本当に?」
「本当に。僕はルディウス様の奥さんになれて幸せですから」
「⋯⋯⋯なるほど。意外にも夫婦仲はよろしいと⋯」
「⋯!?」

 実際、戦っているルディウス様を見た事はないけど、僕の知るルディウス様はいつだって優しくて温かい人だ。
 知らないとはいえ、噂や人から聞いた事だけでルディウス様を判断しないで欲しい。
 ムッとして返したら掴まれていた腕が上げられ反対の手で肩が押された。ベッドに仰向けに倒れ込んだ僕をメイナードさんが見下ろしてくる。

「あの人はどんな風に貴方に触れるのです?」
「え⋯?」
「宝物を扱うように触れますか? それとも、自分勝手で乱暴に?」
「な、何を言ってるんですか⋯?」
「あの男が貴方の伴侶など、忌々しいにも程がある。私は生まれてからこれまでずっと貴方を望んできた。例え姿形が変わろうとも、〝貴方〟はであり私の全てだ。⋯愛しい我が君」

 メイナードさんの顔が近付いて驚いた僕は慌てて顔を背けたものの、そのまま首にカサついた唇が触れてゾワリと寒気が走った。

「⋯ッ、や⋯何⋯っ」
「私が求めていたから、こうして人の世界に転生してくださったのでしょう? 私の想いに応えてくださったのですよね? もっと早く貴方の存在に気付けていれば、あんな男の元になど嫁がせなかったのに⋯」
「やめ⋯っ、違う⋯⋯僕は⋯っ」
「ご安心ください。もう二度と、あの男とは会わせませんから」
「⋯⋯っ」

 ぬるりとしたものが首筋を這い、メイナードさんの手が身体をなぞるように触れる。
 怖い、気持ち悪い。こんなの嫌だ。
 ルディウス様以外の人に触られるなんて耐えられない。
 何が起こってるのか、メイナードさんが何を言っているのか、理解するよりその気持ちが勝って僕は思い切り目の前にある肩を押し返した。
 もちろん力で敵わない事は分かってたけど、意外にも素直に身体を起こしたメイナードさんは僕を見て歪んだ笑みを浮かべると、ベッドから降りてワゴンの料理をテーブルに並べ始める。

「食器は後ほど下げに参りますので」

 そう言って頭を下げて部屋を出て行き、鍵をかけて廊下の向こうへと歩いて行った。
 静かになった部屋の中、僕は起き上がると膝を抱え顔を埋める。

「⋯っ⋯ぅ⋯」

 まだ感触が残ってる。あんな事、ルディウス様にだってされた事ないのに。
 もうやだよ⋯⋯ここから出たい。帰りたい。

「ルディウス様⋯」

 もう二度と会えないなんて、そんなの絶対嫌だ。
 ルディウス様にもう一度会う事が、今の僕の支えなんだから。
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