身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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たった一人だけ

 転移装置でお屋敷に戻った時、最初に見えた光景に僕の目から涙が溢れた。
 リーネさんを始めとする使用人のみんなが玄関の前にいて、僕を見るなりホッとしたり泣いてくれたり駆け寄ってくれたりと帰りを喜んでくれてる。
 だけど一番に傍に来てくれると思っていたリーネさんは両手で顔を覆って肩を震わせてて、僕はルディウス様に下ろして貰い今にも崩れ落ちそうなリーネさんに駆け寄った。

「リーネさん」
「⋯っ、奥様⋯よか⋯った⋯⋯ご無事で⋯本当に良かった⋯っ」

 リーネさんが泣いてるところは初めて見たし、こんなに弱っているところも見た事なくて僕は申し訳なさで胸が痛くなる。
 優しいリーネさんをこんなにも悲しませてしまった。

「ごめんなさい⋯僕がちゃんと待ってなかったから⋯」
「いいえ⋯っ⋯お傍を離れた私が悪いのです⋯っ」
「違います、リーネさんの言う事を聞かなかった僕が悪いんです。だから⋯そんなに泣かないでください⋯」
「⋯っ⋯私は、奥様のメイド失格です⋯」

 リーネさんはちゃんと、「ここにいてください」って言ってた。それを破って、ミアの悲鳴が聞こえたからって離れたのは僕だ。
 なのにリーネさんはずっと自分を責めてて、このまま同じ言葉を繰り返しても意味がないんだって思った。
 悪い悪くないじゃなくて、違う事を伝えなきゃダメなのかも。
 僕はリーネさんの手を握ると、空いている方の手で濡れた頬を拭った。

「僕、リーネさんが大好きです」
「奥様⋯」
「出会ってからずっと傍にいてくれて、どんな時でも温かくて僕なんかにも優しくしてくれて⋯リーネさんがいたからこそ、僕は今こんなに幸せなんですよ。失格なんて⋯言わないでください」

 最初はオルウェンさんからリーネさんに引き継がれるって聞いて不安だったけど、今はリーネさんで良かったって思えるくらい僕にとってはなくてはならない人になってる。
 ルディウス様と仲良くなるまで、僕の心はリーネさんが支えてくれたんだから。

「僕のメイドさんは、今までもこれからもリーネさんだけです」
「⋯⋯っ⋯奥様⋯」
「僕がちゃんと大人になれるか、傍で見ていてくださいね」

 身体中の水分がなくなるんじゃないかってくらい泣いていたリーネさんは、僕の手を握り返して何度も頷くとようやく笑顔を見せてくれた。
 まだ涙は流れてたけど、笑ってくれただけで安心する。
 絶対に、もう二度と、リーネさんを悲しませないようにしよう。



 あのあと目を真っ赤にしながらも、普段通りに戻ったリーネさんにお風呂を勧められた僕だけど、どうしてもルディウス様と離れたくなかったからあとで入るからって答えて今はルディウス様の部屋にいた。
 初めて入った部屋は、広いのに無駄な物がなくて綺麗に整ってて、凄くルディウス様らしいって思った。
 騎士服からラフな格好に着替えたルディウス様はベッドに腰を下ろすと、飾られた剣を見ていた僕を呼び腕を広げてきた。その行動の意味が分かって嬉しくなった僕は近付き、隣に座ってルディウス様へと抱き着く。
 さっきは人がたくさんいたけど、今は二人だけだから思う存分くっつけるのが嬉しい。
 髪から頬を撫でられたから見上げたら、ルディウス様の唇がおでこに触れた。

「この数日、生きた心地がしなかった。本当に無事で良かったよ」
「心配かけてごめんなさい⋯」
「アルシエが悪い訳じゃないだろう。だが、どうして本屋から離れたんだ?」
「ミアの⋯⋯友達の苦しんでる声が聞こえたから⋯」

 そういえば、ミアは大丈夫だったのかな。
 心配になって、少し意識が逸れて止まった僕の背中をルディウス様が落ち着かせるように撫でてくれる。

「友達?」
「白い猫です。このお屋敷に来てからずっと仲良くしてくれてて⋯」
「白い猫⋯⋯ミアというのか」
「知ってるんですか?」
「アルシエが攫われた次の日、屋敷の庭に来て私を裏路地へ案内してくれた。ミアがいなければ、アルシエに辿り着く事は出来なかっただろうな」

 という事は、ミアは無事なんだ。良かった。
 それにしてもルディウス様を案内したって⋯言葉は通じないのに、頑張ってくれたんだね。会ったらたくさんお礼をしないと。
 ホッと息を吐いところでルディウス様に抱き上げられ膝に乗せられる。

「連中は君にひどい事はしなかったか? 薬を飲まされたり魔法を使われたり⋯」
「そういうのはなかったですけど⋯一度だけ、嫌だって思った事は⋯」
「何をされた?」
「首を⋯その、メイナードさんが口付けたり⋯身体を触ってきたり⋯」
「メイナードとは、アルシエを連れて行こうとしたあの男の事か?」
「はい」

 思い出すだけでも鳥肌が立つ。
 あのあと必死に拭いたけど、今だにあの感触が纏わりついてる気がして無意識に首に触れたら、ルディウス様の手が重ねられて撫でられた。

「口と手も焼いておくべきだったか」

 低い声に怒ってるって分かって、良くはないんだろうけど嬉しくなった。だって、僕の為に怒ってくれてる。
 ルディウス様の背中に腕を回し、逞しい胸元へと頬を寄せて僕は目を閉じた。

「凄く嫌だった⋯⋯ルディウス様以外の人にあんな事されて⋯怖かったし、初めて誰かを気持ち悪いって思いました」
「⋯そうか⋯」
「ルディウス様じゃなきゃ嫌です⋯抱っこも、触られるのも、ルディウス様がいい⋯」
「アルシエ⋯」

 ゆっくりと手を上げ、ルディウス様の頬へと触れると黒い瞳が僅かに見開かれた。

「ルディウス様だけがいいです」

 こんな気持ち、他の誰にも感じない。リーネさんたちに向けるものとも違う、ルディウス様だけに抱く〝大好き〟の気持ち。
 躊躇いながらも整った顔が近付いてきて、僕は目を閉じて唇が触れ合うのを待った。
 帰って来れたってもっと実感させて欲しい。
 が、僕の唯一の居場所だから。
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