身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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腐ったリンゴ(ルディウス視点)

 転移装置を潜り屋敷へとついた私は、一先ず殿下には屋敷内で待機していただく事にし、使用人には警戒するよう伝え部下たちを各所への警備に回した。
 特にアルシエが大事にしている庭は人数を割き、四方を固めるように配備する。
 あとは裏門や整地中の敷地なども警戒を怠らないようにし、私も数人連れて見回りを開始した。
 木や草の影も注視しつつある程度確認していたら、空に雲がかかり始め陽が陰った。

「団長、雨が降りそうですよ」
「問題ない」

 雨が降ろうと槍が降ろうと同じ土俵である事には変わりないからな。それなら魔力値の高い私が優勢だ。
 それに、多少の雨なら私の炎が勝つ。

『団長、怪しい男を発見しました』

 全員と繋がっている通信機に雑音と共に部下の声が入る。

「どこだ?」
『一度は裏門を通り過ぎたのですが、今は戻って来て様子を伺っています』
「分かった、すぐに行くから見張っていろ。逃げるようなら声をかけていい」
『はっ』

 私は共にいる部下へと目配せし、他の者には持ち場を離れないよう告げて裏門へと足早に向かう。
 だが門扉ではなく離れた場所から塀を飛び越え、伝えられた怪しい男の元へと近付いた。後ろ姿だが、全身を覆う黒いコートにフードという出で立ちは明らに不審だ。
 そもそもまともな人間はこそこそと人の屋敷を覗いたりしない。
 向かいから挟むように部下が来ている事を確認し、私はそいつに声をかけるべく口を開いた。

「私の屋敷に用なら、表から入ったらどうだ?」
「!?」

 そいつの肩がギクリと跳ね、振り向いた顔はフードで半分隠れてはいたが確かに男爵だった。だが私が知るよりも痩せ細り、全盛期とは見る影もない。
 男爵は私を認めるなりギリッと歯噛みし、血走った目を一瞬走らせ一歩寄ってきた。
 瞬間私の前に立とうとする部下を手で制し、いつでも剣が抜けるよう鍔を押し上げる。

「まぁ、それが出来る立場にはないだろうが」
「⋯アイツはどこだ⋯」
「〝アイツ〟?」

 嗄れた声が問い掛けるが、私にはそんな名の知り合いはいない為眉を顰めて返せば、男爵はフードを剥いで更に近付いてきた。

「貴様が娶ったあの役立たずの事だ!」
「⋯⋯アルシエの事を言っているなら訂正しろ。アルシエは役立たずではない」
「役立たずを役立たずと言って何が悪い! いいからアイツを出せ!」
「断る」

 ただ魔力が少ないだけで、アルシエは努力が出来る子だ。
 普通の子供が知っている事を知らず、出来る事が出来ないのは自分たちが何の教育も与えなかったからだとなぜ思わないのか。
 こけた頬とは対照的にギラついた目が真っ直ぐに私を見る。

「ふざけるな! アイツのせいでワシは全てを失ったのだぞ! 育てた恩を仇で返しおって⋯せっかく機会までやったというのに、アイツは何もかも台無しにした!」
「育てた恩? 満足な食事も与えず、暴言で意志を封じ、使用人同然の扱いをしておいて何が恩だ。親としての責務も果たしていない者がずいぶんと偉そうだな」

 確かに八歳までは育てたのだろうが、以降は愛情など欠片も向けなかった者に恩などと口にする資格はない。
 しかも、〝機会〟というのはあの教団の事だろうからなおさらタチが悪かった。
 だが男爵は怒りで顔を赤くし、更に捲し立てる。

「追い出されなかっただけでも有り難く思うべきだろう! ワシはアイツが野垂れ死のうが魔獣にほふられようがどうでも良かったんだぞ!」
「⋯⋯⋯⋯」
「とにかくアイツを連れてこい! 自分がいかに愚かな事をしたか分からせてやる!」
「いい加減にしろ」
「⋯っ⋯」

 聞いているだけで吐き気がするほど身勝手な発言は私の神経を逆撫でしかせず、何がどうあってもアルシエを悪者にする男爵には我慢出来なかった。
 私の怒りに呼応するかのように空気が揺れ、ポツポツと降り出した雨粒が私に触れる直前で蒸発する。

「自分たちの不幸をアルシエのせいにしているが、全部お前たちが蒔いた種だろう。アルシエは犠牲者に過ぎない」
「違う! アイツのせいだ! アイツが生まれたからこうなったんだ! アイツがマルグリアを滅ぼしたんだ!」
「アルシエは何もしていない。出来るはずがないだろう。⋯お前がそうしたんだからな」
「⋯⋯⋯」
「やっと笑えるようになったんだ。これ以上、アルシエを苦しめないでやってくれ」

 楽しいも嬉しいも幸せも、ようやく素直に受け入れられるようになった。もう何があっても辛い思いはして欲しくない。
 男爵は俯いて黙り込み、私は今がチャンスだと部下へと合図を出した。
 だが男爵は戦意喪失した訳ではなく、強く握っていた拳を開くと私へと向け何かを放った。風が空を切る音がし、咄嗟に避けたものの頬に鋭い痛みが走る。

「団長!」
「貴様! 大人しくしろ!」
「封魔の腕輪を!」

 鎌鼬かまいたちか⋯明らかに私の首を狙っていたな。
 部下たちが集まり、男爵を押さえ付け魔封じの腕輪を嵌める。男爵は何かを叫んでいるが不明瞭過ぎて聞き取れず、髪を振り乱すその姿はあまりにも醜かった。
 アルシエを置いてきて正解だったな。

「団長、手当を」
「いや、いい。先に城へ連行し⋯」
「マルグリア男爵」

 副団長のダリスが駆け寄りそう言って来たが、首を振り軽く頬を拭いながら答えていたら後ろから静かな声がした。
 振り向くと雨具を身に着けた殿下がいて、私を通り過ぎ立ち止まる。

「貴殿にはほとほと呆れ果てた。過去を含め、これまで起こした件については厳重な処罰がくだされる事を覚悟するんだな」
「黙れ! ワシは何も悪くない! 悪いのはアイツ⋯⋯ッ、がぁあ⋯!!」

 殿下にまで牙を剥く汚い舌を焼き、ビクビクと身体を跳ねさせる男爵に近付き見下ろした私は、剣を抜いて炎を纏わせ雨に濡れ土で汚れた顔へと切っ先を向ける。

「⋯ひっ⋯」
「殿下の御前だ、口を慎め」
「恐らく、二度と地は踏めないだろうね。連れて行け」
「は!」

 痛みでぐったりとする男爵を両側から抱え、部下が数人、裏門から入り転移装置へと向かう。それを見送る私の頬にダリスがハンカチを当て苦笑した。

「アルシエ様がご覧になったら悲しみますね」
「そうだな」
「攻撃を食らうなんて、ルディウスらしくない」
「アルシエの事を考えていたので⋯」

 だが、それにしたってマルグリア如きの攻撃を完全に避けれないのは油断もあったのかもしれない。腐っても貴族、どうせ勝てない勝負はして来ないだろう、と。
 男爵はすでに、貴族らしい感情など失っていた。

「さ、城に戻ろうか」
「殿下、お足元にお気を付けください」
「ありがとう」

 殿下とダリスが歩き出し、私も少し遅れて敷地内へと入る。
 一時強く降っていた雨足は弱まりつつあり、遠くには雲の隙間から陽が差し込んでいる様子が伺えた。
 アルシエはまだアンジェラ様と楽しくお喋りをしているだろうか。
 早く会って、あの小さな身体を抱き締めたい。
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