身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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母からの手紙

 僕がお屋敷に戻って二ヶ月。もう大丈夫だって確信出来たのか、ルディウス様は抑えていた仕事を再開した。
 しばらくは忙しくなるって言葉の通り、月がてっぺんを超えたくらいに部屋に帰って来ては起きてた僕と一緒に寝てまた朝に出かけて行くって感じなんだけど、働き過ぎて倒れないか僕は心配の方が勝ってる。
 いくら鍛えてるとはいえ、疲れが溜まったら頑張りたくても頑張れないから。
 だからちょっとでもルディウス様の負担を減らしたいって、僕はお屋敷の経理関係をオルウェンさんから学んでるんだけど⋯専門用語だけで頭がパンクしそう。
 オルウェンさんの協力ありきとはいえ、これを騎士の仕事をしながらこなしてるルディウス様は本当に凄い。早く覚えて、任せて貰えるようにならないと。


 少しずつ肌寒さが増して枯葉が庭に積もるようになった頃、リーネさんが不安そうな顔で部屋へと訪れソファに座る僕に一つの封筒を差し出してきた。既に封は開いてて、一度出された形跡がある。
 不思議に思いつつ受け取り裏に返すと母様の名前があり、僕は目を瞬いた。

「念の為、旦那様が先に中身を確認しております。お見せしても問題はないとの事ですが⋯読むか読まないかは、奥様がお決めになってください」

 伯爵家での僕の扱いを知ってるから、何が書かれてるか心配してくれたんだ。
 いい事か悪い事かは分からないけど、母様は僕に対しては物心ついた時から無関心で、怒られた事がないどころか目を合わせた事さえなかった。
 だから僕にとって母様は、ただそこにいた人。
 眉尻を下げるリーネさんに笑顔を返し、一度深呼吸をして手紙を取り出した僕はそれでも恐る恐る折り畳まれた紙を開いた。ルディウス様が見せても大丈夫って言ってたんだから、ひどい事は書かれてないはず。
『アルシエへ』。そう始まる手紙には、僕の知らなかった事が記されてた。

『こうして貴方に手紙を書く日が来るとは思いませんでした。貴方は今、とても幸せな毎日を送っているのでしょうね。信じて貰えないと思いますが、貴方が幸せになる事は私の願いでもありました』

 僕の幸せが、母様の願いだった?
 どうして? 母様も僕を嫌ってたんじゃないの?

『今まで貴方の為に何もして来なかった私に何を言っているのかと思うでしょうね。でも、貴方も私がお腹を痛めて産んだ子。愛していなかった訳ではないのよ』

 頭が追い付かない。
 愛していなかった訳じゃないって⋯名前さえ一度も呼んでくれた事ないのに。

『今だから言えるけど、私はあの人から貴方への接触は禁止されていたの。跡取りだからこそ厳しくする必要がある、母親の愛情など邪魔なだけだって。それでも私にとって貴方は可愛い息子で、一度も関わらないなんて無理だった。だから隠れて遊んだりしてけど、あの人に見つかって、私はひどく罵られたの』
「⋯⋯⋯」

〝あの人〟っていうのはきっと父様の事で、父様は相手が母様でも僕と同じような事をしていたみたいだ。
 僕目線では、お互いを想い合ってる夫婦だと思ってたのに。

『貴方も知っている通り、あの人は自分に逆らう者に容赦がない。顔を真っ赤にして大きな声で怒鳴る姿がとても恐ろしくて⋯だから、その一件以降はあの人に従う事にして、貴方には一切近付かないようにした。あの人の怒りが貴方に最悪な形で向いたらって不安もあったから。貴方を守る為なら、母と子でいられなくてもいいって思ったの。でもそのせいで、貴方には凄く辛い思いをさせてしまった。本当にごめんなさい。謝って許される事ではないけど、最後だからこうして伝える事だけは許して』

 最後⋯⋯確かに、もう僕とは関わりを持たないようルディウス様が父様に言っていたから必然的に母様ともそうなるんだろうけど、出来る事なら手紙をくれるよりもちゃんと顔を合わせて話したかった。

『マルグリアの事は忘れて、アルシエは好きなように生きなさい。抱き締めてあげられなくてごめんね。貴方の幸せだけを願っているわ』

 最後まで読み終えた時、視界が滲んで雫が手紙にポタポタと落ちる。
 あの家で僕に好意的な人なんていないと思ってた。でも母様は本当は僕を想ってくれてて、幸せまで願ってくれてたんだ。
 母様の本心をもっと早く知れていたら、何か変わってたのかな。

「奥様⋯」
「返事は⋯送らない方がいいですよね⋯?」
「そうですね。お母様は伝えたかった事をしたためただけのようですから⋯」

 僕からの言葉を求めていないのは文面から分かる。だけど、せめてありがとうだけは返したいって思った。
 母様だって、きっとずっと苦しかったはずだから。
 手紙を置き溢れるままに涙を流してたら扉がノックされ、リーネさんが応えると仕事中のはずのルディウス様が立っていた。

「すまない。アルシエに所用が⋯⋯」
「⋯ルディウス様⋯」
「何故泣いて⋯⋯ああ、手紙を読んだのか」

 振り向いた僕の顔を見て驚いたルディウス様だったけど、テーブルに置かれた手紙を見て納得するとリーネさんに頷いて僕の方へと歩いてきた。
 傍まできて、膝をついたルディウス様に堪らず抱き着いたら背中を撫でられる。

「お母上にとって、アルシエはちゃんと大切な息子だったんだな」
「⋯みたい、です⋯」
「今のアルシエを見たら喜ぶだろうな」
「ど、して⋯?」
「こうして泣けるようになったし、笑えるようにもなった。母親からしたら嬉しいだろう」
「⋯⋯ッ⋯」

 ルディウス様の言葉にまた感情が溢れ涙が止まらなくなる。
 あの家では笑う事も泣く事も許されなかった。だから何も考えないようにしたし、母様みたいに従うだけにした。
 それが僕の当たり前だったのに、ルディウス様を好きになってすっかり変わった。

「いろいろあって会わせてやる事は出来ないが、お母上の為にも幸せにならないとな」
「⋯ルディウス様と一緒がいいです⋯」
「ん?」
「幸せになるなら⋯ルディウス様と一緒⋯」

 だって僕を幸せに出来るのはルディウス様だけなんだもん。
 涙ながらに言えば、ルディウス様は目を瞬いたあと笑顔になり、僕とおでこを合わせて「そうだな」って頷いてくれた。
 難しいかもしれないけど、僕だって母様の幸せを願ってる。少しでも、笑顔でいられたらいいな。



「そういえば、所用って何だったんですか?」
「ん? ああ。朝バタついていて、ちゃんとアルシエに挨拶が出来なかったからな」
「え?」

 挨拶? って思ってたら抱き締められて、頬に口付けられたところでこれかって気付いた。いつもお見送りの時はしてるけど、今日は急いでたから出来なかったんだよね。
 わざわざ時間見つけてしに来てくれたんだ。
 ルディウス様の優しさに口元を緩めた僕は、背中に腕を回して温かい肩へと頬を擦り寄せたのだった。
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