身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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わがまま

 公爵家に来て三度目の寒冷期が本格的にやってきた。
 外では雪が降り積もり庭も真っ白になってる。お屋敷内はいつも適温で保たれてるからそうでもないんだけど、ひとたび外に出れば凍えそうなほどの寒さに見舞われる為僕は引きこもってた。
 これだけ寒いと花壇の花たちも眠ってるし、出来る事といえば勉強くらいだから。
 だけど遠目に見える新しい敷地ではまだ工事は続いてて、今は何か建物を造ってるみたい。寒いのに、本当にありがとうございますだ。
 朝食のあと、オルウェンさんに貰った資料を見つつ勉強していた僕は、ずっと握っていたペンを置き両腕を上げて大きく伸びをする。時計を見るともう二時間は経ってて、そんなに集中してたんだって自分でも驚いた。
 さすがに休憩したいなって思って立ち上がったらちょうど扉がノックされて、応えると茶器の乗ったワゴンを押したリーネさんが入ってくる。

「奥様、少し休憩されませんか?」
「⋯⋯⋯」
「奥様?」
「リーネさんって、予知能力者ですか?」
「今回もタイミングが良かったって事ですね」

 本当にいつも僕がそう思ってるタイミングで来てくれるから、本気でそんな魔法を持ってるのかと聞いたらリーネさんはクスリと笑って僕の傍までくる。
 勉強はまだ続けるつもりだからそのままにして、窓辺のソファに移動して座ると丸いテーブルにお茶やお菓子を並べてくれた。

「そういえば、今年は雪の夜市が開催される年なんですよ」
「雪の夜市?」
「はい。不定期に開催されるのですが、なかなかに大規模なんですよ。夜の雪景色って幻想的なので、光魔法でライトアップしたり好きな物の雪像を作ったりするんです。温かい食べ物や飲み物も屋台で販売されるんですよ」
「楽しそう!」

 伯爵家にいる時は外にも出れなかったし、そういう話も聞けないから初めてそんな行事があるんだって知ったけど、街を上げての催しは想像しただけでワクワクする。
 リーネさんが僕の膝にブランケットをかけて、淹れたての紅茶をソーサーごと持たせてくれた。あったかそうな湯気が昇り、でもこのまま口を付けたら火傷する事は分かってるから息を吹きかけて冷ます。

「旦那様にお願いしてみてはいかがでしょう?」
「でもルディウス様、今はお忙しいから⋯」
「一日くらい奥様とお出かけしたって誰も怒りませんよ。それに、旦那様は奥様のお願いは断りませんから」
「そう、かな⋯」
「そうですよ。使用人全員が保証します」

 いくら優しいルディウス様でも忙しかったら無理って言いそうだけど⋯でも、ルディウス様は僕の話聞いてくれるから、言うだけ言ってみようかな。
 そろそろ冷めたかもってゆっくり口を付けて飲み、雪が降り続いてる窓の外へと視線を向ける。
 もしルディウス様と行けたら、きっと素敵な思い出になるだろうな。


 さっそ帰宅したルディウス様に雪の夜市の話をしたら、目を見瞠ったあと申し訳なさそうな顔をされた。

「すまない、アルシエ。その期間は殿下が北の街へ視察に行くから、護衛の為に私も行く事になっているんだ」
「あ⋯そう、なんですか⋯」
「開催されてる間に戻って来れるかは分からない」

 ルディウス様に話すまで弾んでいた気持ちがしゅんと萎む。
 こればかりは仕方ないし、ルディウス様を責めるつもりもない。でもただただ残念で、思わず目を伏せた僕の顔をルディウス様が慌てて覗き込んでくる。

「雪の夜市は終わっているかもしれないが、代わりにアルシエの行きたいところに行こう。船旅でも他国でも、どこでもいい」
「その時はずっと一緒にいてくれますか?」
「ああ、約束する。傍にいるよ」

 雪の夜市もきっと楽しいだろうけど、そこにルディウス様がいないなら行く意味はない。だから一緒にいられるなら、全然他の場所だって構わなかった。
 ルディウス様が隣にいてくれる事が重要なんだから。
 僕は顔を上げてルディウス様に抱き着き頷いた。

「楽しみにしてますね」
「アルシエの願いなら何でも叶えてやりたいんだが⋯本当にすまないな」
「そのお気持ちだけで充分です。お仕事、頑張ってください」
「ありがとう」

 叶えようとしてくれるだけで嬉しい。
 すっかり傷のなくなった頬に触れて笑えば、ルディウス様もやっと笑顔になって僕の頬へと口付けてきた。長い腕が背中に回り、抱き寄せられ唇が重なる。
 チュ、チュって何回か触れ合わせただけで離れたあと、目を開けたら宝石みたいな黒い瞳と間近で合った。
 本当に綺麗な目。
 じっと見てたら目蓋に口付けられて、抱き上げられベッドへと座らされた僕はある事に気付いてルディウス様を見上げる。

「あの、ルディウス様」
「どうした?」
「ルディウス様がいなくても、ルディウス様のお部屋で寝てもいいですか?」
「もちろん。必要な物は好きに使え」
「ありがとうございます」

 きっと眠れないとは思うけど、いつもルディウス様と眠っているベッドならまだ気は紛れそうだし、匂いに包まれるから安心すると思う。
 無事許可が出てホッとし、ごろんと横向きに寝転んだらジャケットを脱いだルディウス様が僕の顔の横に手をついて被さってきた。見上げると片手で襟元のボタンを外してて、鎖骨が見えるくらいまで緩めたあと僕の頭を撫で微笑む。
 無表情だと冷たく見えるルディウス様だけど、笑った顔は凄く穏やかで優しい。
 仰向けになり、手を伸ばして頬に触れると目が細められた。

「私に聞かなくとも、アルシエは好きにしていいんだよ。やりたい事があるならやっていいし、欲しい物があるなら遠慮なく言っていい。私の部屋も、アルシエならいつでも出入りは自由だからな」
「そんな事言って、僕が凄く我儘になったらどうするんですか。ルディウス様のお部屋だって、ぐちゃぐちゃにしちゃうかもしれませんよ?」
「むしろ大歓迎だな。やんちゃなアルシエも見てみたい」
「〝やだ〟ばっかり言うかも」
「いいよ。機嫌が治るまでどんな言葉でも聞くから」
「癇癪起こして暴れたら?」
「その時は落ち着くまで抱き締める」

 どれだけマイナスな事を言っても、ルディウス様は受け入れてプラスに変えてくれるんだよね。だから言葉にしてもいいんだって思える。
 僕は頬に添えていた手を首へと回し、少しだけ力を込めた。

「じゃあ、今ぎゅってして欲しいです」
「喜んで」

 ルディウス様の手が背中に回り、言葉通りぎゅって抱き締められる。
 殿下と北に行ったらしばらくはこの腕の中にも入れないけど、それまでにこうしてたくさん触れ合っておきたいな。
 ちょっとでも、離れてる間の寂しさが薄れるように。
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