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憂鬱(ルディウス視点)
クロード王太子殿下のご婚約者であらせられる、隣国アムネスティア王国第一王女、フローラ・ベル・ハーランド・アムネスティア殿下のお輿入れまで二週間を切った。
それによって国中が慌ただしくなり、殿下の護衛騎士である私も私の部下たちも、他の騎士団と顔を付き合わせて警備体制や配置などの綿密な打ち合わせを連日のように行っていた。それ故に今の私の生活の中心は王城だ。
決して自分からは〝寂しい〟と言わないアルシエだが、二言目には私を心配する言葉を口にする。
休憩は取れているか、少しでも食べているか、無理はしていないか。
全てに頷いてはいるが、これで体調を崩そうものならアルシエはショックを受けるだろうな。
日が昇る前に屋敷を出て、月が頂点を超えた頃に帰宅する私だが、私がいないと眠れないアルシエは欠伸を零しながらも起きていて私と共にベッドへと入る。その時だけは少し話せる為、それが今の私の気力を支えていると言っても過言ではなかった。
ただ、やはりアルシエが眠れずにいる事は良くない。
今回のような事が今後もないとは言い切れないからな。なるべく早く一人でも眠れる方法を探してやるべきだろう。
目の下に隈など、アルシエには似合わないのだから。
「ずいぶんと凶悪な顔をしているね、ルディウス」
会議室で長机に広げた城内の図面を眺めながら警備の甘そうな経路を確認していたら、様子を見に来たのか殿下が苦笑しながら入ってきた。
「殿下⋯」
「男前が台無しだよ」
腕を組んで私の隣に立つと、図面を覗き込み端の方を指先で叩く。
「ルディウスの騎士団にはなるべく私とフローラの身辺を警護して貰いたい。出来ればルディウスはフローラについて欲しいけど⋯」
「私は殿下の専属護衛ですので」
「だよね。じゃあダリスは確定として、あと二人は欲しいかな」
「分かりました。ダリスと相談します」
「頼んだよ」
殿下が私の騎士団、というよりも私を最も信頼している事は知っている。
幼い頃から兄弟同然で育って来たのだから当然とも言えるが、『緋炎の騎士団』が頭一つ秀でているからという理由もあるのだろう。
私の部下は驚くほど向上心が高く、休日にも剣や魔法の鍛錬を欠かさない。酒場にも行かない為、任務さえなければ規則正しい生活をしていた。
自分たちの時間を剣腕を磨く為だけに使っているのだから、強くなるのは当たり前だろう。
「ところで殿下」
「何かな」
「私はつくづく、タイミングに恵まれないのだと思い知りました」
「うん?」
「明明後日はアルシエの誕生日なのです」
フローラ王女殿下がお輿入れされる予定は本来ならもう少し先だったのだが、王女殿下の「クロード殿下のお傍にいたい」との希望により早まり、それにより必要な諸々を前倒しにしなければいけなくなった。
それがよりにもよってアルシエの誕生日と重なってしまったのだ。
殿下は私の話を聞いて目を瞬いたあと、難しい顔をして額を押さえる。
「そうだったのか⋯」
「雪の夜市といい今回といい、アルシエが望む日に限って重要任務があるのは、私の日頃の行いが悪いからなんでしょうね」
「そんな事ないと思うけど⋯」
もしくは、最初のアルシエへの態度や言動に対する罰なのか。
明明後日はアルシエが十九歳となるめでたい日であり、私とは夫婦として前に進もうと約束した日でもあるが、別にアルシエを抱くのはその日でなくても良くて、ただアルシエが生まれた日を祝えるのは一日しかないからこそ一緒にいてやりたかった。
いろいろな事が重なったとはいえ、ままならないな。
アルシエに言えば、いつものように「分かりました」って答えるんだろうが。
「プレゼントは決めてるのか?」
「はい。私の魔力を込めた耳飾りを贈ろうかと⋯」
「ああ、いいね。そういえば、アンジェラもにこにこしながら商人と話していたけど、あれはアルシエへの贈り物を選んでいたんだな」
「もう敷地は拡げませんよ」
「釘は刺しておいたから」
温室の為に結構な工事をしたが、管理をしてくれているマーディンの負担も増えた為あれ以上はさすがに受け入れられない。
眉を顰めたら殿下は苦笑し、首の後ろに手をやって左右に振った。
「あまり気にし過ぎるのも良くない。アルシエなら分かってくれるさ」
「⋯それが嫌なんです」
言われた事を聞き入れる選択しか与えられなかったせいで、アルシエは物分りが良く不満があったとしても口にしない。
以前に比べればだいぶ言ってくれるようにはなったからこそ諦めさせてしまう状況だけは作りたくないんだが⋯なかなか上手くいかないのがもどかしいな。
一つ息を吐き、図面の紙を畳んだ私はそれを脇に抱え殿下へと身体ごと向く。
「お部屋へ戻られるのでしたらお供いたします」
「ありがとう」
「我々の事は気にせず、殿下はごゆっくりお休みください」
「私やフローラの為に頑張ってくれるのは嬉しいけど、君たちもちゃんと休むように」
「ありがとうございます」
この国や民にとって記念ともなる日が何事もなく過ごせるよう整えるにはどちらかと言えば時間が足りないのだが、殿下は知らなくていい事だから礼を言うに留めておいた。
肩を竦めた殿下が歩き出し、部屋のある階へと続く階段を上がっていく。
その後ろをついて行く私は、アルシエにどう伝えようか考えていた。
(せめて当日中に祝いの言葉だけでも言えたらいいんだがな⋯)
気持ちや言葉を飲み込んだ笑顔は見たくない。
悲しませてしまうと分かっている話をしなければいけない事が、物凄く憂鬱で仕方ない。
それによって国中が慌ただしくなり、殿下の護衛騎士である私も私の部下たちも、他の騎士団と顔を付き合わせて警備体制や配置などの綿密な打ち合わせを連日のように行っていた。それ故に今の私の生活の中心は王城だ。
決して自分からは〝寂しい〟と言わないアルシエだが、二言目には私を心配する言葉を口にする。
休憩は取れているか、少しでも食べているか、無理はしていないか。
全てに頷いてはいるが、これで体調を崩そうものならアルシエはショックを受けるだろうな。
日が昇る前に屋敷を出て、月が頂点を超えた頃に帰宅する私だが、私がいないと眠れないアルシエは欠伸を零しながらも起きていて私と共にベッドへと入る。その時だけは少し話せる為、それが今の私の気力を支えていると言っても過言ではなかった。
ただ、やはりアルシエが眠れずにいる事は良くない。
今回のような事が今後もないとは言い切れないからな。なるべく早く一人でも眠れる方法を探してやるべきだろう。
目の下に隈など、アルシエには似合わないのだから。
「ずいぶんと凶悪な顔をしているね、ルディウス」
会議室で長机に広げた城内の図面を眺めながら警備の甘そうな経路を確認していたら、様子を見に来たのか殿下が苦笑しながら入ってきた。
「殿下⋯」
「男前が台無しだよ」
腕を組んで私の隣に立つと、図面を覗き込み端の方を指先で叩く。
「ルディウスの騎士団にはなるべく私とフローラの身辺を警護して貰いたい。出来ればルディウスはフローラについて欲しいけど⋯」
「私は殿下の専属護衛ですので」
「だよね。じゃあダリスは確定として、あと二人は欲しいかな」
「分かりました。ダリスと相談します」
「頼んだよ」
殿下が私の騎士団、というよりも私を最も信頼している事は知っている。
幼い頃から兄弟同然で育って来たのだから当然とも言えるが、『緋炎の騎士団』が頭一つ秀でているからという理由もあるのだろう。
私の部下は驚くほど向上心が高く、休日にも剣や魔法の鍛錬を欠かさない。酒場にも行かない為、任務さえなければ規則正しい生活をしていた。
自分たちの時間を剣腕を磨く為だけに使っているのだから、強くなるのは当たり前だろう。
「ところで殿下」
「何かな」
「私はつくづく、タイミングに恵まれないのだと思い知りました」
「うん?」
「明明後日はアルシエの誕生日なのです」
フローラ王女殿下がお輿入れされる予定は本来ならもう少し先だったのだが、王女殿下の「クロード殿下のお傍にいたい」との希望により早まり、それにより必要な諸々を前倒しにしなければいけなくなった。
それがよりにもよってアルシエの誕生日と重なってしまったのだ。
殿下は私の話を聞いて目を瞬いたあと、難しい顔をして額を押さえる。
「そうだったのか⋯」
「雪の夜市といい今回といい、アルシエが望む日に限って重要任務があるのは、私の日頃の行いが悪いからなんでしょうね」
「そんな事ないと思うけど⋯」
もしくは、最初のアルシエへの態度や言動に対する罰なのか。
明明後日はアルシエが十九歳となるめでたい日であり、私とは夫婦として前に進もうと約束した日でもあるが、別にアルシエを抱くのはその日でなくても良くて、ただアルシエが生まれた日を祝えるのは一日しかないからこそ一緒にいてやりたかった。
いろいろな事が重なったとはいえ、ままならないな。
アルシエに言えば、いつものように「分かりました」って答えるんだろうが。
「プレゼントは決めてるのか?」
「はい。私の魔力を込めた耳飾りを贈ろうかと⋯」
「ああ、いいね。そういえば、アンジェラもにこにこしながら商人と話していたけど、あれはアルシエへの贈り物を選んでいたんだな」
「もう敷地は拡げませんよ」
「釘は刺しておいたから」
温室の為に結構な工事をしたが、管理をしてくれているマーディンの負担も増えた為あれ以上はさすがに受け入れられない。
眉を顰めたら殿下は苦笑し、首の後ろに手をやって左右に振った。
「あまり気にし過ぎるのも良くない。アルシエなら分かってくれるさ」
「⋯それが嫌なんです」
言われた事を聞き入れる選択しか与えられなかったせいで、アルシエは物分りが良く不満があったとしても口にしない。
以前に比べればだいぶ言ってくれるようにはなったからこそ諦めさせてしまう状況だけは作りたくないんだが⋯なかなか上手くいかないのがもどかしいな。
一つ息を吐き、図面の紙を畳んだ私はそれを脇に抱え殿下へと身体ごと向く。
「お部屋へ戻られるのでしたらお供いたします」
「ありがとう」
「我々の事は気にせず、殿下はごゆっくりお休みください」
「私やフローラの為に頑張ってくれるのは嬉しいけど、君たちもちゃんと休むように」
「ありがとうございます」
この国や民にとって記念ともなる日が何事もなく過ごせるよう整えるにはどちらかと言えば時間が足りないのだが、殿下は知らなくていい事だから礼を言うに留めておいた。
肩を竦めた殿下が歩き出し、部屋のある階へと続く階段を上がっていく。
その後ろをついて行く私は、アルシエにどう伝えようか考えていた。
(せめて当日中に祝いの言葉だけでも言えたらいいんだがな⋯)
気持ちや言葉を飲み込んだ笑顔は見たくない。
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