身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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とある村にて(ルディウス視点)

 少しだけ肌寒い季節となり、日の入りも早くなりつつある今日、私とアルシエは約束していた旅行の為に朝も早くから屋敷を出た。
 本当は国内で遠出するだけのつもりだったが、殿下から「今の時期は、南のノラスビアという村で一面ブルーの花畑が見られるらしいよ」と言われ行く事にしたのだ。何よりアルシエは花が好きだから喜んでくれるだろう。
 旅行に行く際、転移装置では味気がないからと馬車や船で移動していたのだが、身重のアルシエの負担を考え転移装置を使う事を考えたものの、言葉にはしないが馬車の方が良さそうなアルシエの為に箱をより大きな物にし、内装も振動が響かないようクッションを敷き詰めた。
 横にもなれたらと座面が広い部分も作り、防寒対策も完璧にしてアルシエへと見せたらポカンとしたあと、やり過ぎだと笑われてしまったが。
 だが、妻と子に何かあって後悔するよりは過ぎたくらいがいい。
 四頭の馬が御者の合図で蹄を鳴らし走り出す。船と違い、馬車馬は休ませなければいけないから、夕方には着くだろう街で宿を借りる手筈だ。
 魔法が発展していても、こういったところは昔ながらなんだよな。
 ちなみに私にはもう一つ寄りたい村があり、この旅行の一番の目的がそこだと言っても過言ではなかった。
 もちろん、アルシエの為にノラスビアに行く事も大事だが、私にとっては大きな一歩でもある。

「アルシエ、朝早かったのだから寝ていてもいいんだぞ」
「大丈夫です。今凄くテンションが上がってますから」
「そうか」

 確かに、いつもよりにこにこして窓の外を眺めているから本心からなんだろう。
 すっかり腹の膨らんだアルシエの膝にブランケットをかけてやれば、可愛らしい笑顔で礼を言ってくれる。

「馬車は日数がかかるからな。ちゃんと身体は休めておけ」
「はい」

 一応、後続の馬車にリーネ他数名のメイドが乗っているから何かあれば対応はしてくれるだろうが、何もないに越した事はない。
 アルシエには笑顔のまま、この旅行を過ごして貰いたいからな。


 ノラスビアより手前にあるミゼラ村は、長閑で穏やかな時間が流れる村だ。
 決して豊かではないが、村民は自給自足で助け合い慎ましい生活を送っている。ただ若い者はほとんど村を出て街の方へ行ってしまった為、擦れ違うのは老人ばかりだ。
 馬車を休ませるという名目でこの村に立ち寄ったが、私はある人がここで暮らしていると聞いてからいつかは必ず来ようと思っていた。アルシエを連れて来るかどうかは最後まで迷ったが。
 道行く人に名前を伝えて所在を尋ね、ようやく辿り着いた場所には小さな家と小さな畑があった。その畑で、一人の女性がしゃがみ込んで作業をしている。
 その女性に私はゆっくりと近付き、呼びかけた。

「オリヴィエ夫人」
「!」

 華奢な肩が跳ね、慌てて振り向いた女性は私の顔を見るなり口元を押さえる。
 どこかアルシエの面影があるその女性は元マルグリア男爵夫人であり、アルシエの実母オリヴィエ・マルグリアだ。
 今は離縁して名も変えており、このミゼラ村で農婦として暮らしていた。
 オリヴィエは見開いた目でしばらく私を見たあと、ハッとして辺りを見回す。

「アルシエは今、侍女たちと茶を飲んでいる。ここに貴女がいる事さえも知らない」
「⋯⋯なぜ⋯」
「あの手紙を読んで、貴女とはきちんと話がしたいと思った。男爵やセレーナと違い、貴女はアルシエとの関わりを絶っていただけだからな」

 ずっと不思議だったんだ。アルシエのマルグリアでの人非道的な扱いに関係しているのはほとんどが父親で、セレーナの話が出た時も母親という単語は一つも出て来なかった。
 だが廃爵後にアルシエに送られた手紙で納得した。
 この人も、ある意味では被害者なのだと。
 オリヴィエは荒れた手を握り、私の言葉を否定するように首を振った。

「⋯⋯絶っていただけなど⋯私は、あの子を見捨てたのです。苦しんでいると分かっているのに、手を差し伸べなかった⋯」
「それはマルグリアによる暴力的な支配のせいだろう。母親であろうと、どうにもならない事だってある」
「⋯それでも、私はあの子の母親を名乗る資格はございません」

 頑ななのは後悔からか、それとも悟っているのか。出来る事ならアルシエと会わせてやりたかったが⋯難しそうだな。
 ここまで決めているならもう話す事はないかと締めようとしたら、不意にオリヴィエがぽつりと問いかけてきた。

「⋯⋯あの子は、笑えていますか?」
「ああ。毎日笑顔で楽しそうに過ごしている」
「そうですか⋯良かった⋯」
「もうすぐ子供も産まれるから、もう少し表情は増えそうだがな」
「子供⋯?」

 嬉しい事、楽しい事を素直に感じられるようになり、今では悲しいも寂しいも口にしてくれるようになった。
 ただまだ怒った顔は見た事ないが、子供が産まれれば叱ったりもするのだろうかと思っていた為そう言えば、オリヴィエは目を瞬いて私を見上げてきた。

「あの子、母親になるのですか?」
「あと三月ほどでな」
「そう⋯そうなんですね⋯⋯あの子が⋯」

 驚きと喜びと安堵の入り交じった声に、オリヴィエが今でもアルシエを気にかけていた事が分かる。
 オリヴィエは唐突に私に背中を向けると、俯いて肩を震わせ始めた。

「夫人⋯」
「ルディウス様ー」

 もし一目でも見たいならと声をかけようとしたら、後ろからアルシエの声がしてしまったと思う間もなく腕に衝撃が走る。
 視線を向ければにこっと笑うアルシエがいて、私は苦笑した。

「こら、走ったら危ないだろ」
「ごめんなさい。⋯あ、もしかしてお話中でしたか?」
「いや⋯」

 オリヴィエは背中を向けている為アルシエは分からないと思うが、ここに留まると気付いてしまうかもしれない。
 彼女の為にも、この場から離れた方がいいだろう。
 私はアルシエの肩に手を置きもう話は終わったと立ち去ろうとしたのだが、アルシエはなぜか動こうとはせずオリヴィエの後ろ姿をじっと見ていた。

「アルシエ?」
「⋯⋯行きましょう、ルディウス様」
「あ、ああ。ご婦人、教えていただき感謝する」

 先ほどよりも控えめに微笑んだアルシエに促され、私は戸惑いつつも質問していた体でオリヴィエにお礼を言えば、彼女もまた顔が見えないよう頭を下げた。
 馬車を停めている場所までそう遠くはないが、道中黙っている事が気になり顔を覗き込むと、アルシエは声もなく涙を流していて思わず立ち止まる。

「⋯アルシエ⋯」
「⋯⋯元気で良かった⋯それが知れただけで、もう⋯」

 その言葉の意味を知り、私はアルシエを抱き締めた。
 声をかけなかったのはきっと、あの手紙が母親としての最後の本心だと分かったからだろう。もう道は、交わる事はないのだと。
 マルグリアが爵位も領も失った事をアルシエに伝えた事はないが、何かしら勘付いていたのかもしれないな。
 会わせてやれたらなど、考える事すら余計な世話だった。
 アルシエが覚悟を決めているなら、私もそれに倣うべきだろう。
 この子のこれからを、笑顔と幸せで溢れさせる為に。
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