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番外編
甘くないお菓子
僕は今、アンジェラ様の調理場に立って台の上に置かれた物を緊張しながら見つめてる。
今日はいよいよルディウス様に甘くないお菓子を作る日。
でもアンジェラ様にお願いしたものの、失敗が怖くてなかなか手を動かせずにいた僕の肩にアンジェラ様の手がポンっと置かれた。
「アルシエ、そんなに考えなくていいのよ。好きな人に上手に出来た物を食べて貰いたい気持ちは分かるけど、変に力が入ると出来る物も出来ないわ」
「⋯でも、失敗したら⋯」
「人は失敗を繰り返して成長していくの。それに、アルシエはもう一人でクッキーを作れるでしょう? 分量を間違える事も、焦がす事もなくなったじゃない」
「そう、なんですけど⋯」
確かに普通のクッキーは完璧にマスターした。
でも今から作るのは、塩バターのクッキーだ。材料が増えてる分、大きな失敗はしなくても焦げたり生焼けだったりはありそう。
だけど作るって決めたんだから頑張るしかない。
「⋯アンジェラ様」
「なぁに?」
「凄く時間かかってもいいですか?」
「もちろんよ。好きなだけ材料を使ってもいいし、どれだけ遅くなってもいいからアルシエのペースでやりなさい。アルシエなら出来るから」
「はい、あんまり上手にっていうのは意識しないで作ってみます」
分量を計るところからするから手間取りそうで、聞けば快諾してくれた上に励ましてもくれたから気持ちが少し落ち着いてきた。
だけど、始めるかって計量器を手にしたところで「でも」って言葉が後ろから聞こえて僕は振り返る。
アンジェラ様は頬に手を当て苦笑してた。
「あんまり遅いと、ルディウスが迎えに来ちゃうわね」
「⋯⋯それまでには出来上がるよう、頑張ります⋯」
贈る本人にバレては元も子もない。
ルディウス様が仕事を終えるまで時間はたっぷりあるし、最初から慎重にいけば失敗する確率は低いはず。
また様子を見に来るわねと言って去って行くアンジェラ様を見送り、僕は気合いを入れ直して袖を捲った。
教えて貰った事、全部出し切るつもりで作るぞー。
「⋯⋯⋯⋯出来た⋯」
調理台の上に置かれている塩バタークッキーを見て僕はホッと息を吐いた。やっと自分が納得出来る物が出来上がったけど、失敗もたくさんしたから端っこにそれがたくさん積まれてる。
失敗って言っても、ちょっと焦げたり割れたりしてるくらいだけど。
とりあえず上手に出来た物を袋に入れて、失敗した物はあとでこっそり食べよう。
調理器具とかもまだ片付いてないし、いつルディウス様が来ても誤魔化せるように隠して洗い物しなきゃ。
「アルシエ」
コンコンって壁がノックされて、アンジェラ様が入ってきて失敗の山を見て目を瞬く。
「どう? 出来た⋯⋯あら、たくさん頑張ったのねぇ」
「失敗しまくりました⋯」
「でも無事に完成はしたみたいで良かったわ」
「はい。どうにか、ですが」
苦笑しながら洗ってたら、アンジェラ様も隣に来て袖を捲り一緒に洗い始めるから、僕はぎょっとして思わず洗剤まみれの手を上げそうになり、気付いて戻してあたふたする。
僕が散らかしたあとを王女様に片付けて貰うなんて⋯!
「あ、アンジェラ様、僕がしますから⋯っ」
「二人でやった方が早いわ」
「で、でも⋯」
「アルシエがお城にいる事を知ってるルディウスが、早々に仕事を終わらせようとしてるって言ったら?」
「え」
「あと三十分もすれば、迎えに来るでしょうね」
三十分⋯それはマズい。包んだ方は隠せたけど、失敗作は盛り上がったままだからそれを突っ込まれたらバレてしまう。
それにアンジェラ様がお菓子作りのプロなのはルディウス様も知ってるから、あんなに失敗作があったらおかしいってなるだろうし。
途端に焦り出す僕にクスリと笑ったアンジェラ様は、僕よりも手際よく洗いながら「ね?」と首を傾げた。
「早く片付けて、あれも包んでしまいましょう」
「はい⋯」
これもアンジェラ様のお気遣い⋯有り難くちょうだいしよう。
それにルディウス様にだけは、たくさん失敗した事を知られたくないから。
それからきっかり三十分後。
アンジェラ様と失敗作のクッキーを食べてたら足音と共にルディウス様が入ってきて、顔を見上げる前に抱き締められた。
口の中にまだクッキーがあるから話せない僕のおでこに軽く唇が触れる。
「こんな時間に菓子を食べて、悪い子だな」
「⋯ぅ⋯」
「リーネが見ていたら怒ってるぞ」
ただでさえリーネさんにもっと食べて欲しいって言われてる僕が、お菓子でお腹を膨らませてしまったら確かに怒るかもしれない。
しまったって顔をしたら、ルディウス様がクスリと笑って僕の唇を親指で拭った。
「バレたくないなら、口の周りは綺麗にした方がいいな」
「⋯はい⋯」
クッキーを飲み込んで指で唇を撫でるように払いルディウス様を見上げれば、眉尻を跳ね上げたあとこくりと頷いてくれる。
そんな僕たちから離れて何かをしていたアンジェラ様は、戻ってくると中身が見えないよう布が被せられたバスケットを僕に持たせてくれた。チラリと覗くと失敗クッキーに紛れて成功した物が入った袋もある。
「小腹が空いた時にでも食べて」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。またいつでもいらっしゃい」
「はい」
僕の頭を撫でた手を上げて振るアンジェラ様に頭を下げ、ルディウス様に肩を抱かれて調理場を出た瞬間、横向きに抱き上げられて目線が高くなった。
小さく声を上げた僕のおでこにルディウス様が口付けてくる。
擦れ違う人がそれを見て頬を染めててちょっと恥ずかしかった。
「今日は何をしていたんだ?」
「え? えっと⋯⋯⋯あ、アンジェラ様がお菓子を作るところを見てました」
「そうか。楽しかったか?」
「はい」
ルディウス様はいつもこうして聞いてくれるんだけど、お菓子作りの練習をしていた事は内緒にしてたから内心で焦りつつも答えれば、ルディウス様は疑問もなく納得してくれて僕を抱いたまま転移装置へと入る。
瞬きの間に景色が変わって、エントランスにはオルウェンさんを始めとするみんながお辞儀をして待ってた。
『おかえりなさいませ。旦那様、奥様』
「ああ」
「ただいまです」
使用人総出のお出迎えは相変わらず圧巻で、当たり前のように〝おかえり〟って言ってくれるみんなに嬉しさと照れくささが入り交じる。
そうだ、残ってる塩バタークッキーはみんなにあげよう。割れてても形は歪でもアンジェラ様からは美味しいって言って貰えたしお茶のお供には出来ると思うんだ。
でもルディウス様のはいつ渡そうかな。
「アルシエ、あとでな」
「あ、はい」
考え事してる間に部屋についてて、僕を下ろしたルディウス様を見上げて頷いたら頬に口付けられ、着替える為に一度別れた。
それからリーネさんにクッキーの話をしながらいつものラフな格好に着替えて、ルディウス様と一緒に食堂へ向かう。
公爵家の料理はどれも美味しいから、毎日の食事が楽しみなんだよね。
湯浴みを終えた僕は夫人部屋に行き、隠していたクッキーの袋を手に取った。ルディウス様の部屋と繋がってる扉の前で数回深呼吸をし、後ろ手に隠してドアノブを回す。
ルディウス様はベッドに腰掛けて足を組み、そこに肘をついて手を顎に当て真剣な顔で書類を見てた。溜め息をついてそれを丸めて手の中で燃やしたところで僕に気付く。
いつも思うけど、あれってルディウス様は熱くないのかな。
「⋯⋯⋯」
「どうした? 立ってないで、こっちにおいで」
背中に隠したクッキーを意識しつつ、どうやって渡そうか考えながら呼ばれるまま足を進めた僕はルディウス様の前で止まり、膝には跨らないで思い切って袋を差し出した。
心臓がドキドキしてる。
ルディウス様は一瞬困惑したものの受け取ってくれて、軽く揺らして首を傾げた。
「これは?」
「あの、内緒にしてたんですけど⋯僕、アンジェラ様にお菓子の作り方を教わってて⋯クッキーは一人で作れるようになったんです。でもルディウス様は甘い物が苦手だから甘くないお菓子も練習して、それで今日、やっと自分でもこれならっていうのが作れて⋯」
「⋯⋯⋯」
「たくさん失敗はしたんですけど、そこに入ってる物は焦げたりもしてなくて⋯でもその⋯アンジェラ様が作ったクッキーやお店で売ってるクッキーよりはデコボコなので⋯あの⋯」
自分では上手に出来たと思ってもルディウス様から見たら下手かもしれない。
何を言ってるのか自分でも分からなくなりながらも話してたら、ルディウス様はおもむろに袋を開け無言で口に放り込んだ。
「味は教えて貰った分量なので美味しいですよ」
そう、味の保証だけは出来る。
だけど噛んでる間は喋れないし、顔を見るのも何となく怖くて俯いてたら腰に腕が回ってきて、軽く引かれて膝に乗り上げてしまった。
驚いて顔を上げた瞬間口付けられ、バターの匂いが鼻から抜ける。
唇を離したルディウス様は凄く嬉しそうな顔で僕を見下ろしてた。
「アルシエが私の為に作ってくれたなど、こんなに嬉しい事はない」
「ルディウス様⋯」
「色も形も綺麗だし、焼き加減も最高だ。本当に美味しいよ、ありがとう」
「い、いえ。⋯⋯良かった⋯」
お世辞だとしてもそう言って貰えて僕も嬉しい。
ルディウス様は袋の口を折り畳んでサイドテーブルに置くと、僕の腰の後ろで緩く手を組みおでこへと口付けてきた。
「大事に食べるが、なくなったらまた作ってくれるか?」
「僕ので良ければもちろん」
「アルシエが作った物以外はいらない」
「じゃあ、頑張って作りますね」
「ああ」
下手でも僕が作った物がいいなんて、本当にルディウス様は嬉しい事ばかり言ってくれる。だから僕も頑張ろうって思えるんだ。
ニヤけてしまう顔を隠すようにルディウス様の肩に顔を押し当ててたら、不意にルディウス様が「そういえば」と口にした。
「失敗したと言っていたが⋯まさか、他の者に渡してはいないよな?」
「え? えーっと⋯みんなのお茶のお供になればってリーネさんに⋯」
「⋯⋯⋯」
「だ、ダメでしたか?」
だってあんなボロボロなクッキー、ルディウス様に見せたくなかった。
戸惑う僕を見て息を吐いたルディウス様はこつんとおでこを合わせると、一転してわざとらしいくらいの笑顔に変わる。
何でかな、ちょっと空気がひんやりしてる気が⋯。
「渡してしまったのなら仕方ないが、次からは失敗も含めて私にくれるな?」
「し、失敗も、ですか?」
「アルシエが作った物を他者が口にするなど許せないからな。本当は今回のクッキーも取り戻したいくらいだが⋯そこはもう聞かなかった事にする」
そんなに気に入って貰えたなんて⋯でも次に作った時、本当に慎重に作らないと失敗作も見られちゃうって事だよね。
それは大変だ。
アンジェラ様にもっと練習させて貰わないと。
FIN.
今日はいよいよルディウス様に甘くないお菓子を作る日。
でもアンジェラ様にお願いしたものの、失敗が怖くてなかなか手を動かせずにいた僕の肩にアンジェラ様の手がポンっと置かれた。
「アルシエ、そんなに考えなくていいのよ。好きな人に上手に出来た物を食べて貰いたい気持ちは分かるけど、変に力が入ると出来る物も出来ないわ」
「⋯でも、失敗したら⋯」
「人は失敗を繰り返して成長していくの。それに、アルシエはもう一人でクッキーを作れるでしょう? 分量を間違える事も、焦がす事もなくなったじゃない」
「そう、なんですけど⋯」
確かに普通のクッキーは完璧にマスターした。
でも今から作るのは、塩バターのクッキーだ。材料が増えてる分、大きな失敗はしなくても焦げたり生焼けだったりはありそう。
だけど作るって決めたんだから頑張るしかない。
「⋯アンジェラ様」
「なぁに?」
「凄く時間かかってもいいですか?」
「もちろんよ。好きなだけ材料を使ってもいいし、どれだけ遅くなってもいいからアルシエのペースでやりなさい。アルシエなら出来るから」
「はい、あんまり上手にっていうのは意識しないで作ってみます」
分量を計るところからするから手間取りそうで、聞けば快諾してくれた上に励ましてもくれたから気持ちが少し落ち着いてきた。
だけど、始めるかって計量器を手にしたところで「でも」って言葉が後ろから聞こえて僕は振り返る。
アンジェラ様は頬に手を当て苦笑してた。
「あんまり遅いと、ルディウスが迎えに来ちゃうわね」
「⋯⋯それまでには出来上がるよう、頑張ります⋯」
贈る本人にバレては元も子もない。
ルディウス様が仕事を終えるまで時間はたっぷりあるし、最初から慎重にいけば失敗する確率は低いはず。
また様子を見に来るわねと言って去って行くアンジェラ様を見送り、僕は気合いを入れ直して袖を捲った。
教えて貰った事、全部出し切るつもりで作るぞー。
「⋯⋯⋯⋯出来た⋯」
調理台の上に置かれている塩バタークッキーを見て僕はホッと息を吐いた。やっと自分が納得出来る物が出来上がったけど、失敗もたくさんしたから端っこにそれがたくさん積まれてる。
失敗って言っても、ちょっと焦げたり割れたりしてるくらいだけど。
とりあえず上手に出来た物を袋に入れて、失敗した物はあとでこっそり食べよう。
調理器具とかもまだ片付いてないし、いつルディウス様が来ても誤魔化せるように隠して洗い物しなきゃ。
「アルシエ」
コンコンって壁がノックされて、アンジェラ様が入ってきて失敗の山を見て目を瞬く。
「どう? 出来た⋯⋯あら、たくさん頑張ったのねぇ」
「失敗しまくりました⋯」
「でも無事に完成はしたみたいで良かったわ」
「はい。どうにか、ですが」
苦笑しながら洗ってたら、アンジェラ様も隣に来て袖を捲り一緒に洗い始めるから、僕はぎょっとして思わず洗剤まみれの手を上げそうになり、気付いて戻してあたふたする。
僕が散らかしたあとを王女様に片付けて貰うなんて⋯!
「あ、アンジェラ様、僕がしますから⋯っ」
「二人でやった方が早いわ」
「で、でも⋯」
「アルシエがお城にいる事を知ってるルディウスが、早々に仕事を終わらせようとしてるって言ったら?」
「え」
「あと三十分もすれば、迎えに来るでしょうね」
三十分⋯それはマズい。包んだ方は隠せたけど、失敗作は盛り上がったままだからそれを突っ込まれたらバレてしまう。
それにアンジェラ様がお菓子作りのプロなのはルディウス様も知ってるから、あんなに失敗作があったらおかしいってなるだろうし。
途端に焦り出す僕にクスリと笑ったアンジェラ様は、僕よりも手際よく洗いながら「ね?」と首を傾げた。
「早く片付けて、あれも包んでしまいましょう」
「はい⋯」
これもアンジェラ様のお気遣い⋯有り難くちょうだいしよう。
それにルディウス様にだけは、たくさん失敗した事を知られたくないから。
それからきっかり三十分後。
アンジェラ様と失敗作のクッキーを食べてたら足音と共にルディウス様が入ってきて、顔を見上げる前に抱き締められた。
口の中にまだクッキーがあるから話せない僕のおでこに軽く唇が触れる。
「こんな時間に菓子を食べて、悪い子だな」
「⋯ぅ⋯」
「リーネが見ていたら怒ってるぞ」
ただでさえリーネさんにもっと食べて欲しいって言われてる僕が、お菓子でお腹を膨らませてしまったら確かに怒るかもしれない。
しまったって顔をしたら、ルディウス様がクスリと笑って僕の唇を親指で拭った。
「バレたくないなら、口の周りは綺麗にした方がいいな」
「⋯はい⋯」
クッキーを飲み込んで指で唇を撫でるように払いルディウス様を見上げれば、眉尻を跳ね上げたあとこくりと頷いてくれる。
そんな僕たちから離れて何かをしていたアンジェラ様は、戻ってくると中身が見えないよう布が被せられたバスケットを僕に持たせてくれた。チラリと覗くと失敗クッキーに紛れて成功した物が入った袋もある。
「小腹が空いた時にでも食べて」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。またいつでもいらっしゃい」
「はい」
僕の頭を撫でた手を上げて振るアンジェラ様に頭を下げ、ルディウス様に肩を抱かれて調理場を出た瞬間、横向きに抱き上げられて目線が高くなった。
小さく声を上げた僕のおでこにルディウス様が口付けてくる。
擦れ違う人がそれを見て頬を染めててちょっと恥ずかしかった。
「今日は何をしていたんだ?」
「え? えっと⋯⋯⋯あ、アンジェラ様がお菓子を作るところを見てました」
「そうか。楽しかったか?」
「はい」
ルディウス様はいつもこうして聞いてくれるんだけど、お菓子作りの練習をしていた事は内緒にしてたから内心で焦りつつも答えれば、ルディウス様は疑問もなく納得してくれて僕を抱いたまま転移装置へと入る。
瞬きの間に景色が変わって、エントランスにはオルウェンさんを始めとするみんながお辞儀をして待ってた。
『おかえりなさいませ。旦那様、奥様』
「ああ」
「ただいまです」
使用人総出のお出迎えは相変わらず圧巻で、当たり前のように〝おかえり〟って言ってくれるみんなに嬉しさと照れくささが入り交じる。
そうだ、残ってる塩バタークッキーはみんなにあげよう。割れてても形は歪でもアンジェラ様からは美味しいって言って貰えたしお茶のお供には出来ると思うんだ。
でもルディウス様のはいつ渡そうかな。
「アルシエ、あとでな」
「あ、はい」
考え事してる間に部屋についてて、僕を下ろしたルディウス様を見上げて頷いたら頬に口付けられ、着替える為に一度別れた。
それからリーネさんにクッキーの話をしながらいつものラフな格好に着替えて、ルディウス様と一緒に食堂へ向かう。
公爵家の料理はどれも美味しいから、毎日の食事が楽しみなんだよね。
湯浴みを終えた僕は夫人部屋に行き、隠していたクッキーの袋を手に取った。ルディウス様の部屋と繋がってる扉の前で数回深呼吸をし、後ろ手に隠してドアノブを回す。
ルディウス様はベッドに腰掛けて足を組み、そこに肘をついて手を顎に当て真剣な顔で書類を見てた。溜め息をついてそれを丸めて手の中で燃やしたところで僕に気付く。
いつも思うけど、あれってルディウス様は熱くないのかな。
「⋯⋯⋯」
「どうした? 立ってないで、こっちにおいで」
背中に隠したクッキーを意識しつつ、どうやって渡そうか考えながら呼ばれるまま足を進めた僕はルディウス様の前で止まり、膝には跨らないで思い切って袋を差し出した。
心臓がドキドキしてる。
ルディウス様は一瞬困惑したものの受け取ってくれて、軽く揺らして首を傾げた。
「これは?」
「あの、内緒にしてたんですけど⋯僕、アンジェラ様にお菓子の作り方を教わってて⋯クッキーは一人で作れるようになったんです。でもルディウス様は甘い物が苦手だから甘くないお菓子も練習して、それで今日、やっと自分でもこれならっていうのが作れて⋯」
「⋯⋯⋯」
「たくさん失敗はしたんですけど、そこに入ってる物は焦げたりもしてなくて⋯でもその⋯アンジェラ様が作ったクッキーやお店で売ってるクッキーよりはデコボコなので⋯あの⋯」
自分では上手に出来たと思ってもルディウス様から見たら下手かもしれない。
何を言ってるのか自分でも分からなくなりながらも話してたら、ルディウス様はおもむろに袋を開け無言で口に放り込んだ。
「味は教えて貰った分量なので美味しいですよ」
そう、味の保証だけは出来る。
だけど噛んでる間は喋れないし、顔を見るのも何となく怖くて俯いてたら腰に腕が回ってきて、軽く引かれて膝に乗り上げてしまった。
驚いて顔を上げた瞬間口付けられ、バターの匂いが鼻から抜ける。
唇を離したルディウス様は凄く嬉しそうな顔で僕を見下ろしてた。
「アルシエが私の為に作ってくれたなど、こんなに嬉しい事はない」
「ルディウス様⋯」
「色も形も綺麗だし、焼き加減も最高だ。本当に美味しいよ、ありがとう」
「い、いえ。⋯⋯良かった⋯」
お世辞だとしてもそう言って貰えて僕も嬉しい。
ルディウス様は袋の口を折り畳んでサイドテーブルに置くと、僕の腰の後ろで緩く手を組みおでこへと口付けてきた。
「大事に食べるが、なくなったらまた作ってくれるか?」
「僕ので良ければもちろん」
「アルシエが作った物以外はいらない」
「じゃあ、頑張って作りますね」
「ああ」
下手でも僕が作った物がいいなんて、本当にルディウス様は嬉しい事ばかり言ってくれる。だから僕も頑張ろうって思えるんだ。
ニヤけてしまう顔を隠すようにルディウス様の肩に顔を押し当ててたら、不意にルディウス様が「そういえば」と口にした。
「失敗したと言っていたが⋯まさか、他の者に渡してはいないよな?」
「え? えーっと⋯みんなのお茶のお供になればってリーネさんに⋯」
「⋯⋯⋯」
「だ、ダメでしたか?」
だってあんなボロボロなクッキー、ルディウス様に見せたくなかった。
戸惑う僕を見て息を吐いたルディウス様はこつんとおでこを合わせると、一転してわざとらしいくらいの笑顔に変わる。
何でかな、ちょっと空気がひんやりしてる気が⋯。
「渡してしまったのなら仕方ないが、次からは失敗も含めて私にくれるな?」
「し、失敗も、ですか?」
「アルシエが作った物を他者が口にするなど許せないからな。本当は今回のクッキーも取り戻したいくらいだが⋯そこはもう聞かなかった事にする」
そんなに気に入って貰えたなんて⋯でも次に作った時、本当に慎重に作らないと失敗作も見られちゃうって事だよね。
それは大変だ。
アンジェラ様にもっと練習させて貰わないと。
FIN.
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どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。