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頭の中が真っ白
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「陽向くん見ーっけ」
「………」
日下部が転校して来てから一週間ほど経った放課後。図書室で勉強していたオレは頭上から降ってきた声に眉を顰めて顔を上げる。今日は絡んで来なくて良かったって安堵してたのにこの時間になって現れるのか。
真那に消毒と称されて舐められまくった挙句不純同姓交遊をしてしまったあの日以降、日下部はオレを揶揄う事はあってもあの時みたいに手を出したりはして来なかった。
相変わらず嫌味ったらしいし腹は立つけど、そこまで執拗くもなくて段々とオレも慣れつつある。だからと言って仲良く出来るかは分からないけどな。
特に話す事もないから顔を逸らして勉強を再開するけど、さっきからここで詰まっててシャーペンを振るしか出来ない。教科書をパラパラ捲ってヒントを探してもまったく分からん。
「……こっちの式使てみ」
「え? ……こっち…」
横からシャーペンが取られ、ノートの空いた部分に日下部がサラサラと式を書いていく。驚きながらも返されたペンでその式を記入すると…あらびっくり、さっきまでの躓きが嘘のように解けて拍子抜けした。
「解けた…え、凄い」
「何か変やなー、上手くいかんなーって思たら別のもん使うんも手やで」
「な、なるほど…」
「陽向くんはオツムも弱々なんやなー」
ムッとしたけど、教えて貰ったから言い返す事はせずオレはノートを捲る。ちょうどもう一つ分かんないとこあったんだよな。
「ここは?」
「へ?」
「ここ」
「遠慮ないな、自分…まぁええわ。ここはこの数式を当て嵌めて計算して…」
「ふむふむ」
向かいに腰を下ろした日下部に別のシャーペンを渡して書いて貰ったヒントを元にノートへと書き込んでて思った。コイツ教え方がめちゃくちゃ上手い。真那はじっくり丁寧にだけど、日下部はピタッとした的確なヒントをくれる。
「……答え出せた?」
「…出来た」
「こっちとこっちはよー使うから、覚えといて損はないで」
「分かった。ってか、ありがとう。凄く分かりやすかった」
解けなかった問題が解けてテンションが上がったオレは、普段されている事も忘れて笑顔でお礼を言ったんだけど、日下部は難しそうな顔をしたあと盛大に溜め息をついた。
頬杖をつきオレが貸したシャーペンをくるくると指で回す。あれ、オレ出来ないんだよな。
「陽向くんさ、抜けとるって言われへん?」
「え?」
「俺がやっとる事、何とも思てへんの?」
「…揶揄われるくらいは、真那といればしょっちゅうだからな」
王子様の隣に平凡な村人Hがいる事を気に食わないと思う人なんてたくさんいたから、目が合えば罵倒されたり嘲笑されたりなんてのも良くあった。まぁ、気付いた真那がもれなく何万倍にもして返してたけど。
「陽向くん、見た目のわりに結構強かやんな」
「そうか? ってか見た目って何だ」
「黙っとったら大人しい子に見られるタイプやろ」
「え、何で分かった」
「いや、見たまんまやから。…ほんま調子狂うわ」
オレってそんなに分かりやすいんだろうか。もう少しポーカーフェイスを勉強するべきかと思っていると、日下部は何を思い出したのか眉を顰めて問い掛けてきた。
「っつーか、幼馴染みってそない大事もん?」
「……他は知らないけど、少なくともオレは真那を大事だと思ってる。ってかさ、何でオレと真那が幼馴染みだって知ってるんだ? 真那は家族構成すら公表してないのに」
そうだ、コイツ普通に話してるけど、真那は身長と体重、好きな食べ物嫌いな食べ物、好みのブランドくらいしか公式プロフィールには載ってなくて、志摩さんや風音さんと比べて圧倒的に情報が少ない。それなのに何でコイツは知ってたのか心底気になる。
日下部は肩を竦めて前のめりになると、おもむろに手を伸ばしてオレの頬を抓ってきた。真那と違い容赦なく込められた力にビクッとなる。
「いった!」
「あ、やっば。つい触ってもた。…まぁ知ったんはほんまに偶然やけど、知る前からアイツの事は嫌いやで」
「何でそんなに真那を嫌うんだ。ぼんやりした奴だけど、人に嫌われるような奴じゃないぞ」
「アイツは俺の大事なもんを奪おうとしとるから」
「大事なもの?」
基本物事に執着しない真那が? 真那のママさんから、「陽向くん以外には本当に心が動かないわね」とまで言われる真那が?
人様の大事なものを奪う? いやいや。
「ないな」
「そんな余裕ぶってられるんも今のうちやで。そのうち、幼馴染みなんかいらんわってなるんちゃう?」
「真那に限ってそれはない」
「麗しい幼馴染み愛やな」
「バカにしてるのか」
「さぁ? まぁ信じるのは勝手やけど、所詮、幼馴染みは幼馴染みやからな」
分かってる。日下部はオレと真那が恋人同士だって事を知らないし、ただの幼馴染みなら将来的にそういうのもあるってだけの話で。でも世間的にはそれが当たり前だって理解もしてるから、そうやって言われると胸が痛い。
シャーペンを置いた日下部は椅子から立ち上がり、嫌味ったらしい笑みを浮かべて見下ろしてきた。
「陽向くんが泣いたら、アイツどんな顔すんねやろな」
「……」
「ほなまた明日なー」
背が高いからって見下してくる日下部を思いっきり睨み付けいつか同様その背中に舌を出す。せっかく勉強教えてくれて良い奴かもって思い始めてたのに、ほんっとムカつく。
大体、オレが泣いたらって、何でオレが泣く事前提になってんだ。誰が日下部なんかに泣かされてやるか。
「……そういえば、子供の頃オレが泣いてたら真那どうしてたっけ?」
えっと、一番印象に残ってるのが小学三年生の時で、確かクラスのちょっとませた女の子に、「真那くんから離れなさよ、このブサイク!」って言われたんだっけ。面と向かってブサイクって言われたのは初めてだったから、ショックで泣いちゃったんだよな。
そしたら真那が、「ヒナを泣かせたのは誰?」って物凄く怖い顔でオレのクラスに来て…言った女の子、ボロボロ泣いてた。
「小さい頃は、一人は寂しいって泣いたら抱き締めてくれて、ずっと傍にいてくれたっけな」
オレの親は忙しくてほとんど家にいなかった。だから真那の家にお世話になる事も多かったし、一人で留守番もしてたんだよな。なんて言うか、ホント、真那はいつも一番近くに居てくれたんだって実感するよ。
「……あ、やば。今日豚肉安かったんだ」
いつも朝チェックしているチラシアプリを思い出し、教科書とノートを閉じてリュックに詰めたオレは、真那からの連絡がないかを確認してから立ち上がり図書室をあとにした。
よし、今日は生姜焼きにしよ。
夕食後、お風呂に入ったオレは今日生放送のバラエティ番組に【soar】が出るという情報を知っていた為ソファに座って待機していた。
明後日と明明後日の土日は二周年記念のライブがあって、来週の土曜日は関西で開催するらしい。
三日間だけだからか倍率が凄かったらしく、残念ながらオレはチケットは取れなかった。やっぱりあの席で運がなくなったんだろうな。
「生放送、終わるの十時回るのか……今日は電話無理かな」
本当はもっと声が聞きたいし話したい。更に欲を言うなら会いたいし触れ合いたい。最近はスタジオにいる観客にさえ嫉妬してる自分がいて、心の狭さに自己嫌悪してる。
ぼんやりと真那とやり取りしたメッセージを眺めていると、スマホが通知音を立てて何かを受信した。速報の文字と真那の名前を見付けて何気なくタップしたオレは、その内容に愕然とする。
『大人気アイドルグループ、【soar】の三枝真那と人気モデルの奏音、熱愛発覚か!? 飲食店から出て来た二人は熱い抱擁を交わし……』
「……は?」
普段は見ないネットニュースには真那と奏音っていうモデルの話がつらつらと書かれてて、間にある写真には確かに二人が写ってた。角度も微妙だし真那の手は見切れてるから分からないけど、見る限り奏音さんは真那の胸元に顔を埋めてる。
何だ、これ。オレは今何を見てる?
『……【soar】のみなさんでーす!』
「!」
テレビから聞こえてきたグループ名にハッとしたオレは慌ててテレビを消し、ネットニュースも閉じてまだ全然早いけど寝る準備を始めた。
頭の中がぐるぐるしてる。
熱愛? モデル?
ついこの間まで潰れるくらいオレを抱き締めてた腕が、オレじゃない誰かを抱き締めてる?
ベッドに入ったけど到底眠れる訳もなく、真那にメッセージを送りたくても指が震えて文字が打てなかった。
あれはきっと何かの間違い。真那がすぐ連絡をくれて、誤解だからって言ってくれるはず。
―――でもその日、どれだけ待っても真那からの連絡はなかった。
「………」
日下部が転校して来てから一週間ほど経った放課後。図書室で勉強していたオレは頭上から降ってきた声に眉を顰めて顔を上げる。今日は絡んで来なくて良かったって安堵してたのにこの時間になって現れるのか。
真那に消毒と称されて舐められまくった挙句不純同姓交遊をしてしまったあの日以降、日下部はオレを揶揄う事はあってもあの時みたいに手を出したりはして来なかった。
相変わらず嫌味ったらしいし腹は立つけど、そこまで執拗くもなくて段々とオレも慣れつつある。だからと言って仲良く出来るかは分からないけどな。
特に話す事もないから顔を逸らして勉強を再開するけど、さっきからここで詰まっててシャーペンを振るしか出来ない。教科書をパラパラ捲ってヒントを探してもまったく分からん。
「……こっちの式使てみ」
「え? ……こっち…」
横からシャーペンが取られ、ノートの空いた部分に日下部がサラサラと式を書いていく。驚きながらも返されたペンでその式を記入すると…あらびっくり、さっきまでの躓きが嘘のように解けて拍子抜けした。
「解けた…え、凄い」
「何か変やなー、上手くいかんなーって思たら別のもん使うんも手やで」
「な、なるほど…」
「陽向くんはオツムも弱々なんやなー」
ムッとしたけど、教えて貰ったから言い返す事はせずオレはノートを捲る。ちょうどもう一つ分かんないとこあったんだよな。
「ここは?」
「へ?」
「ここ」
「遠慮ないな、自分…まぁええわ。ここはこの数式を当て嵌めて計算して…」
「ふむふむ」
向かいに腰を下ろした日下部に別のシャーペンを渡して書いて貰ったヒントを元にノートへと書き込んでて思った。コイツ教え方がめちゃくちゃ上手い。真那はじっくり丁寧にだけど、日下部はピタッとした的確なヒントをくれる。
「……答え出せた?」
「…出来た」
「こっちとこっちはよー使うから、覚えといて損はないで」
「分かった。ってか、ありがとう。凄く分かりやすかった」
解けなかった問題が解けてテンションが上がったオレは、普段されている事も忘れて笑顔でお礼を言ったんだけど、日下部は難しそうな顔をしたあと盛大に溜め息をついた。
頬杖をつきオレが貸したシャーペンをくるくると指で回す。あれ、オレ出来ないんだよな。
「陽向くんさ、抜けとるって言われへん?」
「え?」
「俺がやっとる事、何とも思てへんの?」
「…揶揄われるくらいは、真那といればしょっちゅうだからな」
王子様の隣に平凡な村人Hがいる事を気に食わないと思う人なんてたくさんいたから、目が合えば罵倒されたり嘲笑されたりなんてのも良くあった。まぁ、気付いた真那がもれなく何万倍にもして返してたけど。
「陽向くん、見た目のわりに結構強かやんな」
「そうか? ってか見た目って何だ」
「黙っとったら大人しい子に見られるタイプやろ」
「え、何で分かった」
「いや、見たまんまやから。…ほんま調子狂うわ」
オレってそんなに分かりやすいんだろうか。もう少しポーカーフェイスを勉強するべきかと思っていると、日下部は何を思い出したのか眉を顰めて問い掛けてきた。
「っつーか、幼馴染みってそない大事もん?」
「……他は知らないけど、少なくともオレは真那を大事だと思ってる。ってかさ、何でオレと真那が幼馴染みだって知ってるんだ? 真那は家族構成すら公表してないのに」
そうだ、コイツ普通に話してるけど、真那は身長と体重、好きな食べ物嫌いな食べ物、好みのブランドくらいしか公式プロフィールには載ってなくて、志摩さんや風音さんと比べて圧倒的に情報が少ない。それなのに何でコイツは知ってたのか心底気になる。
日下部は肩を竦めて前のめりになると、おもむろに手を伸ばしてオレの頬を抓ってきた。真那と違い容赦なく込められた力にビクッとなる。
「いった!」
「あ、やっば。つい触ってもた。…まぁ知ったんはほんまに偶然やけど、知る前からアイツの事は嫌いやで」
「何でそんなに真那を嫌うんだ。ぼんやりした奴だけど、人に嫌われるような奴じゃないぞ」
「アイツは俺の大事なもんを奪おうとしとるから」
「大事なもの?」
基本物事に執着しない真那が? 真那のママさんから、「陽向くん以外には本当に心が動かないわね」とまで言われる真那が?
人様の大事なものを奪う? いやいや。
「ないな」
「そんな余裕ぶってられるんも今のうちやで。そのうち、幼馴染みなんかいらんわってなるんちゃう?」
「真那に限ってそれはない」
「麗しい幼馴染み愛やな」
「バカにしてるのか」
「さぁ? まぁ信じるのは勝手やけど、所詮、幼馴染みは幼馴染みやからな」
分かってる。日下部はオレと真那が恋人同士だって事を知らないし、ただの幼馴染みなら将来的にそういうのもあるってだけの話で。でも世間的にはそれが当たり前だって理解もしてるから、そうやって言われると胸が痛い。
シャーペンを置いた日下部は椅子から立ち上がり、嫌味ったらしい笑みを浮かべて見下ろしてきた。
「陽向くんが泣いたら、アイツどんな顔すんねやろな」
「……」
「ほなまた明日なー」
背が高いからって見下してくる日下部を思いっきり睨み付けいつか同様その背中に舌を出す。せっかく勉強教えてくれて良い奴かもって思い始めてたのに、ほんっとムカつく。
大体、オレが泣いたらって、何でオレが泣く事前提になってんだ。誰が日下部なんかに泣かされてやるか。
「……そういえば、子供の頃オレが泣いてたら真那どうしてたっけ?」
えっと、一番印象に残ってるのが小学三年生の時で、確かクラスのちょっとませた女の子に、「真那くんから離れなさよ、このブサイク!」って言われたんだっけ。面と向かってブサイクって言われたのは初めてだったから、ショックで泣いちゃったんだよな。
そしたら真那が、「ヒナを泣かせたのは誰?」って物凄く怖い顔でオレのクラスに来て…言った女の子、ボロボロ泣いてた。
「小さい頃は、一人は寂しいって泣いたら抱き締めてくれて、ずっと傍にいてくれたっけな」
オレの親は忙しくてほとんど家にいなかった。だから真那の家にお世話になる事も多かったし、一人で留守番もしてたんだよな。なんて言うか、ホント、真那はいつも一番近くに居てくれたんだって実感するよ。
「……あ、やば。今日豚肉安かったんだ」
いつも朝チェックしているチラシアプリを思い出し、教科書とノートを閉じてリュックに詰めたオレは、真那からの連絡がないかを確認してから立ち上がり図書室をあとにした。
よし、今日は生姜焼きにしよ。
夕食後、お風呂に入ったオレは今日生放送のバラエティ番組に【soar】が出るという情報を知っていた為ソファに座って待機していた。
明後日と明明後日の土日は二周年記念のライブがあって、来週の土曜日は関西で開催するらしい。
三日間だけだからか倍率が凄かったらしく、残念ながらオレはチケットは取れなかった。やっぱりあの席で運がなくなったんだろうな。
「生放送、終わるの十時回るのか……今日は電話無理かな」
本当はもっと声が聞きたいし話したい。更に欲を言うなら会いたいし触れ合いたい。最近はスタジオにいる観客にさえ嫉妬してる自分がいて、心の狭さに自己嫌悪してる。
ぼんやりと真那とやり取りしたメッセージを眺めていると、スマホが通知音を立てて何かを受信した。速報の文字と真那の名前を見付けて何気なくタップしたオレは、その内容に愕然とする。
『大人気アイドルグループ、【soar】の三枝真那と人気モデルの奏音、熱愛発覚か!? 飲食店から出て来た二人は熱い抱擁を交わし……』
「……は?」
普段は見ないネットニュースには真那と奏音っていうモデルの話がつらつらと書かれてて、間にある写真には確かに二人が写ってた。角度も微妙だし真那の手は見切れてるから分からないけど、見る限り奏音さんは真那の胸元に顔を埋めてる。
何だ、これ。オレは今何を見てる?
『……【soar】のみなさんでーす!』
「!」
テレビから聞こえてきたグループ名にハッとしたオレは慌ててテレビを消し、ネットニュースも閉じてまだ全然早いけど寝る準備を始めた。
頭の中がぐるぐるしてる。
熱愛? モデル?
ついこの間まで潰れるくらいオレを抱き締めてた腕が、オレじゃない誰かを抱き締めてる?
ベッドに入ったけど到底眠れる訳もなく、真那にメッセージを送りたくても指が震えて文字が打てなかった。
あれはきっと何かの間違い。真那がすぐ連絡をくれて、誤解だからって言ってくれるはず。
―――でもその日、どれだけ待っても真那からの連絡はなかった。
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