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涙の誕生日前夜
十一月某日。今週の土曜日にはオレの誕生日があって、当日は真那の部屋で真那がお祝いしてくれる事になってる。だから前日から泊まりに行くんだけど、「特別なプレゼントを用意したからね」って言われてちょっとドキドキしてた。
去年までもどんなに忙しくても当日中にプレゼントを渡しに来てくれて、誰よりも近くでおめでとうって言ってくれてた。
恋人になってから初めての誕生日だから、、今年は今までで一番楽しみかも。
「はい、陽向くん。ちょっと早いけど、お誕生日おめでとう」
「おめでとう」
金曜日、千里と円香と教室に入ると、二人が可愛くラッピングされたプレゼントを差し出して来た。目を瞬きつつも受け取ると、にこにことお祝いしてくれる。
どうしよう、友達からとか初めてで凄く嬉しい。
「私のはルームウェアと、イチオシのBL本入れといたよ」
「え」
「私からはノートとペンと、オススメの紅茶よ」
「ありがとう、二人とも」
BL本はちょっと良く分かんないけど、二人とも実用性のあるもので有り難い。というか、ルームウェアって何だ? パジャマとは違うのか?
「今日の夜には先輩のところに行くのよね?」
「うん。今日最後の仕事が一回行った事ある撮影スタジオで、カメラマンさんやスタッフさんも一緒だからおいでって言われてる」
「そっか、楽しみだね」
にこにこと可愛らしく笑ってそう言ってくれる円香にオレも笑顔を返しすと、二人からのプレゼントを抱えて大きく頷いた。
学校終わり、水島さんが少し離れた場所まで迎えに来てくれてオレはスタジオへと連れて行って貰う。水島さんだって忙しいはずなのに真那の我儘を聞いてくれて、ホントいい人過ぎて頭が上がらないよ。
お礼、考えないとな。
「あれ、陽向やん。何でこないなとこおるん?」
真那が撮影しているスタジオに行く途中の廊下で日下部とバッタリ会い声をかけられた。
「日下部」
「まさかモデルになったん?」
「そんな訳ないだろ。真那のとこ行くんだよ」
「げ、またアイツとスタジオ被ったん? 最悪や」
「いい加減真那を目の敵にするのやめろよ」
「やーなこったー」
べっと舌を出す日下部に子供かと内心でツッコミながら歩き始めるとあとから日下部がついてくる。案外部屋が隣合ってたりして。
特に話す事もないから前を歩いていると少しだけ早歩きになった日下部が隣に並び顔を覗き込んで来た。
「陽向、明日誕生日なんやって?」
「え、何で知ってるんだ?」
「お姫さん方から聞いた」
「連絡先交換してたのか」
最近はオレたちが話してると日下部も入ってくる事が増えたからな。おかげで女子から若干目の敵にされてるけど。
というか、良く円香と千里から教えて貰えたな。
「プレゼントやろか? 何か欲しいもんある?」
「え、いいよ。その気持ちだけで充分」
「物欲ないん? あ、ほんならジュース奢ったるわ」
「一気に軽くなったな。まぁ嬉しいけど」
ちょうど自販機を見付けポケットから財布を出した日下部は五百円玉を入れてオレを促す。少し悩んでホットのココアを選ぶとガコンと落ちた缶を日下部が取り出し口から取ってくれた。
「ほれ、おめでとさん」
「ありがとう」
「ヒナ」
受け取ったものの熱くて袖を伸ばして包むように持っていると、後ろから肩が引かれて後頭部に何かが触れた。
見上げると真那がいて日下部を睨んでる。
「ちょっと休憩貰った。控え室行こう」
「あ、うん。じゃあな日下部、これありがと」
「おー。……相変わらず陽向の事になると余裕ないな、アイツ」
オレがココアを持ってるからか、肩に手を置いたままくるりと反転させられ軽い力で押されて足が前に出る。もう一度日下部へお礼を言ってから普通に歩き出せば真那の手がオレの頭に回された。
優しく撫でてくれる大きな手に心がほわっとする。
擦れ違うスタッフさんに微笑ましげに見られながら控え室まで行くと、ココアが取られて抱き締められた。
「ヒナ、あと三時間したら誕生日が来るね」
「そうだな。いつもならもう風呂に入ってまったりしてる時間だな」
「帰ったら一緒に入ろうか」
「いいけど、触るのもナシだからな」
「ん、分かってる」
「ホントかー?」
「ほんとほんと」
真那と風呂入るとのぼせそうになるなるからな。
ソファに並んで座り、頬を撫でる真那の手に自分の手を重ねてクスクスと笑えば真那もふわりと微笑んでくれる。額と目蓋にキスされ、慌てて真那の顔を押さえるとパッとその手を取られた。
「ここ、控え室だぞ。誰かに見られたら…」
「誰も見ないよ」
そう言って頬から首筋まで辿るように口付けられギリギリ制服で隠れる場所を強く吸われる。これが真那ものだっていう印って知った時はズルいって思ったな。オレも挑戦してみたけど上手く付けられなかったし。
二回小さな痛みが走ったあと、顔を上げた真那が優しく笑う。
「来年からもなるべく一緒にお祝いしようね」
「うん、ありがとう」
「ヒナ、大好きだよ」
「オレも、大好きだ」
アイドルになるまでは毎年傍にいてくれた。一日一緒にいられなくても、真那からの「おめでとう」があるだけで嬉しかった。
もちろん親からの電話も嬉しいけど、今にして思えば自分の気持ちに気付く前から真那の事を特別に思ってたんだな、オレ。
顔中に降ってくるキスに首を竦めながら仕方ないと真那の首に腕を回して抱き着いたオレは、甘い囁きに同じ言葉を返してはにかんでからしっとりとした唇へと口付けた。
「ねぇ、ちょっといい?」
休憩を終えた真那がスタジオに行く際オレはトイレに寄ったんだけど、そこから出た途端後ろから声をかけられ何気なく振り向いてギョッとした。真那が初めて撮られた相手、奏音さんが真顔でオレを見て立っていたから。
周りをチラリと見た奏音さんは戸惑うオレに「ついて来て」と短く告げるとさっさと歩き出し階段を降りて行く。初対面だし、真那の時みたいに写真撮られたらと思うとなかなか動けなかったけど、女の子を一人にする訳にも行かず仕方なくあとを追いかけた。
心配すると思うから一応真那にはメッセージを送っておく。
少しして人気のない踊り場で振り向いた奏音さんは、腕を組んで開口一番こんな事を言っていた。
「真那くんから離れて」
「え?」
「私ね、本気で真那くんの彼女になりたいの」
「そう、なんだ」
「だから、あなたが凄く邪魔」
面と向かって〝邪魔〟なんて言われたの初めてでオレは僅かに目を見開く。
今まではこれみよがしに言ってくる人たちばかりだったからか、刺されたみたいに胸がズキンと痛んだ。
『アイツ、真那くんの幼馴染みなんだって』
『ずーっと隣にいて、ウザイよね』
『たかが幼馴染みのくせに』
『自分が真那くんの一番だと思ってるんでしょ』
『大した事ないのにね』
綺麗で穏やかで優しい真那はいつだって自慢の幼馴染みだった。どれだけ悪口が聞こえて来ても、不釣り合いだと笑われても、真那の傍にいられるだけで充分だった。
「あなたがいると真那くんは前に進めない。あなた、真那くんの足を引っ張ってるって自覚ある?」
「……足を…引っ張ってる…」
「そうよ。幼馴染みだからっていつまでもべったりなんて、男同士で気持ち悪いもん。大体あなたは真那くんには不釣り合い。いい加減弁えたら?」
気持ち悪いって言葉より、不釣り合いって言葉より、真那の足を引っ張ってるって言われた事の方が胸に突き刺さってる。
「自分のせいで【soar】が終わるとかは思わないの? 意固地になるのも結構だけど、幼馴染みなら幼馴染みらしく、真那くんの応援だけしてればいいじゃない。一緒にいる必要はないよね」
「……」
「ちょっと、だんまり決め込む気? ……ならこれ、マスコミに流しちゃおうかな」
「…?」
何をと思って顔を上げると、スマホを操作していた奏音さんが何かが表示された画面をこっちに向けて来た。そこに写っていたのはキスをしているオレと真那の姿で…さっき控え室でしてたの撮られてたんだ。
サッとオレの顔が青褪める。
「ふふ、びっくりしちゃった。真那くんに会いにきたらこんなシーンに遭遇するんだもん。まさか真那くんが男とそういう関係だなんて、みんなも知ったら驚くだろうなぁ。ファンからのバッシングも相当なものになるんじゃない?」
「マ、マスコミにだけは…」
「どうしようかなー。あなたが真那くんから離れてくれるなら考えてあげてもいいけど…あ、もしくは私を彼女にしてくれるよう進言してくれるとか」
「それ、は……」
楽しそうな奏音さんの声が頭の中で響く。
そんなの、真那のオレへの気持ちを裏切る事になるじゃないか。何よりオレがしたくない。真那と離れるなんて…そんな事。
「これを流して困るのは誰だと思う? あなたは後ろ指を差されるだけかもしれないけど、真那くんや【soar】はどうなるかな」
「……っ…」
オレが一番嫌な事は、オレせいで真那や【soar】が何かしらの被害を被る事だ。あの写真がマスコミに流れたら、間違いなく炎上する。
「ヒナ? そこにいるの?」
「…!」
「真那くん!」
頭の中がぐるぐるして訳が分からなくなり始めた頃、階段を降りる足音と真那の声が聞こえてきた。途端にスマホをしまって嬉しそうにはにかむ奏音さんに喉がヒクッとなる。
真那はオレと目が合うとホッとしてたけど、向かいに奏音さんがいると分かるなり憮然とした顔になった。
「……何であんたがヒナといるの」
「ちょっとお話がしたくて」
「ヒナ、上に戻ろう」
「あ……」
真那に肩を抱かれて連れて行かれそうになるけど、このまま行ったらあの写真が世間の目に晒されてしまう。それだけは絶対にダメだ。
「真那、オレ…」
「ヒナ?」
「オレ…真那の足枷にはなりたくない…」
「ならないよ。どうしたの」
「オレは…幼馴染みの真那も、アイドルの真那も好きだ……でも…その気持ちが真那を困らせるなら……」
なかった事にした方がいいんじゃないか、そう続けようとして声が喉に張り付いた。
こんなに好きなのに、真那との関係をなかった事になんて出来るわけない。
「…っ…」
「ヒナ…? どうして泣いて…」
「真那、いきなり抜け出してここで何を……え、奏音ちゃん?」
真那を探していたらしい水島さんも降りて来て、おかしな空気になっている事と奏音さんまでいる状況に首を傾げる。
アイドルの真那と、モデルの奏音さん。【soar】のマネージャーである水島さん。ここで、この場所で異質なのはオレだけだ。オレだけ何者でもない。
「…っ、ごめん…!」
「ヒナ!」
アイドルは、趣味を持たない真那が唯一楽しんでやってる事だ。オレが傍にいるせいで失ってしまったら、オレは自分を許せない。
真那の手を振り切り階段を駆け下り始めたオレの背中に真那の声がかけられるけど、振り向く事も出来ずに必死に足を動かした。
「ヒナ…っ、待って、ヒナ!」
「駄目だ! 真那! まだ撮影が残って…っ」
「離せ! そんなものよりヒナが…っ」
「落ち着け!」
「ヒナ…ヒナ…! …っ…陽向!!」
ごめんな、真那。どんなに人気になっても変わらず真那が傍にいてくれる事が幸せで、幸せすぎてずっと甘えてた。
華やかな世界に求められる真那と、人混みに紛れてしまえば存在感さえなくなるオレは天と地ほども差がある。分かってたのに、気付いてたのに、ずっと知らないフリしてた。
あの写真を消して貰う術さえオレは持ってないんだから。
オレは、奏音さんの言うように真那の足を引っ張ってるだけなのかもしれない。
走って走って、いつの間にかスタジオが入っているビルから結構離れた場所まで来ていた事に気付いたオレは、足を止めて上がった息を整えながらもうじき来る自分の誕生日を思い出し唇を噛んだ。本当なら真那と過ごすはずだったのに、何でこんな事になったんだろう。
最後に聞いた真那の声が耳にこびりついてる。あんなに必死にオレの名前を呼んだのは初めてで胸が痛い。
さっきからずっとスマホが震えているけど、確認する事も出来なくて気付かないフリをしてる。
「陽向?」
滲む視界を袖で拭い歩き出した時、通り過ぎて少し先で停まった車から聞き知った声が聞こえパッと顔を上げた。ハザードを点灯させて停車している車の運転席側に立っていたのは風音さんで、オレの顔を見て驚いた顔をしてる。
でもすぐににかっと笑うと、自分の車の天井を軽く叩いてから助手席を指差した。
「とりあえず、夜道は危ないから乗んな」
去年までもどんなに忙しくても当日中にプレゼントを渡しに来てくれて、誰よりも近くでおめでとうって言ってくれてた。
恋人になってから初めての誕生日だから、、今年は今までで一番楽しみかも。
「はい、陽向くん。ちょっと早いけど、お誕生日おめでとう」
「おめでとう」
金曜日、千里と円香と教室に入ると、二人が可愛くラッピングされたプレゼントを差し出して来た。目を瞬きつつも受け取ると、にこにことお祝いしてくれる。
どうしよう、友達からとか初めてで凄く嬉しい。
「私のはルームウェアと、イチオシのBL本入れといたよ」
「え」
「私からはノートとペンと、オススメの紅茶よ」
「ありがとう、二人とも」
BL本はちょっと良く分かんないけど、二人とも実用性のあるもので有り難い。というか、ルームウェアって何だ? パジャマとは違うのか?
「今日の夜には先輩のところに行くのよね?」
「うん。今日最後の仕事が一回行った事ある撮影スタジオで、カメラマンさんやスタッフさんも一緒だからおいでって言われてる」
「そっか、楽しみだね」
にこにこと可愛らしく笑ってそう言ってくれる円香にオレも笑顔を返しすと、二人からのプレゼントを抱えて大きく頷いた。
学校終わり、水島さんが少し離れた場所まで迎えに来てくれてオレはスタジオへと連れて行って貰う。水島さんだって忙しいはずなのに真那の我儘を聞いてくれて、ホントいい人過ぎて頭が上がらないよ。
お礼、考えないとな。
「あれ、陽向やん。何でこないなとこおるん?」
真那が撮影しているスタジオに行く途中の廊下で日下部とバッタリ会い声をかけられた。
「日下部」
「まさかモデルになったん?」
「そんな訳ないだろ。真那のとこ行くんだよ」
「げ、またアイツとスタジオ被ったん? 最悪や」
「いい加減真那を目の敵にするのやめろよ」
「やーなこったー」
べっと舌を出す日下部に子供かと内心でツッコミながら歩き始めるとあとから日下部がついてくる。案外部屋が隣合ってたりして。
特に話す事もないから前を歩いていると少しだけ早歩きになった日下部が隣に並び顔を覗き込んで来た。
「陽向、明日誕生日なんやって?」
「え、何で知ってるんだ?」
「お姫さん方から聞いた」
「連絡先交換してたのか」
最近はオレたちが話してると日下部も入ってくる事が増えたからな。おかげで女子から若干目の敵にされてるけど。
というか、良く円香と千里から教えて貰えたな。
「プレゼントやろか? 何か欲しいもんある?」
「え、いいよ。その気持ちだけで充分」
「物欲ないん? あ、ほんならジュース奢ったるわ」
「一気に軽くなったな。まぁ嬉しいけど」
ちょうど自販機を見付けポケットから財布を出した日下部は五百円玉を入れてオレを促す。少し悩んでホットのココアを選ぶとガコンと落ちた缶を日下部が取り出し口から取ってくれた。
「ほれ、おめでとさん」
「ありがとう」
「ヒナ」
受け取ったものの熱くて袖を伸ばして包むように持っていると、後ろから肩が引かれて後頭部に何かが触れた。
見上げると真那がいて日下部を睨んでる。
「ちょっと休憩貰った。控え室行こう」
「あ、うん。じゃあな日下部、これありがと」
「おー。……相変わらず陽向の事になると余裕ないな、アイツ」
オレがココアを持ってるからか、肩に手を置いたままくるりと反転させられ軽い力で押されて足が前に出る。もう一度日下部へお礼を言ってから普通に歩き出せば真那の手がオレの頭に回された。
優しく撫でてくれる大きな手に心がほわっとする。
擦れ違うスタッフさんに微笑ましげに見られながら控え室まで行くと、ココアが取られて抱き締められた。
「ヒナ、あと三時間したら誕生日が来るね」
「そうだな。いつもならもう風呂に入ってまったりしてる時間だな」
「帰ったら一緒に入ろうか」
「いいけど、触るのもナシだからな」
「ん、分かってる」
「ホントかー?」
「ほんとほんと」
真那と風呂入るとのぼせそうになるなるからな。
ソファに並んで座り、頬を撫でる真那の手に自分の手を重ねてクスクスと笑えば真那もふわりと微笑んでくれる。額と目蓋にキスされ、慌てて真那の顔を押さえるとパッとその手を取られた。
「ここ、控え室だぞ。誰かに見られたら…」
「誰も見ないよ」
そう言って頬から首筋まで辿るように口付けられギリギリ制服で隠れる場所を強く吸われる。これが真那ものだっていう印って知った時はズルいって思ったな。オレも挑戦してみたけど上手く付けられなかったし。
二回小さな痛みが走ったあと、顔を上げた真那が優しく笑う。
「来年からもなるべく一緒にお祝いしようね」
「うん、ありがとう」
「ヒナ、大好きだよ」
「オレも、大好きだ」
アイドルになるまでは毎年傍にいてくれた。一日一緒にいられなくても、真那からの「おめでとう」があるだけで嬉しかった。
もちろん親からの電話も嬉しいけど、今にして思えば自分の気持ちに気付く前から真那の事を特別に思ってたんだな、オレ。
顔中に降ってくるキスに首を竦めながら仕方ないと真那の首に腕を回して抱き着いたオレは、甘い囁きに同じ言葉を返してはにかんでからしっとりとした唇へと口付けた。
「ねぇ、ちょっといい?」
休憩を終えた真那がスタジオに行く際オレはトイレに寄ったんだけど、そこから出た途端後ろから声をかけられ何気なく振り向いてギョッとした。真那が初めて撮られた相手、奏音さんが真顔でオレを見て立っていたから。
周りをチラリと見た奏音さんは戸惑うオレに「ついて来て」と短く告げるとさっさと歩き出し階段を降りて行く。初対面だし、真那の時みたいに写真撮られたらと思うとなかなか動けなかったけど、女の子を一人にする訳にも行かず仕方なくあとを追いかけた。
心配すると思うから一応真那にはメッセージを送っておく。
少しして人気のない踊り場で振り向いた奏音さんは、腕を組んで開口一番こんな事を言っていた。
「真那くんから離れて」
「え?」
「私ね、本気で真那くんの彼女になりたいの」
「そう、なんだ」
「だから、あなたが凄く邪魔」
面と向かって〝邪魔〟なんて言われたの初めてでオレは僅かに目を見開く。
今まではこれみよがしに言ってくる人たちばかりだったからか、刺されたみたいに胸がズキンと痛んだ。
『アイツ、真那くんの幼馴染みなんだって』
『ずーっと隣にいて、ウザイよね』
『たかが幼馴染みのくせに』
『自分が真那くんの一番だと思ってるんでしょ』
『大した事ないのにね』
綺麗で穏やかで優しい真那はいつだって自慢の幼馴染みだった。どれだけ悪口が聞こえて来ても、不釣り合いだと笑われても、真那の傍にいられるだけで充分だった。
「あなたがいると真那くんは前に進めない。あなた、真那くんの足を引っ張ってるって自覚ある?」
「……足を…引っ張ってる…」
「そうよ。幼馴染みだからっていつまでもべったりなんて、男同士で気持ち悪いもん。大体あなたは真那くんには不釣り合い。いい加減弁えたら?」
気持ち悪いって言葉より、不釣り合いって言葉より、真那の足を引っ張ってるって言われた事の方が胸に突き刺さってる。
「自分のせいで【soar】が終わるとかは思わないの? 意固地になるのも結構だけど、幼馴染みなら幼馴染みらしく、真那くんの応援だけしてればいいじゃない。一緒にいる必要はないよね」
「……」
「ちょっと、だんまり決め込む気? ……ならこれ、マスコミに流しちゃおうかな」
「…?」
何をと思って顔を上げると、スマホを操作していた奏音さんが何かが表示された画面をこっちに向けて来た。そこに写っていたのはキスをしているオレと真那の姿で…さっき控え室でしてたの撮られてたんだ。
サッとオレの顔が青褪める。
「ふふ、びっくりしちゃった。真那くんに会いにきたらこんなシーンに遭遇するんだもん。まさか真那くんが男とそういう関係だなんて、みんなも知ったら驚くだろうなぁ。ファンからのバッシングも相当なものになるんじゃない?」
「マ、マスコミにだけは…」
「どうしようかなー。あなたが真那くんから離れてくれるなら考えてあげてもいいけど…あ、もしくは私を彼女にしてくれるよう進言してくれるとか」
「それ、は……」
楽しそうな奏音さんの声が頭の中で響く。
そんなの、真那のオレへの気持ちを裏切る事になるじゃないか。何よりオレがしたくない。真那と離れるなんて…そんな事。
「これを流して困るのは誰だと思う? あなたは後ろ指を差されるだけかもしれないけど、真那くんや【soar】はどうなるかな」
「……っ…」
オレが一番嫌な事は、オレせいで真那や【soar】が何かしらの被害を被る事だ。あの写真がマスコミに流れたら、間違いなく炎上する。
「ヒナ? そこにいるの?」
「…!」
「真那くん!」
頭の中がぐるぐるして訳が分からなくなり始めた頃、階段を降りる足音と真那の声が聞こえてきた。途端にスマホをしまって嬉しそうにはにかむ奏音さんに喉がヒクッとなる。
真那はオレと目が合うとホッとしてたけど、向かいに奏音さんがいると分かるなり憮然とした顔になった。
「……何であんたがヒナといるの」
「ちょっとお話がしたくて」
「ヒナ、上に戻ろう」
「あ……」
真那に肩を抱かれて連れて行かれそうになるけど、このまま行ったらあの写真が世間の目に晒されてしまう。それだけは絶対にダメだ。
「真那、オレ…」
「ヒナ?」
「オレ…真那の足枷にはなりたくない…」
「ならないよ。どうしたの」
「オレは…幼馴染みの真那も、アイドルの真那も好きだ……でも…その気持ちが真那を困らせるなら……」
なかった事にした方がいいんじゃないか、そう続けようとして声が喉に張り付いた。
こんなに好きなのに、真那との関係をなかった事になんて出来るわけない。
「…っ…」
「ヒナ…? どうして泣いて…」
「真那、いきなり抜け出してここで何を……え、奏音ちゃん?」
真那を探していたらしい水島さんも降りて来て、おかしな空気になっている事と奏音さんまでいる状況に首を傾げる。
アイドルの真那と、モデルの奏音さん。【soar】のマネージャーである水島さん。ここで、この場所で異質なのはオレだけだ。オレだけ何者でもない。
「…っ、ごめん…!」
「ヒナ!」
アイドルは、趣味を持たない真那が唯一楽しんでやってる事だ。オレが傍にいるせいで失ってしまったら、オレは自分を許せない。
真那の手を振り切り階段を駆け下り始めたオレの背中に真那の声がかけられるけど、振り向く事も出来ずに必死に足を動かした。
「ヒナ…っ、待って、ヒナ!」
「駄目だ! 真那! まだ撮影が残って…っ」
「離せ! そんなものよりヒナが…っ」
「落ち着け!」
「ヒナ…ヒナ…! …っ…陽向!!」
ごめんな、真那。どんなに人気になっても変わらず真那が傍にいてくれる事が幸せで、幸せすぎてずっと甘えてた。
華やかな世界に求められる真那と、人混みに紛れてしまえば存在感さえなくなるオレは天と地ほども差がある。分かってたのに、気付いてたのに、ずっと知らないフリしてた。
あの写真を消して貰う術さえオレは持ってないんだから。
オレは、奏音さんの言うように真那の足を引っ張ってるだけなのかもしれない。
走って走って、いつの間にかスタジオが入っているビルから結構離れた場所まで来ていた事に気付いたオレは、足を止めて上がった息を整えながらもうじき来る自分の誕生日を思い出し唇を噛んだ。本当なら真那と過ごすはずだったのに、何でこんな事になったんだろう。
最後に聞いた真那の声が耳にこびりついてる。あんなに必死にオレの名前を呼んだのは初めてで胸が痛い。
さっきからずっとスマホが震えているけど、確認する事も出来なくて気付かないフリをしてる。
「陽向?」
滲む視界を袖で拭い歩き出した時、通り過ぎて少し先で停まった車から聞き知った声が聞こえパッと顔を上げた。ハザードを点灯させて停車している車の運転席側に立っていたのは風音さんで、オレの顔を見て驚いた顔をしてる。
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(ムーンライトノベルにも掲載しています)