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焦がれし星と忘れじの月【完】
君が喜んでくれるなら【ホワイトデーSS】
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結婚式までの日にちが近付きつつある今日この頃。数週間後に訪れるホワイトデーに龍惺は頭を悩ませていた。
バレンタインは服と、ものすごく大胆で可愛いプレゼントを貰った最高の日だったのだが、そのお返しをどうすればいいかが非常に問題だ。
「どうすっかなー…」
貴金属やブランド物など、お金がかかる事には毛ほども興味がない詩月はどちらかと言うと素朴なものの方が喜びが大きい。
月や星に関連するもの、動物などの可愛い置物、甘いもの。どこでも入手出来るものが嬉しいという詩月だから、恋人への貢ぎたい欲求がある龍惺としては物足りなかった。
「社長、我が社が出資した展覧会場ですが、来月頭からワンフロアをジオラマやミニチュア専用の会場にするそうです。開催した際にはぜひ社長にも来場して頂きたいとの事ですが、スケジュールに組んでおきますか?」
「ミニチュア?」
「はい。メインは鉄道ジオラマらしいですが」
瀬尾から仕事の書類を受け取りながら耳に残った言葉を反芻する。そういえば、詩月は小さくてリアルなものも好きだったはずだ。高校生の時、デートでミニチュア展覧会に入りたいと目を輝かせていた姿を思い出す。
ミニチュアセットよりも、すぐに飾れるドールハウスの方がいいだろう。
「ナイスだ、瀬尾」
「はい?」
「悪ぃけど、すぐにミニチュア作家探して、小さくて良いからドールハウスの制作を依頼出来ないか聞いてみてくれねぇか?」
「もう少しご説明頂けますか?」
一気に悩みが晴れた事が嬉しくて気持ちが急いてしまったらしい。もう一度「悪い」と謝ってからカレンダーを見せる。
「もうすぐホワイトデーだろ? 詩月はミニチュアが好きだから、お返しをドールハウスにしようと思って。既存のものがあるなら、それを買い取れるかどうかも聞いて欲しい」
「ホワイトデー……畏まりました、すぐに捜索致します」
「お前はどうすんだ?」
「無難にクッキーをお返ししようと思っています」
当日は龍惺にだけプレゼントをくれた詩月だが、次の日には瀬尾と航星にも渡して欲しいと手作りのチョコを持たされたのだ。もちろん嫉妬したし何でと詰め寄ったりもしたが、いつもお世話になっているからという言葉と可愛い顔で言われたお願いには負けざるを得なかった。
瀬尾はともかく、航星からのお返しが少しだけ心配だ。
「一つだけにしろよ」
「分かってます」
「あと、あんま可愛い形してると食うの躊躇うから普通のにしとけ」
「肝に銘じておきます」
「それから、展覧会は行くからスケジュール組んどいて」
「畏まりました」
確認を終えサインした書類を渡しながら念の為にと釘を刺せば僅かに瀬尾の眉が顰められる。ついでにとアドバイスもし、最初の質問に返事をして机の上にあるファイルを手に取り立ち上がった。
「よし、じゃあ俺は会議に行ってくるから」
「はい。行ってらっしゃいませ」
「くれぐれも、詩月には内緒でな」
「お任せ下さい」
恐ろしいほどに口の堅い男だから大丈夫だとは思うが念の為そう言えば頼もしい返事が返ってくる。それに小さく笑い、瀬尾の肩をポンと叩いて通り過ぎた龍惺はエレベーターに乗り込み利用する会議室がある階まで降りた。
それからおおよそ一週間。
瀬尾はどうにかミニチュア作家を数人見付け、既存作品はあるか、あるなら買い取れるか、もしくは手の平サイズのものは依頼出来るか、費用は、時間はなど、必要な事柄は何でも尋ね、ようやく一人の作家から既存作品なら買取り可能だとの返事を貰った。
写真も送って見せて貰ったのだが、雑誌にも載るような作家らしく出来は素晴らしく良かった。サイズも丁度良さそうだ。オマケにオルゴール付きらしく、その曲名を聞いた龍惺はこれしかないと思ったほど完璧なものだった。
手元に届いたのはそれから三日後で、受け取った龍惺はプレゼント用に包装して貰うべく、社内でもラッピングの神として有名な女性社員にお願いしに行ったのだが、その仕上がりは正直脱帽するほど綺麗でとても華やかだった。
ただお礼に何がいいかと聞いた時、「詩月さんとお茶してみたいです」と言われた時は押し黙ってしまったが、とりあえず本人に聞いてみると渋々答えてその場を後にする。
このプレゼントを渡した後にラッピングの話も込みで伝えるため喜んで引き受けそうだが。
あとは何かしらのお菓子でも添えてやれば完璧だ。
ニヤけそうになる口元を手で隠し、社長室へと戻った龍惺は少しばかり機嫌のいい様子で仕事を再開した。
ホワイトデー当日。生憎と仕事のため詩月との時間が取れるのは夜しかないが、今日はこの日のために予約しておいた玖珂の系列にあるホテルのスイートルームで食事を摂りそのまま泊まる予定を立てていた。
プレゼントは既に部屋のベッドの上で、着替えが入ったバッグも瀬尾に頼んで置いて来て貰ったから身軽に動けるのが有り難い。
絶対に定時で上がるといつも以上にやる気を出す龍惺に、瀬尾は「いつもそれくらいして下さればいいんですけどね」と嫌味ったらしく言って来たが、生憎と今日の龍惺に返す余裕はなかった。
どうにか時間内に仕事を終え、瀬尾からのお返しを預かった龍惺は、受付から既に詩月がエントランスにいる事を聞き大急ぎでエレベーターに乗り込む。
待ち合わせを会社にしたのは、詩月の顔を知っている社員が多く安全だからという理由と、もし過ぎてしまった場合は社長室に来て貰えばいいと思ったからだ。
エントランスに着くとエレベーターホールにいた詩月が気付いて駆け寄り抱き着いてくる。
「お疲れ様、龍惺」
「ん。来て貰って悪いな」
「ううん。お仕事終わってすぐ龍惺に会えるの嬉しい」
「ここでそんな可愛い事言うな」
抱き締める事は出来てもキスが出来ないのがもどかしい。肩を抱き擦れ違う社員と挨拶を交わしながら外に出て駐車場に向かっていると、どこか楽しそうな顔をした詩月が見上げて来た。
「ん?」
「どこに連れて行ってくれるの?」
「言ったら面白くねぇだろ。着いてからのお楽しみ」
「龍惺が内緒にする時は覚悟が必要なんだよ」
「ぜってー喜ぶから」
むしろ小さな事でも大喜びする詩月がアレで喜ばないはずがないのだ。肩を抱いていた手で頭を撫で、辿り着いた車のロックを解除して乗り込めばシートベルトを掛ける前に詩月に袖を引かれる。
「ね、龍惺」
「どした?」
「耳貸して」
「?」
何か言いたい事でもあるのかと不思議に思いつつも、上体を傾けて耳を寄せれば詩月の腕が首に回され口付けられた。目を瞬いている間に離れたが、龍惺は目元を片手で覆うと満足げな詩月に被さるように顔を近付け唇を塞ぐ。
すぐに舌を差し込めばピクリと目蓋を震わせた詩月から絡めてきた。
「ん、ふぁ…ん…っ」
「…煽んなっつってんのに」
「…ん…だって、さっき出来なかったし」
「したかったんだ?」
「スーツ姿の龍惺、カッコいいから…」
「好きだよな、お前」
「ドキドキする」
とにかく詩月は「スーツ着てる龍惺カッコいい」と良く言ってくれるのだが、ここ最近ではもしかしてスーツフェチなのではと思い始めていた。
少し前、早苗が詩月のために仕立てたスーツを着た姿を見せて貰ったが、確かに普段と違う姿にドキッとしたものの、格好良いよりも可愛いの方が勝ってしまい危うくそのまま押し倒してしまうところだった。
自分の見目の良さは自覚しているが、果たして恥ずかしがり屋の詩月が大胆になるくらいの魅力があるとは思えないのだが。
「何なら、またスーツ着たままシてやろうか?」
「す、スーツ勿体ないからいいです」
「ンなもんいくらでも新調出来んだから、気にしなくていいんだよ」
以前スーツのままで致した時、ドロドロになったスーツは結局捨てる事になったためそれを気にしているようだ。スーツ一着くらい龍惺にとっては痛くも痒くもないのに。
シートに座り直し、シートベルトとエンジンをかけて車を発進させ目的地に向かう。プレゼントを見た詩月がどんな反応をするか楽しみだ。
高く聳え立つビルにはバレーパーキングサービスがあるが、左ハンドルなのと、なるべくなら他人に触らせたくない龍惺は自らの運転で駐車場に止めて降り、同じように車から降りた詩月の手を引いて中へと入る。
詩月をロビーのソファで待たせ、受付で名前を告げると「少々お待ち下さい」と言われてしまった。
仕方なく待っていると、顔馴染みの支配人である初老の男性がやって来て頭を下げる。
「お久し振りで御座います、玖珂社長。本日は当ホテルをご利用頂きまして誠に有難う御座います」
「お久し振りです。相変わらず雰囲気の良いホテルですね」
「当ホテルの自慢で御座いますから。シェフにもお伝えしておりますので、どうぞ心行くまでお楽しみ下さい。お料理はすぐにお運びしても宜しいですか?」
「有難う御座います。はい、お願い致します」
「畏まりました」
支配人の手ずから差し出されたカードキーを受け取り、詩月を迎えに行ってエレベーターホールへ向かう。
待たせている間、ロビーにいた男共の目が詩月を盗み見ていた事には気付いていた。何せ詩月は美人だから、本人にその気はなくても人目を引く。
だが残念ながら詩月は龍惺のものだし、龍惺しか見ていない。
優越感を抱きながらエレベーターに乗り込み最上階へ上がると、二部屋分しかない扉のうち離れている方の扉へ向かい解錠した。中に入れば以前泊まったスイートルームよりも広いリビングが出迎えてくれる。
パノラマウィンドウから望む景色は、街灯りが遠いものの代わりに星の瞬きが良く見え詩月は一目散にへばりついた。それに吐息だけで笑っていると、インターホンが鳴り食事が運ばれてくる。
客室係がワゴンに乗っていた料理をテーブルに並べ、頭を下げて去って行くのを見送り詩月を呼べば嬉しそうに駆け寄って来るのが堪らない。
「冷めない内に食うか」
「うん」
前髪を避けて額に口付けてから並んでテーブルにつき、目の前に並べられた豪華な料理に二人は舌鼓を打った。
久し振りにワインを口にしたからか、詩月はほんのり酔っているらしく頬が上気し普段以上にぽやぽやした顔をしている。
「詩月、まだ飲むのか?」
「んー…美味しい」
「そりゃお前の顔見たら分かる。ほら、まだ渡したいもんあんだから今はやめとけ」
「渡したいもの?」
「こっち」
不思議そうに首を傾げる詩月の手を引いて立ち上がらせ寝室へ向かうと、ベッドの上に例のプレゼントと小さめの箱が置いてあり、それを示すと今度は驚いた顔をする。
「バレンタインのお返し」
「……三倍返しどころじゃないよね」
「そうか? じゃ、まずこっちな」
「ありがとう」
驚きで酔いが覚めたのか、呆然とする詩月にまずは小さくて軽い箱を渡す。店名も何もない至ってシンプルなラッピングだが、これには秘密があった。
リボンを解き包装を剥がして蓋を開けた詩月は、中心に置かれた満月と、それを囲うように点在する五つの星の形をしたチョコを見るなり目を輝かせる。
色はチョコだが、月にはクレーターも表現されていて芸が細かい。
「月と星だ……どうしよう、勿体なくて食べられないよ」
「なら食わせてやろうか?」
「や、待って。明日ゆっくり食べてもいい?」
「はは、何だそれ。いいよ、お前の好きにしな」
「こういうのどこで見つけてくるの」
「秘密」
実はあさみの知り合いにパティシエがいて、この形で作って貰えるようお願いしたら快く引き受けてくれたのだ。可愛らしくラッピングまでしてくれて本当に有り難い。
スマホで写真まで撮ったあと蓋をした詩月に、今度は女性社員にラッピングして貰った例のプレゼントを差し出せば、何故か怖々と受け取るものだから思わず笑ってしまった。
「何でそんな恐る恐るなんだよ」
「だ、だって、龍惺の事だからブランド物にしたんじゃないかと思って…」
「お前が好みじゃないもんやってどうすんだ」
「あ、思ったより軽い」
先程と同じように丁寧に包装を解き現れた箱の蓋を取ると、箱の形を成していた壁が四方に広がり中のものが剥き出しになる。真四角のアクリル板で囲われた中には庭付きの二階建ての一軒家があり、庭に面した側は壁がなく小さな家具や家電が見えるように設置されていた。
本当に小人が住んでるかのようなリアルな作り込みには何度見ても感心する。詩月なんて、さっきから目を見開いて黙ったままだ。
「詩月、どうした?」
「……」
「詩月?」
まるで見入ったように反応しない詩月が心配になり顔を覗き込めば、少しだけ目が潤んでいる事に気付きギョッとした。もしかして気に入らなかったのだろうか。ミニチュアは好きなはずなのにどうして。
内心でグルグルとマイナスな事を考えていると、そっとドールハウスを置いた詩月が抱き着いて来た。
「……詩月?」
「龍惺はホントに凄いね」
「何が?」
「いろいろ。…すっごく嬉しい。ありがとう、龍惺」
「それ、オルゴール付いてんの気付いた?」
「うん。鳴らしてもいい?」
「当たり前だろ」
そんな事、聞かなくても好きにすればいいのにと苦笑し、ドールハウスを手にしてゼンマイ側を向けてやる。詩月の手がゆっくりとネジを巻き、心地良い音楽が流れ始めた。
「…これ、〝星に願いを〟?」
「そう。完全に偶然だけどな」
「……泣きそう」
「もう泣いてんだろ。つくづく縁があるよな、俺たち」
オルゴール特有の穏やかな調べを聴きながら小さく笑うと、今度は首に腕を回して来た詩月が口付けてきた。
「龍惺…大好き」
「俺も愛してる」
「…ね、僕がしてもいい?」
「ホワイトデーなのに?」
「したい。ダメ?」
ダメではないが、詩月にされているというだけで龍惺はすぐ達しそうになる。恋人にはいつも格好良いと思われたいため気恥ずかしいのだ。
だが、上目遣いでおねだりしてくる詩月に勝てる訳もなく、龍惺は苦笑して彼の髪を撫でた。
「いいよ。お前の好きにしろ」
「今日は最後までさせてね」
「分かった分かった」
いつも途中で切り上げられるのを相当不満に思っていたらしい詩月は、頷いた龍惺に「絶対だよ」と釘を刺してから下肢へと手を伸ばしてきた。
こうしてたまに大胆になる恋人に、龍惺はいつまでも翻弄されっぱなしだ。
その後、龍惺のを咥えている間に後ろを解していたのだが、我慢出来なくなった詩月が涙目で訴えて来たため、詩月の口内に出さずに済んだ龍惺はホッとしながら華奢な身体を組み敷いたのだった。
FIN.
バレンタインは服と、ものすごく大胆で可愛いプレゼントを貰った最高の日だったのだが、そのお返しをどうすればいいかが非常に問題だ。
「どうすっかなー…」
貴金属やブランド物など、お金がかかる事には毛ほども興味がない詩月はどちらかと言うと素朴なものの方が喜びが大きい。
月や星に関連するもの、動物などの可愛い置物、甘いもの。どこでも入手出来るものが嬉しいという詩月だから、恋人への貢ぎたい欲求がある龍惺としては物足りなかった。
「社長、我が社が出資した展覧会場ですが、来月頭からワンフロアをジオラマやミニチュア専用の会場にするそうです。開催した際にはぜひ社長にも来場して頂きたいとの事ですが、スケジュールに組んでおきますか?」
「ミニチュア?」
「はい。メインは鉄道ジオラマらしいですが」
瀬尾から仕事の書類を受け取りながら耳に残った言葉を反芻する。そういえば、詩月は小さくてリアルなものも好きだったはずだ。高校生の時、デートでミニチュア展覧会に入りたいと目を輝かせていた姿を思い出す。
ミニチュアセットよりも、すぐに飾れるドールハウスの方がいいだろう。
「ナイスだ、瀬尾」
「はい?」
「悪ぃけど、すぐにミニチュア作家探して、小さくて良いからドールハウスの制作を依頼出来ないか聞いてみてくれねぇか?」
「もう少しご説明頂けますか?」
一気に悩みが晴れた事が嬉しくて気持ちが急いてしまったらしい。もう一度「悪い」と謝ってからカレンダーを見せる。
「もうすぐホワイトデーだろ? 詩月はミニチュアが好きだから、お返しをドールハウスにしようと思って。既存のものがあるなら、それを買い取れるかどうかも聞いて欲しい」
「ホワイトデー……畏まりました、すぐに捜索致します」
「お前はどうすんだ?」
「無難にクッキーをお返ししようと思っています」
当日は龍惺にだけプレゼントをくれた詩月だが、次の日には瀬尾と航星にも渡して欲しいと手作りのチョコを持たされたのだ。もちろん嫉妬したし何でと詰め寄ったりもしたが、いつもお世話になっているからという言葉と可愛い顔で言われたお願いには負けざるを得なかった。
瀬尾はともかく、航星からのお返しが少しだけ心配だ。
「一つだけにしろよ」
「分かってます」
「あと、あんま可愛い形してると食うの躊躇うから普通のにしとけ」
「肝に銘じておきます」
「それから、展覧会は行くからスケジュール組んどいて」
「畏まりました」
確認を終えサインした書類を渡しながら念の為にと釘を刺せば僅かに瀬尾の眉が顰められる。ついでにとアドバイスもし、最初の質問に返事をして机の上にあるファイルを手に取り立ち上がった。
「よし、じゃあ俺は会議に行ってくるから」
「はい。行ってらっしゃいませ」
「くれぐれも、詩月には内緒でな」
「お任せ下さい」
恐ろしいほどに口の堅い男だから大丈夫だとは思うが念の為そう言えば頼もしい返事が返ってくる。それに小さく笑い、瀬尾の肩をポンと叩いて通り過ぎた龍惺はエレベーターに乗り込み利用する会議室がある階まで降りた。
それからおおよそ一週間。
瀬尾はどうにかミニチュア作家を数人見付け、既存作品はあるか、あるなら買い取れるか、もしくは手の平サイズのものは依頼出来るか、費用は、時間はなど、必要な事柄は何でも尋ね、ようやく一人の作家から既存作品なら買取り可能だとの返事を貰った。
写真も送って見せて貰ったのだが、雑誌にも載るような作家らしく出来は素晴らしく良かった。サイズも丁度良さそうだ。オマケにオルゴール付きらしく、その曲名を聞いた龍惺はこれしかないと思ったほど完璧なものだった。
手元に届いたのはそれから三日後で、受け取った龍惺はプレゼント用に包装して貰うべく、社内でもラッピングの神として有名な女性社員にお願いしに行ったのだが、その仕上がりは正直脱帽するほど綺麗でとても華やかだった。
ただお礼に何がいいかと聞いた時、「詩月さんとお茶してみたいです」と言われた時は押し黙ってしまったが、とりあえず本人に聞いてみると渋々答えてその場を後にする。
このプレゼントを渡した後にラッピングの話も込みで伝えるため喜んで引き受けそうだが。
あとは何かしらのお菓子でも添えてやれば完璧だ。
ニヤけそうになる口元を手で隠し、社長室へと戻った龍惺は少しばかり機嫌のいい様子で仕事を再開した。
ホワイトデー当日。生憎と仕事のため詩月との時間が取れるのは夜しかないが、今日はこの日のために予約しておいた玖珂の系列にあるホテルのスイートルームで食事を摂りそのまま泊まる予定を立てていた。
プレゼントは既に部屋のベッドの上で、着替えが入ったバッグも瀬尾に頼んで置いて来て貰ったから身軽に動けるのが有り難い。
絶対に定時で上がるといつも以上にやる気を出す龍惺に、瀬尾は「いつもそれくらいして下さればいいんですけどね」と嫌味ったらしく言って来たが、生憎と今日の龍惺に返す余裕はなかった。
どうにか時間内に仕事を終え、瀬尾からのお返しを預かった龍惺は、受付から既に詩月がエントランスにいる事を聞き大急ぎでエレベーターに乗り込む。
待ち合わせを会社にしたのは、詩月の顔を知っている社員が多く安全だからという理由と、もし過ぎてしまった場合は社長室に来て貰えばいいと思ったからだ。
エントランスに着くとエレベーターホールにいた詩月が気付いて駆け寄り抱き着いてくる。
「お疲れ様、龍惺」
「ん。来て貰って悪いな」
「ううん。お仕事終わってすぐ龍惺に会えるの嬉しい」
「ここでそんな可愛い事言うな」
抱き締める事は出来てもキスが出来ないのがもどかしい。肩を抱き擦れ違う社員と挨拶を交わしながら外に出て駐車場に向かっていると、どこか楽しそうな顔をした詩月が見上げて来た。
「ん?」
「どこに連れて行ってくれるの?」
「言ったら面白くねぇだろ。着いてからのお楽しみ」
「龍惺が内緒にする時は覚悟が必要なんだよ」
「ぜってー喜ぶから」
むしろ小さな事でも大喜びする詩月がアレで喜ばないはずがないのだ。肩を抱いていた手で頭を撫で、辿り着いた車のロックを解除して乗り込めばシートベルトを掛ける前に詩月に袖を引かれる。
「ね、龍惺」
「どした?」
「耳貸して」
「?」
何か言いたい事でもあるのかと不思議に思いつつも、上体を傾けて耳を寄せれば詩月の腕が首に回され口付けられた。目を瞬いている間に離れたが、龍惺は目元を片手で覆うと満足げな詩月に被さるように顔を近付け唇を塞ぐ。
すぐに舌を差し込めばピクリと目蓋を震わせた詩月から絡めてきた。
「ん、ふぁ…ん…っ」
「…煽んなっつってんのに」
「…ん…だって、さっき出来なかったし」
「したかったんだ?」
「スーツ姿の龍惺、カッコいいから…」
「好きだよな、お前」
「ドキドキする」
とにかく詩月は「スーツ着てる龍惺カッコいい」と良く言ってくれるのだが、ここ最近ではもしかしてスーツフェチなのではと思い始めていた。
少し前、早苗が詩月のために仕立てたスーツを着た姿を見せて貰ったが、確かに普段と違う姿にドキッとしたものの、格好良いよりも可愛いの方が勝ってしまい危うくそのまま押し倒してしまうところだった。
自分の見目の良さは自覚しているが、果たして恥ずかしがり屋の詩月が大胆になるくらいの魅力があるとは思えないのだが。
「何なら、またスーツ着たままシてやろうか?」
「す、スーツ勿体ないからいいです」
「ンなもんいくらでも新調出来んだから、気にしなくていいんだよ」
以前スーツのままで致した時、ドロドロになったスーツは結局捨てる事になったためそれを気にしているようだ。スーツ一着くらい龍惺にとっては痛くも痒くもないのに。
シートに座り直し、シートベルトとエンジンをかけて車を発進させ目的地に向かう。プレゼントを見た詩月がどんな反応をするか楽しみだ。
高く聳え立つビルにはバレーパーキングサービスがあるが、左ハンドルなのと、なるべくなら他人に触らせたくない龍惺は自らの運転で駐車場に止めて降り、同じように車から降りた詩月の手を引いて中へと入る。
詩月をロビーのソファで待たせ、受付で名前を告げると「少々お待ち下さい」と言われてしまった。
仕方なく待っていると、顔馴染みの支配人である初老の男性がやって来て頭を下げる。
「お久し振りで御座います、玖珂社長。本日は当ホテルをご利用頂きまして誠に有難う御座います」
「お久し振りです。相変わらず雰囲気の良いホテルですね」
「当ホテルの自慢で御座いますから。シェフにもお伝えしておりますので、どうぞ心行くまでお楽しみ下さい。お料理はすぐにお運びしても宜しいですか?」
「有難う御座います。はい、お願い致します」
「畏まりました」
支配人の手ずから差し出されたカードキーを受け取り、詩月を迎えに行ってエレベーターホールへ向かう。
待たせている間、ロビーにいた男共の目が詩月を盗み見ていた事には気付いていた。何せ詩月は美人だから、本人にその気はなくても人目を引く。
だが残念ながら詩月は龍惺のものだし、龍惺しか見ていない。
優越感を抱きながらエレベーターに乗り込み最上階へ上がると、二部屋分しかない扉のうち離れている方の扉へ向かい解錠した。中に入れば以前泊まったスイートルームよりも広いリビングが出迎えてくれる。
パノラマウィンドウから望む景色は、街灯りが遠いものの代わりに星の瞬きが良く見え詩月は一目散にへばりついた。それに吐息だけで笑っていると、インターホンが鳴り食事が運ばれてくる。
客室係がワゴンに乗っていた料理をテーブルに並べ、頭を下げて去って行くのを見送り詩月を呼べば嬉しそうに駆け寄って来るのが堪らない。
「冷めない内に食うか」
「うん」
前髪を避けて額に口付けてから並んでテーブルにつき、目の前に並べられた豪華な料理に二人は舌鼓を打った。
久し振りにワインを口にしたからか、詩月はほんのり酔っているらしく頬が上気し普段以上にぽやぽやした顔をしている。
「詩月、まだ飲むのか?」
「んー…美味しい」
「そりゃお前の顔見たら分かる。ほら、まだ渡したいもんあんだから今はやめとけ」
「渡したいもの?」
「こっち」
不思議そうに首を傾げる詩月の手を引いて立ち上がらせ寝室へ向かうと、ベッドの上に例のプレゼントと小さめの箱が置いてあり、それを示すと今度は驚いた顔をする。
「バレンタインのお返し」
「……三倍返しどころじゃないよね」
「そうか? じゃ、まずこっちな」
「ありがとう」
驚きで酔いが覚めたのか、呆然とする詩月にまずは小さくて軽い箱を渡す。店名も何もない至ってシンプルなラッピングだが、これには秘密があった。
リボンを解き包装を剥がして蓋を開けた詩月は、中心に置かれた満月と、それを囲うように点在する五つの星の形をしたチョコを見るなり目を輝かせる。
色はチョコだが、月にはクレーターも表現されていて芸が細かい。
「月と星だ……どうしよう、勿体なくて食べられないよ」
「なら食わせてやろうか?」
「や、待って。明日ゆっくり食べてもいい?」
「はは、何だそれ。いいよ、お前の好きにしな」
「こういうのどこで見つけてくるの」
「秘密」
実はあさみの知り合いにパティシエがいて、この形で作って貰えるようお願いしたら快く引き受けてくれたのだ。可愛らしくラッピングまでしてくれて本当に有り難い。
スマホで写真まで撮ったあと蓋をした詩月に、今度は女性社員にラッピングして貰った例のプレゼントを差し出せば、何故か怖々と受け取るものだから思わず笑ってしまった。
「何でそんな恐る恐るなんだよ」
「だ、だって、龍惺の事だからブランド物にしたんじゃないかと思って…」
「お前が好みじゃないもんやってどうすんだ」
「あ、思ったより軽い」
先程と同じように丁寧に包装を解き現れた箱の蓋を取ると、箱の形を成していた壁が四方に広がり中のものが剥き出しになる。真四角のアクリル板で囲われた中には庭付きの二階建ての一軒家があり、庭に面した側は壁がなく小さな家具や家電が見えるように設置されていた。
本当に小人が住んでるかのようなリアルな作り込みには何度見ても感心する。詩月なんて、さっきから目を見開いて黙ったままだ。
「詩月、どうした?」
「……」
「詩月?」
まるで見入ったように反応しない詩月が心配になり顔を覗き込めば、少しだけ目が潤んでいる事に気付きギョッとした。もしかして気に入らなかったのだろうか。ミニチュアは好きなはずなのにどうして。
内心でグルグルとマイナスな事を考えていると、そっとドールハウスを置いた詩月が抱き着いて来た。
「……詩月?」
「龍惺はホントに凄いね」
「何が?」
「いろいろ。…すっごく嬉しい。ありがとう、龍惺」
「それ、オルゴール付いてんの気付いた?」
「うん。鳴らしてもいい?」
「当たり前だろ」
そんな事、聞かなくても好きにすればいいのにと苦笑し、ドールハウスを手にしてゼンマイ側を向けてやる。詩月の手がゆっくりとネジを巻き、心地良い音楽が流れ始めた。
「…これ、〝星に願いを〟?」
「そう。完全に偶然だけどな」
「……泣きそう」
「もう泣いてんだろ。つくづく縁があるよな、俺たち」
オルゴール特有の穏やかな調べを聴きながら小さく笑うと、今度は首に腕を回して来た詩月が口付けてきた。
「龍惺…大好き」
「俺も愛してる」
「…ね、僕がしてもいい?」
「ホワイトデーなのに?」
「したい。ダメ?」
ダメではないが、詩月にされているというだけで龍惺はすぐ達しそうになる。恋人にはいつも格好良いと思われたいため気恥ずかしいのだ。
だが、上目遣いでおねだりしてくる詩月に勝てる訳もなく、龍惺は苦笑して彼の髪を撫でた。
「いいよ。お前の好きにしろ」
「今日は最後までさせてね」
「分かった分かった」
いつも途中で切り上げられるのを相当不満に思っていたらしい詩月は、頷いた龍惺に「絶対だよ」と釘を刺してから下肢へと手を伸ばしてきた。
こうしてたまに大胆になる恋人に、龍惺はいつまでも翻弄されっぱなしだ。
その後、龍惺のを咥えている間に後ろを解していたのだが、我慢出来なくなった詩月が涙目で訴えて来たため、詩月の口内に出さずに済んだ龍惺はホッとしながら華奢な身体を組み敷いたのだった。
FIN.
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彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
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いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
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