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焦がれし星と忘れじの月【完】
花火よりも
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ただいま夏真っ盛り。外に出るだけでじんわりと汗が浮くこの時期に行われる一大イベントといえば、そう、夏祭りとそれに付随する花火大会である。
世間は夏休みとはいえ社会人には関係なく、社長である龍惺も暑い中毎日スーツを着こなし働きに出ていた。
日課であるステラの散歩をしていた詩月は街の掲示板に貼られた花火大会のお知らせポスターを見て足を止め、日にちを確認して首を傾げる。再来週の土曜日だが、龍惺のスケジュールはどうだっただろうか。
(一緒に行けたらいいんだけどな)
去年も一昨年も残念ながら仕事で、むしろ龍惺の方が落ち込んでいたから誘うのも申し訳なくて今年はどうしようかと考える。
でもきっと、誘わなければ「何で誘わなかった」って言われるかもしれないから、とりあえず聞くだけ聞いてみようとそのポスターをスマホのカメラに収めた詩月は、お行儀良く待ってくれていたステラの頭を撫で帰路へとついた。
だけどきっと、今年も仕事だろう。
「詩月。再来週の土曜日、花火大会行くぞ」
夕飯の下準備を終え帰宅した龍惺を出迎えると「おかえりなさい」を言う前にそう言われて詩月は目を瞬いた。鞄を受け取ろうとした体勢のまま固まっていると、上り框の段差でいつもより近い位置にある顔が近付き頬にキスされる。
「だから、明後日は浴衣買いに行こうな」
「……デート?」
「ああ。あんま一緒に出掛けらんねぇでごめんな」
「それは全然。でも本当に大丈夫? お仕事…」
「今年こそは行くって決めてたから、その日は空けて貰えるよう瀬尾にスケジュール調整して貰ったんだよ。特等席用意してっから、楽しみにしとけ」
もしかして、行けない事をずっと気にしてくれていたのだろうか。
玖珂コンツェルンが多方面に忙しい事は知っていたから、行ける確率の方が低くて当たり前なのだ。それなのに、仕事を調整してまで詩月の願いを叶えてくれるなんて、本当にどこまで優しい人なのだろう。
詩月は笑顔で頷くと、背伸びをして彼の首に腕を回し抱き着いた。
花火大会当日。
玖珂家が懇意にしているヘアサロンで着付けとヘアセットまでして貰った詩月は、一人掛けのソファに座り龍惺が終わるのを待っていた。
約束通り先週の日曜日には浴衣を買いに行き、色違いだが揃いの柄を選んだ。足元は歩きやすいようサンダルにして、財布を持って行こうとしたらいつかのように取り上げられたから詩月は何も持っていない。
露店は現金オンリーのはずだが、普段カード払いの龍惺は果たして持っているのか。それだけが不安だ。
時間を確認しようと顔を上げた詩月の後頭部でシャランと涼やかな音が鳴る。
本当なら着付けだけで終わりだったのに、暑いだろうからと髪をハーフアップにされ、そこにビーズで出来た花がいくつか連なった簪が通されていた。動くたびにシャラシャラと鳴るそれはオマケのようで、サロンのスタッフからの好意だ。
まぁ龍惺が用意していたなら間違いなくビーズではないだろうから、当たっても割れない素材の物を選んでくれたスタッフには感謝しかない。
それから少しして龍惺が戻って来たが、見た瞬間詩月は思わず固まった。
いつもは下ろしてある前髪がセンターで分けられ全体的に緩めにウェーブがかかっているし、背が高く程よく引き締まった体格の彼が浴衣を着て歩くだけで直視出来ないくらいカッコいい。
浴衣姿なんて温泉でも見てるのに、どうしてこういう時は違って見えるんだろう。
「詩月」
「………」
「詩月? どうした?」
「……カッコ良すぎてどうしようって思ってる…」
「何だそれ」
ふっと笑う表情もいつも通りなのに、ドキドキし過ぎて心臓が痛くなってきた。
小さく深呼吸していたら、不意に龍惺の手が伸びて頬に触れられる。
「お前もすげぇ可愛い。…あー、誰にも見せたくねぇな」
「絶対離れちゃダメだからね?」
「そりゃ俺のセリフだ」
こんなにカッコいい龍惺、一人にしたらすぐにナンパされてしまうと手を握ると、その手が離されて肩を抱き寄せられる。あっと思った時には額に薄い唇が触れていて、間近で微笑まれて顔が熱くなるのを感じた。
そんな詩月にクスリと笑った龍惺はスタッフに声をかけ支払いを済ませると、肩を抱いたまま一同に見送られながら店をあとにする。
外は日が落ち初めていて、昼時よりも幾分か風が涼しい。
「花火が上がる三十分前には移動してぇし、時間掛かりそうな食いもんは持って帰るか。欲しいもんあったら言えよ」
「うん」
サロンを出た時から周りの人に見られている気がしないでもないが、詩月はこくりと頷くと少しだけ龍惺の方へ身を寄せて歩き出した。
一体どこで花火を見るつもりなのだろうか。
祭り会場は言わずもがな人で溢れていて、頭一つ分飛び出ている龍惺はともかく詩月は人に埋もれてしまわないよう強く彼の腕を掴んでいた。
定番の焼きそばやたこ焼き、綿菓子、りんご飴と他にもたくさん出店されていたが、どこもそれなりに列が出来ていて買うのにも一苦労だ。絶対食べたい物だけ買う事にし、人にぶつからないよう歩いた。
少しずつしか進めないけど、龍惺と来れた事が嬉しくてずっとにこにこしていた気がする。
ちなみに人が多すぎて詩月が見えなかったのか、龍惺は何人もの女性に声をかけられてその都度煩わしそうに断っていた。執拗い相手には詩月がいる事をアピールし、後半に至ってはもう無視だ。
花火が上がる時間が近付くにつれ人も増え、少し早いけど移動しようと言われて龍惺に連れて来られた場所は、花火の打ち上げ場所である海辺からほど近い場所にあるホテルだった。
このホテルはつい先月完成したばかりで、詩月は知らなかったが龍惺がオーナーらしい。
最上階にあたるこの部屋は、入り口の扉を潜るとすぐに広いリビングがあり、右手に寝室に続く扉、左手にはこれまた広いキッチンがあって、洗面所と浴室、少し離れた場所にトイレに続く扉がある。
ホテルなのにキッチン? と思っていたら、龍惺がなんて事ないように教えてくれた。
「ここ、家だから。オーナー特権で、最上階は住宅仕様にして貰った。っつってもそんな頻繁には使わねぇし、まぁ別荘だとでも思えばいいんじゃね?」
空いた口が塞がらないとはこの事か。
ホテルの、それも最上階をこんな形にしてしまうなんてありなのだろうか。いや、ありだからこうなっているのだろうが、何故わざわざ購入したのかそれが疑問だ。
「詩月、そろそろ花火上がんぞ」
「あ、うん」
海に面した窓はパノラマになっていて、間に窓枠がないから外が見やすい。一脚の椅子を置いて腰を下ろした龍惺の膝の上に座り、スマホを準備して待っていたら口笛のような音がして数秒後、大きな音と共に夜空に花が咲いた。
「うわぁ…」
身体の芯まで響くような爆音と眩しいくらいの光が窓いっぱいに広がる。
こんなに間近で花火を見た事がない詩月は、写真を撮る気でいた事も忘れ次々と上がる花火に見入った。
びっくりするくらいここからは綺麗に見える。
「凄いね、龍惺。ここ特等席だよ。きっとどこよりも一番良く見えると思う」
「だから建てたんだよ」
「え?」
「人混みん中見る花火もいいけど、俺はお前と二人で見てぇからな。タイミング悪く仕事で行けねぇってなった時、ギリギリでも一緒に見られる場所があればいいのにって考えてたらちょうどホテル建設の話が出たんだよ。それが毎年花火が上がる場所に近いってんで、親父にちょっと我儘言った」
花火を見ていた視線が龍惺に釘付けになる。
その言い方だと、まるでその為に建てたような。
「この部屋なら詩月が一人でいても安全だし、俺が仕事でも終わる時間前に帰って来れりゃ少しでも一緒に見られる。でも、客室にしたら毎年取れるかは分かんねぇだろ? だから、住宅にした」
「龍惺…」
「来年も再来年もそれから先もずっと、ここで一緒に花火見ような」
まさか、そんな風に考えてくれていたなんて思わなかった。確かに一緒に行けなくて残念だなとは思っていたけど、仕事なのは仕方ないからと納得していたのに。
年に一度の花火大会の為に、建てたホテルに二人で花火を見る為だけに部屋を作るなんて有り得ない。
「何で泣いてんだよ」
「…嬉しくて…」
「ほんっと泣き虫だな、お前」
「龍惺のせいでしょ…もう、いっつもこうやって嬉しい気持ちにさせてくれるんだから…」
「お前が笑ってくれんなら何だってするよ」
地位も財力もある人がそんな事を言うと本当にしてしまいそうでシャレにならない。
どこまでも詩月主体で考えてくれる龍惺に胸がいっぱいになった詩月は、まだ上がっている花火に背を向けて彼の首に抱き着いた。
「ありがとう、龍惺」
「ん、どういたしまして」
「大好き」
「俺も好きだよ」
「……龍惺」
「ん?」
「ベッド行こう?」
自分よりも太い首筋に頬擦りしながら甘えた声でねだると、一瞬ピクッと反応した龍惺が静かな声で答える。
「…まだ花火上がってんぞ」
「来年も見れるんでしょ?」
「……正直、浴衣姿のお前にムラムラしてっから手加減出来ねぇかも」
「いいよ。龍惺の好きにして?」
「………あーもー! 後悔しても知らねぇからな」
来年も再来年もその先も一緒に見ようと言ったのは龍惺だ。今年の花火をもう見納めたとしても、一年経てばまた見られるのだから今は龍惺に触れて欲しかった。
整えられていた頭をガシガシと掻きそう言って詩月を抱いて立ち上がった龍惺は大股で寝室に向かうと、ベッドへと下ろして被さってきた。簪を抜き、髪を解いた詩月が腕を伸ばせばすぐに顔を寄せて来てくれる。
「いっぱい触って、龍惺」
「だから、そう煽るなっつの」
「ふふ」
自分の言葉やする事で余裕をなくす龍惺が可愛くて、笑いながら彼の頬や顎に口付けていたら腕が解かれシーツに縫い付けられた。
「覚悟しろよ、詩月」
腰にくるような低い声が囁きすぐに噛み付くようなキスをされる。
乱暴に舌が絡め取られるだけでも下肢が反応してすぐに身体が熱くなり、目を閉じた詩月は押さえ付けられた腕の代わりに片足を龍惺の腰へと巻き付けた。
もっともっと、熱くして欲しい。
外ではまだ花火が打ち上がり賑やかな声がしているが、互いの熱に夢中になっている二人には聞こえず、日付が変わるまでベッドの上で抱き合っていたのだった。
FIN.
世間は夏休みとはいえ社会人には関係なく、社長である龍惺も暑い中毎日スーツを着こなし働きに出ていた。
日課であるステラの散歩をしていた詩月は街の掲示板に貼られた花火大会のお知らせポスターを見て足を止め、日にちを確認して首を傾げる。再来週の土曜日だが、龍惺のスケジュールはどうだっただろうか。
(一緒に行けたらいいんだけどな)
去年も一昨年も残念ながら仕事で、むしろ龍惺の方が落ち込んでいたから誘うのも申し訳なくて今年はどうしようかと考える。
でもきっと、誘わなければ「何で誘わなかった」って言われるかもしれないから、とりあえず聞くだけ聞いてみようとそのポスターをスマホのカメラに収めた詩月は、お行儀良く待ってくれていたステラの頭を撫で帰路へとついた。
だけどきっと、今年も仕事だろう。
「詩月。再来週の土曜日、花火大会行くぞ」
夕飯の下準備を終え帰宅した龍惺を出迎えると「おかえりなさい」を言う前にそう言われて詩月は目を瞬いた。鞄を受け取ろうとした体勢のまま固まっていると、上り框の段差でいつもより近い位置にある顔が近付き頬にキスされる。
「だから、明後日は浴衣買いに行こうな」
「……デート?」
「ああ。あんま一緒に出掛けらんねぇでごめんな」
「それは全然。でも本当に大丈夫? お仕事…」
「今年こそは行くって決めてたから、その日は空けて貰えるよう瀬尾にスケジュール調整して貰ったんだよ。特等席用意してっから、楽しみにしとけ」
もしかして、行けない事をずっと気にしてくれていたのだろうか。
玖珂コンツェルンが多方面に忙しい事は知っていたから、行ける確率の方が低くて当たり前なのだ。それなのに、仕事を調整してまで詩月の願いを叶えてくれるなんて、本当にどこまで優しい人なのだろう。
詩月は笑顔で頷くと、背伸びをして彼の首に腕を回し抱き着いた。
花火大会当日。
玖珂家が懇意にしているヘアサロンで着付けとヘアセットまでして貰った詩月は、一人掛けのソファに座り龍惺が終わるのを待っていた。
約束通り先週の日曜日には浴衣を買いに行き、色違いだが揃いの柄を選んだ。足元は歩きやすいようサンダルにして、財布を持って行こうとしたらいつかのように取り上げられたから詩月は何も持っていない。
露店は現金オンリーのはずだが、普段カード払いの龍惺は果たして持っているのか。それだけが不安だ。
時間を確認しようと顔を上げた詩月の後頭部でシャランと涼やかな音が鳴る。
本当なら着付けだけで終わりだったのに、暑いだろうからと髪をハーフアップにされ、そこにビーズで出来た花がいくつか連なった簪が通されていた。動くたびにシャラシャラと鳴るそれはオマケのようで、サロンのスタッフからの好意だ。
まぁ龍惺が用意していたなら間違いなくビーズではないだろうから、当たっても割れない素材の物を選んでくれたスタッフには感謝しかない。
それから少しして龍惺が戻って来たが、見た瞬間詩月は思わず固まった。
いつもは下ろしてある前髪がセンターで分けられ全体的に緩めにウェーブがかかっているし、背が高く程よく引き締まった体格の彼が浴衣を着て歩くだけで直視出来ないくらいカッコいい。
浴衣姿なんて温泉でも見てるのに、どうしてこういう時は違って見えるんだろう。
「詩月」
「………」
「詩月? どうした?」
「……カッコ良すぎてどうしようって思ってる…」
「何だそれ」
ふっと笑う表情もいつも通りなのに、ドキドキし過ぎて心臓が痛くなってきた。
小さく深呼吸していたら、不意に龍惺の手が伸びて頬に触れられる。
「お前もすげぇ可愛い。…あー、誰にも見せたくねぇな」
「絶対離れちゃダメだからね?」
「そりゃ俺のセリフだ」
こんなにカッコいい龍惺、一人にしたらすぐにナンパされてしまうと手を握ると、その手が離されて肩を抱き寄せられる。あっと思った時には額に薄い唇が触れていて、間近で微笑まれて顔が熱くなるのを感じた。
そんな詩月にクスリと笑った龍惺はスタッフに声をかけ支払いを済ませると、肩を抱いたまま一同に見送られながら店をあとにする。
外は日が落ち初めていて、昼時よりも幾分か風が涼しい。
「花火が上がる三十分前には移動してぇし、時間掛かりそうな食いもんは持って帰るか。欲しいもんあったら言えよ」
「うん」
サロンを出た時から周りの人に見られている気がしないでもないが、詩月はこくりと頷くと少しだけ龍惺の方へ身を寄せて歩き出した。
一体どこで花火を見るつもりなのだろうか。
祭り会場は言わずもがな人で溢れていて、頭一つ分飛び出ている龍惺はともかく詩月は人に埋もれてしまわないよう強く彼の腕を掴んでいた。
定番の焼きそばやたこ焼き、綿菓子、りんご飴と他にもたくさん出店されていたが、どこもそれなりに列が出来ていて買うのにも一苦労だ。絶対食べたい物だけ買う事にし、人にぶつからないよう歩いた。
少しずつしか進めないけど、龍惺と来れた事が嬉しくてずっとにこにこしていた気がする。
ちなみに人が多すぎて詩月が見えなかったのか、龍惺は何人もの女性に声をかけられてその都度煩わしそうに断っていた。執拗い相手には詩月がいる事をアピールし、後半に至ってはもう無視だ。
花火が上がる時間が近付くにつれ人も増え、少し早いけど移動しようと言われて龍惺に連れて来られた場所は、花火の打ち上げ場所である海辺からほど近い場所にあるホテルだった。
このホテルはつい先月完成したばかりで、詩月は知らなかったが龍惺がオーナーらしい。
最上階にあたるこの部屋は、入り口の扉を潜るとすぐに広いリビングがあり、右手に寝室に続く扉、左手にはこれまた広いキッチンがあって、洗面所と浴室、少し離れた場所にトイレに続く扉がある。
ホテルなのにキッチン? と思っていたら、龍惺がなんて事ないように教えてくれた。
「ここ、家だから。オーナー特権で、最上階は住宅仕様にして貰った。っつってもそんな頻繁には使わねぇし、まぁ別荘だとでも思えばいいんじゃね?」
空いた口が塞がらないとはこの事か。
ホテルの、それも最上階をこんな形にしてしまうなんてありなのだろうか。いや、ありだからこうなっているのだろうが、何故わざわざ購入したのかそれが疑問だ。
「詩月、そろそろ花火上がんぞ」
「あ、うん」
海に面した窓はパノラマになっていて、間に窓枠がないから外が見やすい。一脚の椅子を置いて腰を下ろした龍惺の膝の上に座り、スマホを準備して待っていたら口笛のような音がして数秒後、大きな音と共に夜空に花が咲いた。
「うわぁ…」
身体の芯まで響くような爆音と眩しいくらいの光が窓いっぱいに広がる。
こんなに間近で花火を見た事がない詩月は、写真を撮る気でいた事も忘れ次々と上がる花火に見入った。
びっくりするくらいここからは綺麗に見える。
「凄いね、龍惺。ここ特等席だよ。きっとどこよりも一番良く見えると思う」
「だから建てたんだよ」
「え?」
「人混みん中見る花火もいいけど、俺はお前と二人で見てぇからな。タイミング悪く仕事で行けねぇってなった時、ギリギリでも一緒に見られる場所があればいいのにって考えてたらちょうどホテル建設の話が出たんだよ。それが毎年花火が上がる場所に近いってんで、親父にちょっと我儘言った」
花火を見ていた視線が龍惺に釘付けになる。
その言い方だと、まるでその為に建てたような。
「この部屋なら詩月が一人でいても安全だし、俺が仕事でも終わる時間前に帰って来れりゃ少しでも一緒に見られる。でも、客室にしたら毎年取れるかは分かんねぇだろ? だから、住宅にした」
「龍惺…」
「来年も再来年もそれから先もずっと、ここで一緒に花火見ような」
まさか、そんな風に考えてくれていたなんて思わなかった。確かに一緒に行けなくて残念だなとは思っていたけど、仕事なのは仕方ないからと納得していたのに。
年に一度の花火大会の為に、建てたホテルに二人で花火を見る為だけに部屋を作るなんて有り得ない。
「何で泣いてんだよ」
「…嬉しくて…」
「ほんっと泣き虫だな、お前」
「龍惺のせいでしょ…もう、いっつもこうやって嬉しい気持ちにさせてくれるんだから…」
「お前が笑ってくれんなら何だってするよ」
地位も財力もある人がそんな事を言うと本当にしてしまいそうでシャレにならない。
どこまでも詩月主体で考えてくれる龍惺に胸がいっぱいになった詩月は、まだ上がっている花火に背を向けて彼の首に抱き着いた。
「ありがとう、龍惺」
「ん、どういたしまして」
「大好き」
「俺も好きだよ」
「……龍惺」
「ん?」
「ベッド行こう?」
自分よりも太い首筋に頬擦りしながら甘えた声でねだると、一瞬ピクッと反応した龍惺が静かな声で答える。
「…まだ花火上がってんぞ」
「来年も見れるんでしょ?」
「……正直、浴衣姿のお前にムラムラしてっから手加減出来ねぇかも」
「いいよ。龍惺の好きにして?」
「………あーもー! 後悔しても知らねぇからな」
来年も再来年もその先も一緒に見ようと言ったのは龍惺だ。今年の花火をもう見納めたとしても、一年経てばまた見られるのだから今は龍惺に触れて欲しかった。
整えられていた頭をガシガシと掻きそう言って詩月を抱いて立ち上がった龍惺は大股で寝室に向かうと、ベッドへと下ろして被さってきた。簪を抜き、髪を解いた詩月が腕を伸ばせばすぐに顔を寄せて来てくれる。
「いっぱい触って、龍惺」
「だから、そう煽るなっつの」
「ふふ」
自分の言葉やする事で余裕をなくす龍惺が可愛くて、笑いながら彼の頬や顎に口付けていたら腕が解かれシーツに縫い付けられた。
「覚悟しろよ、詩月」
腰にくるような低い声が囁きすぐに噛み付くようなキスをされる。
乱暴に舌が絡め取られるだけでも下肢が反応してすぐに身体が熱くなり、目を閉じた詩月は押さえ付けられた腕の代わりに片足を龍惺の腰へと巻き付けた。
もっともっと、熱くして欲しい。
外ではまだ花火が打ち上がり賑やかな声がしているが、互いの熱に夢中になっている二人には聞こえず、日付が変わるまでベッドの上で抱き合っていたのだった。
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