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番外編
ヤキモチ妬きと甘えん坊
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つい最近、疑惑が確証に変わった出来事がある。
凌河の元セフレである葛西茉白は、彼が愛してやまない可愛い恋人である七瀬をそういう意味で好きなのではないかと。
凌河が尊敬している先輩、楓が経営するBAR『黒猫』では、茉白と七瀬による中間テストに向けての勉強会が開かれていた。
何故ここなのかと問われればただ単に、茉白を凌河と七瀬の家に上げたくなかっただけで、勉強が出来る環境さえあればどこでも良かったのだ。
だが七瀬と茉白を二人だけにはしたくなかった凌河は楓の許可を得てここに来たのだが、目の前の光景に今まさにモヤモヤしていた。
友達との付き合いも大事だという事も、勉強会が交流の一つである事も理解はしている凌河だが、内心では嫉妬心メラメラである。これだから茉白にも遥にも嫉妬深いと言われるのだ。優しい七瀬は許してくれているけれど、交友関係くらいは寛容にならなければと思っている。慣れるかどうかは別として。
七瀬のヤキモチは可愛さしかないのに、どうして自分のはこんなにも醜いのだろうか。
(それにしたって茉白の奴、七瀬に近すぎない?)
再び嫉妬心が湧き上がってくる。
凌河からは向かい合う七瀬と茉白の横顔しか見えないが、その顔の距離が近い気がするのだ。額がぶつかりそう。
「凌河さん、顔がだんだん怖くなってますよ」
「……ありがと」
どうやら顔に出ていたらしく、困った顔で笑う棗に小さな声で指摘されてしまった。眉間を親指と人差し指で揉んで解す。
本人は気付いていないが、茉白の目は七瀬への好意をすこしも隠していない。鈍感な七瀬にそれを察する事は出来ないだろうが、自分の恋人へ熱い眼差しを向けられるのは正直嫌だ。今すぐにでも引き剥がしてこの腕の中に収めたい。
「棗」
「はい?」
「茉白ってネコじゃないの?」
「え? いやぁ…ああいう外見でもバリタチって子いますから。あー、でも、あいつはもしかしたらリバなのかも?」
「マジで? 俺、七瀬には一生俺のネコでいて欲しい」
「というより、天ちゃんは凌河さんしか知らないからネコも何も…」
「二人共何の話をしているの?」
ボソボソと小声で話していると、いつの間にか七瀬が近くまで来ていて驚いた。
「七瀬」
「勉強はもういいんすか?」
「今は休憩中。…お店の中にネコがいるの?」
どうやら一部だけ聞こえていたらしい七瀬が周りをキョロキョロし始める。恐らくは、ここが飲食店のため毛でも落ちたら大変だろうという気遣いからなのだろうが、残念ながら〝猫〟はいない。
「七瀬、おいで」
店の奥まで探しに行こうとする七瀬を手招きし膝の上で向かい合わせに座らせる。頬を撫でると首を傾げられた。
「ネコ、本当にいるの?」
「うん、いるよ。すっごく可愛いネコが」
「え、俺も見たい」
「俺だけのネコだからなぁ」
「? どこにいるの?」
「俺の目の前にいるよ?」
これだけ言っても理解出来ない七瀬に棗は笑いを堪え、茉白は頬杖をついて苦笑している。
凌河はサラリと髪を撫でて耳元に唇を寄せると、七瀬にだけ聞こえるよう囁いた。
「毎晩俺の腕の中で可愛く鳴いてくれる、目の前にいる大切な子が俺のネコ」
「…………!? あ、え、俺?」
「受ける側の事、ネコって言うんだよ」
「そ、そうだったんだ……」
一瞬の間の後、音がしそうなほどの勢いで真っ赤になった七瀬は、知らなかった事の恥ずかしさと、先ほどの会話が自分だけズレていた事の恥ずかしさで思わず俯く。
顔が熱くて堪らない。
「あんまり七ちゃんいじめないでよ、凌河くん」
「俺が七瀬をいじめる訳ないでしょ」
全くもって心外だ。凌河は俯いたままの七瀬の頬に両手を添えて少しだけ顔を上げさせる。耳まで真っ赤になって大層可愛らしい。
そのまま近付いて口付けようとするとパッと顔を押さえられた。
「だ、ダメ…!」
何故止められたのかは分かっている。分かってはいるが、赤い顔で少しだけ涙目になっている可愛い七瀬に欲情してしまうのは仕方がないだろう。
凌河はふ、と笑い熱を持つ頬を撫でると、膝から下ろして背中を押す。
「ほら、勉強会の続きしておいで」
「……あの、凌河さん」
「ん?」
「……後で、ね?」
押されて一歩前に出た七瀬は振り向き、座ったままの凌河を見下ろして黙り込む事数秒、小さな声でそう言ってふわりと微笑んだ。それから逃げるように茉白がいるテーブルに駆けて行く背中を固まったまま見送った凌河は、止めていた息を吐き切るように口から出して項垂れる。
参った、今度はこっちが赤面してしまった。
可愛い可愛い恋人は凌河の事を良く理解してくれている。さっきの言葉だって、ヤキモチ妬きの凌河のために恥ずかしいのを我慢して言ってくれたのだろう。
「やっぱ七瀬には敵わないや」
惚れた弱みではないけれど、たぶん一生七瀬には頭が上がらないだろうなと凌河は思うのだった。
茉白との勉強会が功を奏したのか、はたまた凌河とのお家勉強のおかげか、七瀬は無事全教科平均点以上を取る事が出来た。
まだ後に期末テストが残っているが、とりあえずは緊張感から解放されて朝からご機嫌である。
テスト期間中、七瀬は一つだけ我慢していた事があった。
他の人にしてみれば大した事ではないが、七瀬にとっては精神的にも肉体的にも大事な事である。
だから今日は決めた。思う存分、凌河に甘えると。
七瀬を甘やかすのが好きな凌河は、七瀬から甘えると殊更に嬉しそうな顔をする。ただそうなると、腕の中から離してもらえなくなるためあまりしないようにしていたのだ。
だが今日だけはその腕の中にいたい。
学校から帰宅した七瀬はとりあえずはいつもしている家事を終わらせる事にした。夕飯は、凌河が退社した時に買ってきてくれる事になっている。テストお疲れ様という労いらしい。
夜になり、帰ってきた凌河が手にしていたのは懐石弁当だった。それも有名店の。行った事はないが、老舗の高級料亭でそれこそお偉いさん方御用達のお店だ。
(い、いいのかな、こんな豪華なお弁当…)
凌河と暮らし始めてしばらく経つが、今だにこの金銭感覚には慣れない。おまけに彼は七瀬への投資を惜しまないし、昨日だって七瀬が好きそうだからと有名洋菓子店で一番高いものを買ってきた。
すごく美味しかったけど。
「七瀬」
「あ、凌河さん。……また髪濡れたまま」
「拭いて」
「子供みたい」
身体だけ大きな子供が拭きやすいように頭を下げる。小さく笑って肩に掛けられていたタオルである程度拭くとその手を止められて口付けられた。
「今日は俺が用意するから、七瀬は座ってていいよ」
「え、でも」
「いいからいいから」
半ば無理矢理にソファに座らされ七瀬は苦笑する。本人がそう言うのなら任せるべきだろう。
テーブルに先程の懐石弁当と飲み物が置かれた。花の形をしたお弁当箱には細い紐が括り付けられ、結び目に季節の花が添えられている。紐を解いて花を抜き、ドキドキしながら蓋を開けた七瀬は感嘆の声を漏らした。
「わぁ……綺麗。食べるの勿体ないくらい」
「ね。職人技だよね」
「俺もこんな風に作れたらなぁ」
「七瀬の料理はいつも美味しいよ」
「ありがとう。でも綺麗なお料理って憧れる」
盛り付けとか彩りとかもそうだが、それだけではこんなにキラキラした弁当は出来ない。出来る事なら作ってみたいものだ。
「……凌河さん」
「何、七瀬」
「あの…今日は、その……凌河さんの膝の上で食べても…いい?」
「え?」
「あ、えっと、食べにくかったら全然…気にしないで」
聞き取れなかったのか、それとも驚いたからか、キョトンとする凌河にもう一度同じ事は言えず慌てて取り繕う。だが、にこりと笑った凌河が少しだけ下がり、腕を開いてくれた事で了承を貰えたのだと気付いた七瀬はパッと顔を明るくし、胡座を掻く足の間に入り込んだ。
「何かあった?」
「え? …あ、ううん。そうじゃなくて……」
凌河の手が箸を割り玉子焼きを挟む。それを口元に寄せられ目を瞬きながらも口を開けるとヒョイっと入れられた。
お出汁のきいた優しい味の玉子焼きだ。
「テスト疲れた?」
「疲れたけど、今までで一番点数が良かったから…嬉しい」
「七瀬頑張ってたもんね」
「凌河さんと茉白のおかげだよ」
二人の教え方は本当に分かりやすく、問題に躓いてもすぐにアドバイスしてくれた。答えではなくヒントを教えてもらえた事で身にもなったし。
そんな風に話している間も、凌河は食べさせる手を止めない。
柔らかな肉が口に入ったところで七瀬は首を振った。
「お腹いっぱい?」
「……凌河さんも食べて」
「七瀬がご馳走様したら食べるよ。……甘えたいんでしょ?」
「え…」
「俺が帰って来てからずっとソワソワしてたね。相談とかそういうのかと思ったけど違うみたいだし、だったらそっちかなって」
ソワソワしているつもりはなかったが、甘えたい気持ちを気付かれていたのなら恥ずかしい。
七瀬は照れ臭くなり凌河の胸元へ顔を埋める。
「いいよ。今日は七瀬がして欲しい事をしてあげる。…どうして欲しい?」
「……抱き締めて欲しい…です…」
「うん」
箸を置いた凌河の長い腕が身体を包むようにしっかりと抱き締めてくれる。七瀬も広い背中に腕を回し息を吐いた。
「次は?」
「えっと……キス、して欲しい…」
顎に指が触れ上向かされた先には優しく微笑む凌河がいて七瀬はドキッとした。少しだけ傾いた顔が近付き目を閉じると、薄い唇が触れ甘い痺れが背中に走る。数回啄んでから離れた凌河の目に情欲が孕んでいるのが見え、七瀬は息を飲んだ。
「……七瀬」
少しだけ掠れた声が意味を持って名前を呼ぶ。
まだ凌河が食事に手を付けていない事を気にして応えられずにいた七瀬は、しかし再び降ってきた口付けに観念する他なかった。
「好きだよ、七瀬」
「俺も大好き」
この腕の中にいられるなら何だって構わない。
七瀬はいつも以上に甘く優しく与えられる快感に胸が満ち足りるのを感じた。
FIN
凌河の元セフレである葛西茉白は、彼が愛してやまない可愛い恋人である七瀬をそういう意味で好きなのではないかと。
凌河が尊敬している先輩、楓が経営するBAR『黒猫』では、茉白と七瀬による中間テストに向けての勉強会が開かれていた。
何故ここなのかと問われればただ単に、茉白を凌河と七瀬の家に上げたくなかっただけで、勉強が出来る環境さえあればどこでも良かったのだ。
だが七瀬と茉白を二人だけにはしたくなかった凌河は楓の許可を得てここに来たのだが、目の前の光景に今まさにモヤモヤしていた。
友達との付き合いも大事だという事も、勉強会が交流の一つである事も理解はしている凌河だが、内心では嫉妬心メラメラである。これだから茉白にも遥にも嫉妬深いと言われるのだ。優しい七瀬は許してくれているけれど、交友関係くらいは寛容にならなければと思っている。慣れるかどうかは別として。
七瀬のヤキモチは可愛さしかないのに、どうして自分のはこんなにも醜いのだろうか。
(それにしたって茉白の奴、七瀬に近すぎない?)
再び嫉妬心が湧き上がってくる。
凌河からは向かい合う七瀬と茉白の横顔しか見えないが、その顔の距離が近い気がするのだ。額がぶつかりそう。
「凌河さん、顔がだんだん怖くなってますよ」
「……ありがと」
どうやら顔に出ていたらしく、困った顔で笑う棗に小さな声で指摘されてしまった。眉間を親指と人差し指で揉んで解す。
本人は気付いていないが、茉白の目は七瀬への好意をすこしも隠していない。鈍感な七瀬にそれを察する事は出来ないだろうが、自分の恋人へ熱い眼差しを向けられるのは正直嫌だ。今すぐにでも引き剥がしてこの腕の中に収めたい。
「棗」
「はい?」
「茉白ってネコじゃないの?」
「え? いやぁ…ああいう外見でもバリタチって子いますから。あー、でも、あいつはもしかしたらリバなのかも?」
「マジで? 俺、七瀬には一生俺のネコでいて欲しい」
「というより、天ちゃんは凌河さんしか知らないからネコも何も…」
「二人共何の話をしているの?」
ボソボソと小声で話していると、いつの間にか七瀬が近くまで来ていて驚いた。
「七瀬」
「勉強はもういいんすか?」
「今は休憩中。…お店の中にネコがいるの?」
どうやら一部だけ聞こえていたらしい七瀬が周りをキョロキョロし始める。恐らくは、ここが飲食店のため毛でも落ちたら大変だろうという気遣いからなのだろうが、残念ながら〝猫〟はいない。
「七瀬、おいで」
店の奥まで探しに行こうとする七瀬を手招きし膝の上で向かい合わせに座らせる。頬を撫でると首を傾げられた。
「ネコ、本当にいるの?」
「うん、いるよ。すっごく可愛いネコが」
「え、俺も見たい」
「俺だけのネコだからなぁ」
「? どこにいるの?」
「俺の目の前にいるよ?」
これだけ言っても理解出来ない七瀬に棗は笑いを堪え、茉白は頬杖をついて苦笑している。
凌河はサラリと髪を撫でて耳元に唇を寄せると、七瀬にだけ聞こえるよう囁いた。
「毎晩俺の腕の中で可愛く鳴いてくれる、目の前にいる大切な子が俺のネコ」
「…………!? あ、え、俺?」
「受ける側の事、ネコって言うんだよ」
「そ、そうだったんだ……」
一瞬の間の後、音がしそうなほどの勢いで真っ赤になった七瀬は、知らなかった事の恥ずかしさと、先ほどの会話が自分だけズレていた事の恥ずかしさで思わず俯く。
顔が熱くて堪らない。
「あんまり七ちゃんいじめないでよ、凌河くん」
「俺が七瀬をいじめる訳ないでしょ」
全くもって心外だ。凌河は俯いたままの七瀬の頬に両手を添えて少しだけ顔を上げさせる。耳まで真っ赤になって大層可愛らしい。
そのまま近付いて口付けようとするとパッと顔を押さえられた。
「だ、ダメ…!」
何故止められたのかは分かっている。分かってはいるが、赤い顔で少しだけ涙目になっている可愛い七瀬に欲情してしまうのは仕方がないだろう。
凌河はふ、と笑い熱を持つ頬を撫でると、膝から下ろして背中を押す。
「ほら、勉強会の続きしておいで」
「……あの、凌河さん」
「ん?」
「……後で、ね?」
押されて一歩前に出た七瀬は振り向き、座ったままの凌河を見下ろして黙り込む事数秒、小さな声でそう言ってふわりと微笑んだ。それから逃げるように茉白がいるテーブルに駆けて行く背中を固まったまま見送った凌河は、止めていた息を吐き切るように口から出して項垂れる。
参った、今度はこっちが赤面してしまった。
可愛い可愛い恋人は凌河の事を良く理解してくれている。さっきの言葉だって、ヤキモチ妬きの凌河のために恥ずかしいのを我慢して言ってくれたのだろう。
「やっぱ七瀬には敵わないや」
惚れた弱みではないけれど、たぶん一生七瀬には頭が上がらないだろうなと凌河は思うのだった。
茉白との勉強会が功を奏したのか、はたまた凌河とのお家勉強のおかげか、七瀬は無事全教科平均点以上を取る事が出来た。
まだ後に期末テストが残っているが、とりあえずは緊張感から解放されて朝からご機嫌である。
テスト期間中、七瀬は一つだけ我慢していた事があった。
他の人にしてみれば大した事ではないが、七瀬にとっては精神的にも肉体的にも大事な事である。
だから今日は決めた。思う存分、凌河に甘えると。
七瀬を甘やかすのが好きな凌河は、七瀬から甘えると殊更に嬉しそうな顔をする。ただそうなると、腕の中から離してもらえなくなるためあまりしないようにしていたのだ。
だが今日だけはその腕の中にいたい。
学校から帰宅した七瀬はとりあえずはいつもしている家事を終わらせる事にした。夕飯は、凌河が退社した時に買ってきてくれる事になっている。テストお疲れ様という労いらしい。
夜になり、帰ってきた凌河が手にしていたのは懐石弁当だった。それも有名店の。行った事はないが、老舗の高級料亭でそれこそお偉いさん方御用達のお店だ。
(い、いいのかな、こんな豪華なお弁当…)
凌河と暮らし始めてしばらく経つが、今だにこの金銭感覚には慣れない。おまけに彼は七瀬への投資を惜しまないし、昨日だって七瀬が好きそうだからと有名洋菓子店で一番高いものを買ってきた。
すごく美味しかったけど。
「七瀬」
「あ、凌河さん。……また髪濡れたまま」
「拭いて」
「子供みたい」
身体だけ大きな子供が拭きやすいように頭を下げる。小さく笑って肩に掛けられていたタオルである程度拭くとその手を止められて口付けられた。
「今日は俺が用意するから、七瀬は座ってていいよ」
「え、でも」
「いいからいいから」
半ば無理矢理にソファに座らされ七瀬は苦笑する。本人がそう言うのなら任せるべきだろう。
テーブルに先程の懐石弁当と飲み物が置かれた。花の形をしたお弁当箱には細い紐が括り付けられ、結び目に季節の花が添えられている。紐を解いて花を抜き、ドキドキしながら蓋を開けた七瀬は感嘆の声を漏らした。
「わぁ……綺麗。食べるの勿体ないくらい」
「ね。職人技だよね」
「俺もこんな風に作れたらなぁ」
「七瀬の料理はいつも美味しいよ」
「ありがとう。でも綺麗なお料理って憧れる」
盛り付けとか彩りとかもそうだが、それだけではこんなにキラキラした弁当は出来ない。出来る事なら作ってみたいものだ。
「……凌河さん」
「何、七瀬」
「あの…今日は、その……凌河さんの膝の上で食べても…いい?」
「え?」
「あ、えっと、食べにくかったら全然…気にしないで」
聞き取れなかったのか、それとも驚いたからか、キョトンとする凌河にもう一度同じ事は言えず慌てて取り繕う。だが、にこりと笑った凌河が少しだけ下がり、腕を開いてくれた事で了承を貰えたのだと気付いた七瀬はパッと顔を明るくし、胡座を掻く足の間に入り込んだ。
「何かあった?」
「え? …あ、ううん。そうじゃなくて……」
凌河の手が箸を割り玉子焼きを挟む。それを口元に寄せられ目を瞬きながらも口を開けるとヒョイっと入れられた。
お出汁のきいた優しい味の玉子焼きだ。
「テスト疲れた?」
「疲れたけど、今までで一番点数が良かったから…嬉しい」
「七瀬頑張ってたもんね」
「凌河さんと茉白のおかげだよ」
二人の教え方は本当に分かりやすく、問題に躓いてもすぐにアドバイスしてくれた。答えではなくヒントを教えてもらえた事で身にもなったし。
そんな風に話している間も、凌河は食べさせる手を止めない。
柔らかな肉が口に入ったところで七瀬は首を振った。
「お腹いっぱい?」
「……凌河さんも食べて」
「七瀬がご馳走様したら食べるよ。……甘えたいんでしょ?」
「え…」
「俺が帰って来てからずっとソワソワしてたね。相談とかそういうのかと思ったけど違うみたいだし、だったらそっちかなって」
ソワソワしているつもりはなかったが、甘えたい気持ちを気付かれていたのなら恥ずかしい。
七瀬は照れ臭くなり凌河の胸元へ顔を埋める。
「いいよ。今日は七瀬がして欲しい事をしてあげる。…どうして欲しい?」
「……抱き締めて欲しい…です…」
「うん」
箸を置いた凌河の長い腕が身体を包むようにしっかりと抱き締めてくれる。七瀬も広い背中に腕を回し息を吐いた。
「次は?」
「えっと……キス、して欲しい…」
顎に指が触れ上向かされた先には優しく微笑む凌河がいて七瀬はドキッとした。少しだけ傾いた顔が近付き目を閉じると、薄い唇が触れ甘い痺れが背中に走る。数回啄んでから離れた凌河の目に情欲が孕んでいるのが見え、七瀬は息を飲んだ。
「……七瀬」
少しだけ掠れた声が意味を持って名前を呼ぶ。
まだ凌河が食事に手を付けていない事を気にして応えられずにいた七瀬は、しかし再び降ってきた口付けに観念する他なかった。
「好きだよ、七瀬」
「俺も大好き」
この腕の中にいられるなら何だって構わない。
七瀬はいつも以上に甘く優しく与えられる快感に胸が満ち足りるのを感じた。
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