隠した想いのその先に

ミヅハ

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お誘い

 学校がある日は土曜日を入れて週五日、俺は本屋でバイトをしている。接客は得意ではないけど、ショッピングモールにあるような大きな書店じゃないから割とのんびり働かせて貰ってた。
 さすがに前髪は上げるか分けるかしなきゃいけなくて、勤務中は軽く分けてヘアピンで留めてる。店長にはそっちの方がいいよなんて言われてるけど、顔がはっきり見えるのだけはどうしても嫌でなあなあで流してた。
 俺が通う高校には兄さんを知る人はいなくても、それより上の人たちはもしかしたら兄弟って事も知ってるかもしれないし。
 何がどう兄さんの耳に入るか分からないから、用心に越した事はないだろう。

「千晃くん、ちょっといいかい?」
「あ、はい」

 カウンターで在庫確認をしていたら店長に呼ばれ、俺はバックヤードに移動する。お客さんが来てもここから見えるし、呼び出しインターホンも置いてるから大丈夫だろう。
 今年四十二になるらしい店長は子供が二人いる優しいお父さんだ。俺にも親切にしてくれて、暇な時は好きな事してていいよって言ってくれる。
 この人が父さんだったらなんて、淡い妄想を何度した事か。

「千晃くん、来週も平日入ってくれてありがとうね。でもね、ちょっと僕の方がお店を開けられそうになくて⋯申し訳ないんだけど、来週いっぱいはお休みになるんだけど大丈夫かな」
「あ、はい。大丈夫です。その間に課題終わらせます」
「ごめんね。いつもたくさん入ってくれるから助かってるよ、ありがとう」
「いえ、俺の方こそ良くして頂いてるので」

 休みになるのは残念だけど、店長に用事があるなら仕方ない。
 課題はもう半分も残ってないし、せっかくだから全部終わらせて夏休み明けの中間に向けて勉強しよう。そう決めた俺は店長に頭を下げてカウンターに戻り、途中だった仕事を再開した。
 どのみち俺には、それくらいしか出来る事ないんだから。



「あ、おかえりー、千晃」

 バイトを終え家に帰ると、ボストンバッグを下げた兄さんが玄関に立ってた。
 大体予想はつくけど⋯そっか、今年は今日出発するんだ。

「千紘、忘れ物はない?」
「うん、大丈夫」
「足りなければ現地で買えばいい。ほら、飛行機の時間に間に合わなくなるから出るぞ」
「タクシーもちょうど大通りに着いたそうよ」

 一体何泊するのか分からないけど、ガラガラとスーツケースを引いた父さんと母さんは俺には目もくれず玄関から出て大通りへと向かう。兄さんもあとに続こうとして、ふとこっちを振り返った。

「行ってくるね、千晃」
「行ってらっしゃい」
「お土産買ってくるから」
「⋯⋯いらない」

 家族旅行のはずなのに取り残される俺がそんな物を貰ったって虚しいだけだ。
 緩く首を振り拒否すると、兄さんは少し黙り込んだあと「分かった」って言って踵を返す。俺もそのまま部屋に行こうかと思ったんだけど、玄関のノブに手を掛けた兄さんを見た時思わず声をかけてた。

「⋯⋯⋯兄さん」
「なぁに?」
「みんな無事に帰って来てくれたら⋯⋯それだけでいい⋯」
「うん。じゃあ行ってきます」
「⋯⋯」

 飛行機って言ってたし、たぶん海外に行くんだろうからそう言えば兄さんはにこっと笑って俺の頭を撫で、今度こそ扉を開けて出て行った。
 どんなに冷たくされたって俺の両親だし兄さんだ。いなくなって欲しくはない。
 息を吐き、俺は静まり返った家の中を眺めてから靴を脱いで部屋へと上がり、カバンを適当に落としてエアコンをつけた。
 蒸し風呂のようだった室内が少しずつ冷えていく。

「今日のご飯、どうしようかな⋯」

 どうせ冷蔵庫には何もない。食パンとかレトルトはあるかもしれないけど、自分の為に用意するのは本当に面倒臭いんだよな。
 料理が出来ないってのもあるとは思う⋯でもたぶん、ここまで食べる気が湧かないのは食にそこまで頓着してないからだろうな。俺にとっての食事って、生きる為だけのものだし。
 あ、でも戸崎のお母さんの料理は本当に美味しかった。あれなら毎日食べたいかも。
 ⋯⋯ヤバい、思い出したらお腹空いてきた。

「ん?」

 口の中がお母さんの料理の味になってきてこりゃいかんと思ってたら、カバンの中からブブッて振動音が聞こえてきた。マナーモード中のスマホだと気付いて取り出すと、トークアプリの通知が来ていて何の気なしにタップする。
 差出人は戸崎で、『今何してるの?』って当たり障りないメッセージだった。
 何してるって聞かれても、バイト帰りでただ部屋で突っ立ってるだけだけど⋯とりあえず特に何もって返しとくか。

「うわ!」

 送ってすぐトーク画面が着信画面に変わり、驚いた俺の手からスマホが滑り落ちる。
 結構な音がして床と激突したスマホを溜め息を零しながら拾い、通話ボタンを押すと元気な声が聞こえてきた。

『千晃、元気?』
「元気元気。何か用事か?」
『え? 千晃何してるかなって思っただけ』
「⋯⋯切るぞ」

 電話まで掛けてくるから急用かと思ってたのに、ただの暇潰しなら話す事はない。
 耳からスマホを離し切ろうとしたら、スピーカーの向こうから慌てたような声が聞こえてきた。

『待って待って! ちゃんと用事ある!』
「⋯何?」
『来週の土曜日って空いてる? 花火大会行かない?』
「花火大会?」
『そう。こっちの河川敷でやるみたいなんだ』

 そうか、そんな時期か。そういえばバイト先にもポスター貼ってあった気がする。
 花火大会も行った事ないから行きたくはあるけど⋯絶対他の人からも誘われてるよな、こいつ。という事はそいつらも花火大会に行く訳で、目立つ戸崎といれば鉢合う可能性も上がるって訳だ⋯⋯どうしよう。
 俺は何言われてもいいけど、そいつらの誘いを断って俺なんかと一緒に行くなんてって戸崎が責められないか心配だ。

『行きたくない?』
「⋯⋯行きたい気持ちはある」
『じゃあ行こうよ』
「⋯⋯⋯う、ん⋯」

 ただ、戸崎と行けるなら俺だって行きたい。色んな意味で思い出にもなるし、もしかしたら来年には戸崎に彼女が出来てるかもしれないし。
 いざという時は俺が誘ってたからだって言えばいいよな。

「よし、行こう」
『じゃあ駅で待ち合わせでいい? そっちまで迎えに行こうか?』
「駅でいいよ。時間はまた教えて」
『分かった。じゃあ来週の土曜日に』
「あいよ」

 通話を終え、ずっと立ったままだった事に気付いてベッドに腰を下ろした俺は、窓の外を見上げて息を吐いた。
 さっきまで沈んでたけど、戸崎のおかげでちょっと⋯いや、かなり浮上した気がする。
 てっとり早く用事を済ませる為とはいえ、声が聞けて嬉しかったし。

「花火大会か⋯」

 プールの時、戸崎は楽しそうにはしてくれたもののもしかしたら微妙だったかもしれないし、出来れば挽回出来るといいんだけど⋯。
 意味はないかもしれないけど、花火大会の楽しみ方を調べてみるか。
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