隠した想いのその先に

ミヅハ

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幸せに(啓介視点)

 初めて触れた千晃の唇は柔らかくて、本当はずっとキスしていたいって思った。
 でも見るからに不慣れな千晃に無理はさせられないから、自分の欲望は押し止めて抱き締めた俺の背中に遠慮がちに腕が回される。
 女の子よりは骨張っててちゃんと男なんだって分かるけど、小柄な千晃は俺の腕にすっぽりと収まって可愛らしい。でも腰とか細いから、下手したら肋が浮いてるんじゃないかって心配にはなる。
 腕を緩め、伏せられた赤みの残る目尻を撫でると胸元に顔を押し付けてきた。

(俺が思ってた以上に、千晃の置かれてる状況がひどすぎる)

 話を聞いた時、俺はあまりの仕打ちにそんな親がいるのかって耳を疑った。学生の本文は勉強とはいえ、少しの息抜きや交流も許せないのかって。
 千晃は何も悪い事はしていないのに、謝らせてしまった事が俺は申し訳なさ過ぎる。千晃といられる事がプレゼントみたいなものだって言ったのも本心だし。
 どんなプレゼントを用意してくれていたのかは気になるけど、そこはもう思い出させる必要もないだろうから聞く気はない。むしろ、忘れられるなら忘れた方がいいって思ってる。
 千晃には、楽しくて幸せな思い出だけあればいいんだから。

「千晃」
「⋯ん⋯?」
「好きだよ」
「⋯⋯お前はホントにブレないな」
「好きな人に好きって言わないで誰に言うの?」

 俺の胸元に顔を埋めたまま動かない千晃にそう言えば、ピクリと反応したあとゆっくりと視線を上げる。俺を見て苦笑混じりに零すから俺の素直な考えを返せば、身体を起こして「そうだよな」って呟いた。
 どこか悲しそうな声音に目を瞬く俺の袖がぎゅっと握られる。

「〝好き〟に〝好き〟が返ってくるの、嬉しいよな。⋯⋯あの頃は返ってこなかったから⋯ちょっと、臆病になってんのかも⋯」
「あの頃?」
「⋯うん⋯⋯俺さ⋯二年前、付き合ってた人⋯いたんだ」

 付き合ってた人? それって元カノとか元カレって事だよね。俺より前に千晃に好きになった人がいたなんて⋯その人羨まし過ぎる。
 でも千晃の表情は暗くて、恋人の話にしては良くなさそうな感じ。
 もしかして、凄い喧嘩別れとかしたのかな。

「初めて俺に優しくしてくれた人だった。だからすぐ好きになったし、ずっと一緒にいたいって思うくらいその人に夢中になった。⋯⋯でも、その人が好きだったのは兄さんで、俺と付き合ったのも兄さんに近付く為だったんだと」
「⋯⋯」
「俺が好きだって言っても返してくれなくて、キスして欲しくてもはぐらかされて、思い返せば確かに俺に気持ちはないんだなって感じるような行動ばっかりだった」

 何それ。お兄さんが好きで、お兄さんに近付きたいから千晃と付き合った?    普通は自分で付き合えるよう努力するものじゃないの? 何でそこに千晃を巻き込む?
 この件でその人と話しても、たぶん俺には理解が出来ないままだろう。それくらい訳の分からない話だ。

「何でそれが分かったか、知りたい?」
「千晃が大丈夫なら⋯」
「学校から帰ったら、兄さんとその人がヤってたからだよ」
「⋯⋯!」

 自嘲気味に笑う千晃だけど、あまりにも残酷な話に俺は何も言えなくなる。
 きっと、当時の千晃にとってその人は心の拠り所だったはず。それが全部偽物で、ただの踏み台扱いだったなんて⋯千晃の心情を思うと胸が痛い。

「何でって言った俺に、元彼ははっきり俺を好きだった事は一度もないって言ったんだ。それからだよ⋯誰かを好きになるのも、信じるのも怖くなったの⋯⋯俺が欲しいって思ったものは全部兄さんに取られるから⋯」

 そっか。だからお兄さんの事になると千晃は不安定になるんだ。
 諦める癖がついてるのも、どうせ手に入らないって思ってるから。

 (あー⋯何か、合点がいったかも。文化祭の日、俺がお兄さんに会ってたとかキスしてたんじゃないかって疑ってた時に何も言わずに距離を取ろうとしたのは、最初からどうにも出来ないって思ってたからなんだ⋯)

 もし俺がもう無理なんだって諦めてたら、今この時間もなかったのか。そう考えると、我ながら頑張って良かったなって思う。本当によくやった、俺。
 そうしみじみと自画自賛してたら、不意に千晃の手が頬に触れ穏やかに微笑んで見上げてきた。

「だから、戸崎がいつも真っ直ぐに気持ちを言葉にしてくれるのが嬉しい。⋯ありがとう、こんな俺を選んでくれて⋯」
「俺の好きな人を、〝こんな〟なんて言わないで」
「⋯⋯そうだな」

 千晃が自分に自信がない事は分かってるけど、それでも卑下するような言い方はしないで欲しい。
 額を合わせて少しだけ怒ったように言えば、千晃はふっと笑ったあと背中を伸ばして唇を触れ合わせてきた。
 まさか千晃からして貰えるなんて思ってもなかった俺は驚いて固まる。

「⋯好きだよ、戸崎」
「⋯⋯千晃⋯」
「なかなか言えなくてごめんな」

 そんな事で謝らなくていいのに、もしかしてずっと気にしてたのかな。
 頬に触れたままの手を握り自分の首へと回させると目を瞬いてたけど、気にせず背中を抱いてさっきよりも深く口付ける。

「ん⋯っ」

 角度を変えつつ、音を立てて何度も千晃の唇を貪ってたら、弱々しい力で肩が押され俺はゆっくりと離れた。
 上手く息が出来なかったのか千晃は肩で息をしてて、少し潤んだ目で俺を睨む。

「がっつきすぎだ⋯ばか⋯」
「ごめん⋯嬉しくて」
「⋯⋯これからはもう少し⋯素直に言えるように頑張るから⋯」

 告白してから一度も言われてないなとは思ってたけど、千晃は存外分かりやすいから恥ずかしいなら無理しなくてもって俺は思ってた。
 それに、こういうのは頑張るものでもない気がするし。

「頑張らなくていいよ。言いたくなったら言って」
「でも⋯」
「同じ気持ちなのはちゃんと分かってるから」

 まだ何か言いたそうな千晃だったけど、俺の言葉に小さく頷くと肩へと頭を寄りかからせて目を閉じる。こうして安心した顔で、全身の力を抜いて俺に体重を預けてくれる千晃がどうしようもなく愛おしい。
 誰かに対してこんな風に思うの初めてだから表現が合ってるのかも分からないけど、全力で守ってあげたい気持ちになる。
 千晃の不安や悲しみ、辛さが、いつか前向きな感情に塗り替えられるように、俺ももっと頑張らないと。
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