後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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挿話 お嬢様と私

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 私とお嬢様が出会ったのはもうずいぶん前になる。あの頃の私は貧弱で痩せていて、今にも死にそうな人間だった。

「お兄ちゃんどこ?」

 お兄ちゃんと言っても血は繋がっていない。スラム生まれの者たちがたまに協力や助けるだけの関係だ。お兄ちゃんが戻ってこない以上、私は自分の力だけで生きていかなくてはならない。

 昨日、お兄ちゃんを連れていった兵士さんはいい人もいるし悪い人もいるって言っていた。だけど、どっちにしても連れて行かれたら戻ってこれないらしい。今日の朝から必死に半日捜して、少し前まで一緒にいたお兄ちゃんはもういないのだと痛感する。

「よいしょ。とりあえずご飯を取りにいかないと……」

 取りに行くといっても商店などのごみ箱を漁るだけだ。そう思って路地から出ようとしたところで一人の女の子と出会った。

「あなた! もう少し顔を見せなさい!」

 その子の顔は逆光でよく見えなかったけれど、服装から貴族だって分かった。お兄ちゃんから貴族は悪いやつだって聞いていたし、逆らったらひどい目にあうから関わるなって言われていた。どうしよう……。

「何とか言ったらどうなの? いいから顔を見せなさい!」

 ぎゅっと強い力で腕をつかまれて路地から通りの方に顔が半分出る。しゃべったら何かされると思ったので腕が痛いのも我慢した。

「う~ん、ちょっと汚れがひどくて判んないわね。まあ、ダメでも仕事はどこかにあるでしょ」

 そういうとその子は私を引っ張って馬車に乗せた。馬車はゆらりゆらりと街を走っていく。

「何、外がそんなに珍しいの? いつも出てるでしょう?」

「いつもは見上げてばっかり。それに何も買えないの」

「だから物を盗むの?」

「ほかにもごみ箱をあさったり」

「そう……」

 それきりその子は怒るでもなく悲しむでもなく、話をせずに窓の外をじっと見つめていた。


 しばらく馬車は走って止まった。目の前には大きな邸。見たこともないぐらい大きくてすごい建物だ。

「さあ、降りなさい」

 この子の言葉通りに降りる。ドレスを着ているから女の子だろう。

「全く、さっきからろくに話さないわね。一緒に行くわよ!」

 ずかずかとその人は私の腕をつかんで邸に入っていく。

「おお、イリス。その子はどうしたんだい?」

「拾った。条件に合ってそうだから」

「そ、そうか……世話の方は?」

「マーサが子供も生まれてしばらく経つわよね。言えば代わりになるから教えるんじゃない?」

「そうか、いやぁイリスは父さんなんかより、よほど邸について詳しいなぁ」

「でしたら! もっと学んでください。お兄様の縁談もようやくでしょう? 侯爵家で学園に行くまで決まらなかったのはお兄様ぐらいですよ」

「まぁまぁ、こういうのは向いている人にやらせればいいんだよ」

「はぁ~、とにかく一旦お風呂にでも入れてきますわ。ドルシャ、私も行くけど用意をお願い」

「はい、お嬢様。準備をしてまいります」

 なんだかこの子も苦労しているみたいだな。私と同じぐらいの年なのに。だけど、この子も悪い子なんだから気を付けないと。
 お風呂に連れていかれると何度も体を洗われた。気持ちよかったけどちょっと恥ずかしい。

「お嬢様どうでしょうか?」

「うん、思った通りだわ! 目ははっきりしているけど眉は下がっててかわいい系。髪の色も地味だし、胸もきっと目立たないわね。あとは……マーサ!」

「は、はい」

「あなた子供が生まれて手かかかるのでしょう? この子が代わりを務めるからきちんと教えなさい」

「よろしいのですか?」

「いい? あくまできちんと教えられたらよ! いい加減な状態で投げ出したらただじゃ済まさないわよ!」

「はい!」

 口の悪いお嬢様だけどみんなからは慕われている感じがする。どうしてだろう? お兄ちゃんより大きい子であんなことを言う子は皆に嫌われて兵士に連れていかれちゃったのに。あとで聞いたら悪い方に行ったってみんなが教えてくれた。そんな風に私が考え事をしていると急に髪をつかまれた。

「本当にこの子しゃべらないわね。話せないのかしら? えいっ!」

 いきなり、髪をつかまれたと思ったら湯船に顔を突っ込まれた。

「げほっ! ごほっ!」

「ああ、なんだしゃべれるんじゃないの。心配して損した。話せなかったらボードとか用意しないといけないと思ったのに。というか馬車じゃ会話してたわね。全くもう……」

 いきなり頭を湯に浸けておいて何て言い草だと思ったけど、心配してくれていたなら仕方ない……のかな?

「貴女、名前は?」

「妹」

「は?」

「妹って言われてた」

「じゃあ、あんたは今日からテレサね。収穫って意味よ。ふさわしいでしょう? 私の今日の収穫物なんだから!」

 ば~んと裸で大股の恰好でそう宣言する少女が貴族なんて信じられない。私も何度か絵を見たことがあるけれど、みんなきれいなドレスに身を包んでキリッとした感じだった気がする。

「テレサ……」

「そうよ! 明日からビシバシ行くから覚悟しなさい! なんていっても、するのはマーサだけど……」

 それから私の毎日は激変した。今まで食べるのがやっと、というよりあのままだと死んでいたような状態から、毎日おいしいものが食べられる。マーサさんも厳しいけれど、叩いたりしない。でも、いやな人はやっぱりいるのだ。

「こら、テレサ! また、サボってこっちに来て! さっさと勉強に戻りなさい!」

「でも、あの先生が……」

「ああ!? いい! 無知なあんたが何言っても向こうはバカにしてくるだけよ。泣く暇があるなら見返すぐらい頑張りなさい!」

「うわぁ~ん、マーサさ~ん」

「あらお嬢様。またテレサを泣かせて……もう少し優しさを持ってくださいね」

「何でよ! テレサは私のよ! 気を遣うだなんてい・や・よ」

「全く、ひねくれてるんですから。テレサ、お嬢様はあなたがこうしてお嬢様に甘えてサボることを覚えないようにあえてきつく言ってるのですよ。だから、きちんと勉強する時は集中しなさい。あなたがお嬢様に言っていいのは勉強を相手が教えてくれない時だけよ」

「……分かった」

 分かったけど、この後またあいつのところに行かないといけない私はじーっとお嬢様を見る。

「も、もう、今日だけよ」

 イリスは今日も私の頭を撫でてくれる。う~ん、これがあればまだまだ頑張れる気がする。さあ、勉強しに行って来よう。


 
「行きましたね」

「ようやくね」

「教師の方はどうします?」

「駄目駄目のだめ。ここにいるテレサでダメなんだもの。騎士爵以上の子供相手に進めている学校改革の手本にもならないわ。あいつじゃ騎士爵の子供にもなめてかかるわね」

「ではそのように……」

 マーサが出て行き、入れ違いにドルシャが入ってくる。こちらももうすぐ孫が生まれる予定のメイドだ。

「お嬢様、テレサを本当にお嬢様付きにするのですか? 他の家からも多少は話が来ておりますが……」

「はっ! どうせお兄様がお父様みたいなプレイボーイだと思ってる慰謝料が目当ての連中でしょ! そんな奴らだったらテレサの方が万倍もましね!」

「かしこまりました。で、本当のところはどこが気に入ったのですか?」

「さあ?」

「さあ? とはお嬢様にしては珍しい答えですね」

「ドルシャはどうしてここに勤め続けているか答えられる? そういうものよ。それにもう理由なんて忘れちゃったわ」

「忘れたですか……あらあら」

「そんなことよりあなたも準備をしなさいよ。この邸にいる時に孫が生まれたなんて後で聞いて、娘の出産に立ち会えず泣いてるお前を見るのは嫌よ!」

「お嬢様……」

 誰かこの勘違いされやすい少女に良き縁をお与え下さい。私のように一度、身を落とした家の者を簡単に救えるほど、この世界は優しくないのです。そんな私たちを救ってくれたこの救世主にこそ幸せを……。




 あれから何年もの月日が経ちました。マーサさまは一度戻ってこられましたが、今は毎日勤められていないので専属を外れ、ドルシャさまは引退されました。何度かお孫さんを見せていただきましたが、とてもかわいかったです。今は領都の郊外に家を設けられ寝室を一階に置いた、お嬢様考案の暮らしやすい新設計の家でのんびりされております。

「あの時からお嬢様だけが、幸せをつかんでおりません。なんとしてでもこの計画は成功させなければ!」

 私ですか? 私は構いません。あの頃の私も顔を上にあげていましたが、そこには大人の怒りと侮蔑の顔だけでした。今は青い空も太陽も月も自由に見ることができます。それ以上何が必要でしょうか?

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