家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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それから数日が立ちました。どうやら皆さんが言うには街でも私の噂が広まっているとか。

「まあ、魔力病について立て看板が立ちましたし、薬の完成が近いのではと噂にもなっているようです」

「貴族の方たちは既に報告を受けていますし、お嬢様がどういったお方か知りたいという人もいるようですよ」

「普通の研究者の私がそんな噂になるなんて恥ずかしい」

「しかし、どうしましょうね。衛兵たちが止めてくれるとは言え、商人たちも興味津々のようですよ」

「まあ、外出するときは十分気を付けないといけませんね」

「外出…ですか。皆さんは出かけたりするんですか?」

「えっ!お嬢様王都を歩かれたことは?」

「もちろん、研究所と家の行き帰りに通ってましたよ」

「それは歩いたとは言いません。今度フィスト様に連れて行ってもらいましょう」

「えっ、でもフィスト様は忙しいですし…」

「でも、最近ずっと夕食は一緒だとおっしゃられていましたよね?きっと今は余裕があるんですよ」

「そうなのかしら?みんながそういうなら今日言ってみる」

「お嬢様がとうとう街デビューですか…。長かったですわ」

「リーナ様気をしっかり!」

よろめいたところをアーニャに支えられるリーナ。街ぐらいいつでもいけるから行かなかっただけなのに。とりあえずはお願いですね。


「フィスト様。また、いつでもいいのですが街に連れて行ってくださいませんか?」

「街に?何か買いたいものがあるなら商会を…ぐっ!」

「どうかなさいました?」

「ああ、ちょ、ちょうど次の週末が空いていてな。一緒に行こうか?」

「いいんですか!私、街に出たことがなくって。楽しみです!」

「そうなのか?買い出しや行き帰りに寄ったりはしなかったのか?」

「はい。あくまで通り道ですし、殿下もお体を悪くされていたのでそういうことは控えてたんです」

「お嬢様は淑女の鏡ですわ」

「そういうことなら任せてくれ。俺もたまに身分を隠して街に遊びに行ってるからな。案内役にはぴったりだ」

「期待してます!」

「ではお嬢様、その前にきちんと殿方とお出かけができるマナーを身につけましょうね。明日からの2日間は期待してくださいませ」

「…分かりました」

「おや、物分かりがいいですね」

「フィスト様との初めてのお出かけですもの。きちんとしたマナーを身に着けておかなければ」

「カノン…。いや、別に身分を隠していくのだからマナーは…あっ、そうだな。当日を楽しみにしているよ」

何かフィスト様は言いかけていたけれど、私も当日が楽しみになっていてよく聞こえなかった。


「ほらお嬢様、ナイフの使い方が間違っておりますわ。あともう少し背筋を伸ばせばさらに美しく見えます」

「ううっ、つらい。アーニャもこの気持ちわかるよね」

「ええ、慣れないとなかなか窮屈なことはありますね」

スッスッ

いとも簡単にナイフを入れて肉を切るアーニャ。その背筋はピンとしていて優雅ではなくかっこいいとさえ感じる。

「見ましたかお嬢様。アーニャのような姿勢を見ればフィスト様も褒めてくださるでしょう。もう少しで身に付きますから頑張りましょうね」

「はい…」

少しでも楽をしようと思ったのが間違いだった。じゃあ見本を見せてと言ったらまさかアーニャがマナーの先生ぐらいにできるなんて。リーナもこれだけいい見本があるなら、お嬢様もそれに近いことができるようになりますわと張り切りだしてしまった。しかも、厨房のライグに言ってお腹にたまりにくい料理を作ってもらって、どんどん練習のために運ばれてくる。

「久しぶりに薬膳料理とか食べられるのはうれしいけど、なんで私が切ったお肉はジェシカやアーニャたちが食べてるのかしら?」

「しばらく、お嬢様は身に付きそうにないので食べ過ぎ防止です」

「そうですね。しかし、やっぱりこの邸の料理人はLVが高いですね。私の通っていたところはこれと比べたら泥水のようですよ」

「ジェシカ!あなたもたまに気が抜けたことを言いますね。今は食事中ですよ!」

「も、申し訳ございません」

「そういえばジェシカは食事のマナーとかどうなの?」

「私はメイドですから、主人が間違えないように一通りは記憶していますよ」

「ジェシカ。あなたは公式の場でテーブルについたことはないと」

「当り前ですよ、アーニャ様。身分的にもそのような機会はありませんし、必要ないで…す」

「リーナ様、追加のメニューを頼んできてもらってもよろしいでしょうか?」

「そうね。主がなぜ間違えようとするのか、その場の緊張感のないものに正せるとも思えませんわ。フィスト様に言ってどこか適当なお茶会で出させましょう」

そういうとリーナは厨房に入っていった。最近分かってきたけれど、アーニャは向こう側だけど案外ジェシカはこっち側だ。私は味方ができたみたいでちょっとだけ安心する。

「お嬢様。勘違いしないで欲しいのですが。ジェシカは一通り知っているので、すぐにお一人に戻ります」

「そんな!」

「まあ、成績はそんなに悪くありませんでしたので…」

それから私たちは昼食、おやつの時間にと練習を繰り返したのだった。意外にもジェシカはアーニャに隣に立たれて緊張したのか、ナイフの動きが悪いと注意されていた。

「動かし方が大きすぎます。それでは手を離れませんよ。フォークもです。優雅に!しかし素早く」

なんだか、食べるような感じではなかったけどジェシカも真剣に取り組んでいたし、きっと正しいやり方なんだろう。私には真似できそうにないけど。


そして、2日間の特訓を終えいよいよ今日は本番だ。フィスト様とは話をして通行証入り口のところで馬車を降り、その後は目立たないように街に繰り出すという事だ。

「心配せずとも、見えないところでも護衛はいるからな」

「はい!でも悪いですね。私たちだけ楽しんでしまって」

「心配なさらずとも、私たちも休日を楽しみますので…」

「そう?じゃあ、行ってきます!」

ガラガラと馬車に揺られていざ街を目指す。


「行かれましたね」

「それではリーナ様、行ってまいります」

「気を付けて」

「はい、ジェシカもばれないようにしますよ」

「でも、アーニャ様のその格好は…」

「僕はアーシュだよ」

そこにはズボンをはき、髪色を変えたアーニャ様もといアーシュが。どこからどう見ても男だ。

「男になれば、似ていても性別が違うからより気付かれにくくなる。ただし、親族に兄妹がいたりすると変に感づかれるから気を付けること」

「は、はい」

「ではわしも…」

「ア、アルフレッド様まで」

横を見るとアルフレッド様が完全に老人の格好をしていた。しかも、普通に腰の少し曲がった平民の格好だ。

「わしはなじみの店があるからその周辺で見ておるからのぉ」

そういうと、邸をさっさと出て行ってしまった。

「僕たちも遅れないようにいくよ、ジェシー」

「はい…」

これだけ多芸でないとあれだけの強さを身につけられないのかと思うジェシカだった。


門のところまで着いた私たちは御者の人にお礼を言って馬車から降り、そこからは徒歩で街に入る。今までのところは貴族の邸や兵舎が立ち並ぶところで、ここからは平民の家や商店の並ぶ地区で完全に区画が分かれている。

「へぇ~、こっちは来るときも通りましけど活気にあふれてますね」

「どうしても区画を分けないといけないからな。グレンデル王国とは長く戦争の記録がある。隣接地のこの領地は戦いとなれば、領民を邸の方に避難させ王国内の援軍をもって撃退する方法で守ってきた。その為に欠かせないんだ」

「…皆さん。お辛いでしょうね」

「そうだろうな。だけど、いざという時は我ら領軍が命を守ってくれると信じて、こうして街を守ってくれているんだ」

「街を守る?」

「ああ、俺たちは人を守れても商売ができるわけでも、作物が作れるわけでもない。街を守れるのは彼らだけだ」

「素晴らしい考え方です、フィスト様!それに物知りなんですね。私は領地のことなど何も知りません」

「褒められると嬉しいが、立場の違いだ。俺は後継ぎとして教育されていたし、カノンのように薬は作れない。他にも君には君だけの魅力がある。さあ、街に行こうか?」

「はい。でも、本当に呼び捨てでお呼びしていいんでしょうか?」

「ああ。街中で様付けなんてしたらすぐに貴族とばれるだろう」

「で、では…フィスト」

「…カノン行こうか?」

「はい!」

私はフィストに連れられて店を回っていく。本当に彼は普段から遊びに来ているようで、みんなが彼のことを知っている。

「おう、フィストの旦那。今日は珍しく女連れですね。とうとう親にでも急かされましたか?」

「おかしな言い方をするな。彼女はそんな人じゃない」



「おや、久しぶりだね。とうとう年貢の納め時かい?」

「つまらない冗談だ。それよりこれをくれ」

「毎度!」

ンン

「飯だけじゃなくて、今日は泊まってくか?」

「相変わらず下世話なやつだな。誰がそんなことをするか」

ンンン

「ねえ、フィスト」

「どうしたカノン?」

「さっきから、あまりにも私のこと否定しすぎだと思うの」

「そ、そうか。しかし、あんな言い方ではな」

「うそでもきれいだと言ってくれたんだったら、もう少しい言い方があると思います」

アーニャとジェシカの街中マナー教育にも出てきた。『あまりにも否定されるのは女性として見られてもいない一番いけない現象』これに該当してしまうのだ。これから、色々な場に出ることも考えてこれはダメだと思う。

「いや、あれは嘘じゃない…。そうか、そうだな。考え方を改める。悪かったな」

「ううん、分かってくれたらいいの」

私はフィストの腕を取って目に入った店に入る。きっとこのアクセサリーショップならきちんと言ってくれると思う。勘だけど。

「いらっしゃいませ。あら、恋人ですか?」

「あ、いや、あの…」

「ふふっ、初々しくていいですね。どのようなものがよろしいですか?」

「彼女に似合うものを」

「どのようなものにいたしましょう?髪飾りに指輪、ネックレスなどありますが?」

「…そうだな。ネックレスを頼む。カノン、ネックレスなら仕事中でも付けられるか?」

「は、はい。でもいいんですかフィスト?いつもお世話になりっぱなしで私…」

「それじゃあ、これからはその分を少しずつ返してくれればいいよ」

「ありがとうございます」

ネックレスも仕事中につけられるものをと選んでくれたことがうれしい。フィストはこれからも私に研究を続けてもいいと、私の思いを分かってくれるんだ。

「あまり大きいのだと邪魔になるだろう。どれがいい?」

「この緑色もきれい、こっちの銀色も…これにします!」

私はその場でひときわ目を引いたネックレスを選んだ。フィストが会計をしてくれる。

「彼女さんに愛されてますね。恋人の瞳の色だなんて。また、お越しください」

「瞳の色…そっか、あのきれいな青はフィストの目の色だったんだ…」

「さ、さあもう出るぞ!」

勢いよくフィストに腕を引っ張られて店を出る。なんだか太陽の光でよく見えないけど顔が真っ赤に見えるような…。

「少しお休みしますか?」

「…頼む」

私たちは側にあったベンチで少し休むことにした。


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