家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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リバースストーリー

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 あれから数日が経った。相変わらずうっとおしいのが部屋に入ってくる。そもそもどうして入って来れるかということだが、癒しの力(本人談)を持っているからだ。証拠を握るためにこうして入れているのだが、相手をするのも退屈だし早く黒幕を見つけ出さなければ。

「……でして、私は学園でも多くの方と仲良くしておりますの。あっ、申し訳ございません。殿下はこちらにずっといらっしゃるのに……」

「いや、構わん」

 だから黙って欲しい。お前の自慢話を聞かされるだけの退屈な時間より、本を読みたいんだ。カノンであればあの薬草とこの薬草の組み合わせがどうとか、昨日は研究所の職員と一緒にこんな話をしたとか、今はどういう研究がされているとか有意義な話も聞けるのだが、ひたすら自慢話だけのこいつの話はもう飽きた。

「それで、いつまでいるのだ? 私も時間が……」

「あら、殿下ったらそんなに私にいて欲しいのですか?」

 さっさと消えて欲しいんだ。後ろに控える騎士に目配せする。

「エディン子爵令嬢様。殿下はお疲れのご様子、申し訳ありませんが本日はこの辺で……」

「はぁ、私が殿下と話すのが疲れるとでもいうの? 私が来てから体調も良くなっているのよ!」

「しかし、これまでのことを考えますと大事を取るべきです」

「……くっ、仕方ないわね。殿下また来ますから」

「ああ」

 騎士がさらに言葉をかけてようやく出ていくエディン。全く、面倒な奴だ。

「ふぅ~、ようやく出て行ったか。済まんな」

「いいえ、殿下こそよくあの話についていけますね」

「ああ、いつもカノンのことを考えているから話はほぼ聞いていない」

「流石は殿下です。私も見習って彼女のことを考えるようにします」

「お前たちは頻繁に会えるだろう」

「職務中に私情は挟めませんので、そんなことはしていませんよ」

 この騎士は私の側仕えとして常に控えているが、私の妹の側仕えをしている女性騎士と恋仲なのだ。早く結婚しろというのだが、彼女の方が妹と仲がいいのでまだまだ結婚はできないというのだ。
 律儀なやつだと言ったら、彼女の方から言われたそうだ。それはそれで可哀そうなやつだ。

「それで、そろそろ尻尾はつかめそうか?」

「もう少しといったところです。貴族派の中でも指示をしているのは上位貴族でないところまでは特定しました。後は絞り込みをかけているところです」

「分かった。そこから上位貴族の誰かに繋がっているだろうから、必ず突き止めよ!」

「はっ! しかし、この度の件ですが本当にレスター殿下や陛下に内密に進めてよろしいのでしょうか?」

「頼む。この件に関してはたとえ兄上であろうと譲れぬのだ。それに兄上はカノンが優秀な研究者としては見ているが、結局のところ軟禁についても成果ありとして抗議をしなかった。これ以上カノンが虐げられるのを防ぎたいのだ」

「承知いたしました」

 兄上は確かに優秀だが秩序を重んじる。父上が玉座にいる間は進言しかしないだろう。だが、それではカノンを助けることが出来ない。国のためであれば多少のことには目を瞑るのだろうが、私にはカノンを犠牲にすることが出来ないのだ。

「きっとこの手で救って見せる。もう少しだけ待っていてくれ」

 ぎゅっと手を握りしめ私は決意を新たにした。とはいえ今の状態で出来ることは少ない。仕方なく私は知識を蓄えようと本を開いたのだが……。
 カタンと音がする。どうやら伯爵家に向かわせていた密偵が帰ってきたようだ。

「報告か」

「はい。カノン様のご様子ですが、相変わらず伯爵家での扱いは厳しく、現在はアーニャが付いていることで、何とか令嬢としての生活を送れるぐらいに落ち着いています。それもアーニャが公爵家からの推薦で伯爵も表立って言えぬからというところです」

「……そうか。これまで、多くの者が解雇されてきたというのは真実の様だな」

「それと跡継ぎの弟君に関してですが、おかしな人物ではないようでカノン様とも普通にお話しされていました。邸の者が言うには彼がいた頃はまだましだったとのことです」

「ふむ……今は留学中だったな。成績の方はどうだ?」

「調べたところ、好成績のようで三年の留学期間が二年に縮まり、今年の冬には戻るそうです」

「では、伯爵家は万が一のことがあっても問題ないな。ライン、引き続き邸の方は任せた」

「はっ!」

 報告を聞き終えると一人になって本を開く。

「はぁ、彼女の弟とは会ったことはないが、いかなる人物なのか気になるな。カノンはかわいいと言っていたが実際には会うことはなかったからな」

 婚約自体が書面のみで、正式にはお互い会いもしなかったのだから仕方のないことではあるが、味方であってほしいものだ。


 それからさらに二週間がたった。もうかなり病状は良くなっているようで、体から漏れる魔力は微量となっており、私ほどの魔力があれば問題がないとのことだ。念のためもうしばらくは飲み続け完治を目指すが、こうまで健康というのがうれしいものだとは思わなかった。
 しかし、カノンからも体調を気遣う手紙が来ているから、ひょっとしたら彼女も薬が盗まれ私に投与されていることに気付いているのかもな。

「殿下、本日は体調もよろしいようですしお外へ行きませんか?」

「しかし、医者に止められているし、私の体力では無理だろう」

「では、私が支えますから……」

「エディン子爵令嬢殿。確かにあなたが来てから殿下の様子は安定されましたが、それでも王宮付きの医師がここの責任者です。お引き下がり下さい」

「なによ、結局何もできないままでしょうその医者は! カノンだって役に立たない薬を作るばっかりよ!」

「なんだと!」

「で、殿下!」

 はっ! あまりのことに怒りで殴りそうになってしまった。さすがに今の段階で手を出すのは不味いと何とか踏みとどまる。

「殿下……お優しいですわね。役に立たないばかりかパーティーにもろくに出ない、あんな令嬢らしからぬ女にもお優しいなんて」

「……ほう? お前の発言は私が一度も公務をこなしていないと知ってのものか」

「そ、そんなことは……殿下の場合は生まれ持ってのものですし!」

「お前の言う通りなら役に立たないという結果は一緒だが?」

「それは……そうだ! 私、今日は所用がありましたの。失礼しますわ」

 ほほほと颯爽と逃げるエディン。二度と来るな!

「ふぅ~、殿下危なかったですね」

「全く。大体、自分こそカノンの薬に頼りきりではないか!」

 あいつが来るようになってから私の体調が良くなったというのも、カノンの薬をこっそり飲み物に薬を混ぜて私に飲ませているからだ。それを忘れてあのように罵るとは。

「しかし、よろしかったので? 確かにお体も良くなっておられますし、一度外に出ては?」

「いらぬ世話だ。外に出る時はカノンと一緒に出ると決めている。誰があんな女なんかと……」

「そうでしたか。それは余計なことを言いました。では、部屋で簡単に出来る運動がないか医師に確認しておきます」

「頼んだぞ」

「はい」

 何だか変な目で見られたが、気にせず本を開き読み進める。元気になるのだからそれなりに学ばなければな。

「クレヒルトの様子はどうだった?」

「これはレスター殿下。はい、最近は体調もすっかり良くなられて……」

「そうか。では、もう外を歩けるのか?」

「いえ、何でもカノン様と一緒に出たいとのことでしたので」

「あいつらしい。今後も頼んだぞ」

「はっ」

 レスター殿下と別れて任務に戻る。しかし、相変わらず読めない方だ。立派な人物ではあるのだろうが、なまじクレヒルト殿下と関わっているだけに、この方の感情は読み取りづらい。
 それが王位継承者の資質と言えばそうなのだろうが、あの人のもとで働かずに済んでよかったと思う。贅沢極まりない話だとは分かっているのだが。

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