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第5話_静かなる盾、知也
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満月の光が王都リオストの北壁を静かに照らしていた。普段なら静まり返るこの時間、今日は例外だった。
「魔狼、四体確認。壁外二百ルス地点にて潜伏」
王都警備隊の斥候が魔導望遠鏡を畳みながら報告する。その顔には緊張が滲んでいた。
「月の魔素に引き寄せられたか……この時期の典型的な行動パターンだな」
そう呟いたのは、斥候とは別に立っていた青年。淡い銀髪に、地味な装束。目立たないが、不思議な落ち着きを放つ男――知也だった。
彼はギルドの支援術師として登録されており、表舞台には出ずとも、王都防衛線の裏を支える存在として密かに知られていた。
そして今宵、その知也の傍らにいたのが――絆鍛冶師・葵翔だった。
「……一人でやるつもりだったのか?」
翔の問いに、知也は淡く笑った。
「可能ならば。だが、君が来てくれたのは正解だと思うよ。今日は月が強すぎる。俺の結界だけじゃ足りないかもしれない」
翔はすでに左腕から“縁”を呼び出し、知也との光の糸を視認していた。
それは他の者とは異なり、極端に静かで、そして深い。揺るがぬ湖面のような“縁”だった。
(……静かに支える意志。その“縁”が、この夜を守る鍵になる)
翔は鍛錬炉を設置し、鉄片を火にかける。
「盾を、打つ」
知也はただ頷くと、結界魔術陣を描きはじめた。沈着な動作。無駄のない軌跡。翔のハンマーの音と知也の魔術詠唱が、不思議な調和を生んでいく。
一打。二打。
“縁”が圧縮され、魔素を吸収し、やがて一つの形を取った。
出来上がったのは、月の光を弾くように輝く盾だった。半透明のような金属光沢と、静謐を宿す紋様――
「“月影の盾”……」翔が呟く。
知也はそれを手に取り、軽く肩に掛けて確かめる。
「重くない。むしろ、周囲の魔素が流れ込んでくるような感覚がある。……これは“受け流す盾”だな」
「お前の支援魔術と共鳴する形で作った。守るというより、“守らせる”盾だ」
そのとき、地鳴りが近づいた。
魔狼の一群が、月光の道を踏みしめながら王都北門に向かって突進してくる。
「来るぞ。四体、全速」
「配置、北門下の縁石溝まで誘導して。結界誘発まで時間を稼ぐわ」
咲耶の指示を受けて配備されていた警備隊員たちが動き、翔と知也はその前線に立った。
「俺が誘導する。知也、お前は……盾になれ」
静かに翔が言い、知也もまた、静かに答えた。
「君が“鍛えた”盾、信じよう。……俺の魔力、注ぎきるよ」
魔狼の咆哮が、夜の王都を震わせた。
一体、また一体と、全身を月光に纏った異形の獣が地を蹴ってくる。脚力、牙、咒素を帯びた体毛――いずれも一撃で人を両断できる戦闘力を備えた存在だった。
翔は前に出る。
その背後に、知也が盾を構える。
「来る――!」
最初の一体が翔に飛びかかった瞬間、翔は縁視によって空間を読み取り、真横へ身を翻した。空いた空間を知也が盾で塞ぐ。
ガンッ――!
激突音が夜空に響く。
魔狼の一撃を真正面から受けた“月影の盾”は、わずかに軋みながらも衝撃を吸収し、光の残滓をまき散らした。
「……逸らせた」
「盾の力だ。お前の魔力と合わさって、流す性質を帯びている」
だが、魔狼はそれで止まらない。立て続けに第二、第三の個体が突っ込んでくる。
「翔、南寄りの個体、動きが速い! ルート、少し逸れてる!」
咲耶の指示が飛ぶ中、翔は新たな縁糸を感じ取った。
それは――知也と、北壁に住む避難民たちとの間の“未接触の縁”。まだ育っていない、だが確かに“守ろうとする意志”が宿る糸。
「……繋げる」
翔は自らの足元に鉄片を置き、緊急鍛造を開始。
火花が散り、今度は円形の地面設置型“補助結界装置”が生まれる。
「“縁陣板・守”だ。そこに立て、知也。盾の力が倍化する」
知也は頷き、すぐにその上に移動。魔力を集中させると、盾の周囲に淡い結界の気流が生まれた。
咆哮。
突進。
そして――跳躍。
三体の魔狼が同時に飛びかかってきた。
「“静盾解放――受流・満月”」
知也の詠唱とともに、盾が月光を浴びた鏡のように輝き、魔狼たちの突進を受け止める。
バァンッ!
衝撃音が響く。
だが、跳ね返ったのは魔狼の方だった。
三体が吹き飛ばされ、地面に転がる。結界の内に誰一人、傷を負ってはいなかった。
翔が無言で拳を握り締める。
「……支えるってのは、こういうことか」
知也がふっと笑みを浮かべて答えた。
「君の“縁”があったから、成り立った守りだ。俺一人じゃ無理だった」
最後の魔狼が起き上がり、咆哮と共に再突進する。
その時――翔が一歩、前に出た。
「今度は、俺が“前”を張る」
短剣を逆手に持ち、踏み込む。
魔狼と翔の間に、赤黒い光が弾け――翔の刃が、それを突き裂いた。
“前衛”と“盾”の役割が逆転し、それでも息が合っていた。
まるで最初から、そういう形だったかのように。
戦いが終わった頃、東の空には白みが差し始めていた。
撤収作業の中、知也が静かに翔へと声をかける。
「俺は……誰かの隣で支えるしかできないけど、それでいいと思ってる。今日、その意味が少し、形になった気がするよ」
翔は、頷く。
「お前との縁が、“守る形”になった。だから、俺も前に出られた。……静かでも、強い盾だった」
その言葉に、知也はほんの少しだけ、誇らしげな顔をした。
その夜、ギルドの報告書に記された。
《防衛戦完遂:魔狼四体撃退/市民被害ゼロ》
《使用装備:月影の盾(製作・絆鍛冶師 葵翔)》
《補助魔導具:縁陣板・守》
《推薦:北壁防衛隊/術士・知也》
“静かな盾”が、確かにその役目を果たした夜だった。
「魔狼、四体確認。壁外二百ルス地点にて潜伏」
王都警備隊の斥候が魔導望遠鏡を畳みながら報告する。その顔には緊張が滲んでいた。
「月の魔素に引き寄せられたか……この時期の典型的な行動パターンだな」
そう呟いたのは、斥候とは別に立っていた青年。淡い銀髪に、地味な装束。目立たないが、不思議な落ち着きを放つ男――知也だった。
彼はギルドの支援術師として登録されており、表舞台には出ずとも、王都防衛線の裏を支える存在として密かに知られていた。
そして今宵、その知也の傍らにいたのが――絆鍛冶師・葵翔だった。
「……一人でやるつもりだったのか?」
翔の問いに、知也は淡く笑った。
「可能ならば。だが、君が来てくれたのは正解だと思うよ。今日は月が強すぎる。俺の結界だけじゃ足りないかもしれない」
翔はすでに左腕から“縁”を呼び出し、知也との光の糸を視認していた。
それは他の者とは異なり、極端に静かで、そして深い。揺るがぬ湖面のような“縁”だった。
(……静かに支える意志。その“縁”が、この夜を守る鍵になる)
翔は鍛錬炉を設置し、鉄片を火にかける。
「盾を、打つ」
知也はただ頷くと、結界魔術陣を描きはじめた。沈着な動作。無駄のない軌跡。翔のハンマーの音と知也の魔術詠唱が、不思議な調和を生んでいく。
一打。二打。
“縁”が圧縮され、魔素を吸収し、やがて一つの形を取った。
出来上がったのは、月の光を弾くように輝く盾だった。半透明のような金属光沢と、静謐を宿す紋様――
「“月影の盾”……」翔が呟く。
知也はそれを手に取り、軽く肩に掛けて確かめる。
「重くない。むしろ、周囲の魔素が流れ込んでくるような感覚がある。……これは“受け流す盾”だな」
「お前の支援魔術と共鳴する形で作った。守るというより、“守らせる”盾だ」
そのとき、地鳴りが近づいた。
魔狼の一群が、月光の道を踏みしめながら王都北門に向かって突進してくる。
「来るぞ。四体、全速」
「配置、北門下の縁石溝まで誘導して。結界誘発まで時間を稼ぐわ」
咲耶の指示を受けて配備されていた警備隊員たちが動き、翔と知也はその前線に立った。
「俺が誘導する。知也、お前は……盾になれ」
静かに翔が言い、知也もまた、静かに答えた。
「君が“鍛えた”盾、信じよう。……俺の魔力、注ぎきるよ」
魔狼の咆哮が、夜の王都を震わせた。
一体、また一体と、全身を月光に纏った異形の獣が地を蹴ってくる。脚力、牙、咒素を帯びた体毛――いずれも一撃で人を両断できる戦闘力を備えた存在だった。
翔は前に出る。
その背後に、知也が盾を構える。
「来る――!」
最初の一体が翔に飛びかかった瞬間、翔は縁視によって空間を読み取り、真横へ身を翻した。空いた空間を知也が盾で塞ぐ。
ガンッ――!
激突音が夜空に響く。
魔狼の一撃を真正面から受けた“月影の盾”は、わずかに軋みながらも衝撃を吸収し、光の残滓をまき散らした。
「……逸らせた」
「盾の力だ。お前の魔力と合わさって、流す性質を帯びている」
だが、魔狼はそれで止まらない。立て続けに第二、第三の個体が突っ込んでくる。
「翔、南寄りの個体、動きが速い! ルート、少し逸れてる!」
咲耶の指示が飛ぶ中、翔は新たな縁糸を感じ取った。
それは――知也と、北壁に住む避難民たちとの間の“未接触の縁”。まだ育っていない、だが確かに“守ろうとする意志”が宿る糸。
「……繋げる」
翔は自らの足元に鉄片を置き、緊急鍛造を開始。
火花が散り、今度は円形の地面設置型“補助結界装置”が生まれる。
「“縁陣板・守”だ。そこに立て、知也。盾の力が倍化する」
知也は頷き、すぐにその上に移動。魔力を集中させると、盾の周囲に淡い結界の気流が生まれた。
咆哮。
突進。
そして――跳躍。
三体の魔狼が同時に飛びかかってきた。
「“静盾解放――受流・満月”」
知也の詠唱とともに、盾が月光を浴びた鏡のように輝き、魔狼たちの突進を受け止める。
バァンッ!
衝撃音が響く。
だが、跳ね返ったのは魔狼の方だった。
三体が吹き飛ばされ、地面に転がる。結界の内に誰一人、傷を負ってはいなかった。
翔が無言で拳を握り締める。
「……支えるってのは、こういうことか」
知也がふっと笑みを浮かべて答えた。
「君の“縁”があったから、成り立った守りだ。俺一人じゃ無理だった」
最後の魔狼が起き上がり、咆哮と共に再突進する。
その時――翔が一歩、前に出た。
「今度は、俺が“前”を張る」
短剣を逆手に持ち、踏み込む。
魔狼と翔の間に、赤黒い光が弾け――翔の刃が、それを突き裂いた。
“前衛”と“盾”の役割が逆転し、それでも息が合っていた。
まるで最初から、そういう形だったかのように。
戦いが終わった頃、東の空には白みが差し始めていた。
撤収作業の中、知也が静かに翔へと声をかける。
「俺は……誰かの隣で支えるしかできないけど、それでいいと思ってる。今日、その意味が少し、形になった気がするよ」
翔は、頷く。
「お前との縁が、“守る形”になった。だから、俺も前に出られた。……静かでも、強い盾だった」
その言葉に、知也はほんの少しだけ、誇らしげな顔をした。
その夜、ギルドの報告書に記された。
《防衛戦完遂:魔狼四体撃退/市民被害ゼロ》
《使用装備:月影の盾(製作・絆鍛冶師 葵翔)》
《補助魔導具:縁陣板・守》
《推薦:北壁防衛隊/術士・知也》
“静かな盾”が、確かにその役目を果たした夜だった。
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