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第6話_忘却と前進のブレーサー
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城郭前に設置された臨時の野戦病院には、朝から柔らかな陽光が差し込んでいた。
魔狼撃退戦から一夜明け、復旧の動きが始まる中でも、そこには未だ“戦い”を終えられない者たちがいた。
「……あの夜、光が迫ってきたんだ。逃げなきゃってわかってるのに、足が……動かなくて……」
ベッドに座る青年兵士の震える声を聞きながら、志保は穏やかにうなずいていた。
「いいのよ、動けなかったって。怖いときに怖がるのは、人間の“正常な反応”だから」
彼女の声は、淡く温かい。まるで冬の陽だまりのように、患者の内側に届いていく。
隣のベッドで目を伏せていた少女兵も、ぽつりと口を開いた。
「……でも、あたしたちは、前に出ないと、また誰かが……」
「そう。でもね――忘れて、いいのよ。一度は。傷ごと、いったん置いてきても、また“進む”って決めたなら、それでいい」
志保はそう言って、そっと患者の手を握った。
この病院には、身体の傷ではなく、“心の刃”で動けなくなった兵士たちが集められていた。
彼らは命こそ無事だったが、恐怖と罪悪感が心を鈍らせ、再び立ち上がる勇気を失っていた。
そんな彼らに、翔は“何を鍛えればいいのか”を、まだ掴みかねていた。
そのときだった。病棟の入口に、志保が翔を呼びに来た。
「……来てくれてありがとう、翔。見てくれる? 彼らの“縁”は、今とても細い。でも、切れてはいないの」
翔は静かに頷き、左手を掲げて“縁視”を発動する。
確かに見えた。患者たちと世界を結ぶ光の糸。だが、どれも霞がかかったように揺らぎ、途切れかけていた。
「……これは、強い“記憶”に絡め取られている。進めなくなるほどの重さ……」
「だから私は、ブレーキをかけてあげたい。『思い出さなくていい』って、誰かが言ってあげれば、それだけで変われる人もいるの」
志保は真っ直ぐに翔を見た。
「“忘れて前へ”――それは私の信条。でも、それを形にできるのは、あなたよ」
翔はその言葉に、小さく息を吸い、工具袋を開いた。
「打つ。お前との“縁”で」
ベッド脇の簡易鍛錬台に鉄片を置き、魔導炉を点火。
周囲に光の糸が集まり始める。志保の“切り替える力”と、患者たちの“進みたい想い”。
それらを繋ぐ“縁”を、翔は一心に叩く。
カン、カン――
ハンマーの音が、病棟の空気を静かに揺らす。
やがて、一本の装具が完成した。
それは、腕に装着する銀のバングル。表面には「前進」「忘却」「再起」という三つの文字が刻まれ、小さな青い宝石が嵌め込まれている。
「“忘却ブレーサー”」
翔が名を口にした瞬間、志保は自然に微笑んだ。
「ありがとう、翔。これ、彼らの“支え”になる」
“忘却ブレーサー”を手にした志保は、それをそっと患者の腕に装着した。
すると青い宝石が淡く光を放ち、患者の身体がわずかに震える。
「……あれ……頭が……少し、軽くなった……?」
青年兵士が目を開けて呟く。まるで、長い悪夢からようやく浮上したかのように。
「大丈夫。今だけ、“あの時”を忘れてもいいの。これは逃げじゃない。あなたがまた歩くための、ほんの少しの猶予なの」
志保の言葉に、彼は黙って頷いた。
その隣の少女兵士にもブレーサーが渡され、同じように装着される。
「……怖かったこと、置いていっていいんだ。今、そう言ってもらえた気がした」
志保はそっとその手を包み込む。
「うん。いつかは思い出してもいい。でも今は、前だけ見て――それで、十分だから」
翔は、静かにその光景を見つめていた。
忘れることは、弱さだと思っていた。
けれどそれは、前に進むための“手段”であり、“希望”でもあると――彼は、初めて理解した。
病棟の片隅で、翔は改めて志保と向き合う。
「……お前の“縁”は、折れてもまた立つ強さだ。折れたままにしない柔らかさ……俺は、鍛え方を間違えかけてた」
「ふふ、間違えてないよ。気づいた時点で、それは正しい鍛え直しになる。……翔って、思ったより素直だよね」
不意に茶化すような微笑みに、翔は少しだけ目を細めた。
「……それ、必要か?」
「必要よ。そうやって、一息つくことも、“進む”うちのひとつだから」
その夜、病棟にいた全ての“動けなかった”兵士が、翌朝には自力で立ち上がることができた。
すぐに戦場へ戻る者もいれば、しばらく療養を続ける者もいた。
けれど、その目は皆、確かに“前”を見据えていた。
ギルドの報告文にはこう記された。
《治療支援完了:恐怖症状軽減・再起不能者ゼロ》
《使用装具:忘却ブレーサー(製作・絆鍛冶師 葵翔)》
《推薦:野戦看護士 志保/王都療養医師会》
そして、翔の鍛冶炉には、新たな刻印が残された。
“忘れて進む”という強さを形にした証。
それは、誰かが再び歩き出すために必要な“刃”ではなく、“休息の器”だった。
魔狼撃退戦から一夜明け、復旧の動きが始まる中でも、そこには未だ“戦い”を終えられない者たちがいた。
「……あの夜、光が迫ってきたんだ。逃げなきゃってわかってるのに、足が……動かなくて……」
ベッドに座る青年兵士の震える声を聞きながら、志保は穏やかにうなずいていた。
「いいのよ、動けなかったって。怖いときに怖がるのは、人間の“正常な反応”だから」
彼女の声は、淡く温かい。まるで冬の陽だまりのように、患者の内側に届いていく。
隣のベッドで目を伏せていた少女兵も、ぽつりと口を開いた。
「……でも、あたしたちは、前に出ないと、また誰かが……」
「そう。でもね――忘れて、いいのよ。一度は。傷ごと、いったん置いてきても、また“進む”って決めたなら、それでいい」
志保はそう言って、そっと患者の手を握った。
この病院には、身体の傷ではなく、“心の刃”で動けなくなった兵士たちが集められていた。
彼らは命こそ無事だったが、恐怖と罪悪感が心を鈍らせ、再び立ち上がる勇気を失っていた。
そんな彼らに、翔は“何を鍛えればいいのか”を、まだ掴みかねていた。
そのときだった。病棟の入口に、志保が翔を呼びに来た。
「……来てくれてありがとう、翔。見てくれる? 彼らの“縁”は、今とても細い。でも、切れてはいないの」
翔は静かに頷き、左手を掲げて“縁視”を発動する。
確かに見えた。患者たちと世界を結ぶ光の糸。だが、どれも霞がかかったように揺らぎ、途切れかけていた。
「……これは、強い“記憶”に絡め取られている。進めなくなるほどの重さ……」
「だから私は、ブレーキをかけてあげたい。『思い出さなくていい』って、誰かが言ってあげれば、それだけで変われる人もいるの」
志保は真っ直ぐに翔を見た。
「“忘れて前へ”――それは私の信条。でも、それを形にできるのは、あなたよ」
翔はその言葉に、小さく息を吸い、工具袋を開いた。
「打つ。お前との“縁”で」
ベッド脇の簡易鍛錬台に鉄片を置き、魔導炉を点火。
周囲に光の糸が集まり始める。志保の“切り替える力”と、患者たちの“進みたい想い”。
それらを繋ぐ“縁”を、翔は一心に叩く。
カン、カン――
ハンマーの音が、病棟の空気を静かに揺らす。
やがて、一本の装具が完成した。
それは、腕に装着する銀のバングル。表面には「前進」「忘却」「再起」という三つの文字が刻まれ、小さな青い宝石が嵌め込まれている。
「“忘却ブレーサー”」
翔が名を口にした瞬間、志保は自然に微笑んだ。
「ありがとう、翔。これ、彼らの“支え”になる」
“忘却ブレーサー”を手にした志保は、それをそっと患者の腕に装着した。
すると青い宝石が淡く光を放ち、患者の身体がわずかに震える。
「……あれ……頭が……少し、軽くなった……?」
青年兵士が目を開けて呟く。まるで、長い悪夢からようやく浮上したかのように。
「大丈夫。今だけ、“あの時”を忘れてもいいの。これは逃げじゃない。あなたがまた歩くための、ほんの少しの猶予なの」
志保の言葉に、彼は黙って頷いた。
その隣の少女兵士にもブレーサーが渡され、同じように装着される。
「……怖かったこと、置いていっていいんだ。今、そう言ってもらえた気がした」
志保はそっとその手を包み込む。
「うん。いつかは思い出してもいい。でも今は、前だけ見て――それで、十分だから」
翔は、静かにその光景を見つめていた。
忘れることは、弱さだと思っていた。
けれどそれは、前に進むための“手段”であり、“希望”でもあると――彼は、初めて理解した。
病棟の片隅で、翔は改めて志保と向き合う。
「……お前の“縁”は、折れてもまた立つ強さだ。折れたままにしない柔らかさ……俺は、鍛え方を間違えかけてた」
「ふふ、間違えてないよ。気づいた時点で、それは正しい鍛え直しになる。……翔って、思ったより素直だよね」
不意に茶化すような微笑みに、翔は少しだけ目を細めた。
「……それ、必要か?」
「必要よ。そうやって、一息つくことも、“進む”うちのひとつだから」
その夜、病棟にいた全ての“動けなかった”兵士が、翌朝には自力で立ち上がることができた。
すぐに戦場へ戻る者もいれば、しばらく療養を続ける者もいた。
けれど、その目は皆、確かに“前”を見据えていた。
ギルドの報告文にはこう記された。
《治療支援完了:恐怖症状軽減・再起不能者ゼロ》
《使用装具:忘却ブレーサー(製作・絆鍛冶師 葵翔)》
《推薦:野戦看護士 志保/王都療養医師会》
そして、翔の鍛冶炉には、新たな刻印が残された。
“忘れて進む”という強さを形にした証。
それは、誰かが再び歩き出すために必要な“刃”ではなく、“休息の器”だった。
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