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第8話_鉄仮面の副官クリスティーナ
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鉄の桟橋に潮風が吹く。異国船〈グランステラ〉が停泊する軍港に、重たい足音が響いた。
その中心にいたのは、冷徹な面持ちと軍服を纏う女性。
規律を刻んだ歩幅、直角に折れる肘、返事は端的な「了解」のみ。
副官クリスティーナ――通称“鉄仮面”。
「……報告書は?」
「すでに提出済みです、指揮官ブレイヴ殿」
そのやり取りの背後で、別の人物が口を挟んだ。
「いやぁ、こりゃ見事に“氷点下”って感じだな。笑う気配ゼロだ」
翔は、ブライセンのひそひそ声に苦笑いを返した。
彼女の肩に乗る銀の徽章は、王国軍の副官階級を示していた。
しかし、その立場以上に、彼女の“距離”が際立っていた。
――誰とも心を交わさない、という距離。
「先日の戦闘について、改めて口頭で報告します」
クリスティーナは寸分の狂いもなく語り出す。
海魔アシュロスの出現時間、推定サイズ、戦術展開、損害ゼロの根拠。
咲耶が筆を走らせる横で、翔はふと疑問を抱いた。
(……彼女の言葉には、“感情”が一切ない)
それは単なる無機質ではない。“欠けている”のだ。
声色に波がなく、身振りにも抑揚がない。
それはまるで、“自ら心を隠している”ような――
「報告終了。以上です」
静寂が走った。翔は彼女をじっと見つめた。
「……それで、どう思った?」
「……は?」
「君の“感想”だよ。成功だったのか、課題があったのか」
わずかに、わずかに彼女の視線が揺れる。
「……私の役目は命令を遂行し、記録を残すことです。主観は不要」
「でも、俺には必要なんだ。君との“縁”を鍛えるには、感情がいる。想いが必要だ」
それは、“絆鍛冶師”としての直感でもあった。
この副官には――心の奥に、何かを閉ざす“蓋”がある。
「……私は、他者と深く関わるべきではありません」
「それは君の意思か? それとも……誰かにそう教えられたのか?」
翔の問いに、クリスティーナのまつ毛が一瞬だけ震えた。
咲耶が、そっと視線で制止を送る。
翔は、しかし一歩も引かない。
「君のその“殻”ごと、鍛えてやるよ。――俺のスキルは、“縁”を打つものなんだ」
その言葉に、クリスティーナはゆっくりと視線を落とした。
「……では、あなたが私を壊す覚悟があるというなら、試してみてください」
その瞳の奥には、氷のような冷たさと、同時に、
長いあいだ凍っていた“何か”の揺らぎが、ほんの一滴だけあった。
夜の軍港。月光に照らされた桟橋の上で、翔は静かに槌を振るっていた。
ブライセンは早々に宴へと向かい、咲耶も報告書の提出で王都と連絡を取っていた。
だからこの場所には、翔と――
「あなたは、なぜそこまで私を知ろうとするのですか」
クリスティーナの声は、風のように冷たく、しかし確かに、問いかけだった。
「“縁”ってのは、無理に結ぶもんじゃない。けど、見えたなら、見ないふりもできない」
「……変わっていますね」
翔は槌を止め、じっと鍛造台の上に置かれた小さな指輪を見つめた。
――無表情の指輪《シグネット・シェル》。
それは、感情の揺らぎを一時的に封じ、過去の傷から守るための“仮面”として機能する。
「これは、君の“心を守る盾”だ。君が仮面を脱げないなら、せめて、その仮面すら肯定する装具を渡す」
翔が差し出すと、クリスティーナはそれを受け取った。
「これは……」
「誰もが、自分の弱さに気づかれたくない時がある。でも、守るべきものがあるなら、堂々と隠すのも立派な戦い方だろ」
沈黙。
クリスティーナは、しばらく無言で指輪を見つめていた。
やがて、静かに左手の薬指にはめる。
光はわずかにきらめき、そして収束する。
その顔にはまだ仮面のような無表情が貼りついたままだが、
その姿勢だけが、今までよりわずかに――“開いて”いた。
「……一度だけ。私の過去を、話しましょう」
その言葉に、翔は目を細める。
夜風がふわりと、焚き火の炎を揺らした。
「私には出生にまつわる秘密があります。……王国ではなく、はるか南の列島国にルーツがあります」
「……南列島……」
「はい。そして、その地は、現在“空白の教団”の支配圏下にあります」
翔の瞳に、警戒の光が灯った。
「まさか……」
「私の一族は、“感情を消すことで教団に従属しない術”を持っていました。けれど、その代償は、“心の奥底”すら凍結させることでした」
その声は淡々としていたが、語られる内容は過酷だった。
「私は、副官である以上に、“王国との縁を守る楔”として選ばれたのです」
「そのために、自分の感情を……?」
「ええ。だが、あなたの“槌”は、その楔すら少しずつ揺らしているようです。……まったく、不思議な存在ですね、葵翔」
翔は肩をすくめた。
「俺は、ただ、目の前の“縁”を鍛えてるだけだよ。君が隠しても、消しても、その“縁”がある限り、俺には見える」
クリスティーナは、少しだけ視線を逸らした。
その頬に、ごく微かに――ほとんど幻のように、赤みが灯っていた。
「……では、今後の任務も、共に遂行していく覚悟を、鍛えておいてください」
「ああ。もちろん、全力でな」
無表情の指輪は、静かに光り、
二人の間に、確かな“結び目”を象った。
その中心にいたのは、冷徹な面持ちと軍服を纏う女性。
規律を刻んだ歩幅、直角に折れる肘、返事は端的な「了解」のみ。
副官クリスティーナ――通称“鉄仮面”。
「……報告書は?」
「すでに提出済みです、指揮官ブレイヴ殿」
そのやり取りの背後で、別の人物が口を挟んだ。
「いやぁ、こりゃ見事に“氷点下”って感じだな。笑う気配ゼロだ」
翔は、ブライセンのひそひそ声に苦笑いを返した。
彼女の肩に乗る銀の徽章は、王国軍の副官階級を示していた。
しかし、その立場以上に、彼女の“距離”が際立っていた。
――誰とも心を交わさない、という距離。
「先日の戦闘について、改めて口頭で報告します」
クリスティーナは寸分の狂いもなく語り出す。
海魔アシュロスの出現時間、推定サイズ、戦術展開、損害ゼロの根拠。
咲耶が筆を走らせる横で、翔はふと疑問を抱いた。
(……彼女の言葉には、“感情”が一切ない)
それは単なる無機質ではない。“欠けている”のだ。
声色に波がなく、身振りにも抑揚がない。
それはまるで、“自ら心を隠している”ような――
「報告終了。以上です」
静寂が走った。翔は彼女をじっと見つめた。
「……それで、どう思った?」
「……は?」
「君の“感想”だよ。成功だったのか、課題があったのか」
わずかに、わずかに彼女の視線が揺れる。
「……私の役目は命令を遂行し、記録を残すことです。主観は不要」
「でも、俺には必要なんだ。君との“縁”を鍛えるには、感情がいる。想いが必要だ」
それは、“絆鍛冶師”としての直感でもあった。
この副官には――心の奥に、何かを閉ざす“蓋”がある。
「……私は、他者と深く関わるべきではありません」
「それは君の意思か? それとも……誰かにそう教えられたのか?」
翔の問いに、クリスティーナのまつ毛が一瞬だけ震えた。
咲耶が、そっと視線で制止を送る。
翔は、しかし一歩も引かない。
「君のその“殻”ごと、鍛えてやるよ。――俺のスキルは、“縁”を打つものなんだ」
その言葉に、クリスティーナはゆっくりと視線を落とした。
「……では、あなたが私を壊す覚悟があるというなら、試してみてください」
その瞳の奥には、氷のような冷たさと、同時に、
長いあいだ凍っていた“何か”の揺らぎが、ほんの一滴だけあった。
夜の軍港。月光に照らされた桟橋の上で、翔は静かに槌を振るっていた。
ブライセンは早々に宴へと向かい、咲耶も報告書の提出で王都と連絡を取っていた。
だからこの場所には、翔と――
「あなたは、なぜそこまで私を知ろうとするのですか」
クリスティーナの声は、風のように冷たく、しかし確かに、問いかけだった。
「“縁”ってのは、無理に結ぶもんじゃない。けど、見えたなら、見ないふりもできない」
「……変わっていますね」
翔は槌を止め、じっと鍛造台の上に置かれた小さな指輪を見つめた。
――無表情の指輪《シグネット・シェル》。
それは、感情の揺らぎを一時的に封じ、過去の傷から守るための“仮面”として機能する。
「これは、君の“心を守る盾”だ。君が仮面を脱げないなら、せめて、その仮面すら肯定する装具を渡す」
翔が差し出すと、クリスティーナはそれを受け取った。
「これは……」
「誰もが、自分の弱さに気づかれたくない時がある。でも、守るべきものがあるなら、堂々と隠すのも立派な戦い方だろ」
沈黙。
クリスティーナは、しばらく無言で指輪を見つめていた。
やがて、静かに左手の薬指にはめる。
光はわずかにきらめき、そして収束する。
その顔にはまだ仮面のような無表情が貼りついたままだが、
その姿勢だけが、今までよりわずかに――“開いて”いた。
「……一度だけ。私の過去を、話しましょう」
その言葉に、翔は目を細める。
夜風がふわりと、焚き火の炎を揺らした。
「私には出生にまつわる秘密があります。……王国ではなく、はるか南の列島国にルーツがあります」
「……南列島……」
「はい。そして、その地は、現在“空白の教団”の支配圏下にあります」
翔の瞳に、警戒の光が灯った。
「まさか……」
「私の一族は、“感情を消すことで教団に従属しない術”を持っていました。けれど、その代償は、“心の奥底”すら凍結させることでした」
その声は淡々としていたが、語られる内容は過酷だった。
「私は、副官である以上に、“王国との縁を守る楔”として選ばれたのです」
「そのために、自分の感情を……?」
「ええ。だが、あなたの“槌”は、その楔すら少しずつ揺らしているようです。……まったく、不思議な存在ですね、葵翔」
翔は肩をすくめた。
「俺は、ただ、目の前の“縁”を鍛えてるだけだよ。君が隠しても、消しても、その“縁”がある限り、俺には見える」
クリスティーナは、少しだけ視線を逸らした。
その頬に、ごく微かに――ほとんど幻のように、赤みが灯っていた。
「……では、今後の任務も、共に遂行していく覚悟を、鍛えておいてください」
「ああ。もちろん、全力でな」
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