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第11話_静寂の余震
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黎明の陽が王都リオストの屋根を照らしはじめた頃、王宮の東端に位置する医務塔では、薄闇の中で静かなざわめきが続いていた。
刻印典礼の襲撃から一夜。混乱の余波は未だ収束せず、負傷者の治療と記録処理、王国軍の緊急会議が並行して進められている。
「翔さん、そっちの患者記録、もう一度確認してもらえる?」
咲耶の落ち着いた声が、書棚と治療ベッドの合間を縫って響いた。彼女は書類の山を机に並べながら、周囲の看護師に的確な指示を出している。
対して翔は、やや場違いな無骨な姿――鍛冶用エプロンを纏ったまま、手にした光る糸を指で調整していた。
「うん、こっちは大丈夫。刻印盤とのリンクが切れてる負傷者、四名。今、絆糸で繋ぎ直してるところ」
「……やっぱり、切れてたのね」
咲耶は息を詰め、静かにメモを取った。
翔のスキル〈リンクフォージ〉は“人と人の縁”を素材に具現化する能力だが、逆に縁が断たれた者とは、スキルが反応しない。
昨日の襲撃で刻印盤が物理的・精神的に破壊された患者には、生命の深部で“つながり”が消えてしまっていたのだ。
「でも……完全に失われたわけじゃない。小さな火種は、まだある」
翔はそう言いながら、光る絆糸の端を患者の手首へとゆっくり当てた。
次の瞬間――淡い光が灯り、患者の眉間にわずかな赤みが戻った。
「……ありがとう」
咲耶が小さく呟く。
「でも、この火種を灯し続けるには、かなりの集中力が必要でしょう? 無理だけはしないで」
「平気。昨日の戦いで、少しだけわかったんだ。リンクフォージは……“壊れた縁”にも届くかもしれないって」
翔の声は静かだが、芯のある強さを宿していた。
その時、医務塔の扉が開き、王都防衛軍の副官が駆け込んできた。
「葵翔殿、咲耶殿! 北街の刻印盤から、異常な反応が感知されました!」
咲耶が反射的に立ち上がる。
「異常……? まさか、また教団の残党が?」
「いえ、敵対反応ではありません。ただ……すでに“空白”と認定された刻印盤から、再起動の兆候が」
咲耶の目が細くなる。
「空白からの再起動……それって、“自律刻印”の可能性もあるってことね?」
「どういうこと?」
翔が首を傾げると、咲耶が資料を手に説明しはじめた。
「刻印盤っていうのは、本来“他者との関係性”を通じて成長・変化する構造体なの。だけど、稀に“持ち主の内面の再構築”によって、完全に自律した形で再起動する例がある……と文献にはあるわ」
「つまり……刻印を失ったと思われた人が、自力で“新たな縁”を生み出したってことか?」
咲耶は頷く。
「そう。しかも、今回の再起動兆候の中心にいたのが、昨夜あなたが“絆糸”を結んだ患者だって」
翔の目が見開かれる。
「じゃあ……俺の鍛冶が、誰かの“再起動”を導いた可能性がある……?」
医務塔の空気が変わる。
それは希望とも畏れとも取れる、重い一瞬だった。
咲耶が唇を引き結び、低く言った。
「……刻印制度が壊れかけている今だからこそ。翔さんのジョブ“絆鍛冶師”が、新しい時代を繋ぐ鍵になるかもしれない」
翔は、光を宿した絆糸を見つめながら、静かに拳を握った。
「だったら、俺は叩き続けるよ。“縁”をな。――消えたように見えても、見えないところでまだ、生きてるかもしれないから」
再び、医務塔に槌音が響く。
翔は絆糸を材料に、新たな試作具《縁繋ぎの留め具》を打ち出した。
それは目には見えぬが、患者の心の奥底に静かに留まり、“次の絆”を結ぶ助けとなるはずだった。
再起動した刻印盤の調査報告が王宮から届いたのは、翔が《縁繋ぎの留め具》の試作を終えた直後だった。
文書を手にした咲耶は、目を細めながら読み上げる。
「“被験者は昨夜まで意識不明の状態にありながら、本日未明、刻印盤に微弱ながらも自主発光を確認。刻印名は依然として空白だが、微細な縁紋が再形成中と推察される”……」
「つまり、まだ“職業”は戻ってないけど、絆の糸が結ばれはじめた、ってことか」
翔は小さくうなずくと、再び工具を手にした。
「その人のところへ、行ってみたい。……俺のスキルが、ほんとうに意味を持ったのか確かめたい」
「了解。許可はすでに出てるわ。……私も一緒に行く」
ほどなくして、二人は医務塔の上層階、重傷者専用室へと足を運んだ。
そこには、昨日まで昏睡していた少年が、壁に寄りかかって静かに目を開けていた。
その胸元には、うっすらと光る繊細な文様――微弱な“縁刻”が浮かびつつある。
「……君の名前、覚えてる?」
翔が問いかけると、少年は小さく頷いた。
「ルース……。あの日……祭りを見てて、何かが壊れて……それから……真っ暗になって……」
咲耶がノートを開く。
「あなたの刻印盤は、昨日まで反応なしの“空白”状態でした。けど今は、わずかに“縁”が再生しはじめてる。何か心の中で、大きな変化があった?」
少年――ルースは瞳を伏せて、ぽつりと口を開いた。
「……夢を見たんだ。夜の鍛冶場で、誰かが火花を散らしながら、僕の胸の奥を“叩いて”た。名前も顔もわからない。でも……“繋がりたい”って声だけは、ちゃんと聞こえた」
翔の息が止まる。
咲耶も、思わず翔を見た。
「……翔さん。これって、あなたの〈リンクフォージ〉が“縁”そのものにまで作用したってこと?」
「……もしかしたら、そうかも」
翔はそっとルースの肩に手を置き、手の中で静かに絆糸を呼び出した。
すると、ルースの胸元の縁刻が、一瞬だけだが明るく鼓動するように光を放った。
「……ありがとう」
ルースの目に、薄く涙がにじんだ。
「僕、生きてていいんだ、って思えた……。ありがとう、知らない人……じゃなくて、“翔さん”」
翔はそれ以上、何も言わずに微笑んだ。
――そのとき。
「翔殿! 至急、王都南門に向かわれたし!」
駆け込んできたのは、冒険者ギルド〈蒼盾〉の連絡員だった。
「急報です。昨日の襲撃の余波で、南街区にて“刻印盤の異常進化”が発生。発光状態が暴走し、周囲の魔術具に干渉を始めています!」
「進化? 刻印盤が……?」
咲耶がすぐさま立ち上がった。
「それって、正常な発展じゃないってことよね? 暴走型の可能性が高い。制御できなければ、周囲を巻き込んで――」
「行こう」
翔はすでに歩き出していた。
――誰かと誰かを繋げるだけでなく、壊れかけた縁の修復、そして“暴走した縁”すらも鎮める力を、自分は持てるのかもしれない。
その確認のために、今度は槌ではなく《絆糸》と《縁繋ぎの留め具》を手に、翔は向かう。
王都の、さらに深く揺らいだ“縁”の中へ。
刻印典礼の襲撃から一夜。混乱の余波は未だ収束せず、負傷者の治療と記録処理、王国軍の緊急会議が並行して進められている。
「翔さん、そっちの患者記録、もう一度確認してもらえる?」
咲耶の落ち着いた声が、書棚と治療ベッドの合間を縫って響いた。彼女は書類の山を机に並べながら、周囲の看護師に的確な指示を出している。
対して翔は、やや場違いな無骨な姿――鍛冶用エプロンを纏ったまま、手にした光る糸を指で調整していた。
「うん、こっちは大丈夫。刻印盤とのリンクが切れてる負傷者、四名。今、絆糸で繋ぎ直してるところ」
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咲耶は息を詰め、静かにメモを取った。
翔のスキル〈リンクフォージ〉は“人と人の縁”を素材に具現化する能力だが、逆に縁が断たれた者とは、スキルが反応しない。
昨日の襲撃で刻印盤が物理的・精神的に破壊された患者には、生命の深部で“つながり”が消えてしまっていたのだ。
「でも……完全に失われたわけじゃない。小さな火種は、まだある」
翔はそう言いながら、光る絆糸の端を患者の手首へとゆっくり当てた。
次の瞬間――淡い光が灯り、患者の眉間にわずかな赤みが戻った。
「……ありがとう」
咲耶が小さく呟く。
「でも、この火種を灯し続けるには、かなりの集中力が必要でしょう? 無理だけはしないで」
「平気。昨日の戦いで、少しだけわかったんだ。リンクフォージは……“壊れた縁”にも届くかもしれないって」
翔の声は静かだが、芯のある強さを宿していた。
その時、医務塔の扉が開き、王都防衛軍の副官が駆け込んできた。
「葵翔殿、咲耶殿! 北街の刻印盤から、異常な反応が感知されました!」
咲耶が反射的に立ち上がる。
「異常……? まさか、また教団の残党が?」
「いえ、敵対反応ではありません。ただ……すでに“空白”と認定された刻印盤から、再起動の兆候が」
咲耶の目が細くなる。
「空白からの再起動……それって、“自律刻印”の可能性もあるってことね?」
「どういうこと?」
翔が首を傾げると、咲耶が資料を手に説明しはじめた。
「刻印盤っていうのは、本来“他者との関係性”を通じて成長・変化する構造体なの。だけど、稀に“持ち主の内面の再構築”によって、完全に自律した形で再起動する例がある……と文献にはあるわ」
「つまり……刻印を失ったと思われた人が、自力で“新たな縁”を生み出したってことか?」
咲耶は頷く。
「そう。しかも、今回の再起動兆候の中心にいたのが、昨夜あなたが“絆糸”を結んだ患者だって」
翔の目が見開かれる。
「じゃあ……俺の鍛冶が、誰かの“再起動”を導いた可能性がある……?」
医務塔の空気が変わる。
それは希望とも畏れとも取れる、重い一瞬だった。
咲耶が唇を引き結び、低く言った。
「……刻印制度が壊れかけている今だからこそ。翔さんのジョブ“絆鍛冶師”が、新しい時代を繋ぐ鍵になるかもしれない」
翔は、光を宿した絆糸を見つめながら、静かに拳を握った。
「だったら、俺は叩き続けるよ。“縁”をな。――消えたように見えても、見えないところでまだ、生きてるかもしれないから」
再び、医務塔に槌音が響く。
翔は絆糸を材料に、新たな試作具《縁繋ぎの留め具》を打ち出した。
それは目には見えぬが、患者の心の奥底に静かに留まり、“次の絆”を結ぶ助けとなるはずだった。
再起動した刻印盤の調査報告が王宮から届いたのは、翔が《縁繋ぎの留め具》の試作を終えた直後だった。
文書を手にした咲耶は、目を細めながら読み上げる。
「“被験者は昨夜まで意識不明の状態にありながら、本日未明、刻印盤に微弱ながらも自主発光を確認。刻印名は依然として空白だが、微細な縁紋が再形成中と推察される”……」
「つまり、まだ“職業”は戻ってないけど、絆の糸が結ばれはじめた、ってことか」
翔は小さくうなずくと、再び工具を手にした。
「その人のところへ、行ってみたい。……俺のスキルが、ほんとうに意味を持ったのか確かめたい」
「了解。許可はすでに出てるわ。……私も一緒に行く」
ほどなくして、二人は医務塔の上層階、重傷者専用室へと足を運んだ。
そこには、昨日まで昏睡していた少年が、壁に寄りかかって静かに目を開けていた。
その胸元には、うっすらと光る繊細な文様――微弱な“縁刻”が浮かびつつある。
「……君の名前、覚えてる?」
翔が問いかけると、少年は小さく頷いた。
「ルース……。あの日……祭りを見てて、何かが壊れて……それから……真っ暗になって……」
咲耶がノートを開く。
「あなたの刻印盤は、昨日まで反応なしの“空白”状態でした。けど今は、わずかに“縁”が再生しはじめてる。何か心の中で、大きな変化があった?」
少年――ルースは瞳を伏せて、ぽつりと口を開いた。
「……夢を見たんだ。夜の鍛冶場で、誰かが火花を散らしながら、僕の胸の奥を“叩いて”た。名前も顔もわからない。でも……“繋がりたい”って声だけは、ちゃんと聞こえた」
翔の息が止まる。
咲耶も、思わず翔を見た。
「……翔さん。これって、あなたの〈リンクフォージ〉が“縁”そのものにまで作用したってこと?」
「……もしかしたら、そうかも」
翔はそっとルースの肩に手を置き、手の中で静かに絆糸を呼び出した。
すると、ルースの胸元の縁刻が、一瞬だけだが明るく鼓動するように光を放った。
「……ありがとう」
ルースの目に、薄く涙がにじんだ。
「僕、生きてていいんだ、って思えた……。ありがとう、知らない人……じゃなくて、“翔さん”」
翔はそれ以上、何も言わずに微笑んだ。
――そのとき。
「翔殿! 至急、王都南門に向かわれたし!」
駆け込んできたのは、冒険者ギルド〈蒼盾〉の連絡員だった。
「急報です。昨日の襲撃の余波で、南街区にて“刻印盤の異常進化”が発生。発光状態が暴走し、周囲の魔術具に干渉を始めています!」
「進化? 刻印盤が……?」
咲耶がすぐさま立ち上がった。
「それって、正常な発展じゃないってことよね? 暴走型の可能性が高い。制御できなければ、周囲を巻き込んで――」
「行こう」
翔はすでに歩き出していた。
――誰かと誰かを繋げるだけでなく、壊れかけた縁の修復、そして“暴走した縁”すらも鎮める力を、自分は持てるのかもしれない。
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