絆鍛冶師の縁鎚――孤高青年が仲間と紡ぐジョブリンク大戦記

乾為天女

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第13話 初雪と灯籠祭

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 王都リオスト旧市街――その一角に位置する〈コルネ広場〉は、雪の精に祝福されたかのように白く染まりつつあった。
 今年初めての雪が降ったのは、昼下がりの鐘が三つ鳴った時刻。
  空から舞い降りた銀片は、旧市街の石畳にふわりと乗り、すぐさま解けることなく残った。
「……今年も、ちゃんと降ったわね」
 琴音が息を吐くと、白く淡い霧が夜気に溶けた。
  鮮やかな緋色のマントを肩にかけ、彼女は足元の小さな子どもたちを見守っている。
 広場の中心には、大小さまざまな“灯籠”が並べられていた。
 それらは紙細工のように繊細な構造で、中に魔石の明かりが灯されている。
  この夜に灯籠を流すことで、厄災と悲しみを空に返し、次の年へと希望をつなぐ――それがこの“灯籠祭”の由来だった。
「……お姉ちゃん、これ、きれいにできた?」
「うん、とっても。あとはここに、願いを書きましょう」
 琴音は、子どもが差し出した灯籠の側面に貼り付けられた紙を優しくなぞる。
 “来年も、家族でごはんが食べられますように”
 その字は拙いながらも、まっすぐで、優しさに満ちていた。
「いいお祈りね……きっと、空の向こうに届くわ」
 琴音の言葉に、子どもたちの表情がほころぶ。
  その笑顔を見て、琴音もまたほっとしたように微笑んだ。
 灯籠祭の準備は、地元住民とギルドの協力で成り立っている。
  とりわけ今年は、刻印典礼の襲撃事件で王都全体が不安定な空気に包まれており、この行事には例年以上の“希望”が託されていた。
 その責任を引き受ける形で、咲耶と翔も祭の支援に加わっていた。
「翔ー! 灯籠の転送台、こっちは魔導線が切れてるわ! 急ぎ直せる?」
 咲耶の呼び声が、雪の中で凛と響いた。
  翔は、工具箱片手に地面に膝をつく。
「了解。〈リンクフォージ〉……発動」
 翔の瞳に、魔導線の“縁”が青白く浮かび上がる。
  切断された箇所を確認し、周囲の縁を束ね直す。
「……“光纏の鈴”――起動」
 そう呟くと同時に、翔の作った小型の“縁道具”が鈴の音を響かせた。
 するとどうだろう。
  切れていた魔導線が、静かに再接続され、灯籠転送台の縁路が再び明滅を始めた。
「お見事、翔。これで全台稼働ね」
 咲耶が満足そうに記録帳へ書き込み、翔は工具を片付けつつ呟く。
「縁ってのは……目に見えなくても、音で呼べば応えてくれるもんだな」
「ロマンチックなこと言うようになったじゃない」
「そうか? ……まあ、あんたがロジックで動くなら、俺は感覚で動くってだけだ」
 二人のやりとりを聞きながら、琴音は子どもたちを集める。
「さぁ、みんな準備はいい? “空に想いを届ける儀式”、始めましょうか!」
「「はーい!」」
 元気な声が広場に響いた。
  初雪の夜、冷たい風の中で、灯籠が静かに空へと舞い始める。



 風が穏やかに舞うたび、灯籠の明かりがきらりと揺れる。
  子どもたちが手を合わせて見上げるその先、魔導転送台から天へと昇る灯籠は、まるで星屑のように瞬いていた。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……あっ、あれ! おれの灯籠、いちばん上に行ってる!」
 そう叫んだ男の子に、隣の少女が少しだけくちを尖らせる。
「ずるいよ、あたしのも、上のほうに行ってほしいのに……」
 それを見て、琴音はくすくすと笑いながら言った。
「願いが軽やかだったのよ、きっと。だから、すいすい登ってるの。けどね……上に行くかどうかじゃなくて、ちゃんと“想い”が乗ってることが大事なの」
 その言葉に、少女は目をぱちぱちと瞬かせ、やがて微笑んだ。
「そっか……なら、いいや。わたしのも、ちゃんと届いてる気がする!」
「ええ、絶対届いてるわ」
 琴音の声は、どこか祈るように、そっと空に溶けていった。
 一方その頃、翔はもう一つの修復依頼に手をかけていた。
  旧市街に古くからある“見守り灯塔”の灯りが、この一年で完全に消えてしまったという。
 それは“縁の象徴”とも呼ばれ、亡き人を偲ぶ象徴として親しまれていたのだ。
 翔は、その灯塔の石柱に触れ、目を閉じる。
 そこには、無数の縁の痕跡が染み込んでいた。
  家族を亡くした者。恋人を想う者。戦地に向かった息子を信じる母。
 静かに響くような心の波が、塔の奥底に今も残っている。
「……なら、これを使おう」
 翔は腰の道具袋から、一本の古い鈴を取り出した。
  それは、野戦病院の時に使い残していた“光纏の鈴”の予備。
  けれど、今の翔の鍛冶なら――もっと強く、深く、灯せる。
 彼は小型の作業台を広げ、軽く息を吐いた。
「〈リンクフォージ〉――対象:灯塔。縁属性、鎮魂、共鳴音。」
 ハンマーが鳴る。カン……カン……と夜に響く音は、どこか懐かしい。
 灯塔の頂部、割れた魔石の受光板に、静かに鈴の音が宿った瞬間――。
 ぽ、と。
 暖かな光が、再び塔を包んだ。
「……ついた」
 翔の隣に、咲耶が立っていた。
  彼女は口元に手を添え、目を細めていた。
「いい光ね……懐かしくて、でも、新しい」
「“縁”ってのは、繰り返すもんじゃなくて……引き継がれていくもんだと思うんだ」
 翔の呟きに、咲耶はうなずいた。
「なら、今年のこの祭が、次の代にも渡っていくといいわね。……絆鍛冶師の力と共に」
 遠く、空へと昇っていった灯籠の明かりが、天の星々と交差する。
 まるで、誰かの願いが、静かに叶っていくようだった。



 その夜、コルネ広場は自然と拍手に包まれた。
  灯籠を見送った子どもたちがひとり、またひとりと帰路につく中、大人たちは暖かいハーブ酒を片手に、祭りの余韻を噛みしめていた。
 「いやぁ、見事だったよ、翔。灯塔の修復まで仕上げるとは……君の仕事ぶりには舌を巻くよ」
  旧市街の世話役、マルカじいが片目を細めながら酒壺を掲げる。
 「ん、まあ……あれは、みんなの“想い”が残ってたからこそだ」
  翔は照れ隠しのように髪をかく。
  その隣で琴音が手をぱんと打ち鳴らした。
 「それじゃあ私からも、今日の締めくくりに感謝を込めて……一曲、歌わせてもらってもいい?」
  「おおー!」「待ってました!」
  住民たちの合唱のような声に押されて、琴音は軽く深呼吸し、足元の小箱から“声導の宝珠”を取り出す。
  それは翔が先日、彼女との縁を素材にして鍛えた品――言葉や声が、空間に優しく染み込む不思議な道具だった。
 「今夜だけは、悲しいこと全部、灯籠と一緒に空へ流しましょう」
  琴音の歌声が広場を包み込む。
  伸びやかで、あたたかくて、どこか泣きたくなるような旋律。
  聴いている者たちは誰ひとりとして喋らず、ただ音に身を預けた。
  ――家族と別れた者もいた。
  ――傷を負い、帰れぬ者もいた。
  でも。
  それでも。
 「……生きて、ここにいることが、きっと“縁”なのね」
  咲耶がぽつりと呟いたその声は、誰にも聞かれてはいなかったが、翔だけは隣で静かに頷いていた。
  やがて歌は終わり、拍手が鳴り響く。
  涙をぬぐう子どもがひとり、琴音に花の紙飾りを手渡した。
 「お姉ちゃん、ありがとう。……あの歌、ぜったい空にも届いたよ!」
 「ふふ、そうだといいわね」
  夜の空はもう、雪ではなく、星を降らせていた。
  静かな祝福が、リオストの片隅で確かに息づいている。
  その中に、“縁”の灯は、揺れることなく――確かに輝いていた。

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