絆鍛冶師の縁鎚――孤高青年が仲間と紡ぐジョブリンク大戦記

乾為天女

文字の大きさ
24 / 40

第24話_静かなる盾、鋼を抱く

しおりを挟む
 夜の帳が、蒸気都市ヴァルトラインを包み込み始めていた。
  黄金の灯火が規則正しく並ぶ街路には、日中の喧騒が嘘のような静けさが漂っている。しかし、その静寂の裏には、見えざる“異変”が広がりつつあった。
 「ここです、支部長……先ほどの通報によれば、この辺りの住人たちが、揃って“昨日の記憶”を失っていると……」
  案内役の青年が小声で言い、通路の奥を指差す。そこには、小さな民家が五軒ほど並んでいたが、窓から漏れる灯りはどれも弱々しく、住人たちの不安を映していた。
 「まるで、“記憶”ごと、この街の一部が削り取られているみたいだ」
  低く呟いたのは、蒸気連盟の臨時相談員として現地入りしていた志保だ。
  その隣には、黒いローブをまとった青年――知也が立っていた。
 「呪詛……それも、“忘却”に属するタイプかもしれない。放っておけば、都市全体に拡がる可能性もある」
 「やっぱり、“あいつら”ね。教団の残滓……」
  志保は拳を握る。だがその顔に、焦燥はない。あるのは、静かで芯のある怒りだった。
  彼女はふと、知也の顔を見た。変わらぬ表情のまま、彼は足元の石畳に手をかざし、淡く光る印を描いている。
 「……準備は?」
 「整った。“記録の残滓”を吸収する構成式を仕込んだ。これで呪詛の根を辿れるはず」
  彼の静かな言葉は、頼もしさと同時に“凍てついた意志”を思わせた。
  志保は小さく息を吸い、前を向いた。
 「じゃあ、行こう。人々の記憶を守るために――」
  二人は足音を忍ばせながら、最も異常値の高かった一軒家へと向かった。家主の老人は、今朝目覚めた時、自分の名前も孫の顔も思い出せなかったという。
  呪詛の根は、確実にそこにある。
  そして――
  建物に入った瞬間、空気の密度が変わった。
  外よりもずっと冷たく、重く、鈍い。
  天井から垂れ下がる蒸気管が、かすかに軋む音を立てる。古い家具の隙間からは、微かに黒い“もや”が漂っていた。
 「……出てきたわね。教団式の呪詛……“記憶吸い”よ」
  志保がそう言うと、知也は躊躇なく印を打った。
  青白い光が空間を照らすと、家具や壁に張り付いていた黒い靄が、焼き払われるように消えていく。
  だが――
 「奥に、“核”がある」
  知也が、迷いのない声で告げた。
  ふたりは揃って奥の部屋へと駆け出す。だがその瞬間、床が軋み、空間が一瞬、揺れたように歪んだ。
 「これは……記憶の“ねじれ”を利用した結界!? 時間感覚まで狂わせてる……!」
  志保が鋭く声をあげる。
  だが、知也はまるで予定通りだとでも言うように、腰元から小さな短杖を取り出し、地に突き立てた。
 「――見ろ、“盾”の力を」
  瞬間、地面から淡い銀の魔法陣が広がる。それは侵食していた呪詛を押し返し、部屋の空間を正常化させていく。
  志保が思わず息を飲んだ。
 「……静かに、でも確かに、守ってくれるんだね。あんたの“盾”は……」
  知也は返事をせず、そっと呪詛の“核”へと手を伸ばした。
  その手元に、翔から託された鍛造道具のひとつ――“記憶清掃ブラシ”が収まっていた。


 翔が彼らに託した“記憶清掃ブラシ”は、まるで心の塵を拭うかのように、そっと輝いた。
  知也はそれを呪詛の核へ向け、丁寧に、まるで誰かの髪を梳かすような仕草で触れていく。静けさのなかで、ブラシが“記憶の澱”をなぞり取っていくたび、黒い靄が薄れていった。
 「……もう大丈夫。記憶の流れが、元に戻り始めてる」
  知也がそう言ったとき、ふと背後の戸が開き、先ほどまで名前すら失っていた老人が呆然と立っていた。
 「わしは……“オルゴ”じゃ。孫の“メリナ”が、今朝、スープを作ってくれての……そうだ、それを……」
  老人の目が潤み、崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
 「戻ったんだね……ほんとうに」
  志保がそっと老人の肩を抱く。その横で、知也はブラシを布で丁寧に拭い、工具袋に戻した。
 「ここだけじゃない。たぶん、他の区画にも同じ呪詛が点在してる。仕掛けたのは……“複数”だ」
 「教団の……残党か、それとも協力者……」
  志保は口元を引き結び、すぐさまギルド連絡用の印符を取り出した。
 「翔たちにも連絡しよう。この範囲じゃ、私たち二人じゃカバーしきれない」
  知也はうなずきながら、ふと窓の外へ目を向けた。
  そこには、吹き込んできた夜風が灯火をゆらし、まるで“揺れる縁”を象徴しているかのようだった。
  その夜、翔たちはギルドからの急報を受け、ヴァルトライン西区に急行した。
  咲耶は連絡を受けた時点で既に、地図に都市構造の重ね合わせを済ませており、異常の拡大傾向を即座に割り出していた。
 「この“点在”の仕方、記憶の奪取が“個人”じゃなくて“接点”を狙ってる……つまり、“人と人との縁”を断とうとしてるわ」
  咲耶の言葉に、翔は表情を引き締める。
  それはつまり、“リンクスミス”である彼の真逆の能力――“縁の切断”が意図された呪術、ということだった。
 「なるほど……じゃあ、それを打ち消す“縁の道具”が必要ってことだな」
  翔は深くうなずき、既に携えていた鍛造器具を広げ始めた。
  蒸気都市の夜明け前、冷たい鉄と熱い想いが交差する工房で、翔は再び“縁”を打つ。
  知也と志保――静かに支える盾と、過去を乗り越える力。
  この二人との“絆”から、新たな武具が生まれる。
 「これは、“鋼抱の盾”――記憶を守り、縁を断たせない守護具だ」
  翔のハンマーが最後の火花を散らした瞬間、ヴァルトラインの夜空に、微かな光が走った。
  そして――
  彼らの静かな戦いが、都市全体を包む“忘却の連鎖”を断ち切る希望となる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

崩壊寸前のどん底冒険者ギルドに加入したオレ、解散の危機だろうと仲間と共に友情努力勝利で成り上がり

イミヅカ
ファンタジー
 ハートとお気に入り登録、ぜひぜひお願いいたします!  ↓簡単なあらすじは''もっと見る''へ!↓  ここは、剣と魔法の異世界グリム。  ……その大陸の真ん中らへんにある、荒野広がるだけの平和なスラガン地方。  近辺の大都市に新しい冒険者ギルド本部が出来たことで、辺境の町バッファロー冒険者ギルド支部は無名のままどんどん寂れていった。  そんな所に見習い冒険者のナガレという青年が足を踏み入れる。  無名なナガレと崖っぷちのギルド。おまけに巨悪の陰謀がスラガン地方を襲う。ナガレと仲間たちを待ち受けている物とは……?  チートスキルも最強ヒロインも女神の加護も何もナシ⁉︎ ハーレムなんて夢のまた夢、無双もできない弱小冒険者たちの成長ストーリー!  努力と友情で、逆境跳ね除け成り上がれ! (この小説では数字が漢字表記になっています。縦読みで読んでいただけると幸いです!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

処理中です...