絆鍛冶師の縁鎚――孤高青年が仲間と紡ぐジョブリンク大戦記

乾為天女

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第31話_王都への凱旋と影

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 陽が昇るとともに、王都リオストの大通りには人々が押し寄せた。色とりどりの旗が揺れ、鐘楼が凱旋を告げる鐘を高らかに鳴らす。
  五侯国連合軍による勝利の報はすでに各地へ伝えられており、王都は歓喜と期待に包まれていた。
 「まるで祭りだな……」
  馬車の窓から外を覗いたブライセンが、飽きもせずに手を振る子供たちへ満面の笑みを返す。
  翔はその隣で無言だった。礼装の鎧は美しく磨かれていたが、その瞳はどこか遠くを見ていた。
 「浮かない顔ですね」
  クリスティーナが問いかける。今日の彼女も軍儀服姿だが、髪はいつもより柔らかく巻かれ、口元にはほんのりと朱が差していた。
  式典のための化粧――だが、その奥にある緊張もまた、隠しきれなかった。
 「……何かが震えている」
  翔は短く答えた。「“縁”がざわついてる。見えない何かが、王都の奥に潜んでるような……そんな感じがする」
  咲耶が別の馬車から降り、翔のそばに並んだ。「式典中の警戒体制は強化済み。王家直属の精鋭部隊も配備されているわ」
 「でも、“虚無教団”はこれまでにも想定外の手段を取ってきた。安心はできない」
  知也が言い添えるように、馬車の影から現れた。
  凱旋行列は王都中央大通りを進んでいく。市民たちは歓声を上げ、花びらが舞い、楽団が祝奏を奏でる。
  だが、その華やかさの奥で、翔の“リンクフォージ”はわずかに震え続けていた。まるで、“未接続の縁”が不協を生んでいるように。
 「……“空白の巫王”は、まだ動いていない」
  琴音が囁くように言った。「けど、だからこそ不気味。私、声が聞こえないの。“場”の音が」
 「お前が言うと、ますます信じたくなるな」
  洋平が冗談めかして返すが、その眉はわずかに寄っていた。
  そのとき、王宮の中庭から信号旗が揚がる。式典の開幕――王からの祝辞が始まる合図だ。
  翔たちは整列し、緩やかに馬を進めた。
  だが。
  ――その瞬間、王宮の上空に“裂け目”が開いた。
  空間が“歪む”音がした。目には見えないが、耳には届く奇怪な共鳴。それは“縁”の断絶を思わせる、嫌な響きだった。
 「来るぞ……!」
  翔の叫びとともに、全員が即座に武器を構えた。
  天がひとつ、割れた。


 空が裂けたその瞬間、王都中に〈異音〉が走った。風が反転し、鳥が悲鳴のように鳴きながら逃げ去る。
  次の瞬間、“それ”は現れた。
  黒衣の群れ。まるで空そのものが滲み出したかのような、不定形の影。
  だが、ただの影ではない。その中央に立つ一人の人物だけは、輪郭が鮮明だった。
  ――空白の巫王。
  全身を法衣で覆い、顔すら仮面で隠された男。その仮面は人間の顔のようでもあり、感情の一切を排した無機の表情でもあった。
  彼が一歩、空を歩くように降りるたび、周囲の“縁”が裂けていく。
  見えない糸がぶつぶつと切れていく音が、翔には確かに聞こえた。
 「王宮に向かう気か!?」
  洋平が叫び、すでに走り出していた。軍勢の中で真っ先に、盾を構えて敵の進行方向を塞ぐ。
 「各隊、迎撃態勢に入れ! 民衆を退避させろ!」
  咲耶の指示が響く。彼女は冷静に動きながら、王宮の衛兵隊に手早く命令を飛ばしていく。
  クリスティーナは無言のまま剣を抜き、ブライセンは笑いながら前線へ駆けた。
 「さあ、縁を打て! 翔!」
  琴音の声が響いた。人々の不安と混乱の渦中にあって、彼女は朗々と声を張り、場を“音”で繋ぎとめようとしている。
  翔は頷き、腰のハンマーに手を添えた。
 「……全縁、共鳴展開」
  光が走った。仲間たちとの“縁”が、彼の中で一斉に震え、火花のように弾ける。
  翔はその全てを受け止め、ハンマーを振り下ろした。
  ――〈縁鎖防壁〉、顕現。
  金属のような、しかし有機的な光の障壁が展開される。王宮と巫王の間を切り裂くように立ちふさがり、時間を稼ぐ防御陣となった。
 「それ以上は、通さない」
  翔の声は静かだった。だが、その眼差しは決して揺るがない。
  巫王は何も言わなかった。ただ、仮面の奥から彼を見つめ――次の瞬間、空間そのものをねじるように、“断裂”を放ってきた。


 異常なほどに滑らかで、冷たい空間の裂け目が、巫王の指先から放たれた。まるで真空の刃。
  それは音すら立てずに、〈縁鎖防壁〉へ直撃した。
  キィィィン――!
  翔の障壁が、濁流の中で耐えるように鳴り響く。
  だが、“縁”の強度は揺るがなかった。彼と仲間たちの絆が織り成した防壁は、異界の裂断にも容易には破れない。
  「……やれるな」
  翔は息を整えながら、もう一度ハンマーを握り直した。全身の血流が鼓動を強めるのを感じる。
  〈リンクフォージ〉が応えている。
  彼のスキルは“縁を鍛える”。それはすなわち、想いの強さを力へ転じる技術。
  今、この瞬間こそ、その真価が問われている。
 「咲耶、避難状況は?」
 「あと三分。ギルドと王宮側はほぼ完了、残りは中央通り側!」
 「了解、じゃあ三分だけこの壁、持たせるぞ!」
  翔は地を蹴り、再び障壁の根幹へ〈縁〉を注ぎ込んだ。ブライセンと洋平が前衛で動き、琴音の声が響き続ける。知也は広域魔法を展開して周囲の構造物を強化、志保は緊急治癒陣を背後で維持。
  ――七人の“縁”がひとつに編まれた瞬間、〈縁鎖防壁〉は進化した。
  それはもはや障壁ではなく、“砦”だった。流れるような縁の文様が空中に浮かび上がり、波紋のように力場を広げていく。
  「こちらも新兵器を用意してきたんだ、巫王……!」
  翔が打ち出したもう一つの技――〈縁鎖防壁・改〉は、今までとは異なる力場を纏っていた。
  “縁の震え”そのものを探知し、敵意に反応して自律的に展開する半自動防衛魔構。
  それが巫王の次なる一撃を受け止めた。
  「見つけたぞ、敵本体!」
  ブライセンが雷撃のような突進で、巫王の側近と思しき黒衣の魔導士に斬りかかる。
  だが――次の瞬間、空間がねじれた。
  「消えた!?」
  ブライセンの大剣は虚空を裂いただけ。黒衣の影は、まるで時を飛ばすかのように、現実の縫い目から外れていた。
 「これは……空間そのものをずらしている。刻印ではなく、異質な“呪構式”だわ」
  咲耶の瞳が、戦場の構造を読み解く。魔力の流れ、空気の偏差、そして空間の反響。
 「巫王は……この世界の“縁”そのものを壊すつもりなんだ」
 「なら、俺たちは――繋ぎ直すだけだ」
  翔が静かに答えた。


 翔の言葉に、仲間たちが呼応する。
  咲耶は魔道書を開きながら、翔の背後に寄り添い、呟いた。
  「縁が壊されるなら、私たちは縁を記録して、繋ぎ直す。あなたがその中心でいて」
  翔はうなずいた。彼のジョブ〈絆鍛冶師〉は、“繋がり”を可視化し、形にする。巫王の呪いは、あらゆる関係性を断ち切ろうとする異端。それに抗するには、翔の力が必要だった。
  翔は意識を集中し、地に膝をついた。両手でハンマーを握り、仲間の“縁”を再び呼び出す。
  ブライセンと洋平の間には、“理想を信じるまっすぐな道”。
  咲耶と琴音の間には、“冷静と情熱の交錯”。
  知也と志保には、“静かなる支えと前進”。
  すべてを翔が媒介し、〈リンクフォージ〉で打ち直す。
  ――鍛えられるのは、武具ではなく、“想い”そのもの。
  目の前の空間に、新たな器具が生成されていく。翔が呟く。
  「これは、“感情律バングル”。縁の感情を一定に保ち、強すぎる干渉を弾く……!」
  咲耶がすぐに理解し、全員に配布するよう指示を飛ばした。ブライセンが笑いながら叫ぶ。
  「なら、次のは俺の分身を作ってくれよ、翔! 一人じゃ足りねぇ!」
  「お前の分身はうるさすぎる!」
  琴音が突っ込みを入れ、戦場に笑いがこぼれる。だがその笑いも、空間を歪める異音によってかき消された。
  ――巫王が再び動く。
  時空が、軋んだ音とともに折れ曲がる。まるで空間そのものが、古びた扉のようにきしんだ。
  そこから現れたのは、半透明の無数の影。人間とも魔獣ともつかない存在――“縁を持たない者”たちだった。
  「これは……空白の者ども……?」
  「いいや、“縁を削がれた魂”だ」
  知也が静かに呟く。
  翔は眼前の影を凝視した。
  そのひとつひとつが、過去の戦で命を失った者たち。だが、魂を刻印に刻まれず、縁を断たれたがゆえに、この世界の外殻に残留していた者たちだった。
  巫王が彼らを“使っている”。
  翔の奥歯がきしんだ。
  「ふざけるな……その縁、もう一度、鍛えてやる」
  彼は新たな器を作る。
  その名は――〈縁鎖の詠炉〉。
  空白の者たちと仲間との共鳴を起こすための詠唱台。魂に縁の音を送り返すことで、“記憶”を取り戻させる力場を作り出す。
  志保が最初に詠炉の上に立ち、透き通るような声で呼びかけた。
  「怖くないよ……忘れていたなら、思い出そう。あなたが、大切にしていた何かを……!」
  その声が、空白の者の一体を震わせた。
  やがて一筋の涙のような光が、翔の前に降りた。
  「よし、縁はまだ残ってる……繋ぎ直せる!」
  翔はハンマーを振り上げ、打ち込む。
  〈リンクフォージ〉の火花が、夜空を裂く雷光のように瞬き――新たな“縁”の鎖が結ばれた。


 魂と魂が繋がった瞬間――空白の者の一体が、ゆっくりとその形を変えていった。
  抜け殻のようだった影に色が戻り、かつての姿を思わせる輪郭が浮かぶ。ぼんやりと、若い兵士の姿。その手には、かつて愛用していたであろう槍が握られていた。
  「俺……死んだはずじゃ……」
  呟く声が、震えていた。だが、その視線が翔へと向けられたとき、確かな“意志”の灯が宿った。
  翔は頷いた。
  「死んだのかもしれない。でも、縁は残ってる。君が何を想い、誰のために戦ったのか、それが……今、俺たちを動かしてる」
  兵士の魂は静かにうなずき、消える。
  だが、その消失は“終わり”ではなかった。彼の存在が、翔たちの縁へと流れ込み、鎖の一本として融合していく。
  〈リンクフォージ〉が新たな共鳴を起こす。
  ――“縁鎖灯(えんさとう)”
  翔の前に現れたのは、七色に揺れる灯火のようなランタンだった。それは繋がれた魂たちの記憶の光であり、今なおこの世界を照らそうとする意志だった。
  「これで……空白の者たちも、戦場ではなく、記憶の中に帰れる」
  咲耶がそっと呟く。翔も静かに目を閉じた。
  「忘れられたくないという願いがあるなら、俺はそれを形にする」
  その誓いに呼応するように、街の空が明るくなった。
  夜が明ける。凱旋の日の、暁の光が王都を包んでいた。
  王城の鐘が鳴り響く。
  巫王の影は、深く地に沈んだ。だが、完全に退いたわけではない。彼がその場を離れる直前、翔は確かに“視線”を感じていた。
  「……お前は、なぜそんなものを守る」
  かすれた問いが、時空の歪み越しに響いた。
  翔はそれに答えなかった。ただ、灯火を抱くようにハンマーを下ろし、再び歩き始める。
  「俺は、“縁”を信じている」
  その言葉は、仲間たちの胸にも届いた。
  咲耶は資料袋を抱えながら、すっと前を向く。琴音は軽やかに跳ねて民に声をかける。志保はけが人たちに安心の笑みを向け、知也は再び結界の補修に向かった。ブライセンは腕を組んで笑い、クリスティーナは無言のまま翔の背を見つめる。
  やがて、民衆が歓声を上げた。
  凱旋の行列が、ついに王城前広場へ到着する。
  翔たちの姿を見た子どもたちが手を振る。老人が頭を下げる。兵士たちは槍を掲げ、仲間として彼らを迎えた。
  王都リオストは――再び“縁”によって守られたのだ。
  だが、それは序章に過ぎない。巫王の策謀はなおも続き、彼の手がかりは消えていない。
  翔は心に決めていた。
  次に進むために必要なのは――全土の縁を結び直す“絆の地図”だ。
  「さあ、準備を整えよう。世界を繋ぐ旅が、ここから始まる」
  朝日が昇る空の向こう、まだ見ぬ“群青の諸国”が、彼らを待っていた。
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