絆鍛冶師の縁鎚――孤高青年が仲間と紡ぐジョブリンク大戦記

乾為天女

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第32話_空白の巫王、降臨

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 白銀の陽光が王都リオストの石畳を照らし、凱旋式典の行列が堂々と中央大通りを進んでいた。
  道の左右には群衆が押し寄せ、無数の旗が翻る。吹奏団の演奏、子どもたちの歓声、兵士たちの整列。すべてが勝利の象徴として輝いていた。
  先頭には、連合軍の紋章を掲げた騎士団。続いて、各国代表。そして最後尾、中央馬車に立つのは――
  葵翔。
  凛とした顔に迷いはない。背には蒼鉄のハンマー《縁鎖大鎚》が収められている。隣には咲耶、そしてそれぞれの仲間たちが並ぶ。
  「見ろ、あれが“絆鍛冶師”だ!」
  「ほんとにいたんだな、伝説じゃなかった……!」
  民の声はざわめきから賛美へと変わっていく。翔はそれに答えるように、ゆっくりと頭を下げた。胸の中に去来するのは誇りと、そして――警戒。
  「咲耶、周囲の縁の脈、変わってないか?」
  「……やっぱり感じてたのね。そう、何か“歪んで”る」
  咲耶が手にした魔術盤に走る異常な波形。通常なら青白い光を描く縁脈が、どこか赤黒く脈打っていた。
  「周囲の誰かが“強制的に縁をねじ曲げてる”わ……」
  翔の背筋に冷たいものが走る。
  式典の中心、王城前に設けられた演壇。その真上の空が、微かに――“ゆらいで”いた。
  次の瞬間、王都の空に“音”が消えた。
  鼓笛隊の演奏が途切れるわけでもなく、群衆の声が消えたわけでもない。“全ての音が、同時に止まった”。
  翔は思わず足を止めた。
  「これは……時間の断層……?」
  咲耶が息を呑む。魔術理論において、“時間”は最も禁忌に近い領域。その空間に、風も、音も、鼓動すら届かなくなる。
  そして、演壇の上空が割れた。
  空が避けるようにして、一人の男が“落ちて”くる。
  白の外套。瞳のない仮面。身体中に刻まれた“空の紋”――。
  「……巫王だ」
  誰の口から漏れたのか、言葉が空気を震わせた。
  空白の巫王――刻印制度そのものを否定する存在。その登場は、あらゆる秩序の破壊を意味していた。


 彼が地に足をつけた瞬間、空間全体が揺れた。王城前広場に立つ者は皆、本能的な恐怖に足をすくませる。空白の巫王――その存在は、まるで“世界の論理のほころび”そのものだった。
  「お集まりの皆々よ」
  巫王が口を開く。だがその声に抑揚はない。音として聴こえるのではなく、“直接脳に語りかけてくる”かのようだった。
  「お前たちは信じてきた。刻印がすべてを定めると。ジョブが人生を導くと。スキルが価値を証明すると――だが、すべては欺瞞だ」
  その言葉に、人々の縁脈が軋んだ。恐怖。混乱。否定の波が、大通りを走る。
  「刻印制度は人の自由を奪う枷である。選択の幻想を与え、支配の構造を固定するための道具だ」
  巫王の背後に、紗のような光が揺らめいた。それは“紋章”――空を意味する“無の印”。刻印盤すら拒絶する異端の力。
  「ゆえに、我は“空転祭”を開始する。この地より、刻印を――ジョブを――スキルを、すべて消し去る」
  ざわめきが爆発した。民衆が声にならぬ悲鳴をあげ、兵たちは武器を構えるも、その手が震えている。刻印が失われれば、この世界のあらゆる仕組みが崩壊する。それは“世界そのものの死”だった。
  「翔、どうする……!」
  咲耶の声に、翔は息を吸い、踏み出した。無意識に、腰のハンマーに手をかけている。
  「俺は、“縁”を信じてる」
  ぽつりと漏らした言葉は、己自身への宣言だった。
  「刻印が嘘でも、スキルが幻想でも構わない。俺は、この手で築いた“縁”が真実だと信じてる。だから――」
  右手に力が宿る。咲耶、洋平、琴音、知也、志保、ブライセン、クリスティーナ。彼らと共に歩いた時間が、光の線となって翔の周囲を包み始めた。
  「“縁鎖防壁”!」
  翔がハンマーを地に打ち下ろす。青白い光が咆哮のように地面を這い、波紋のように広がる。そして民衆を、兵士たちを、王族までも覆う巨大な防壁を形成した。
  「巫王。お前が“無”を掲げようと、俺たちは“縁”でつながってる」
  巫王は無表情に、ただ翔を見つめる。
  「では――その縁とやら、確かめさせてもらおう」
  次の瞬間、空間がねじれた。
  巫王の背後から、無数の“空裂の刃”が翔へと放たれる。音すらない殺気。常識を否定する攻撃。
  「翔ッ!」
  咲耶が叫んだが、翔は動じない。ハンマーを再び振り下ろす。
  「“縁結界、第二陣形――励起連鎖!”」
  仲間との絆が火花となって弾け、翔の前に輝く盾となる。
  そして、光と闇が衝突した。


 光の盾と、空白の刃がぶつかりあった瞬間、世界が鳴った。まるで空間そのものが悲鳴を上げるような、異質な振動。地を走る震動とともに、数本の縁光が砕け散る。
  「……ふっ……く……!」
  翔は膝をつきかけながらも、ハンマーを握りしめて立ち上がる。前線に立つ彼の姿を、咲耶と洋平が背後から支えていた。
  「翔! 今、リンクが断ち切られたのは……!」
  「うん。でも、完全じゃない。まだ“縁”は生きてる」
  ひび割れた盾の中、わずかに残る輝き。それは、“想い”の残滓だった。どんなに理不尽な力で切り裂かれても、誰かを想う意志がそこにある限り、“縁”は蘇る。
  「知也、展開支援を頼む!」
  「了解」
  知也が印を切ると、広域支援魔法《静穏陣》が展開され、民衆の混乱を和らげる気流が走った。琴音がその上で声を張る。
  「皆さん落ち着いて! この防壁は、翔が皆を守るために張ったものです!」
  彼女の声に、民衆のざわめきが徐々に収束していく。誰かが信じ、誰かが語り、誰かが支える。その連鎖が、翔のスキル〈リンクフォージ〉に再び力を与える。
  翔は歯を食いしばり、立ち上がった。
  「咲耶、今のうちに刻印盤を王宮側に避難させてくれ」
  「わかった。琴音、志保、私と一緒に!」
  「了解! 全力で盛り上げるわよ!」
  「こっちは私に任せて。皆、絶対に生きて戻るわよ!」
  三人が後方へ駆けるのを見届け、翔は再び前を見据える。
  そこに、巫王が歩いていた。
  一歩進むたびに空間が“無”に染まり、色を失っていく。彼の周囲には“概念の崩壊”すら漂っていた。
  「お前の力、興味深い。だが、それは“支配の連鎖”に過ぎぬ。刻印と何が違う」
  「違うさ」
  翔は真っ直ぐ巫王を見返す。
  「俺は縁を“与える”側だ。人を枠に押し込めたりしない。繋がりたいと思った時に、その縁を鍛えるだけだ」
  巫王が片眉をわずかに動かす。初めて感情らしき反応を見せた。
  「ほう。ならば、その意思――試させてもらおう」
  巫王の周囲が再び歪む。今度は巨大な“空転円環”が天へと伸び、上空から光すら奪っていく。これが、儀式“空転祭”の起動陣だと翔は直感した。
  (まずい、このままじゃ、街ごと飲まれる……!)
  翔は、懐からかつて打った“連環の羅針盤”を取り出す。仲間たちとの縁を測り、共鳴の中心点を割り出すアイテム。
  「ここだ……!」
  翔は地面に膝をつき、呼吸を整え、両手でハンマーを握り直す。
  「リンクフォージ発動――《縁鎖封陣・刻》!」
  その瞬間、大地から“光の縁脈”が一斉に伸び、空転円環の根本を封じにかかる。
  巫王の瞳が鋭くなった。
  「……ほう、ならば……破壊するまでだ」
  次の瞬間、天より“無の矢”が翔へと降り注いだ。


 無数の“無の矢”が天から降り注いだ。音もなく、光も影もなく、ただ存在を消す力だけが襲いかかる。
  翔は両腕を交差して構え、ハンマーを握る拳に力を込めた。
  「来い……! 俺はここにいる――誰の縁も、断たせはしないッ!」
  直後、ひときわ太い矢が空を裂いた。だが、翔を包んだのはそれを打ち払う“盾”だった。
  「間に合ったか、翔!」
  響いたのは、ブライセンの声。振り返ると、彼が“潮切りの鍔”を構えて翔の前に立っていた。
  「お前が前を張るなら、背中は俺が守る。それが“縁”ってもんだろう!」
  「ブライセン……!」
  さらに、横合いから飛び込んできたのは、全身を鋼鉄のごとく固めたクリスティーナ。感情の見えない顔には、かすかに揺れる意志があった。
  「私は巫王の“血”を受け継ぐ存在。それでも……この縁だけは、断ちたくない」
  クリスティーナの指には、“無表情の指輪”が光を放っていた。
  ――翔が、かつて彼女の覚悟に共鳴して鍛えた、心を守る縁の証。
  翔は両の手でハンマーを振り上げた。
  「いける……まだ、いける……!」
  仲間がいる。想いがある。ならば、この縁は、鍛えられる。
  翔の体から放たれた縁光が、街のあちこちへ伸びた。
  ギルド〈蒼盾〉では、咲耶が伝令を送り、連携を強化する。
  王宮門では、洋平が民衆を導きながら、自ら火点となって説く。
  北壁では、知也が静かに支援結界を張り、刻印盤の護送路を開く。
  市街では琴音が懸命に鼓舞し、志保が動揺する子供たちに寄り添っていた。
  すべての“想い”が、翔に還っていく。
  翔は天を仰ぎ、吠えるように叫んだ。
  「リンクフォージ・最終展開――《縁鎖防壁・極》!」
  ハンマーが空を打ち、巨大な“縁の結界”が王都を包んだ。
  その輝きは、空転祭の発動を一時的にでも阻み、巫王の儀式を停滞させる。
  巫王は足を止めた。
  「……なるほど。時間稼ぎ程度にはなったようだな」
  「そうだよ。だが、その“一瞬”で人は変われる。誰かと繋がれば、どんな理不尽でも抗える!」
  翔の声が、大通りに響き渡った。
  民衆がその声を聞き、誰かと手を取り始めた。知らぬ誰かと、隣り合う者と。縁が、生まれていく。
  それを見た巫王が、わずかに表情を歪める。
  「愚かなことだ……やはり人は、自らの意思では歩めぬ存在だ」
  「だったらその“意思”ごと、俺が鍛えてやるよ!」
  翔はハンマーを肩に担ぎ、前へと踏み出す。
  巫王との直接戦闘が、今まさに始まろうとしていた。
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