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第33話_記憶裂く幻術回廊
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王都リオストの夜が深まり、騒乱の影を引きずったまま、地表の灯火は静かに消えていく。だがその地下、かつての旧水路網――そこは、空白の巫王が仕掛けた“幻術”の迷宮へと変貌していた。
翔たちは三人でそこへ踏み入っていた。
志保、琴音、そして翔。
「こんなに深くまで地下道が続いてるなんてね……まるで地下都市じゃない」
琴音が慎重に足を進めながらも、場の空気を軽くするよう呟いた。薄暗く狭い通路の両壁には、年代物の刻印符が苔とともに張りついている。風はなく、空気は湿って重い。
「この先に、“記憶核”がある。空転祭の触媒……放っておけない」
志保は小さくうなずき、握ったランタンに火を灯した。炎はゆらゆらと揺れながらも、不思議なことにほとんど光を遠くに届けない。
「まるで“記憶”そのものね。見たいと願えばぼやけて、忘れようとすれば浮かび上がる。そんな感じ……」
その言葉に翔は静かに反応した。
彼の内側でも、ある“記憶”が揺れていた。
――失われた縁。繋がることのなかった可能性。
それでも、鍛えることをやめないと決めた今。
“想い”が重なった瞬間を、彼は見逃さない。
そのとき――。
「翔、待って……今、何か、視界が……?」
琴音の言葉が終わる前に、世界が“歪んだ”。
翔の視界が曇る。ランタンの火が一瞬消えたように見えたが、次の瞬間にはまるでまばゆい昼のような光景に包まれていた。
「ここは……王都? いや、これは……」
翔の前に広がるのは、まだ誰とも縁を結んでいなかった、孤独だったころの景色。静まり返った鍛錬場。ひとり、打ち続けた鉄の音。
そして、誰の声も届かなかった日々。
「これは、幻……?」
その思考と同時に、背後から声が聞こえた。
――「縁なんて、幻にすぎない。結べば結ぶほど、お前は弱くなる」
空白の巫王の声だった。
幻覚の中でも、翔の心を揺さぶるように、その言葉は鋭く突き刺さる。
「縁を結び、何かを得たと信じたか。だが、それは失う恐怖を呼び込んだだけだ」
翔は目を閉じた。
だが、否定はしなかった。
「……恐怖はある。けど、結ばなかったら、そもそも何も残らない」
その瞬間、どこか遠くで、琴音の呼ぶ声が聞こえた。
「翔ー! 迷わないで! こっちに来てよ、早く!」
そして志保の声も、確かに響いた。
「幻は、記憶を裂く。でも、縁の強さはそれを越えられる!」
翔はランタンの炎を思い出した。志保の手にあった、頼りないけれど温かい灯り。
あれこそが、“繋がっている証”。
「リンクフォージ――!」
翔の叫びとともに、幻の空間に亀裂が走る。
ハンマーが光を放ち、虚像を砕いた。
歪んだ景色が砕け、再び地下水路の暗闇が戻ってくる。
「二人とも……!」
翔は駆け寄った。そこには、幻術に絡めとられかけていた琴音と志保がいた。
志保はうっすらと汗をにじませながら笑った。
「よかった……。でも、たぶんこれからが本番。記憶核は、私たちの一番深いところを試してくる」
琴音も肩で息をしながら、それでも笑った。
「だったら、そのたびに、ちゃんと叫んでよ。……翔のハンマー、けっこう響くからね」
彼らは再び歩き出す。今度は、縁を確かに結びながら。
暗く、狭く、湿った地下――
そこが幻術の巣窟であっても、彼らの進む意志は揺るがなかった。
彼らが足を踏み入れた先は、半壊した礼拝堂のような空間だった。
天井は崩れ、露出した梁の間からは根を張った蔦が絡み、ぼんやりと青白い光が漂っていた。
中央には、台座のような祭壇があり、その上に光る球体が浮いていた。
記憶核――それは、巫王が空転祭に使おうとしていた“人の記憶を溜め込んだ媒介”だ。
「でも、なんでこんなにも……悲しい気配がするんだろう」
琴音がそっと口を開いた。空間全体に、誰かが泣き続けているような残響が広がっている。
「記憶って、温かいばかりじゃない。傷とか、痛みとかも、混ざってるんだろうな……」
志保はそう言って、一歩前に進んだ。そのとき。
――ガシャアアアン!
頭上から降ってきた影が、三人を覆った。
それは人型に歪んだ“記憶の守護者”だった。
過去の記憶から形を得た存在。歪み、混乱し、理性を持たぬそれは、翔に向かって咆哮した。
「俺たちの記憶を守るつもりなら、悪いが……その守りは、壊させてもらう!」
翔は腰の工具袋から鍛造ハンマーを抜いた。
“縁刃ナイフ”の素材が、彼の意識に浮かび上がる。琴音の鼓舞、志保の前進、そして自分の決意。
それを一つに溶かす。
「リンクフォージ!」
ハンマーが空を裂き、縁の光が鍛え上げられる。翔の手の中で、小型のナイフが生まれる――だがそれはただの刃ではない。
「これは、“縁を切る”ためじゃない。“幻と真実”を分けるための刃だ!」
翔が跳ぶ。
守護者の巨腕が振るわれる前に、ナイフを横一閃。
ナイフが幻の核を裂いた瞬間、嘘の記憶が霧散するように消えていく。
「今だ!」
琴音が叫ぶ。志保が祈るように手を合わせる。
「記憶よ、癒えて。私たちは、前へ進むから」
翔がもう一度ナイフを振るう。今度は、記憶核の縁に直接刃を当てる。
「縁刃ナイフ、最終共鳴――!」
球体が震え、内部から放たれた光が、彼ら三人の胸の中に“記憶”として注がれる。
それは、かつての人々の記憶。
愛し合った時間、別れの涙、後悔、誓い、そして……未練。
翔はすべてを受け止めた。
“縁”とは、そういうものだと、知っていた。
「……核、浄化完了だね」
琴音がふっと笑う。志保もほっと息をついた。
翔は、核の台座の隅に置かれていた欠けた名札に気づく。
それは、かつて巫王に仕えていた神官のものだった。
「記録者――アウレル」
翔はその名前を覚えておくと決めた。名前も、縁の一部だ。
記憶核が完全に光を失ったあと、地下の空気がふっと軽くなる。
張り詰めていた幻術が、ようやく解けた。
「これで……空転祭の核心、ひとつ崩せたね」
志保の言葉に、翔はうなずいた。
「でも、まだ巫王は動いてる。記憶を裂かれても、幻術を使いこなしてくる限り、油断はできない」
琴音が明るく言った。
「じゃあ、私たちはもっと強くなるしかないよ。ね、翔?」
翔は笑った。
「縁がある限り、俺たちは何度でも立ち上がる。それが、“絆鍛冶師”だからな」
こうして、記憶裂く幻術回廊は踏破された。
そして次なる戦いが、静かに待っている。
翔たちは三人でそこへ踏み入っていた。
志保、琴音、そして翔。
「こんなに深くまで地下道が続いてるなんてね……まるで地下都市じゃない」
琴音が慎重に足を進めながらも、場の空気を軽くするよう呟いた。薄暗く狭い通路の両壁には、年代物の刻印符が苔とともに張りついている。風はなく、空気は湿って重い。
「この先に、“記憶核”がある。空転祭の触媒……放っておけない」
志保は小さくうなずき、握ったランタンに火を灯した。炎はゆらゆらと揺れながらも、不思議なことにほとんど光を遠くに届けない。
「まるで“記憶”そのものね。見たいと願えばぼやけて、忘れようとすれば浮かび上がる。そんな感じ……」
その言葉に翔は静かに反応した。
彼の内側でも、ある“記憶”が揺れていた。
――失われた縁。繋がることのなかった可能性。
それでも、鍛えることをやめないと決めた今。
“想い”が重なった瞬間を、彼は見逃さない。
そのとき――。
「翔、待って……今、何か、視界が……?」
琴音の言葉が終わる前に、世界が“歪んだ”。
翔の視界が曇る。ランタンの火が一瞬消えたように見えたが、次の瞬間にはまるでまばゆい昼のような光景に包まれていた。
「ここは……王都? いや、これは……」
翔の前に広がるのは、まだ誰とも縁を結んでいなかった、孤独だったころの景色。静まり返った鍛錬場。ひとり、打ち続けた鉄の音。
そして、誰の声も届かなかった日々。
「これは、幻……?」
その思考と同時に、背後から声が聞こえた。
――「縁なんて、幻にすぎない。結べば結ぶほど、お前は弱くなる」
空白の巫王の声だった。
幻覚の中でも、翔の心を揺さぶるように、その言葉は鋭く突き刺さる。
「縁を結び、何かを得たと信じたか。だが、それは失う恐怖を呼び込んだだけだ」
翔は目を閉じた。
だが、否定はしなかった。
「……恐怖はある。けど、結ばなかったら、そもそも何も残らない」
その瞬間、どこか遠くで、琴音の呼ぶ声が聞こえた。
「翔ー! 迷わないで! こっちに来てよ、早く!」
そして志保の声も、確かに響いた。
「幻は、記憶を裂く。でも、縁の強さはそれを越えられる!」
翔はランタンの炎を思い出した。志保の手にあった、頼りないけれど温かい灯り。
あれこそが、“繋がっている証”。
「リンクフォージ――!」
翔の叫びとともに、幻の空間に亀裂が走る。
ハンマーが光を放ち、虚像を砕いた。
歪んだ景色が砕け、再び地下水路の暗闇が戻ってくる。
「二人とも……!」
翔は駆け寄った。そこには、幻術に絡めとられかけていた琴音と志保がいた。
志保はうっすらと汗をにじませながら笑った。
「よかった……。でも、たぶんこれからが本番。記憶核は、私たちの一番深いところを試してくる」
琴音も肩で息をしながら、それでも笑った。
「だったら、そのたびに、ちゃんと叫んでよ。……翔のハンマー、けっこう響くからね」
彼らは再び歩き出す。今度は、縁を確かに結びながら。
暗く、狭く、湿った地下――
そこが幻術の巣窟であっても、彼らの進む意志は揺るがなかった。
彼らが足を踏み入れた先は、半壊した礼拝堂のような空間だった。
天井は崩れ、露出した梁の間からは根を張った蔦が絡み、ぼんやりと青白い光が漂っていた。
中央には、台座のような祭壇があり、その上に光る球体が浮いていた。
記憶核――それは、巫王が空転祭に使おうとしていた“人の記憶を溜め込んだ媒介”だ。
「でも、なんでこんなにも……悲しい気配がするんだろう」
琴音がそっと口を開いた。空間全体に、誰かが泣き続けているような残響が広がっている。
「記憶って、温かいばかりじゃない。傷とか、痛みとかも、混ざってるんだろうな……」
志保はそう言って、一歩前に進んだ。そのとき。
――ガシャアアアン!
頭上から降ってきた影が、三人を覆った。
それは人型に歪んだ“記憶の守護者”だった。
過去の記憶から形を得た存在。歪み、混乱し、理性を持たぬそれは、翔に向かって咆哮した。
「俺たちの記憶を守るつもりなら、悪いが……その守りは、壊させてもらう!」
翔は腰の工具袋から鍛造ハンマーを抜いた。
“縁刃ナイフ”の素材が、彼の意識に浮かび上がる。琴音の鼓舞、志保の前進、そして自分の決意。
それを一つに溶かす。
「リンクフォージ!」
ハンマーが空を裂き、縁の光が鍛え上げられる。翔の手の中で、小型のナイフが生まれる――だがそれはただの刃ではない。
「これは、“縁を切る”ためじゃない。“幻と真実”を分けるための刃だ!」
翔が跳ぶ。
守護者の巨腕が振るわれる前に、ナイフを横一閃。
ナイフが幻の核を裂いた瞬間、嘘の記憶が霧散するように消えていく。
「今だ!」
琴音が叫ぶ。志保が祈るように手を合わせる。
「記憶よ、癒えて。私たちは、前へ進むから」
翔がもう一度ナイフを振るう。今度は、記憶核の縁に直接刃を当てる。
「縁刃ナイフ、最終共鳴――!」
球体が震え、内部から放たれた光が、彼ら三人の胸の中に“記憶”として注がれる。
それは、かつての人々の記憶。
愛し合った時間、別れの涙、後悔、誓い、そして……未練。
翔はすべてを受け止めた。
“縁”とは、そういうものだと、知っていた。
「……核、浄化完了だね」
琴音がふっと笑う。志保もほっと息をついた。
翔は、核の台座の隅に置かれていた欠けた名札に気づく。
それは、かつて巫王に仕えていた神官のものだった。
「記録者――アウレル」
翔はその名前を覚えておくと決めた。名前も、縁の一部だ。
記憶核が完全に光を失ったあと、地下の空気がふっと軽くなる。
張り詰めていた幻術が、ようやく解けた。
「これで……空転祭の核心、ひとつ崩せたね」
志保の言葉に、翔はうなずいた。
「でも、まだ巫王は動いてる。記憶を裂かれても、幻術を使いこなしてくる限り、油断はできない」
琴音が明るく言った。
「じゃあ、私たちはもっと強くなるしかないよ。ね、翔?」
翔は笑った。
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