絆鍛冶師の縁鎚――孤高青年が仲間と紡ぐジョブリンク大戦記

乾為天女

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第35話_理想と現実の断層

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 王宮の中央塔を支える一角――それが大書庫〈知層院〉である。
  高さ三十メートル、らせん階段の周囲に広がる書架は、まるで無限に続く文の迷宮。古今東西の魔術書、刻印記録、戦史、宗教典籍が積み重ねられ、知の樹海とも言うべき空間が広がっている。
  「なるほど、こりゃ気合いが要るな……!」
  金属のスクロールを抱えた洋平は、はぁっと息を吐いた。
  足元には積まれた文献群。顔には、いつもの豪胆さとは違う、苛立ちと焦燥が交じっている。
  「巫王の“空転祭”。その儀式を止めるには、結節点……つまり空間構造そのものを制御できる座標が必要だ。でも、肝心の情報が古代語の隠語で封じられてやがる」
  「焦るな、洋平」
  静かな声で言ったのは知也だった。
  彼は薄緑の結界を張りながら、隣で浮遊魔導書を読み上げている。淡く光る魔力糸が、周囲の本棚から対象書を静かに引き出しては、洋平の前に並べていく。
  「理想は道標だ。でも、その道を整えるには、まず足元を照らさなきゃならない。僕らが求める“儀式座標”は、一つの断片に留まらず、関連資料を縫い合わせる必要がある」
  洋平は、静かに頷く。
  「……わかってる。けど、今のままじゃ、民も王都も救えない。理想を語るだけの“子供”で終わるのは、もうゴメンだ」
  拳を握る彼に、翔はそっと近づいて肩を叩いた。
  「なら、現実に立ってみようぜ、洋平。理想は、その先にしかない。俺たちならやれる」
  翔は懐から一枚の薄い金属片を取り出した。
  七人との“縁”から精錬した、“分類と記憶の絆”を帯びた鋳片――その核に、今この空間で共有している“意志”を込める。
  「リンクフォージ――発動」
  カンッという澄んだ音とともに、金属が本のしおりのように形を変え、淡く発光する。
  浮かび上がった銘は――《縁栞〈リンク・インデックス〉》。
  「この栞に触れた文献は、俺たちが共有した目的で分類される。“空転祭”に関する記述がある本だけが、手元に集まる仕掛けだ」
  翔が“縁栞”を棚の中心に差し込むと、周囲の書架から数冊の古びた書が淡く光って浮上してきた。
  「……来た!」
  洋平が震える手で一冊を開く。中には、古代図式の魔方陣、天文軌道の概略、そして王都地下に存在すると言われる“歪力結節点”の記述。
  「ここだ! ここに“空転祭”の発動座標が示されてる! やっぱり、王都の“最初の刻印盤”が埋められた――旧王宮の聖堂跡!」
  知也が静かに頷いた。
  「刻印盤の共鳴点……そこなら、全王都の刻印を同時に無効化する“逆鳴動”も可能だ。巫王は、そこを狙ってる」
  翔は“縁栞”を引き抜き、胸元にしまう。
  「よし、あとは咲耶たちに座標を共有して、作戦を立て直す。間に合う」
  「……なぁ翔」
  ふいに、洋平が言った。
  目は、今までより深く、そしてまっすぐに翔を見ている。
  「もし俺が、“理想”に囚われて暴走しかけたら、その時は止めてくれ」
  翔は目を細めた。
  「心配すんな。“縁”ってのは、ちゃんと見てるからな。お前の心が折れそうなときも、誰かが支えてる」
  知也もまた、言葉を添えた。
  「僕も、君の盾になる。静かでも、確かな支援を続けるから」
  そこにあったのは、理想でも、現実でもなく――
  “絆”の力だった。


 午後の陽が塔の窓を抜け、書架の影を床に落とす。
  その光は、三人の影を伸ばして交差させていた。
  翔が大書庫を出ようとしたその時、扉の向こうから軽やかな足音が響いた。
  「やっぱりここだったわね。翔、洋平、知也。もう動くわよ」
  咲耶だった。息を整える間も惜しむように、手にした文書の束を掲げてくる。
  「各地の諜報班からの報告で、巫王の“空転祭”準備が王都旧市街にも及んでいることが確定したわ。地下水脈の流れが変えられてる。典型的な魔術陣の構築サイン」
  「つまり、やっぱり旧王宮の地下が儀式の中心ってことか」
  洋平が言うと、咲耶は頷き、翔の手元に文書を差し出した。
  「それ、座標の検証資料。あんたたちが見つけた文献と照らし合わせてみて」
  翔は素早くページを開き、咲耶の資料と並べて確認する。数値が、角度が、符号が――見事に一致していた。
  「……完全に一致してる。これで断言できる。“空転祭”の発動座標は、旧王宮の地下聖堂、通称《最初の響室》」
  咲耶は鋭く唇を結んだ。
  「作戦本部を移す。今夜から逆転構築の準備に入るわ。刻印盤の共鳴を逆手に取って、“縁”の力で結界を上書きする方法……それ、あんたのスキルにしかできない。翔、頼んだわよ」
  「任された」
  強く頷き、翔は拳を握った。
  「“縁”があれば、断層も越えられる。俺たちの理想は、現実に繋げてこそ意味がある」
  知也が微笑し、洋平は少しだけ照れくさそうに鼻を鳴らす。
  「……へっ、期待しとけよ。俺たちは――止まらないからな」
  その瞬間、誰の胸にも確かに“火”が灯った。
  理想と現実。そのあいだにある断層を超えて、彼らは未来を繋ぐ“縁”を鍛え続けていた。
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