絆鍛冶師の縁鎚――孤高青年が仲間と紡ぐジョブリンク大戦記

乾為天女

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第38話_宵の紋章争奪戦

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 空が白み始める黎明の時――星見塔の下層には、緊張の気配が濃く漂っていた。
  石壁に囲まれた回廊を、翔たちは足音を潜めて進んでいく。
  クリスティーナが宿す〈宵の紋章〉。それは、空転祭を完成させる最後の鍵であり、巫王直属の精鋭たちが奪取のために動いている。
  「来るぞ。気配、四……いや、六。二手に分かれて挟み撃ちだ」
  知也の低い声に、翔が頷く。
  「了解。こっちで三人、向こうを琴音たちに任せよう。クリスティーナ、紋章は絶対に守り抜くぞ」
  「了解したわ。もう、迷わない」
  クリスティーナは深く頷くと、マントの下に封印指輪を忍ばせた左手を添えた。
  その眼差しに、もはや鉄仮面の硬さはなかった。
  信頼と誓いを帯びた覚悟の光がある。
  その時、回廊の奥から黒衣の影が滑るように現れた。
  光を吸い込むような衣。顔を隠した面。巫王直属、〈虚夜の影使〉の一人だ。
  「“紋章の器”……返してもらおう。抵抗は無意味だ」
  鈍く冷たい声と共に、影が伸びた。
  まるで意思を持つ蛇のように、翔たちへと襲いかかる。
  「無意味かどうか、試してみろ!」
  翔は即座にリンクフォージを展開。
  瞬時に思い出したのは、志保との幾夜もの会話だった。
  あの慰撫と鼓舞に満ちたやりとり、過去を受け入れようとする姿。
  ──ならば今は、“支える力”が要る。
  「〈縁双剣・アルケインリンク〉!」
  翔が打ち出した二振りの剣は、対となる記憶と感情を繋ぐ。
  一本は自分とクリスティーナ、もう一本は志保と琴音との縁を込めた。
  第一の剣が影を切り裂くと、第二の剣が後衛から飛び込んだ敵を撃退する。
  「琴音、志保! 連携は任せる!」
  「了解っ、音頭は任せて!」
  「傷ついても、回復は任せなさい!」
  琴音は高らかに叫ぶと、仲間たちの動きを鼓舞する。
  その声は剣よりも速く、敵の思考を狂わせた。
  志保は仲間が傷つけば即座に前に出て、回復術を展開。
  「傷は浅い! 集中して、撃ち抜くわよ!」
  翔は深く息を吸い、双剣を構える。
  〈虚夜の影使〉が複数、壁を這い、天井から降り注ぐように殺到してくる。
  だが彼の視線は、すでに全員の縁の流れを見通していた。
  「いける……全員の力を、この刃に込める!」


 翔の刃が放つ光は、ただの金属の煌めきではなかった。
  仲間との記憶、交わした言葉、共に過ごした時――その全てが重なり、霊的な輝きを纏っていた。
  「“縁双剣”、一閃!」
  翔が振るった一撃は、〈虚夜の影使〉のひとりを吹き飛ばした。影の身体が壁に叩きつけられ、歪んで溶けるように消えていく。
  「……異常個体、確認。戦闘優先。紋章の奪取が第一」
  残る五体が無表情に詰め寄ってくる。まるで痛覚も思考も持たない操り人形のようだ。
  「この数で時間を稼げると思ってるの?」
  琴音が不敵に笑って前に出る。右手には、翔が鍛えた“言霊スピーカー”の強化版――
  〈共鳴のブレスレット〉が光を放っていた。
  「さあ、盛り上がってまいりましたーっ! こちら、宵の紋章完全防衛チーム、いっちょやってやりましょーっ!」
  大声とともにブレスレットが脈打つ。周囲の仲間たちに活力が流れ込む。
  志保の治癒術の効果も上がり、知也の支援魔法が広域に波及していく。
  「琴音の支援に合わせて回復加速。負傷したら下がって、すぐに対応する!」
  志保が叫び、片手を翳す。
  回廊の中央に設置された小型の治癒魔法陣が回転し、瞬間的な軽傷の修復を可能とする。
  「翔、後衛は任せた。俺は……道を切り開く」
  知也が低く呟き、手にした杖から霧状の魔力を放つ。
  それは敵の視界を遮り、仲間たちの動線を守る盾となった。
  翔は頷き、双剣を構え直す。
  「クリスティーナ、動けるか!」
  「当然。私はこの命で“宵の紋章”を守ると、決めたもの」
  冷静に応じる彼女の左手が、わずかに震えているのを翔は見逃さなかった。
  それでも、彼女は退かない。生まれを否定し続けた過去を、今ようやく受け入れようとしている。
  「ならば、俺も――その覚悟、護ると誓う!」
  翔が剣を振るい、再び影へ斬り込む。
  〈リンクフォージ〉が共鳴し、新たな形を示す。
  ――それは、“絆の誓い”という刃。
  翔とクリスティーナ、その信頼の縁が結晶化し、双剣に刻まれた文様が赤く輝く。
  「うぉおおおおっ!」
  翔の叫びとともに、双剣が交差し、Xの閃光が走る。
  敵の包囲網を断ち切るように、その一撃は通路を割り、影を吹き飛ばした。
  「この“縁”に賭けた誓いは、誰にも折れない!」
  残る三体の影使たちは、わずかに動きを止めた。
  それは感情ではない――計算された戦況分析の結果にすぎない。
  だが、そこに“揺らぎ”が生まれたことは事実だった。
  翔は見逃さない。
  「琴音、志保、今だ!」


 「了解っ!」
  琴音は短剣を手に、疾風のごとく影使いの懐へと飛び込む。
  その体から発せられる声が空気を震わせ、敵の集中を乱す。
  「こっちはこっちで大盛り上がりよーっ! さあ、ノッていこーっ!」
  周囲の味方たちの士気がさらに上昇し、影使いの動きが一瞬鈍った。
  その隙を逃さず、志保の詠唱が走る。
  「痛みを忘れ、今だけ前へ。……〈再起の光〉!」
  志保の魔法が翔の背を押し、全身の疲労が抜け落ちたかのような軽さが体を包む。
  翔は再び双剣を構え、最後の三体に切り込んだ。
  「行くぞッ、リンクスミスの名にかけて!」
  縁が重なり、双剣が赤と蒼の光を帯びる。
  翔の意志が形を変えて“縁双剣アルケインリンク”の真価が解き放たれた。
  一本は“結ぶ剣”――対象の心と心を繋ぎ、味方を支援する。
  もう一本は“断つ剣”――偽りの縁や呪縛を切り裂く、敵を砕く力を宿す。
  翔は舞うように駆け、残る影を斬り裂いた。
  刃が交差するたびに、敵の動きが鈍り、虚構の肉体が分解されていく。
  「――これで、終わりだッ!」
  最後の斬撃が影の中心を貫いた瞬間、残された三体すべてが崩れ落ち、静かに消滅した。
  回廊に、ようやく静寂が戻る。
  全員の息が荒く、しばしその場に膝をついた。
  「……やった。守りきったんだね」
  志保が小さく笑う。
  琴音が拳を掲げ、叫ぶように言った。
  「勝った! 我ら防衛隊、任務完了ですっ!」
  クリスティーナは無言のまま“宵の紋章”を胸に抱き締めるようにして、ぎゅっと目を閉じていた。
  翔がゆっくりと歩み寄る。
  「クリスティーナ」
  彼女が顔を上げる。そこにはいつもの鉄仮面はない。
  かすかに潤んだ瞳と、ぎこちない微笑みがあった。
  「……ありがとう、翔。あなたがいてくれたから、私はこの命を選べた」
  翔は黙って頷いた。
  その手にあった双剣が淡く光り、“誓いの文様”が静かに刻まれたまま、姿を消していく。
  代わりに残ったのは、白銀の指輪――
  “縁誓指輪(リンク・オース)”。
  それは心を守り、真実を受け入れた証。
  この戦いの報酬であり、次の戦いへの導きでもあった。
  翔はその指輪を、そっと彼女の手に置く。
  「これは……?」
  「君の縁が、もう揺るがないものになった証。おめでとう、クリスティーナ」
  指輪を見つめる彼女の頬を、一筋の涙が伝った。
  ――空転祭の最終鍵、“宵の紋章”は、確かに仲間の手に渡った。
  だが、それが終わりを意味するわけではない。
  むしろ、これからが本当の決戦の始まりだった。


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