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第一話「拍手のスタートライン」
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潮風高校の屋上には、潮と風の両方が似合いすぎる午後が流れていた。
四月十日、入学からまだ一週間。風に乗って届く校内放送の音がかすかに響き、鉄柵の向こうには由比ヶ浜の青が揺れていた。
陽太はマイクを握っていた。きちんとした制服に緩んだネクタイ、右手に少し汗がにじんでいる。後ろには立て看板がひとつ──《新クラブ設立プレゼン:任意クラブ説明会》。
観客は十数人。新一年生もいれば、顔見知りの上級生も混じっている。わざわざ屋上にまで来るということは、みんな何かを探しているのだろう。
その真ん中で、陽太は目を細め、少しだけ息を吸い込んだ。
「――はじめまして。新しく『海辺研究会』を立ち上げようと思ってます、藤川陽太です」
かすかに風が吹き、陽太の髪が揺れた。
「ただの自然観察クラブとか、科学部の分室みたいな名前にしようかとも思ったんだけど……僕はこの名前にしました。理由は、うちの高校が“海のそば”ってだけじゃなくて、『一人ひとりの挑戦が、ちゃんと届く場所』にしたかったからです」
その言葉に、ざわりと空気が揺れた。数人が手元のスマホを見た。陽太の背後で教師の一人がメモを取り始めた。
「たとえば、さっきまでステージでプレゼンしてた文芸部の村山さん――彼女、実はこの春、県の短編コンクールで準グランプリをとったんです。知ってました?」
観客のひとりが「えっ」と声を上げた。陽太は続けた。
「その原稿、僕、読ませてもらったんです。すごくよかった。でも……そんな実績も、校内じゃ案外知られてないままだったりする。なんだか、もったいないって思いませんか?」
ざわつきが、静かな同意に変わり始める。
「僕は――誰かが何かに挑戦して、結果を出したら、それを全員で祝える場所をつくりたい。みんなが自分の努力を『ちゃんと見てもらえた』って思える、そんな空間を。だからこのクラブでは、観察でも研究でも、発表でも掃除でも、なんでもいい。“誰かが挑戦した”ってわかったら、それを拍手で包む。そういう、拍手から始まるクラブにしたいんです」
言い終えた瞬間、しばらくの沈黙が訪れた。海からの風が吹き抜ける。陽太は軽く息を吐いて、顔を上げた。
最初に拍手をしたのは、一番後ろの女生徒だった。小柄で、目立たない立ち位置。手を、ぽんぽんと控えめに打っている。
彼女はそのまま何も言わず、うなずいて見せた。
それが合図になったのか、屋上に次々と拍手が広がる。
陽太はそれを見て、ふっと笑った。
――よし。スタートラインに、立てた。
そう確かに思えた瞬間だった。
説明会が終わると、陽太は壇を下り、紙の束を持って参加希望者のもとを回り始めた。軽く頭を下げつつ、必要な情報を渡していく。
すると、さっき一番に拍手した女生徒が近づいてきた。
「……裏方仕事なら、得意です」
「え?」
「申請書類とか、期日管理とか。そういうの」
彼女は名乗らなかった。ただ、制服の袖から手帳の角が覗いているのが見えた。マスキングテープで色分けされ、ページの端には細かいインデックスが貼られている。
「君、もしかして――」
「結月。水野結月」
目線を合わせないまま、彼女は静かに言った。
「拍手とか、主役とか、そういうのは苦手だけど……誰かが走り出す手助けなら、ちゃんとできると思う」
陽太は、まばたきを一つ分遅れて、笑った。
「ありがとう、結月さん。……頼りにしていい?」
彼女は少しだけ口元を緩め、うなずいた。
その夜。
潮風高校の図書室の一角、窓際の机に小さな灯りがともっていた。パソコンの画面には、クラブ申請用のテンプレート。結月は手帳を開き、締切日までの残り日数を指でなぞった。
(クラブ申請は、初回活動日から30日以内)
(今日から数えて……25日)
(提出先は、教務課)
手帳に赤ペンで「提出:4/30」と書き込むと、彼女は何も言わずにキーボードに手を戻す。
カチカチカチ……。
静かな音だけが、図書室に満ちていった。
陽太の言葉に共鳴した“名脇役”は、静かに動き始めていた。
四月十日、入学からまだ一週間。風に乗って届く校内放送の音がかすかに響き、鉄柵の向こうには由比ヶ浜の青が揺れていた。
陽太はマイクを握っていた。きちんとした制服に緩んだネクタイ、右手に少し汗がにじんでいる。後ろには立て看板がひとつ──《新クラブ設立プレゼン:任意クラブ説明会》。
観客は十数人。新一年生もいれば、顔見知りの上級生も混じっている。わざわざ屋上にまで来るということは、みんな何かを探しているのだろう。
その真ん中で、陽太は目を細め、少しだけ息を吸い込んだ。
「――はじめまして。新しく『海辺研究会』を立ち上げようと思ってます、藤川陽太です」
かすかに風が吹き、陽太の髪が揺れた。
「ただの自然観察クラブとか、科学部の分室みたいな名前にしようかとも思ったんだけど……僕はこの名前にしました。理由は、うちの高校が“海のそば”ってだけじゃなくて、『一人ひとりの挑戦が、ちゃんと届く場所』にしたかったからです」
その言葉に、ざわりと空気が揺れた。数人が手元のスマホを見た。陽太の背後で教師の一人がメモを取り始めた。
「たとえば、さっきまでステージでプレゼンしてた文芸部の村山さん――彼女、実はこの春、県の短編コンクールで準グランプリをとったんです。知ってました?」
観客のひとりが「えっ」と声を上げた。陽太は続けた。
「その原稿、僕、読ませてもらったんです。すごくよかった。でも……そんな実績も、校内じゃ案外知られてないままだったりする。なんだか、もったいないって思いませんか?」
ざわつきが、静かな同意に変わり始める。
「僕は――誰かが何かに挑戦して、結果を出したら、それを全員で祝える場所をつくりたい。みんなが自分の努力を『ちゃんと見てもらえた』って思える、そんな空間を。だからこのクラブでは、観察でも研究でも、発表でも掃除でも、なんでもいい。“誰かが挑戦した”ってわかったら、それを拍手で包む。そういう、拍手から始まるクラブにしたいんです」
言い終えた瞬間、しばらくの沈黙が訪れた。海からの風が吹き抜ける。陽太は軽く息を吐いて、顔を上げた。
最初に拍手をしたのは、一番後ろの女生徒だった。小柄で、目立たない立ち位置。手を、ぽんぽんと控えめに打っている。
彼女はそのまま何も言わず、うなずいて見せた。
それが合図になったのか、屋上に次々と拍手が広がる。
陽太はそれを見て、ふっと笑った。
――よし。スタートラインに、立てた。
そう確かに思えた瞬間だった。
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すると、さっき一番に拍手した女生徒が近づいてきた。
「……裏方仕事なら、得意です」
「え?」
「申請書類とか、期日管理とか。そういうの」
彼女は名乗らなかった。ただ、制服の袖から手帳の角が覗いているのが見えた。マスキングテープで色分けされ、ページの端には細かいインデックスが貼られている。
「君、もしかして――」
「結月。水野結月」
目線を合わせないまま、彼女は静かに言った。
「拍手とか、主役とか、そういうのは苦手だけど……誰かが走り出す手助けなら、ちゃんとできると思う」
陽太は、まばたきを一つ分遅れて、笑った。
「ありがとう、結月さん。……頼りにしていい?」
彼女は少しだけ口元を緩め、うなずいた。
その夜。
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