潮風高校“海辺研究会”へようこそ!拍手でつなぐ僕らの青春航路

乾為天女

文字の大きさ
1 / 25

第一話「拍手のスタートライン」

しおりを挟む
 潮風高校の屋上には、潮と風の両方が似合いすぎる午後が流れていた。
 四月十日、入学からまだ一週間。風に乗って届く校内放送の音がかすかに響き、鉄柵の向こうには由比ヶ浜の青が揺れていた。
 陽太はマイクを握っていた。きちんとした制服に緩んだネクタイ、右手に少し汗がにじんでいる。後ろには立て看板がひとつ──《新クラブ設立プレゼン:任意クラブ説明会》。
 観客は十数人。新一年生もいれば、顔見知りの上級生も混じっている。わざわざ屋上にまで来るということは、みんな何かを探しているのだろう。
 その真ん中で、陽太は目を細め、少しだけ息を吸い込んだ。
「――はじめまして。新しく『海辺研究会』を立ち上げようと思ってます、藤川陽太です」
 かすかに風が吹き、陽太の髪が揺れた。
「ただの自然観察クラブとか、科学部の分室みたいな名前にしようかとも思ったんだけど……僕はこの名前にしました。理由は、うちの高校が“海のそば”ってだけじゃなくて、『一人ひとりの挑戦が、ちゃんと届く場所』にしたかったからです」
 その言葉に、ざわりと空気が揺れた。数人が手元のスマホを見た。陽太の背後で教師の一人がメモを取り始めた。
「たとえば、さっきまでステージでプレゼンしてた文芸部の村山さん――彼女、実はこの春、県の短編コンクールで準グランプリをとったんです。知ってました?」
 観客のひとりが「えっ」と声を上げた。陽太は続けた。
「その原稿、僕、読ませてもらったんです。すごくよかった。でも……そんな実績も、校内じゃ案外知られてないままだったりする。なんだか、もったいないって思いませんか?」
 ざわつきが、静かな同意に変わり始める。
「僕は――誰かが何かに挑戦して、結果を出したら、それを全員で祝える場所をつくりたい。みんなが自分の努力を『ちゃんと見てもらえた』って思える、そんな空間を。だからこのクラブでは、観察でも研究でも、発表でも掃除でも、なんでもいい。“誰かが挑戦した”ってわかったら、それを拍手で包む。そういう、拍手から始まるクラブにしたいんです」
 言い終えた瞬間、しばらくの沈黙が訪れた。海からの風が吹き抜ける。陽太は軽く息を吐いて、顔を上げた。
 最初に拍手をしたのは、一番後ろの女生徒だった。小柄で、目立たない立ち位置。手を、ぽんぽんと控えめに打っている。
 彼女はそのまま何も言わず、うなずいて見せた。
 それが合図になったのか、屋上に次々と拍手が広がる。
 陽太はそれを見て、ふっと笑った。
 ――よし。スタートラインに、立てた。
 そう確かに思えた瞬間だった。
 説明会が終わると、陽太は壇を下り、紙の束を持って参加希望者のもとを回り始めた。軽く頭を下げつつ、必要な情報を渡していく。
 すると、さっき一番に拍手した女生徒が近づいてきた。
「……裏方仕事なら、得意です」
「え?」
「申請書類とか、期日管理とか。そういうの」
 彼女は名乗らなかった。ただ、制服の袖から手帳の角が覗いているのが見えた。マスキングテープで色分けされ、ページの端には細かいインデックスが貼られている。
「君、もしかして――」
「結月。水野結月」
 目線を合わせないまま、彼女は静かに言った。
「拍手とか、主役とか、そういうのは苦手だけど……誰かが走り出す手助けなら、ちゃんとできると思う」
 陽太は、まばたきを一つ分遅れて、笑った。
「ありがとう、結月さん。……頼りにしていい?」
 彼女は少しだけ口元を緩め、うなずいた。
 その夜。
 潮風高校の図書室の一角、窓際の机に小さな灯りがともっていた。パソコンの画面には、クラブ申請用のテンプレート。結月は手帳を開き、締切日までの残り日数を指でなぞった。
(クラブ申請は、初回活動日から30日以内)
(今日から数えて……25日)
(提出先は、教務課)
 手帳に赤ペンで「提出:4/30」と書き込むと、彼女は何も言わずにキーボードに手を戻す。
 カチカチカチ……。
 静かな音だけが、図書室に満ちていった。
 陽太の言葉に共鳴した“名脇役”は、静かに動き始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

ホントのキモチ!

望月くらげ
児童書・童話
中学二年生の凜の学校には人気者の双子、樹と蒼がいる。 樹は女子に、蒼は男子に大人気。凜も樹に片思いをしていた。 けれど、大人しい凜は樹に挨拶すら自分からはできずにいた。 放課後の教室で一人きりでいる樹と出会った凜は勢いから告白してしまう。 樹からの返事は「俺も好きだった」というものだった。 けれど、凜が樹だと思って告白したのは、蒼だった……! 今さら間違いだったと言えず蒼と付き合うことになるが――。 ホントのキモチを伝えることができないふたり(さんにん?)の ドキドキもだもだ学園ラブストーリー。

おとぎばなし

ぜろでいず
児童書・童話
おとぎ話のものがたり。

処理中です...