潮風高校“海辺研究会”へようこそ!拍手でつなぐ僕らの青春航路

乾為天女

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第二話「黙々と、期限内に」

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 誰もいない朝の図書室は、冷たい静けさの中にいた。
 水野結月は、窓際の席にカバンを置くと、制服の袖をくいっと引き上げた。腕時計の針は午前七時ちょうどを指していた。始業まで、まだ一時間以上ある。
 彼女は席に座るなり、手帳を広げた。
 そのページには、赤・青・緑のペンで小さな字が並んでいる。
《潮風高校 任意クラブ設立要項》
 ・提出期限:活動開始日から30日以内(4/30)
 ・提出先:教務課カウンター(平日8:30~17:00)
 ・提出物:①申請書類 ②代表者署名 ③部員リスト(5名以上) ④初回活動記録(写真または記録文)
 結月は、昨日の説明会で陽太が配っていた申込書の控えを取り出し、手帳のメモと照らし合わせる。
「代表者署名は……藤川くんでいい。部員は……いま三人」
 そうつぶやくと、すぐに「未達」と赤字で書き加えた。
 結月はパソコンを起動し、ワードファイルを一つひらいた。ファイル名は《海辺研究会_申請草案.doc》。
 内容はまだスカスカだ。だけど、彼女の目に迷いはない。
(仮でもいい。提出までに整えればいい)
(とにかく、間に合わせる)
 そのために――自分が裏方でいればいい。
 誰かのアイデアを形にし、期日までに書類を揃え、正しい順番で提出する。それが得意な自分に、今できること。
 キーボードを打つ音が、静かな図書室にこだました。
 ポン……ポン……とテンポよく、ページが埋まっていく。
 ふと、小さな気配が背後から近づいてきた。
「……ここ、使ってる?」
 聞き覚えのない声。結月が顔を上げると、二年生らしき男子が立っていた。理系っぽい髪型に、無言のまま鞄から参考書を取り出している。
「あ、どうぞ。こっち、もうすぐ終わります」
 男子はうなずいたまま、黙って席につくと、分厚い生物図鑑を開いた。開いたまま、ページをじっと見つめている。
 (……返事、短い)
 結月は苦笑し、再び画面に目を戻す。
 しばらくして彼女はUSBを抜き、プリンターに向かった。
 パソコン室から出てきた陽太が、その姿を見つけたのはちょうどその頃だった。
「……結月さん?」
 陽太は手にしていたパンの袋を脇に寄せると、彼女の手元をのぞいた。
「えっ、もう作ってくれたの? クラブ申請書」
「まだ途中です。でも、フォーマットに合わせて整理し直してます。『活動目的』の欄は、昨日のスピーチをベースにしたけど……確認してもらえますか?」
 そう言って差し出した紙には、次のように記されていた。

活動目的:
本クラブは、鎌倉・湘南地域の自然環境(主に海浜・干潟・沿岸)について自主的な観察・記録・研究を行いながら、各部員の興味関心に応じたフィールドワークや発表活動を通じて、個々の挑戦と成果を可視化・称賛し合う文化を育てることを目的とする。

 陽太は黙ったまま、それを読んだ。
 やがて、ふっと笑って、うなずいた。
「……いいね。これ、すごく僕の言いたかったことと合ってる」
 彼は机に手をついて、まっすぐ結月を見た。
「ありがとう、ほんとに」
「別に、そんな……」
 結月は視線をそらすと、手帳にひとつ、完了印をつけた。
《□ 目的記述欄 →完了◎》
 朱色のスタンプが、ぴたりとページに収まる。
 その音が、小さな達成感を告げていた。



 週末の海岸清掃イベント――それが、「海辺研究会」の初回活動になることが決まったのは、水曜日の昼休みだった。
 潮風高校の中庭の片隅、陽太と結月は並んで座り、弁当のフタをあけていた。春の日差しが優しく、頭上の桜は風に小さく揺れていた。
「清掃イベント、自治体のボランティア枠で申し込めたよ。市の環境課に名前だけ登録しとけば、活動証明も出してくれるって」
「助かります。写真も記録も撮りやすいし、申請の『初回活動』の証明にも使える」
 結月は、手帳をぱらぱらとめくりながら答えた。手元にはすでに「4/24 海岸清掃(片瀬西浜)」と赤字で囲まれたページがあり、その下には「当日持参:記録用スマホ、軍手、マスク、名札」と記されている。
「……記録用スマホ、私が持っていきます。写真は、グループ作業と終礼の2カット。あとは集合写真を1枚。よければ、陽太くん、撮られる側に入ってください」
「えっ、僕も?」
「代表者なんだから、当然です」
 陽太は苦笑しながらうなずいた。結月は表情を変えないまま、手帳に小さく「📷要撮影」と書き加えた。
 その瞬間、少し離れたベンチに座っていた二人の男子がこちらを見ていた。ひとりは、昨日図書室で見かけた無口な上級生。もうひとりは、ボサボサ頭でジャージ姿の新入生。手に持っていたプリントに何やら赤ペンで書き込みをしている。
 (あの人たちも……参加希望者?)
 結月が気づくより先に、陽太が立ち上がった。
「ちょっと、声かけてくる」
 そう言って小走りに駆けていく。結月はその後ろ姿を見ながら、静かにペンを走らせた。
《□ 初回活動予定 →準備中》
 まだチェックは打たず、四角いボックスのままにしておく。何かが完了するには、まだ早すぎる気がした。
 迎えた、四月二十四日。
 朝七時半、片瀬江ノ島駅に近い海岸には、カラフルなビニール袋と火ばさみを手にした高校生たちが、ぽつぽつと集まっていた。
 結月は、その中で一番早く到着していた。
 潮風は思ったより冷たく、空は少し曇っている。スマホでカメラのフォーカスを試していると、誰かが後ろから「おはようございます」と低くつぶやいた。
 振り向くと、図書室で無言だった男子――裕之がいた。手には分厚いメモ帳。制服の上着のポケットから、温度計の先端が覗いている。
「……藤川くん、もうすぐ来ます。もうすこし待ってて」
 裕之は何も言わずにうなずき、ふいに自分のノートを開いた。細かい字で書かれたゴミの分類表が見えた。
「それ……自分で作ったの?」
 結月が尋ねると、彼はうっすらとだけ頷いた。
「正答率、90%」
「へぇ……」
 そのとき、後方から遅れてやってきたひとりの少女が、リュックをぶら下げたまま駆け込んできた。
「ご、ごめんっ、三分遅刻っ!」
 到着したのは紗織。両肩で息をつきながら、手元のスマートウォッチを確認している。
「遅刻しちゃったけど……ちょっとだけリカバリする!」
 そう言って、さっそく回収したゴミの重量をエクセルに入力しはじめた。手慣れた指つきだった。
 陽太が到着したのはその数分後。後ろには、悠介、絢香、豊らしき生徒の姿もあった。
「ごめん、お待たせ! じゃあみんな、はじめての活動――頑張ろう!」
 陽太の掛け声に、まだバラバラな一同が、小さくうなずいた。
 結月はスマホを構え、カシャリとシャッターを切った。
 その画面の中には、慣れないながらも海岸のごみを拾う生徒たちの姿。そして、不器用でも、それぞれの“得意”を発揮しようとするまなざしがあった。
 (この一歩が、ちゃんと形になるように)
 彼女は、静かに画面を拡大しながら、もう一枚、シャッターを押した。
 それは、クラブ設立の証明になるだけじゃない。何よりも、“青春の記録”になると、結月は信じていた。
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