3 / 25
第三話「初顔合わせ、まだ空気は探り合い」
しおりを挟む
潮の匂いが肌にまとわりつく、土曜の午前九時。
片瀬西浜の波打ち際に、七人の高校生が立っていた。名前だけは登録していたものの、この日が「海辺研究会」の初めての全員集合日だった。
海岸清掃イベントは自治体の主催で、近隣の高校からもボランティアが集まっていたが、彼らだけは別の目的を持っている。
それは、クラブ設立のための「初回活動記録」の取得。そしてもうひとつ、「海辺研究会」という名前の意味を確かめる、最初の一歩だった。
「……えーっと、じゃあ今日集まってくれたみんな。改めて、ありがとう」
陽太は、海を背にして輪の中心に立った。右手には参加者カード、左手には小さなホワイトボード。
「まずは自己紹介……も考えたんだけど、たぶん言葉より行動の方が早いと思うから、さっそくこれやってみようか」
そう言って陽太が掲げたのは、一枚のプリントだった。
《ビーチゴミ分類テスト:上級編》
結月が事前に準備したものだ。写真付きで、ペットボトル・漁網・貝殻・プラスチック破片などを並べ、それぞれの「漂着ゴミ」分類と発生源を当てさせる内容。
「一人ずつやってもいいけど……チームでやってみよう。話しながら、お互いの考え方も見えるし」
輪の中に、ふわりと戸惑いの空気が漂った。
先に手を挙げたのは、紗織だった。というより、彼女は腕時計を見ながらすでにしゃがみ込み、分類表のプリントを開いている。
「じゃあ、Aグループは私と……えっと、そこの無口くん! 一緒にやろ!」
無口くん――裕之はちらりと彼女を見て、口元を引き結ぶと黙ってうなずいた。
二人はそのまま、分類表を前に真剣な顔になる。
「これは……ペットボトルのラベルが韓国語。漂着物としては外国起源。分類は“海外由来・生活ごみ”」
「よし、じゃあそっちは“国内起源・漁業系”! ほら、このナイロン網、地元の船のタグある!」
紗織の声が勢いよく響く一方で、絢香は少し距離を置いたところでしゃがみ込み、慎重に拾った貝殻を見つめていた。
「これ……分類外かな。でも、殻口の形が変。養殖場から流れた?」
彼女の小さな独り言に、後ろから悠介がのぞき込んだ。
「え、貝殻? どれどれ……まあ、海洋生物系ってことでいいんじゃね? 分類番号4で」
「それ、雑すぎる」
「へへ。大枠は合ってるっしょ」
そう言いながらも、悠介は手帳に「貝殻→養殖場?」とメモを取っていた。
一方その頃、豊は黙々とゴミ袋をまとめ、拾ったごみの種類をスマホに入力していた。誰に何を言われるでもなく、時間通り、一定のペースで。
陽太はそんな様子を見渡しながら、静かに笑った。
誰もがまだ探り合っていて、名前も呼び慣れていない。
でも、言葉よりもずっと雄弁に、彼らの“得意”が姿を見せていた。
「じゃあ、そろそろ写真、撮りますか」
結月がスマホを手に立ち上がった。
「作業風景と集合写真。初回活動の証明に使うから、こっち向いてくださーい」
「ちょ、ちょっと待って髪直す!」と紗織が前髪を整え、
「目、つぶらないようにしなきゃ……」と悠介がつぶやく。
そして、ぱしゃり。
初めての集合写真。
その一枚には、まだ距離感がある。でも、共通の目的に向かって立っている姿が確かに写っていた。
海岸清掃が一段落したのは、正午を少し過ぎたころだった。
火ばさみは回収箱へ、ビニール袋は重量ごとに分別。自治体の担当者からは「ご協力ありがとうございました」と丁寧な礼があった。参加証明のスタンプが押された紙を受け取りながら、メンバーたちはそれぞれに小さな達成感を味わっていた。
「ふぅ……よく拾ったよね、私たち」
紗織が腰に手をあてて伸びをする。
結月は、その横で撮影した記録写真をクラウドに保存しながら言った。
「分類テストの結果も、全体として正答率は約84%。正直、想像以上です」
「特に……この分類表」
彼女は裕之の手作りのメモを取り出し、全員に見せた。図解付きでごみの出所や状態まで分析されており、自治体の職員が思わず「これ、貸してもらえますか」と言ったほどだ。
「うちの科学部より詳しい……」と呟いたのは絢香だった。
そのとき。
「じゃあ、ここでひとつ、やりますか!」
と、陽太が拍手しながら前に出た。
「いま、僕らが集まって、初めてひとつのことに取り組んで……小さいかもしれないけど、ちゃんと成果を出せた。だから――」
彼は自分のリュックから、小さなメダル型の紙を取り出した。銀色の折り紙に、マジックでそれぞれの名前とひと言が書かれている。
「これ、表彰メダルです。即興で作ったやつだけど、一人ひとりに渡します!」
「え……えぇ?!」と紗織が目を丸くする。
「まずは――『即時入力賞』、紗織さん!」
陽太が渡すと、彼女は照れながらそれを受け取る。
「つ、ついに私も受賞者に……! ありがとうございます!」
「続いて、『分類精度最高賞』、裕之くん! 正答率、文句なしの90%!」
裕之は照れたように一歩前に出て、無言でメダルを受け取った。
「そして『冷静判断賞』、豊くん。作業効率と安定感、すごかった!」
「……どうも」とだけ言って、豊が礼をした。
「『現場即応賞』、悠介くん。あのクラゲ踏んだときのよけ方、ナイス判断!」
「いや、あれは本能だけどな」
「『観察力賞』、絢香さん。細かいところ、誰より気づいてた」
「ありがと……でも、私、まだまだ反省点あるから」
「そして『記録管理賞』、結月さん! カメラも、進行も、完璧でした!」
「……いえ、当然の役割ですから」
結月は受け取りながらも、手帳に「表彰メダル:写真化要」とメモした。
陽太は最後に、残ったひとつを掲げて笑った。
「で、これは自分に――『言い出しっぺ賞』!」
みんなが笑った。
初めて、全員が同じテンポで笑った瞬間だった。
誰が主役でもなく、誰が目立つでもなく。
けれどそれぞれが、それぞれの“得意”を認め合った。
拍手が自然に生まれる。最初は小さかったけれど、次第にひとつのリズムになっていく。
太陽が雲間から差し込み、七人の影が、ゆっくりと砂に伸びていった。
その日。まだ名前も覚えきれていない仲間たちの間に、初めての“称え合う”文化が芽を出した。
風はやさしく、潮の音がどこか遠くで答えるように響いていた。
片瀬西浜の波打ち際に、七人の高校生が立っていた。名前だけは登録していたものの、この日が「海辺研究会」の初めての全員集合日だった。
海岸清掃イベントは自治体の主催で、近隣の高校からもボランティアが集まっていたが、彼らだけは別の目的を持っている。
それは、クラブ設立のための「初回活動記録」の取得。そしてもうひとつ、「海辺研究会」という名前の意味を確かめる、最初の一歩だった。
「……えーっと、じゃあ今日集まってくれたみんな。改めて、ありがとう」
陽太は、海を背にして輪の中心に立った。右手には参加者カード、左手には小さなホワイトボード。
「まずは自己紹介……も考えたんだけど、たぶん言葉より行動の方が早いと思うから、さっそくこれやってみようか」
そう言って陽太が掲げたのは、一枚のプリントだった。
《ビーチゴミ分類テスト:上級編》
結月が事前に準備したものだ。写真付きで、ペットボトル・漁網・貝殻・プラスチック破片などを並べ、それぞれの「漂着ゴミ」分類と発生源を当てさせる内容。
「一人ずつやってもいいけど……チームでやってみよう。話しながら、お互いの考え方も見えるし」
輪の中に、ふわりと戸惑いの空気が漂った。
先に手を挙げたのは、紗織だった。というより、彼女は腕時計を見ながらすでにしゃがみ込み、分類表のプリントを開いている。
「じゃあ、Aグループは私と……えっと、そこの無口くん! 一緒にやろ!」
無口くん――裕之はちらりと彼女を見て、口元を引き結ぶと黙ってうなずいた。
二人はそのまま、分類表を前に真剣な顔になる。
「これは……ペットボトルのラベルが韓国語。漂着物としては外国起源。分類は“海外由来・生活ごみ”」
「よし、じゃあそっちは“国内起源・漁業系”! ほら、このナイロン網、地元の船のタグある!」
紗織の声が勢いよく響く一方で、絢香は少し距離を置いたところでしゃがみ込み、慎重に拾った貝殻を見つめていた。
「これ……分類外かな。でも、殻口の形が変。養殖場から流れた?」
彼女の小さな独り言に、後ろから悠介がのぞき込んだ。
「え、貝殻? どれどれ……まあ、海洋生物系ってことでいいんじゃね? 分類番号4で」
「それ、雑すぎる」
「へへ。大枠は合ってるっしょ」
そう言いながらも、悠介は手帳に「貝殻→養殖場?」とメモを取っていた。
一方その頃、豊は黙々とゴミ袋をまとめ、拾ったごみの種類をスマホに入力していた。誰に何を言われるでもなく、時間通り、一定のペースで。
陽太はそんな様子を見渡しながら、静かに笑った。
誰もがまだ探り合っていて、名前も呼び慣れていない。
でも、言葉よりもずっと雄弁に、彼らの“得意”が姿を見せていた。
「じゃあ、そろそろ写真、撮りますか」
結月がスマホを手に立ち上がった。
「作業風景と集合写真。初回活動の証明に使うから、こっち向いてくださーい」
「ちょ、ちょっと待って髪直す!」と紗織が前髪を整え、
「目、つぶらないようにしなきゃ……」と悠介がつぶやく。
そして、ぱしゃり。
初めての集合写真。
その一枚には、まだ距離感がある。でも、共通の目的に向かって立っている姿が確かに写っていた。
海岸清掃が一段落したのは、正午を少し過ぎたころだった。
火ばさみは回収箱へ、ビニール袋は重量ごとに分別。自治体の担当者からは「ご協力ありがとうございました」と丁寧な礼があった。参加証明のスタンプが押された紙を受け取りながら、メンバーたちはそれぞれに小さな達成感を味わっていた。
「ふぅ……よく拾ったよね、私たち」
紗織が腰に手をあてて伸びをする。
結月は、その横で撮影した記録写真をクラウドに保存しながら言った。
「分類テストの結果も、全体として正答率は約84%。正直、想像以上です」
「特に……この分類表」
彼女は裕之の手作りのメモを取り出し、全員に見せた。図解付きでごみの出所や状態まで分析されており、自治体の職員が思わず「これ、貸してもらえますか」と言ったほどだ。
「うちの科学部より詳しい……」と呟いたのは絢香だった。
そのとき。
「じゃあ、ここでひとつ、やりますか!」
と、陽太が拍手しながら前に出た。
「いま、僕らが集まって、初めてひとつのことに取り組んで……小さいかもしれないけど、ちゃんと成果を出せた。だから――」
彼は自分のリュックから、小さなメダル型の紙を取り出した。銀色の折り紙に、マジックでそれぞれの名前とひと言が書かれている。
「これ、表彰メダルです。即興で作ったやつだけど、一人ひとりに渡します!」
「え……えぇ?!」と紗織が目を丸くする。
「まずは――『即時入力賞』、紗織さん!」
陽太が渡すと、彼女は照れながらそれを受け取る。
「つ、ついに私も受賞者に……! ありがとうございます!」
「続いて、『分類精度最高賞』、裕之くん! 正答率、文句なしの90%!」
裕之は照れたように一歩前に出て、無言でメダルを受け取った。
「そして『冷静判断賞』、豊くん。作業効率と安定感、すごかった!」
「……どうも」とだけ言って、豊が礼をした。
「『現場即応賞』、悠介くん。あのクラゲ踏んだときのよけ方、ナイス判断!」
「いや、あれは本能だけどな」
「『観察力賞』、絢香さん。細かいところ、誰より気づいてた」
「ありがと……でも、私、まだまだ反省点あるから」
「そして『記録管理賞』、結月さん! カメラも、進行も、完璧でした!」
「……いえ、当然の役割ですから」
結月は受け取りながらも、手帳に「表彰メダル:写真化要」とメモした。
陽太は最後に、残ったひとつを掲げて笑った。
「で、これは自分に――『言い出しっぺ賞』!」
みんなが笑った。
初めて、全員が同じテンポで笑った瞬間だった。
誰が主役でもなく、誰が目立つでもなく。
けれどそれぞれが、それぞれの“得意”を認め合った。
拍手が自然に生まれる。最初は小さかったけれど、次第にひとつのリズムになっていく。
太陽が雲間から差し込み、七人の影が、ゆっくりと砂に伸びていった。
その日。まだ名前も覚えきれていない仲間たちの間に、初めての“称え合う”文化が芽を出した。
風はやさしく、潮の音がどこか遠くで答えるように響いていた。
0
あなたにおすすめの小説
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
野良犬ぽちの冒険
KAORUwithAI
児童書・童話
――ぼくの名前、まだおぼえてる?
ぽちは、むかし だれかに かわいがられていた犬。
だけど、ひっこしの日に うっかり わすれられてしまって、
気がついたら、ひとりぼっちの「のらいぬ」に なっていた。
やさしい人もいれば、こわい人もいる。
あめの日も、さむい夜も、ぽちは がんばって生きていく。
それでも、ぽちは 思っている。
──また だれかが「ぽち」ってよんでくれる日が、くるんじゃないかって。
すこし さみしくて、すこし あたたかい、
のらいぬ・ぽちの ぼうけんが はじまります。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
(also @ なろう)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる