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第四話「改善案は赤ペンで」
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五月一日、朝七時四十五分。
潮風高校一年四組の教室には、始業前特有のけだるい空気が漂っていた。
教室の後ろの掲示板には、週末の海岸清掃の写真が数枚、A4サイズに印刷されて貼られている。その下には、「海辺研究会(仮)初回活動レポート(案)」と題された資料がマグネットで留められていた。
資料はA3サイズで、活動目的、参加者名、清掃内容、得られたデータ、写真数枚が並んでいる。結月が前日までに夜なべして作ったものだった。
「……悪くはないけど、詰めが甘いな」
それをじっと眺めていたのが、悠介だった。
彼は体を伸ばすと、自分の席に戻ってカバンから赤ペンを取り出した。
そして、A3のコピーを手元に一枚持ち出し、机に広げる。
そのペン先は、容赦なく走った。
《「得られたデータ」の数値だけが独立していて意味が分かりづらい→簡単な棒グラフで可視化?》
《「役割分担」の記述が曖昧→誰が何したのか明記、例:「計測=紗織」「写真=結月」》
《「全体感想」→一文では弱い。参加者からの抜粋コメント(会話調でも)あった方が読ませられる》
《「分類結果」→誤分類データが意外と多いのでは? グラフ+補足で“改善余地”示した方が研究感出る》
まるで教師の添削のように、用紙の余白が真っ赤になっていく。
そのとき、教室に陽太が入ってきた。
「おはよ、悠介……あれ? それ、もしかして……」
「うん、もらったやつのコピー。赤入れた」
悠介はそれを陽太に手渡した。
陽太は少し戸惑った顔をしたが、すぐに目を通し始めた。
数十秒後、ふっと笑った。
「……粗いけど、いい目してる。結月さんの原稿、ほぼ完璧に見えたけど、こうして見ると改善点もあるんだな」
「俺、そういうの気になっちゃうんだよね。全部やり直せとかじゃないんだけど、“まだ伸ばせる”って思うと、つい」
悠介は、別にえらそうでもなく、照れたようでもなく、ただ当たり前のようにそう言った。
陽太は掲示板の前に立ち、あらためて原稿を見直した。
――活動の「次の段階」に進むためのヒントが、確かにそこにはあった。
「悠介、この赤、みんなにも見せたいな。午後、放課後ミーティングできる?」
「おっけー。別に、否定したいんじゃなくて、こうした方が“読まれる”かなって思っただけ」
「うん、伝わる。大事なのは、“読まれる努力”だもんな」
陽太は、ペンの走った跡をなぞりながら言った。
「こういうのがあると、僕らのやってることが、もっとちゃんと“見える”ようになると思う」
その言葉に、悠介は軽く肩をすくめた。
「……じゃあ、もうちょい書き足しとくよ。あと、棒グラフの手描きラフもつけとく」
「助かる!」
悠介は再び席に戻ると、ふたたび赤ペンを走らせた。
そのペンの動きは、どこか楽しげだった。
午後、四時間目が終わってすぐ、担任の新堂が教室に入ってきた。
手にはファイルが一つと、週報用のクラス活動チェックリスト。
「おう。海辺研究会ってやつ、書類進んでるか? 申請期限、そろそろだろ」
陽太が手を挙げた。
「はい。初回活動、済ませて記録も提出済みです。活動報告、教室後ろの掲示にしてます」
「ほう、見せてくれ」
新堂は足音も立てずに掲示板の前まで歩くと、写真と報告書のレイアウトを見渡し、ふむ、と短く唸った。
「写真はよく撮れてるな。ゴミ拾いの真剣な顔が映ってる。で、これは……赤?」
悠介が黙ってうなずいた。
「改善メモっす。可視化と役割明記、あとグラフ案」
「ほぉ~……粗いけど、光るな」
新堂の口調は軽いが、目は真面目だった。
「こういうの、“粗くていい”んだよ。学校ってのは、仕上がった成果を見る場所じゃない。“仕上がりに向かう途中”を見せてくれた方が、よっぽど価値がある」
その言葉に、悠介が少しだけ目を見開いた。
「完璧な報告書ってのはな、誰も覚えちゃいない。でも、“どこをどう直すか”ってのは、覚えてるやつが多いんだよ」
「……ふーん」
悠介はポケットから紙を一枚取り出した。
そこには手描きの棒グラフと、横にぐにゃぐにゃとしたメモ書き。
《海外系ゴミ:43%/国内生活系:39%/漁業系:18%》
《意外と海外比率が高い→今後“国別”に分類できないか?》
《ゴミの回収量ではなく、割合の推移を月単位で記録→研究テーマになりそう》
それを見た新堂が、にやりと笑った。
「おい藤川。こういうの、お前の理念に合ってるんじゃないか?」
「……はい、すごく」と陽太が即答する。
「挑戦して、途中で軌道修正して、少しずつ精度上げてく。それを称える。まさに“青春の仮説”ってやつですね」
「うまいこと言うな」と新堂が笑い、悠介の肩を軽く叩いた。
「じゃ、このメモも込みで報告ファイルに入れとけ。正式な報告書じゃないが、“熱量の記録”としては上出来だ」
「了解っす」
悠介は照れ隠しのように、髪をかき上げながらうなずいた。
放課後。
校舎裏のベンチで、海辺研究会のメンバー数人が自然と集まっていた。
報告書の改訂案を囲みながら、メモに目を通す。
「これ……悠介くんが書いたの?」と絢香が聞くと、
「うん。手描きだけど、分類の再考案と割合の推移グラフも考えてくれて」
「へぇ……案外、ちゃんとしてるじゃん」
「“案外”ってなんだよ」悠介が笑いながら返す。
その笑いは、どこか軽やかで、初めて“仲間の中にいる”ような響きだった。
陽太は全体を見渡し、手帳に一言だけ書いた。
《改善=次の挑戦を呼ぶ言葉》
風がふわりと吹き、書類の角が少しだけめくれた。
赤ペンで書かれた雑な線も、今では立派な“地図”に見えた。
潮風高校一年四組の教室には、始業前特有のけだるい空気が漂っていた。
教室の後ろの掲示板には、週末の海岸清掃の写真が数枚、A4サイズに印刷されて貼られている。その下には、「海辺研究会(仮)初回活動レポート(案)」と題された資料がマグネットで留められていた。
資料はA3サイズで、活動目的、参加者名、清掃内容、得られたデータ、写真数枚が並んでいる。結月が前日までに夜なべして作ったものだった。
「……悪くはないけど、詰めが甘いな」
それをじっと眺めていたのが、悠介だった。
彼は体を伸ばすと、自分の席に戻ってカバンから赤ペンを取り出した。
そして、A3のコピーを手元に一枚持ち出し、机に広げる。
そのペン先は、容赦なく走った。
《「得られたデータ」の数値だけが独立していて意味が分かりづらい→簡単な棒グラフで可視化?》
《「役割分担」の記述が曖昧→誰が何したのか明記、例:「計測=紗織」「写真=結月」》
《「全体感想」→一文では弱い。参加者からの抜粋コメント(会話調でも)あった方が読ませられる》
《「分類結果」→誤分類データが意外と多いのでは? グラフ+補足で“改善余地”示した方が研究感出る》
まるで教師の添削のように、用紙の余白が真っ赤になっていく。
そのとき、教室に陽太が入ってきた。
「おはよ、悠介……あれ? それ、もしかして……」
「うん、もらったやつのコピー。赤入れた」
悠介はそれを陽太に手渡した。
陽太は少し戸惑った顔をしたが、すぐに目を通し始めた。
数十秒後、ふっと笑った。
「……粗いけど、いい目してる。結月さんの原稿、ほぼ完璧に見えたけど、こうして見ると改善点もあるんだな」
「俺、そういうの気になっちゃうんだよね。全部やり直せとかじゃないんだけど、“まだ伸ばせる”って思うと、つい」
悠介は、別にえらそうでもなく、照れたようでもなく、ただ当たり前のようにそう言った。
陽太は掲示板の前に立ち、あらためて原稿を見直した。
――活動の「次の段階」に進むためのヒントが、確かにそこにはあった。
「悠介、この赤、みんなにも見せたいな。午後、放課後ミーティングできる?」
「おっけー。別に、否定したいんじゃなくて、こうした方が“読まれる”かなって思っただけ」
「うん、伝わる。大事なのは、“読まれる努力”だもんな」
陽太は、ペンの走った跡をなぞりながら言った。
「こういうのがあると、僕らのやってることが、もっとちゃんと“見える”ようになると思う」
その言葉に、悠介は軽く肩をすくめた。
「……じゃあ、もうちょい書き足しとくよ。あと、棒グラフの手描きラフもつけとく」
「助かる!」
悠介は再び席に戻ると、ふたたび赤ペンを走らせた。
そのペンの動きは、どこか楽しげだった。
午後、四時間目が終わってすぐ、担任の新堂が教室に入ってきた。
手にはファイルが一つと、週報用のクラス活動チェックリスト。
「おう。海辺研究会ってやつ、書類進んでるか? 申請期限、そろそろだろ」
陽太が手を挙げた。
「はい。初回活動、済ませて記録も提出済みです。活動報告、教室後ろの掲示にしてます」
「ほう、見せてくれ」
新堂は足音も立てずに掲示板の前まで歩くと、写真と報告書のレイアウトを見渡し、ふむ、と短く唸った。
「写真はよく撮れてるな。ゴミ拾いの真剣な顔が映ってる。で、これは……赤?」
悠介が黙ってうなずいた。
「改善メモっす。可視化と役割明記、あとグラフ案」
「ほぉ~……粗いけど、光るな」
新堂の口調は軽いが、目は真面目だった。
「こういうの、“粗くていい”んだよ。学校ってのは、仕上がった成果を見る場所じゃない。“仕上がりに向かう途中”を見せてくれた方が、よっぽど価値がある」
その言葉に、悠介が少しだけ目を見開いた。
「完璧な報告書ってのはな、誰も覚えちゃいない。でも、“どこをどう直すか”ってのは、覚えてるやつが多いんだよ」
「……ふーん」
悠介はポケットから紙を一枚取り出した。
そこには手描きの棒グラフと、横にぐにゃぐにゃとしたメモ書き。
《海外系ゴミ:43%/国内生活系:39%/漁業系:18%》
《意外と海外比率が高い→今後“国別”に分類できないか?》
《ゴミの回収量ではなく、割合の推移を月単位で記録→研究テーマになりそう》
それを見た新堂が、にやりと笑った。
「おい藤川。こういうの、お前の理念に合ってるんじゃないか?」
「……はい、すごく」と陽太が即答する。
「挑戦して、途中で軌道修正して、少しずつ精度上げてく。それを称える。まさに“青春の仮説”ってやつですね」
「うまいこと言うな」と新堂が笑い、悠介の肩を軽く叩いた。
「じゃ、このメモも込みで報告ファイルに入れとけ。正式な報告書じゃないが、“熱量の記録”としては上出来だ」
「了解っす」
悠介は照れ隠しのように、髪をかき上げながらうなずいた。
放課後。
校舎裏のベンチで、海辺研究会のメンバー数人が自然と集まっていた。
報告書の改訂案を囲みながら、メモに目を通す。
「これ……悠介くんが書いたの?」と絢香が聞くと、
「うん。手描きだけど、分類の再考案と割合の推移グラフも考えてくれて」
「へぇ……案外、ちゃんとしてるじゃん」
「“案外”ってなんだよ」悠介が笑いながら返す。
その笑いは、どこか軽やかで、初めて“仲間の中にいる”ような響きだった。
陽太は全体を見渡し、手帳に一言だけ書いた。
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